ガイゼリウス卿の目論見
やるべき方針が定まれば一気に動き、必要な準備が整えられていく。
洞窟衆という組織はすでにそうした性質を獲得していた。
ハザマがなにもいわなくてもその不審なよそ者たちを包囲、捕獲する準備が進められていく。
洞窟衆、冒険者ギルドともになにかと多忙な時期であり、そのため必要な人員をかなり遠くから調達する必要もあったようだが、ここぞとばかりに開発に成功したばかりの転移札を濫用したようだった。
「相手が得体の知れない魔法使いたちということならば、対応する人間も相応の内実を備えておいた方がよい」
ハメラダス師も、そう断言をする。
頭数だけ揃えても、「無駄に被害を広げるだけ」という結果に終わる可能性が高かった。
そのため、自然と集まってくる人員は自身が魔法を使いこなせる者か、それとも魔法について詳しい者に限られてくる。
さらにいえば、その上で不測の事態に対応できるだけの柔軟性と実行力を持っていなければ足手まといにしかならず、自然とそれなりの経験を積んだ魔法兵と呼ばれる連中が集まるようになっていた。
「ということで、今回は冒険者ギルド経由で志願をして来た形になります」
アズラウスト・ブラズニア公爵はそういって何気ない態度でハザマに挨拶をした。
「ぼく以下、うちの精鋭五十名、好きなように使ってください」
「いいんですか?
この時期にこんなところに来ても」
ハザマとしては、そう返すしかない。
アズラウストが治めるブラズニア公爵領は、この王国と微妙な関係にある、はずであった。
アズラウストがのうのうと王都内を闊歩している場面を、アズラウストの顔を知っている人に目撃されたら、なにかと面倒なことになるのではないか。
「構いませんよ。
今回は、王国のためというよりは私人としての参加ですから」
ハザマの心配をよそに、アズラウストは平然とそう答えた。
「それに、ことがことですからね。
召喚魔法を駆使するような輩が王城にまで手を出したようだとなれば、そのまま放置しておくわけにはいかないでしょう。
最悪、この王都が丸ごとこの地上から消え失せてもおかしくはない。
いや、被害がその程度で済めば、むしろ幸運な方でしょう」
つまり、魔法のことをよく知るアズラウストから見ても、召喚魔法とはそれほど危険な魔法であるというわけだった。
「すでに説明を受けているかも知れませんが」
そう前置きをして、アズラウストはハザマに語りかける。
「あの手の魔法は、往々にして召喚に成功した代物が術者の制御から外れがちなことと、それに想定外の能力を持っていることが多いという、二つの理由により研究も使用も禁止されています」
「強力なだけで暴走する確率が高い存在」
ハザマは、そういって頷いた。
「そんな代物を呼び込んだところで、メリットよりもデメリットの方が大きいと考えるはずだもんな。普通は」
「仮に、なんらかの理由でその手の魔法を使えたとしても、普通は使わないのですけどね」
アズラウストは、ため息混じりにそういった。
「それを平気で使っているとなると、相手は狂人か、あるいは常人には理解できない判断基準によって動いている可能性があります。
だからなおさら、放置しておけない」
「キチガイに危ないおもちゃを持たせておきたくないってわけか」
ハザマは渋い顔をして頷いた。
このアズラウストにしてもハザマと同じく、王城が、いいかえればこの王国の政治的中枢がどうなろうともあまり関心はないのかも知れなかった。
ただ、この事態を放置しておけばどこまで被害が大きくなるのか予想がつかない。
だから、大事になる前に、それ以上に被害が大きくなる前に異変の原因を取り除いておきたいのだろう。
その意図は十分に理解できるのだが、ハザマとしては、
「なんだか予想した以上の大事になってきたなあ」
と、正直、戸惑う部分も大きかった。
あるいは、単にハザマがことの重大さを正確に認識できていなかっただけのことなのかも知れないが。
「結構なことだ」
アズラウストと前後してハザマ領公館を訪ねてきたガイゼリウス卿は、ハザマが一通りのことを説明し終えた後、涼しい顔をしてそういった。
「大いに、やって貰おうではないか」
「はあ」
ガイゼリウス卿の態度が腑に落ちず、ハザマは曖昧な表情で頷く。
「うまくその、東方の魔法使いたちを捕らえることで事態が終息すればいいんですが、それで終わらない場合はどうにかして王城内部にまで手を伸ばさないと禍根を断つことが出来ません。
そうなると、相応に騒がしいことになると思うのですが」
ガイゼリウス卿の立場を考えれば、王城内部で不祥事を起こすというのは、どう見ても歓迎できないことであるはずだった。
「それは、貴公の責任ではない」
ガイゼリウス卿は表情を変えずにそういった。
「強いていえば、ことを起こした下手人が存在したからこそ、そういう事態にまで発展するのだ」
「それは、そうなんですけどね」
ハザマは、ガイゼリウス卿の態度をどう解釈するべきか迷いながら、頷いた。
「でも、場所が場所だから、一旦ことが起きてしまえばかなり大事になってしまうはずなんですが。
それでも、いいんですか?」
「いいわけがない」
ガイゼリウス卿はばっさりといった。
「だからこそ、そちらには頑張って貰いたい。
解決をする傍ら、下手人の不正を証明する事物をどうにかして確保出来れば、そちらの責任が問われることがないよう、出来るだけの手配はさせて貰う」
「そりゃ、当然ですよ」
ハザマはいった。
「こちらとしては、後になってこちらが責められることを避けるために、こうして事前にガイゼリウス様に相談しているわけでして。
その、関与しているとおとぼしい魔法使いたちの確保とか、証拠集めの方はこちらでどうにかしますから、最終的な解決はそちらでどうにかしていただくことは出来ませんか?」
邪魔な、不都合な相手を打倒するのだけならば、おそらくは今の洞窟衆ならば、そんなに難しくはない。
よほどの相手でなければ、だが。
だが、その背後に政治的な事情とやらが絡んでいたとすれば、結果は違ってくる。
ハザマとしては、相手の実戦力よりはそれ以外の部分、特に政治的な事情関連の方が、そちらに深入りをすることを恐れていた。
どうもこの事態は、王国内の勢力争いに端を発しているらしい。
だったら、王国内で解決を図るのが筋ではないのか。
ハザマの立場としては、そうもいいたくなる。
「確かに禁軍を動かせば、王宮内の不穏分子を選別して一掃することは可能であろう」
ガイゼリウス卿はハザマの目をまともに見返してそういった。
「ただ、それを実行するとなると、城内がかなり騒がしくなる。
禁軍の連中は、武張ったことを得意とするが、その代わりに繊細さに欠ける。
首尾よく患部を除去することが出来たとしても、健全な部分もかなり損なわれることになろう」
「疑わしい者を片っ端から処分するってことですか?」
ハザマは、反射的に訊き返していた。
「国王直属の軍隊が、そんな乱暴なことを?」
「その乱暴なことを専門に行うことこそが、近衛の役割である」
ガイゼリウス卿は静かな声でハザマに伝えた。
「一度敵と認定すれば、自国の高級官吏や王侯貴族であろうとも容赦せずに叩き潰す。
やつらは、そうするように普段から厳しく訓練をされている。
そんな破壊と殺戮のためだけに存在するような連中を、あえて王城内に入れたら果たしてどのような騒ぎにまで発展することか。
その点、そちらは、なにかと柔軟で機転が利く。
そうではないのかね?
ハザマ男爵」
ガイゼリウス卿が王国内の戦力を使わないのは、理由もなく出し惜しみをしているわけではなく、そうするよりは洞窟衆に任せた方がより傷が浅くなると、そう判断したから。
そのようにいわれてしまったら、ハザマとしてもそれ以上の抗弁をすることは出来なかった。
「うちが動くのは仕方がないにしても」
しばらく考えてから、ハザマはいった。
「そのせいで、後になってうちの責任も過大に問われるのは困りますよ。
その辺は、しっかり根回しをしておいてください」
「今は、年始年末の休暇中でな」
ガイゼリウス卿は、ハザマから露骨に視線を逸らしてそういった。
「ここへも、あくまで公務ではなく私人として来ておる。
国務総長としては言質を取られるようなことはいえぬのだが、私人としてならばしかと約束しよう。
なんなら、契約書を書いてもよい」
「今度はえらく下手に出てきますね」
そうしたガイゼリウス卿の態度は、かえってハザマの疑念を煽った。
「おれたちを焚きつけて、そこまで保証もくれて動かして。
いったいなにを狙っているんですか?」
「ハザマ領の帝国への移管、それに王国の新体制への移行。
この二件については、いまだに反対者が多くてな」
ガイゼリウス卿は、いった。
「だから、そうした反対者を黙らせるためにも、お主らには英雄になって貰わねば困る。
国家転覆を企んだ大貴族たちを黙らせ、王国を救ったのがお主らということになれば、表だって反対出来る者はほとんどいなくなるはずだ。
さらにいえば、お主がベレンティア公爵の家門を引き継ぐことにも大方が納得をしてくれるようになる」
なんのことはない。
このガイゼリウス卿は、このような危機においても王国内の政治的な力学に沿って動いているだけだった。
大貴族の陰謀さえ叩き潰す洞窟衆を背景にして、王国内の改革を進める一助にしようとしているわけである。
だから、ハザマたち洞窟衆には勝って貰わねばならないし、その後に王城内を騒がした罪人として扱われることもない。
極めて打算的な判断でもあったが、だからこそかえって信頼に値はするのか。
ハザマは、そう思った。




