不器用な巨人
決して難易度の高い仕事ではなかった。
基本的に、最終的な始末をつけるのはバジルの役割であったし、ハザマの仕事はバジルの邪魔にならなように、ツギハギどもの動きを牽制して場合によっては解体する作業でしかない。
そのツギハギどもも、どうやら次第に人間の体の動かし方を学習しているようで、動きがスムーズになっていったのだが、それもハザマから見れば「せいぜい常人レベル」の速度でしかなく、ハザマ自身はかなり余裕を持って対処をすることが出来た。
「おれとバジルでなければ、かなり苦戦する相手なんだろうけどな」
などとも、思う。
そもそも、ハザマでなければ、
「まず最初に発破で建物ごと吹き飛ばす」
などという荒っぽい選択を出来るはずもなく、案外、この建物の中に居た連中は、少なくとも一時的にはこの王国に対してそれなりに健闘できたのではないか。
この手の増殖型の敵には、初動で対応を誤らないことが肝心だからな。
冷静にツギハギどもを解体しながら、ハザマはそんな風に思う。
一度町中にこのツギハギどもが放たれたとしたら、それを完全に駆除することはなかなか難しいだろう。
もっとも。
と、ハザマはそう思い直した。
そのことを、外部に対して証明しようとすることは、難しいだろうな。
特に今回の場合、証拠となるツギハギどもをバジルにすべて食べさせなくては、事態の解決とはならない。
これまでに捕らえている術者連中が口を割って、ある程度事件の全容が明らかにならない限り、ハザマは、
「唐突に王都市中の民家を爆破した」
下手人でしかなかった。
一応、事前にガイゼリウス卿に対して、
「相手の状況によっては、かなり手荒な手段に訴えることもありますよ」
と説明をし、言質も取って一応の許可を得ているとの内容を文書としてまとめて貰っているのだが、それとてあくまでガイゼリウス卿がハザマから事前に相談を受けて「私人」として認めた、ということに過ぎず、法的に見ればなんの許諾にもなっていない。
そもそも、王国でのハザマの身分は下級貴族でしかなく、自分の領地を離れれば特権らしい物はなにもないような状態なのであった。
そんなハザマがいきなり民家を爆破すれば、客観的に見れば、普通に破壊工作と見なされる。
そういう、事態なのだった。
事情を知らない者から見れば、
「あのハザマ男爵が、ついに乱心したか」
といわれるような、そんな行動といえた。
それでもハザマが平然とこうした大胆な行動を選択できるのは、ハザマが王国での地位に対してまるで執着していないことと、それに、王国内での自身の風評などよりも、この王都の平穏を守ることの方によほど重きを置いているからだった。
いざとなれば余裕で逃げ出せる自信があったからだ。
バジルの能力と、それに洞窟衆の組織力があれば追及の手をくぐり抜けて安全な場所まで逃げることは容易であったし、それに、それ以後に王国外の勢力を動かして王国に圧力を掛けつつ、じっくりと「ハザマがそういう行動に出なかった場合はどうなっていたのか?」という説明を、証拠を揃えた上ですることも可能であった。
なにより。
「今やっておかないと、手遅れになるもんなあ」
というのが、ハザマの言い分である。
今回の術者たちにしても実行犯に過ぎず、その背後には王国大貴族たちの意図が存在するものと、ハザマは見ているわけであるが、それを指弾することはハザマの目的ではない。
ハザマの目的はあくまで、
「実害を、それも不特定多数に対する害を取り除くこと」
であり、政敵の排除ではない。
さらにいってしまえば、王国内の勢力などハザマは最初から対等な「政敵」とは見なしてもいなかった。
ある意味ではかなり傲岸不遜な見識ではあるのだが、そうした有象無象が何事かを企んだとしても自分たちであれば事が大きくなる前に察知をし、対処できるというかなり確とした自信があるため、これまで本気で憂慮してきたことがなかった。
ハザマ自身やバジルの能力、洞窟衆の組織力、それに、これまでに培ってきた外部勢力との信頼関係。
それらの要素が組み合わされば、大貴族はおろか、王国内のどんな勢力とも対等以上の戦いが可能である。
というのが、ハザマの洞窟衆周辺に対する評価なのであった。
洞窟衆は、すでに一国家内のぐだぐだした事情に拘泥するような、そんな組織ではなくなっている、と。
だから今回の事件に対しても、ハザマは平然と、ごく短期間のうちになんらかの決着をつけるつもりでいった。
具体的にいうのならば、こうした事態を引き起こした大元の元凶に向かって証拠を突きつけ、その上で、
「これ以降、洞窟衆には手を出さないように」
と直談判をして、承諾させる。
そうするためにも、どうにもいい逃れの出来ない証拠を掴んでおく必要があったのだが。
「その前に、この場をどうにかしないとな」
この場のツギハギどもの始末をつけること自体は、前述した通りに決して難しい仕事ではなかった。
事実、そのツギハギどももすでに二体を残すのみとなっている。
元々、地下から這い出てきた人数は数えるほどであったが、あっという間にハザマとバジルのコンビネーションによって駆逐をされようとしていた。
残り二体のうち、一体はハザマによって四肢を分断されて移動能力を失い、バジルに食べられている最中であった。
もう一体も、ハザマが冷静に剣で体を切り刻み、抵抗する能力を奪っている最中だ。
これで、この場での仕事は、取りあえず、であるが、終わりのはずであった。
本当に、そうなのか。
なにか、見落としていることはないだろうか?
バジルが食べかけていたツギハギをめでたく完食し、残っていたツギハギの残骸を食べにかかる。
その周囲を、ハザマ油断することなく見渡していた。
先ほどからハザマは、不穏な胸騒ぎを感じている。
少し、簡単すぎやしないだろうか?
こんなに簡単に始末をされる事態を起こすために、術者たちはリスクを負ってここまで活動をして来たというのだろうか。
「これまで、あまりにもうまくいき過ぎる」
という点が、ハザマの疑念を刺激している。
ハザマが乗り込んでくれば、こうなることは容易に想像が出来たのではないか。
それに対して、なんの備えもしていなかったことは、不自然ではないのか。
ハザマがそんなことを考えつつ周囲を警戒していると、不自然な地響きが起こった。
先ほど、瓦礫で埋まっていた扉板を下から叩いていた音のように、
「ドン! ドン!」
大きな音が、地下から聞こえてくる。
扉戸の下、ハザマが吹き飛ばした建物の地下になにが存在しているのか、この時点ではハザマは立ち入って確認していなかった。
地下から出て来たツギハギどもが、この場に存在した術者たちにとっての本命ではなく、単なる時間稼ぎをするための存在に過ぎなかったとしたら。
その可能性に思い当たり、ハザマはかえって腑に落ちた気分になった。
そうだよなあ。
そうでなくては、おかしい。
ここまで大事になっているのに、この程度のことで解決出来るはずがない。
ハザマは、そう実感している。
つまり、ここからが本命ってわけだ。
そんな風に思っていたハザマの足元、その地面が唐突に盛り上がった。
不審に思いつつも、反射的にその場から大きく後退をして、盛り上がった地面から距離を取るハザマ。
視界の隅で、バジルも同じようにかなりの速度で移動して、異変が起きた場所から距離を取っていた。
そんなハザマとバジルが見守る中、地面が盛り上がり、割れて、巨大な何かが起き上がってくる。
瓦礫と土煙を周囲に漂わせながら起き上がった巨体を見て、ハザマは呟いた。
「マジかよ」
その巨体は、一応人型をしていた。
二本の腕と二本足が胴体から伸び、そして肩の上に頭部らしき物体も見える。
形だけを見れば、確かに人間の相似形、ではあった。
ただし、かなりずんぐりとしたプロポーションの、身長六メートル以上はある、材質不明な骨格と、それにまとわりついた、やはり材質不明な筋肉らしいなにかで構成された、人間の体のカリカチュアめいた代物を、「人型」と呼んでいいのだとしたら、だが。
「悪趣味な」
と、ハザマは呟く。
ハザマは、人造のゴーレムも、巨大なヒト型の異族も見たことがある。
あれらはあれらで、人間のパロディめいた存在ではあったが、その代わりその動きはそれなりに円滑であり、自然な動きをしていた。
今、ハザマの目の前に立った巨人は、なんだか全般に不自然で、ちょうど最前に倒したツギハギたちのように、まるで自分の体の動かし方をこの場で学んでいるかのような、ぎこちない動きをしていた。
まさか、こんな無様な代物を動かすために、あの不定型生物をわざわざ召喚したんじゃないだろうな。
ハザマは、そんな風に思う。
その推測が当たっているのかどうか、この場ではなんとも判断しかねたが、この不器用な動きをする巨人に対して、ハザマがかなり不快な感情を抱いたのは確かであった。
その巨人の材質不明な筋肉が収縮し、腕を大きく振り上げる。
「おっと」
ハザマは、そういってその場から背後に跳躍して逃げた。
その直後に、巨人はさっきまでハザマが居た地点に大きな腕を振り下ろす。
大きな地響きがし、そして土埃があたりに舞った。
その土埃のせいで、にわかに周囲の視界が悪くなる。
「こっちに敵意があることだけは、確かなようだな」
誰にともなく、ハザマは呟いた。
あれだけ大ぶりな動きを回避することは簡単だったが、それも。
「あいつの動きが今まで通りのままなら、だ」
と、ハザマは冷静に判断する。
その巨人の動きは、まだまだぎこちなかったものの、ゴーレムなどよりはよほど自然だった。
若干のぎこちなさがあるのは、まだこの巨体に対して慣れていないから、習熟していないからではないか。
あの巨体が素早く動きはじめたら、さて、どこまで逃げ延びることが出来るのやら。
しかし、今のハザマは、本気で逃げて外の市街地にまで、その巨人を出すという選択肢はなかった。
そんなことをすれば、これまでしてきたことが無駄になってしまう。
どうにかして、この場でこの巨人を倒すのが、最前の選択肢といえた。




