襲撃の夜
ハザマ個人の意見としては、守りたいのはあくまで王都市井の一般市民たちであり、今回の騒動によってどこぞの貴族や王家、王城などに被害が生じたとしてもなんら掻痒を感じないのだが、それでもやはり被害は小さければ小さいほどいいに決まっていた。
特に王城の方に関しては、ハメラダス師も、
「使用された術式の詳細がわからんことには、なんとも予測が出来ん」
といっていた。
つまりは、この異変を引き起こした術者を捕らえて術式の詳細について聞き出さないことには、
「この異変を止めることが可能かどうかすらわからない」
と、いうわけである。
仮に首尾よくその術者を捕らえることが出来たとしても、すんなりと途中で止めることが出来る性質の術式なのかどうか、それすらも今の段階では判断できないということだった。
「人の意識を侵食するような存在はこの大陸には存在しない。
だから、別天地の何物かを引っ張ってこようとしているのだとは予想するのだがな」
と、ハメラダス師は説明をしてくれる。
つまりは、いつだったかの騒ぎと同様に、召喚魔法の一種を使用したのだろうとのことだったが、その種の魔法は長いこと禁忌とされていたため、ハメラダス師も詳細を把握しておらず、どうにも断言することが出来ないという。
「完全に出たとこ任せだな」
とハザマはそう思い、そしてすぐに、
「ま、こういうのはいつものことか」
と思い直す。
これまでハザマはいくつかの怪事と遭遇しそれを潜り抜けて来ていたが、そのときなども事前の予想通りに事態が進行することはほとんどなく、なにかしらの突発的なトラブルをその場のアドリブでどうにかして来たのだ。
今回もおそらくは、なんとかなるだろう。
なんとかならなくても、この大陸の中では無数にある国家のうちの一つ、その首都が壊滅するだけのことだ。
そんな自暴自棄なんだか楽天的なんだかよくわからない割り切り方を、ハザマはしていた。
ハザマの手に負えない災難というのは、この世界には確実に存在する。
以前からそこまで夜郎自大になっていたわけでもないのだが、ハザマはエンテラの件でさらに深く自分の限界という物を実感させられていた。
バジルの能力を使え、影響を受けている分、ハザマは確かにこの世界の大多数の人間よりは強力な個体になっている。
それはそれで否定のしようがない事実であるのだが、だからといって決して絶対無敵な存在になったわけではなかった。
そのハザマにしても、どうしたって勝てない存在がこの世界には少数ながらも存在しており、さらに召喚魔法などによって明らかにこの世界ではないどこからか引っ張ってきた、この世界の中でも異質な存在までもが居る。
そうした連中とハザマとでは、ソシャゲのキャラにたとえれば、レアとスーパーレアとかウルトラスーパーレアくらいの格差が存在するのだった。
ゲイル・ゴウドやヘムレニー猊下のような存在とまともに渡り合えと誰かにいわれても、ハザマはその場で逃げ出すことを選択する。
到底勝ち目がないと、そう悟っているからだ。
そもそも、
「身を挺して自分の理想とするところを全うする」
などという自己犠牲の精神は、ハザマには無縁であったし、
「可能な範囲内で出来るだけ努力すれば、結果はどうなろうとそこで満足をするべきだろう」
という、見方によっては非常に醒めた感性をハザマは持っている。
今回の件に関しても、前述のように不確定要素が多すぎて先の予想がつかない案件であるわけだが、ハザマとしてはそのことを無駄に憂慮するわけでもなく、淡々とその場で自分に出来る仕事を消化していった。
とはいえ、すでに大きな方針は決定して伝えてあったので、具体的な方策については冒険者ギルドの主導によって作戦案が作成され、実行に移されていた。
使える人員などに多少の差異があるにせよ、少し前にハザマが主体となって洞窟衆の活動を妨害していた連中を確保したときと類似した段取りであり、それだけに手配をする方も手慣れている。
「相手が術士の集団ということですから」
今回の作戦案をまとめた冒険者ギルドの男がいった。
「相手の居場所を包囲してから突入する、という段取りはいっしょでも、その前に例の結界を作成したいと思います」
「例の結界って」
ハザマが疑問を口にした。
「魔法の効果を打ち消すあれか?
あの結界、そんなに簡単に張れるもんなのか?」
「決して簡単ではありませんが」
冒険者ギルドの男は答えた。
「事前に相応の準備をしておけば、決して不可能ではありません。
突入時刻の直前に結界が完成するよう、調整する必要は出てくるでしょうが」
あんまり時間を空けて結界が完成してしまっても、術者たちに怪しまれてしまう、というわけである。
「おれが相手の動きを止めればいいだけじゃないのか?」
ハザマは、さらに疑問を口にした。
「それでは万全ではありません」
その男は、平坦な口調でそう答える。
「今の時点でこちらが把握している限り、その怪しげな東方訛りの集団は四カ所に分宿しているそうですから。
仮に男爵様が例の能力によって連中の動きを止めたとしても、通信で襲撃されたことをよそに知らされるとそれ以降の捕獲が難しくなります」
「ああ。
通信封じも兼ねているのか」
ハザマは、そういって頷いた。
「それならば、結界は必要だな」
今回、こちらが把握している関係者を一網打尽に出来るかどうか、その一点がかなり重要だった。
関係している術者さえこちらで確保してしまえば、王城の異変はこれ以上に進まない可能性が大きい。
少人数の術者であっても取り逃してしまえば、自暴自棄になってどんな乱暴な真似をするのか予想がつかないのだった。
もちろん、ハザマとしても一カ所を制圧すればすぐに転移札を使用して次の捕獲場所へと移動をする予定であったが、生身のハザマが移動する以上、どんなに急いでも一定の時差は発生してしまう。
その間隙に逃げられたり迎撃の準備を整えられたりしたら、こちらの手間やリスクもそれだけ増大するはずだった。
その点、結界により魔法の使用を封じた上で、バジルの能力により身動きまで封じてしまえば、後は物理的に身柄を拘束するだけである。
いちいち魔法封じの結界を張って回る、というのは、手間はそれだけかかるわけだが、確実性を重視するのならば避けられない手順といえた。
「その、襲撃予定の四カ所の様子は?」
ハザマは、次の質問をした。
「少し前から見張りをつけていますが、今のところ異常は見られません」
冒険者ギルドの男はいった。
「今時点では、見張りがついたことにさえ気づかれていない様子だということです。
こちらは王都のオラ組の人たちが担当しているので、間違いはないでしょう」
諜報部門のオットル・オラが、オラ組の若い者を選りすぐってこちらに回してくれたのだった。
それなりにこの手の仕事に慣れた手練ればかりということなので、その連中の見張りや追跡に関してはオラ組に一任している。
「準備が整っているんなら」
ハザマが気軽な口調でいった。
「今夜にでも、やつらを捕まえるか」
準備期間をあまり長く取り過ぎても、相手に気取られる恐れがあるのだ。
「それがいいでしょう」
冒険者ギルドの男がハザマの言葉に頷く。
「ハメラダス師経由で妙に魔力の高い東方訛りの集団が居ると知らされてから、もう三日も経過します。
これ以上時間をおいても、得るところはないかと」
王都によそ者の怪しい術士が入り込んでいると最初に認識をしたのは、王都に在住する魔法使いたちであった。
この王都は人の出入りが激しく、そうしたよそ者も決して珍しくはないのだが、そうした魔法使い同士の噂を耳にしたハメラダス師が疑念を抱いてハザマたちにその存在を知らせてくれたのが、そもそもの発端である。
王城の異変が起きた時期とそのよそ者の出現した時期とがほぼ一致していたので、なんらかの関連はあるだろうと見なされてはいたが、その予測も決して完全な物ではない。
実際に確保してみたら、この件とはなんの関連もない市井の魔法使いでしかなかった、という可能性もあるわけだが、そうではない可能性の方が多いので、とりあえずは身柄を確保しておく。
実際に関係者であった場合、放置しておいたままでは危険すぎるからだった。
「相手がこちらの出方に気づいていない以上、特に心配することはないでしょう」
冒険者ギルドの男は、そういった。
「そうだといいんだがなあ」
ハザマは、その言葉を聞いて微妙に顔をしかめる。
「慢心していると、足元を掬われかねない。
この作戦に従事する者は、くれぐれも油断をしないようにと念を押しておいてくれ」
なんとかの法則ではないが、安心しきった状態でいると想定外の事態が起こって足元を掬われかねない。
ましてや、ハザマは、これまでの経験からこうした作戦行動の最中には、想定外のトラブルがつきものであることをよく知っていた。
「なんだかんだいって手慣れているんだよな、うちの連中」
その夜、ハザマ商会の倉庫内に待機しながら、ハザマはそんなことを思う。
「たかだか一両日中にこれだけの手配を済ませるんだから」
念のため、その捕獲予定の連中の居場所周辺には、ブラズニア公爵家の魔法兵や冒険者ギルド経由でこの仕事に志願してきた者たちを配置している。
後者は遠い帝国版図からわざわざ来てくれた、なんらかの加護持ちたちがほとんどであった。
なんのトラブルもなく、予定通りにその術者たちを捕獲できればそもそも彼らの出番はないわけだが、それでもこうした手配が無駄な物であるとは、ハザマは思っていない。
そうした特殊な技能なり加護なりを持っている者をわざわざ手配する以上、相応に多額な人件費を覚悟しなければならないのだが、一種の保険として考えればそうした出費も特に惜しくはない、とハザマは考えていた。
なにしろ、現場は王都の町中である。
少し前に同様の捕り物をやったわけだが、あのときは単なる、不平を持った貴族だけが相手だった。
相手の出方がわからない、ということでは、今回の術者集団の方が、よほど不穏でもある。
「一件目、準備が出来たようです」
冒険者ギルドの者が、ハザマに告げる。
「おう」
ハザマは返事をして、手にしていた転移札を破いた。
「それでは、行ってくる」




