不快な仕事
大小合わせて何体かのオブジェを平らげた後、バジルはさらに移動をして、ある瓦礫の山の前で足を止めた。
そしてハザマの方を振り向いて、なにかいいたげな様子でハザマの顔を見つめる。
「こいつが邪魔だってのか?」
なんとなく察したハザマが、口に出してそういった。
この瓦礫をのけると、バジルはさらに食糧にありつけると考えているようだった。
そして、そのバジルの感覚は、おそらくは正しい。
こと、食べることに関するバジルの感覚は、これまでの経験を振り返ってもかなり正確であった。
これまでの状況から考えて、おそらくこの瓦礫の下には、さらなる術者たちが閉じ込められている可能性が高かった。
もちろん、あんな爆破に晒されて無事でいるわけもない、これまでにバジルが完食をしてきた大小のオブジェたちのように異界から来た怪物のいいおもちゃになった状態で、であろうが。
問題は、この下にどれくらいのオブジェが閉じ込められているかだよなあ。
ハザマは、そう考える。
これまで遭遇して来た人間のパーツで作られたオブジェたちは、大小様々な大きさ、形であったが、後になって遭遇した物ほどより円滑に動いているように思えた。
やつらは、乗っ取った死体の、筋肉などの動かし方を、急速に学んでいるのだろうな。
ハザマは、そう予想した。
これまでは個別に遭遇していたので、バジルだけでも十分に対処できていたわけだが、いっぺんに複数の存在から襲いかかられるとなると、こちらも完全に安全とはいいがたくなる。
もちろん、そんなことになればハザマ自身も戦うつもりではあったが、多数の相手が一度に襲いかかって来たとき、うまく捌ききれるものか、確信が持てなかった。
ま、いいか。
ハザマは、気楽にそう思い切り、両手を使って山となった瓦礫を、ひとつひとつ除け始める。
「お」
数分、そんな作業をしていると、しばらくして下から上に向かって断続的に突き上げているような、そんな振動が伝わってくる。
大方、扉板かなにかの上に瓦礫が乗って、その下に閉じ込められた状態だったのが、ここに来て重しが軽くなってきたから、下から動かそうと試みているのだろう。
この下で生き残っている連中はこの異常な状況下で一時的に理性を失った状態なのか、それともこれまでに遭遇したオブジェたちのように、自分たちで召喚した怪物に支配されている状態なのか。
かなり乱暴な、力任せの突き上げ方であり、そのどちらであるにせよ、冷静な会話が可能な状態であるとは思えなかった。
生きている人間だったら、楽が出来るんだがな。
ハザマは、そんな風に思いながら、瓦礫をどける作業を続ける。
その作業が進むと、予想をしていた通り、大きな扉が瓦礫の下から見えてきた。
瓦礫の重量で大きくたわんではいたが、この分厚い扉板が、地下室へ続く通路を遮断してその下に居た者たちを閉じ込めていたらしい。
ある程度瓦礫がなくなって扉板を固定していた力が弱くなると、乱暴に下から突き上げていた連中の勢いが目に見えて増してきた。
半狂乱といっていい勢いで、どんどんと下からその扉板を上に向かって押し上げようとしているらしい。
その上にまだ残っている瓦礫が、その突き上げる衝撃と振動によって震え、左右にこぼれ落ちていく。
そろそろかな。
ハザマは頃合いを見て手を止めて、その扉戸から後ずさって距離を取った。
バジルはといえば、ハザマが瓦礫除去の作業をしている最中も少し離れた場所に鎮座して、澄ました顔で見ているだけだった。
念のため、ハザマはバジルの能力を解放して扉板の下に居るはずの存在の動きを止めようとしてみたが、下から突き上げる動きは少しも止まらない。
「これで、確定だな」
ハザマは、心の中でそう呟いた。
普通の人間であれば、この距離ならばバジルの能力によって金縛りになる。
しかし、あのオブジェを作っていた怪物たちには、バジルの能力は効かない。
ゆえに、この状況でも動いている扉板の下に居るやつらは、異世界から召喚された何者かによって操られている存在ということになる。
つまりは。
ハザマはそう思って、腰に差していた剣を抜いた。
たとえ人間の形を保っていたとしても、遠慮をする必要もなく、無力化していいということだ。
これまでに遭遇してきたオブジェのことを思い返すと、かなり細かく分断しないと「無力化」は出来なさそうだったが、ハザマが担当するのはあくまで相手の抵抗を一時的に弱めることによって時間を稼ぐこと。
実際に始末をつけるのはバジルの食欲であり、この組み合わせならば時間が経過すればするほど敵の数は減り戦力比的にこちらが有利になる、はずであった。
よほど想定外のことが起きなければ、これでいけるだろう。
ハザマは、そう予測する。
この廃墟となった爆心地を包囲している、外の連中に支援を求めることも考えたのだが、この状況だと普通の人間はかえって足手まといになる可能性があった。
やつらが制御できるのが、死んだ人間の体だけという確証もないしな。
ハザマは、そんな風に思う。
やつらが生きている人間に取りついて、意のままに動かすことが出来る可能性だって、この時点では想定しておいた方がいい。
そうしたことまで含めて考えると、この場ではやはりハザマ自身とバジルだけで対処しておいた方が無難な気がしたのだ。
相手がどれくらいの能力を隠しているのか、わからんというのが厄介だな。
そうも考えるが、こればかりは手探りでやっていくしかない。
相手のことを慎重に研究してから、などという悠長なことをしている余裕はないのだった。
何度か下から大きな力で突き上げられ、扉板の上に残っていた瓦礫が弾き飛ばされ、最後に扉板そのものが大きく弧を描いて吹っ飛んでいく。
ハザマが相手が出てくるまでの時間で手頃な大きさの瓦礫を拾い上げ、扉板の下から出て来た影に向かって投げつけた。
まだヒトの形を残していたそれが、腕を振ってハザマが投げた瓦礫を弾き飛ばす。
お。
と、ハザマはその動きを見て、驚いた。
これまでに見てきたオブジェの動きよりも、かなり素早いな。
もともとの形をほとんど残しているから動かしやすいのか、それとも、時間が経過をした分、連中が人体を操作するコツを覚え始めたからか。
いずれにせよ、あんまり時間もかけてはいられない、ってわけだ。
ハザマは、そう心に刻む。
四肢があり、頭部があり、一応、そのオブジェは人間の形を保っていた。
しかし、その頭部からして左右で目の色が違っていて、毛髪に至っては長さも色も異なる物がまだら状に生えている。
どうやら、頭皮や眼球ごと使えるものを選んで継ぎ合わせているらしい。
おそらく、異世界から来た怪物は、人間の体組織を動かすためには、人間の自然な状態に近づけた方が効率的に動かしやすいと、どこかのタイミングで気がついたのだろう。
ということは、それなりに知能もあるのか。
決まった形がないあの怪物のことを、なんとなく原形動物のような原始的な生物であると思い込んでいたハザマは、一層警戒心を強めた。
そうしたツギハギ人間型の怪物たちが、次々と地下の穴の中から出て来る。
むろん、ハザマもそれを見守っているばかりではなく、素早く駆け寄って抜き身の剣を先頭の動く死体へと一閃させていた。
その死体はハザマの剣による攻撃をまともに腕で受け止め、剣の刃はそのまま綺麗にその腕を切断する。
普通の感触よりも、かなり脆い。
ハザマは、瞬時にそう判断して後退した。
地面に落下した腕をバジルが咥えて、そのままもの凄い勢いで咀嚼をして噛み砕き、嚥下する。
ほんの数秒の、とても素早い動きだった。
これなら、いけるか。
ハザマは瞬時にそう判断して、再び動く死体に肉薄した。
やつらの動きと反応速度は常人並かそれより少し遅いくらい。
ハザマがやつらをバラしてバジルが食べていけば、時間は多少必要かも知れないが、無難に駆逐できそうだった。
バジルは、ハザマの動きを待つことなく、近くに居た動く死体のすねに齧りついていく。
二の腕の真ん中あたりから切断した死体の、今度は肩あたりに、ハザマは剣を振るった。
剣の刃に切られて、というより、その衝撃に絶えられず、ツギハギで合ったその死体のあちこちが弾け、たわみ、ぐんにゃりと歪んでいく。
ハザマが剣を振り抜いた時には、動く死体であったものは人間のパーツを寄せ集めてだらしなく接合をした上、再び斜めから押しつぶしたような、奇怪な肉片へと変化していく。
パーツごとの接着面が、まだ、あまりしっかりとは固定していない状態らしい。
寄せ集めの急造品、ってわけか。
剣がぶつかった時の感触と、それにこの外観とを目の当たりにしたハザマは、不快な感情に襲われる。
ハザマがもう少しまともな神経の持ち主だったら、その場で吐いていたかも知れない。
とにかく、人間の死体をもてあそぶそいつらの生態は、普通の人間からしてみれば、人間の尊厳を蹂躙している不快な代物でしかなかった。
ハザマが一撃にして壊した肉片には、すぐにバジルが取りついて片っ端から吸い込むようにして食べていく。
それを視界の端で確認しながら、ハザマは次のツギハギ死体へと向かった。




