巨人の耐用試験
ハザマの剣が巨人の、ふくらはぎのあたりに直撃して、しかし、弾かれた。
「硬いな」
ハザマはとしても渾身の力を振るっての攻撃であったが、剣の刃は硬質の音を立て、少しも巨人の体を傷つけることなく押し戻される。
硬質ではあるが同時に弾力もある、金属や陶器類とは違った、有機的な硬さだった。
おそらくは、筋肉そのものの強度なんだろうな、と、ハザマはそう思う。
ゴーレムの体や岩石などに剣を叩きつけた時の感触とは、かなり手応えが違った。
「おっと」
巨人は、少しも傷つけられなかったのにも関わらず、背後から近寄って一撃を加えたハザマの方を見下ろした後、素早く腕を振って対応をした。
かなり敏速な動きであったが、ハザマは一瞬早く距離を取って巨人の攻撃範囲外に移動をする。
「ってか」
ハザマは思った。
「だんだん、動きがなめらかになっていないか、こいつ」
どうやらこの巨人は、こうしている間にも自分の体の動かし方を学び始めているらしい。
一応直立した二本足歩行という、人型をしていたが、そのプロポーションはかなり人間とは異なる。
かなりの怒り肩でほぼ首が露出しておらず、肩からそのまま頭部が出ているように見える。
それに、ウェストも、不自然に細い。
両腕、両足はかなりの太く、ゴツゴツとした筋肉質に見えたが、巨大な金属製の脛当てをつけていて足はほとんど露出していなかった。
胸部にも金属製の胸当てを着けていたが、こちらの方は脛当てほどには重厚ではない。
おそらくは、地上からの攻撃の方をより警戒していることだろうな、と、ハザマはそう推測する。
ハザマなど、生身の人間がこの巨人に対抗しようとすれば、どうしたって下からの攻撃が多くなるのだ。
そして、肩にのめり込んでいるように見える頭部には頭髪がなく、小さな二つの目がついていた。
こちらにはなぜか兜などで保護されているわけではなく、しかし下半分が金属製の胸当ての中に隠れていて、表情などを伺うことはできない。
胸当ての中から顔の上半分、目から上の部分が露出しているような形である。
この巨体だからな。
と、ハザマは思った。
兜を用意しなかったのは、視界が遮られることを警戒してのことかも知れない。
いずれにせよ、この巨人はかなり頑強な存在であるということは、確定している。
「外から物理的に破壊することは、難しいかな」
とか、ハザマは考える。
相手だって、抵抗をするだろうし。
そんな風に思案をしていたところに、姿を消していたバジルが帰って来て、素早くハザマの体をよじ登って肩に乗った。
「あいつは食えなかったか」
ハザマは、バジルに対してそう声をかける。
おそらく、体表が硬すぎてバジルも歯が立たなかったのだ。
あいつをバジルの餌食にするためには、なんらかの方法で体表を傷つけ、傷口を露出させる必要がある、らしい。
ルシアナ戦の時を思い出すな。
とハザマは思った。
「おっと」
そんな観察と考察を行っている間にもハザマは、ハザマに目をつけた巨人の追撃を躱し続けている。
巨人の攻撃は手足を振り回すだけの、比較的単調なものであった。
しかしその動きは徐々に円滑で機敏なものになっているような気がした。
「このまま、外に出られると困ったことになるなあ」
と、ハザマは思う。
打開策を思いつかず、この巨人がこのまま王都で暴れ回るとなると、相当な被害が出るはずだった。
場合によっては、王城内部にまで、その被害が及ぶ可能性すらある。
「いや、多少の被害が出た方が、かえって都合がいいかな」
などということも、ハザマは同時に考えた。
現状では、ハザマがいきなりこの一帯を発破で爆破したことになっている。
こうしてこの巨人が動き出し、なんらかの被害を王都に与えれば、そのハザマの行動も、その被害を未然に防ごうとしたものであると主張することが出来るはずだった。
とはいえ。
「そうはいっても、実際に被害が出る前に始末しておいた方がいいよな、やはり」
そんなことを呟きつつ、ハザマは巨人の攻撃を避けながら発破を取り出して、その導火線に火縄式ライターで火をつける。
導火線が十分に短くなるまでそのまま発破を持ち続け、それから巨人の足元に発破を転がし、そのままその場から全力疾走で逃走した。
「あれが、今のおれに出来る一番の攻撃方法だからな」
そんなことを思いつつ、巨人との距離が空いたことを確認してから、ハザマはスライディングをする要領で地面に伏せる。
ほぼ同時に巨大な爆発音が周囲に轟き、巨人はそのまま倒れ込んだ。
巨人が、そのまま地面に激突した音が響く。
周囲は、発生した硝煙によってにわかに視界が悪くなっていた。
「このまま倒されてくれるほど、素直なやつだといいけど」
そう思いながら、ハザマは目をすがめて巨人が倒れた方角を見据えた。
これで片がつかないとなると、もはやハザマ単独での対処は難しいと、そう判断しなければならない。
それはそれで面倒なことになるわけだが、そうなれば今現在この周囲を閉鎖している洞窟衆の連中を頼るしかなかった。
さて、これで片がつくのかどうか。
ハザマがそう思って噴煙の向こう側を凝視していると。
「おわ!」
叫んで、ハザマは伏せていた地面から慌てて飛び退いた。
かなり大きな火球が、いくつもこちらの方に飛んできたのだ。
精密にどこかに標準をつけているわけではなく、漠然とハザマが居そうな方角に飛ばしている様子で、余裕を持って避けることは出来たが。
「魔法まで使うってか」
ハザマは呟く。
至近距離で発破の爆破を受けても致命傷にはならないらしい頑丈さ。
それに、魔法まで使うとなると。
「……予想以上に、対処するのが難しい相手なのかも知れないな」
渋い表情で、ハザマはそう結論をした。
そして通信でここを封鎖している連中に連絡をしようとした、まさにその時。
『男爵、今よろしいでしょうか?』
と、その相手の方から連絡が来た。
『立て込んでいるところ申し訳ありません』
「どうした?」
どたん、ばたんと巨人による手足による攻撃を避けつつ、ハザマは問い返した。
『衛士の方々が来ておりまして。
是非に、男爵に事情説明をと、求めておりまして』
「ガイゼリウス卿の署名が入った書類は見せたか?」
『見せましたし、それが本物であるとは認めてくれたのですが、ことがことですからそのままおとなしく引き下がるわけにはいかないそうです』
「……それもそうか」
巨人の攻撃を避けながらハザマはざっと周囲を見渡し、一人で頷いた。
「こんな有様じゃあ、責任者出てこいっていいたくもなるわな」
ハザマが発破などを使用したため、半径百メートルくらいの土地が瓦礫の山となってしまっている。
直前までこの周辺の建物に寝起きをしていた住人もそれなりの人数で存在していたわけで、この件における物的被害、人的被害は相当なものであるといえた。
直接的に手を下したのは他ならぬハザマ自身であったが、仮にハザマがそうした行動を起こさなかったとしたら、被害はさらに増えたはずだ。
衛士たちが集まって来たというのなら、そうした事情を直接説明したいところだったが。
「今はちょっと手が離せないかな」
ハザマは、のんびりとした声で伝えた。
「そっちからも見えないか?
今、デカいのの対応に追われて忙しい。
まさか、こいつをそちらの方にまで引き連れていくわけにもいかんし」
『ここからも見えますね、そのデカいのが』
その洞窟衆の者は落ち着いた声で応じた。
『確かに今の男爵様、手を離すことは出来なさそうに見えます。
そちらの方で、なにか手伝えることはありますか?』
「ええと」
ハザマはほんの数秒、考えてから返答をする。
「実戦慣れした魔法使いが居たら連れてきてくれ。
魔法兵として働いたことがある経験者なら、なおいい」
実戦慣れした者しかこの巨人に近づけたくはなかったし、それにこの巨人が攻撃魔法に対してどれほどの耐性を持っているのかも確認しておきたかった。
実戦を想定してかなり頑丈に作っているようなので、魔法にだけ脆弱ということもないだろうが、実際に確認してみないことにはなんともいえない。
『そういうことでしたら、ぼくたちがお役に立てると思います』
唐突に、ハザマたちの会話に別の人間が割り込んできた。
『あ、その前に、衛士の方々にはこちらから改めて事情を説明しておきますので、男爵はそちらに専念しておいてください。
あと、それと……』
アズラウスト・ブラズニア公爵の声であった。
『……もう少し、その巨人から距離を取った方がよろしいかと。
丁度今、ムヒライヒ卿がその巨人に狙いをつけているところですので』
「ムヒライヒ・アルマヌニア公子が!」
叫んで、ハザマはその場でダッシュした。
ムヒライヒ公子が、ということは、なんらかの投擲兵器を使用するはずだった。
それも、カタパルトなどの攻城兵器である可能性が高い。
そもそも、そんな鈍重な代物で動き回る巨人を正確に狙い撃つことが可能なのかどうか、ハザマは半信半疑であったが、その威力はあなどれないし疑う必要もなかった。
決して、とばちりで流れ弾を貰いたくはない相手なのだ。
巨人との距離は、あっという間に開いた。
もともと、ハザマが巨人の移動速度を測りながら、つかず離れずになるように加減して走っていたのだ。
ハザマと離れた巨人に、重たい何かがぶち当たる轟音が轟いた。
一度だけではなく、何度も目では動きを捕らえることが出来ない速度で重たい物体が落下し、巨人の周囲に降り注ぐ。
巨人に直撃せず、周囲の地面に激突した物も相当あったようだったが、巨人にも命中したように見えた。
しかし、そうした物体が周囲の地面をほじくり返し、盛大に周囲に土煙をあげていたので、その場でその詳細をその目で確認することは出来なかった。




