ハザマたちの打開策
そうした王侯貴族の威厳や体面、都合などについて、ハザマはなんの興味もなかった。
自分とは関係ない場所でそうした関係者同士がやり合う分にはそのまま放置しておくつもりであったが、王城や王都までもが巻き込まれそうだとなると関心を持たないわけにはいかない。
ハザマは別にこの世界で自分の正義を体現しようなどとは思っていなかったが、百万都市であるこの王都が大きく損なわれるようになる事態は出来れば避けたいと思っていた。
あくまで、自分に出来る範囲内で対処するだけのつもりはあったが、そのまま見て見ぬ振りをして被害が出るまでなにもしないでいたら、まず確実に寝覚めが悪くなりそうだったからだ。
そんなわけで、すぐに関係しそうな各所で情報集めを開始したのだが、この作業が思うように進まなかった。
王城はすでに年始年末の閉門時期に突入しており、当番の衛士以外の者はほとんど内部に出入り出来ないようになっている。
ハザマの出身世界とは違い、こちらの世界は万事がのんびりとしていて、この休暇期間も年末に半月余り、年始の半月余り、合わせて一月以上、王城は行政府としての機能を停止するのであった。
ハザマの感覚からいえば「休みすぎだろう」ということになるのだが、普段王城内に出仕している者たちが郷里に帰る移動時間などを考慮すると、それなりに必要な期間なのかも知れない。
こうした役人や貴族は帰省した際、自分の国元の人々と接触して情報や意見を交換するだろうから、国政を決する場でもある王城にとっても、この期間は必要なコストであるという見方も出来た。
通信網が整備され、これから洞窟衆は転移札も徐々に販売をしていく予定なので、移動や情報のやり取りに関する感覚もこれからは変化してくるのだろうが、今の時点ではたかだか移動のために数日とか数十日を費やす感覚が、この世界はデフォルトなのである。
この年始年末の時期に城内に出入りをするのは、当番の衛士とそれに王族に宗教的な儀式を行う宗教関係者くらいなもので、とにかくそれ以外の期間とうって変わって、王城の中はひっそりと人気がなくなるのだそうだ。
そうした王城に出入りをする者たち以外に、王族の身の回りを世話している数十名の使用人たちが居るのだが、こちらの方は普段から王城内で生活をしているので特に用事でもない限りは出入りをすることはない。
その間、王族や使用人たちが消費する食糧なども、王城内に備蓄している分を使用したり、飼っている家畜を消費したりするので、その手の業者もあまり出入りをする必要がない。
この国の王城に限らず、この世界の軍事拠点はだいたい数ヶ月から場合によっては数年単位の籠城にも耐えられるよう、食糧その他の消費物資をその中に蓄え込んでいるのである。
人気が極端に減るこの時期の、王城内の人々を養う程度の物資は、普通にその内部に存在していた。
密室、というほど厳重でも厳密でもないが、とにかくこの時期の王城は一種の閉鎖空間であることは、確かなのであった。
「そんな時期に、情報集めといってもな」
ハザマは、そうぼやく。
こんな状態であるから、王城内の状況を探るのにもかなり苦労していた。
別にハザマ自身が直接動いているわけではないのだが、とにかく、内部の様子を確かようとするだけもかなり難儀する、ようだった。
オットル・オラが知古を頼り、ハメラダス師が魔法使いの伝手を経由してどうにか探ったところによると、王城内は少なくとも表面上は、普段と変わらない様子だという。
ただ、そうした情報をもたらした者も含めて、城内に居る人間が全員「反応の遅延」という変化を被っていた場合、なんの異常も感知できないのはむしろ当然なのである。
関係者全員にその変化が起きた場合、変化が起こったことさえ気づかれはしない。
ハザマの元を訪ねてこの異変の存在を知らせたのが、王城の内外を出入りする衛士であったことは、当然なのであった。
そうした立場の者でなければ、そもそも変化の存在に気づくことさえ出来ない。
ハメラダス師から異変の存在を知らされた後、王城に仕えている魔法使いたちはそうした変化が本当に存在をするのか、あるいは、その変化が存在すると仮定をした上で、その変化がなにに由来する物なのかといったことを調査しはじめたようであったが、こちらもあまりはかばかしい成果を出せていない。
王城内には、例の魔法効果を消去する結界が張り巡らされているからである。
その結界があるお陰でそうした異変を調査、観測するための魔法も無効化されてしまうため、あれこれと推測を巡らせるだけであり、なんの進展もないようだった。
「この時期の、王城の中で、というのが」
事態を解決することを、大きく妨げているよな。
と、ハザマはそう思う。
いや、まさしくそれこそが、この異変を仕掛けた人間の狙いなのであろうが。
とにかく、そんな理由により、情報収集に関してはしばらく成果らしい成果は望めないようであった。
「どうにかならんのですか、これ」
ハザマは、魔法使いたちに相談をする。
「なんとかこの事態を打開する方法、ないですかね?」
「異変の存在を証明できれば、もっと堂々と調査なり解決策なりを講じることが出来るのであるがな」
ハメラダス師は、そう応じる。
「その最初の一歩からして、こうして躓いているんですが」
ハザマはため息混じりに、そういう。
「なにか対策、ないですか?」
ハザマがそう訊ねたのは、魔法使いならばなんらかの打開策を持っていそうな気がしたからである。
「いくつか、あるにはあるけど」
トスラタトテがいった。
「一番根本的な方法は、王城の結界を破壊する」
「物理的に、ですか?」
当然、ハザマは渋い顔になった。
「いきなりそんなことをしたら、晴れておれたちは全員反逆罪ってことになるな」
王城の施設、それも魔法結界などという防衛上重要な役割を担っている代物を勝手に壊したら、王族や王国に対する反逆罪を疑われても仕方がない。
「それが現実的ではないというのならば、王城内はひとまず捨て置いて、その異変をおこした人間の方を捕まえて自白をさせる」
トスラタトテは平静な声で続ける。
「相手が貴族様でなければ、遠慮なくそうしているところなんですけどね」
ハザマは、そういった。
「こんなところで公爵家に討ち入りにいったら、仮に首尾よく証拠を掴めたとして、こちらの身も危うくなる」
たんなる疑惑だけの段階で軽々しく確保してもいいほど、上級貴族の身分は軽々しくはないのである。
後になってそういう行動を起こしたハザマが正しかったと証明されたとしても、正面から面子を潰された側が黙っていないだろう。
場合によっては一族郎党を引き連れてハザマなり洞窟衆なりに報復をしようと試みることも十分に考えられ、そうした事態はハザマとしても出来るだけ避けたかった。
「王城の危機は救ったが、その代わり末代まで続く恨みを買いました」
では、それこそ実際に解決に乗り出したハザマたちの立つ瀬がないのである。
また、必要以上にリスクを買うのは、ハザマの好むやり方ではなかった。
「では、この事態を引き起こした術者を確保する」
トスラタトテは、ハザマの反応に動じることなく、淡々とした態度で続けた。
「出来るのか、それ?」
初めて、ハザマが否定以外の反応を見せた。
「可能かどうかは、実際に試してみないことにはわからない」
トスラタトテは、静かな口調でそう返す。
「ただ、ヒト族の、それも高位の貴族がそんな異変を起こせる術理を伝えているとは思えない。
ことを起こそうしている者とは別に、この異変を実際に引き起こした実行犯が存在すると考えるのが、自然」
「その術者を捕まえるわけか」
ハザマは、そういって頷いた。
「他の方法よりは、まだしも成功する確率が高そうだな。
それで、具体的なあてはあるのか?」
「妙な術者が最近になって王都に出入りをしていないか、調べさせて見たのだが」
ハメラダス師がさりげない口調でいった。
「何名か、東方の訛りを持つ集団が長く王都に滞在しているようだな」
「東方、っていうと、森東地域のか」
ハザマは、そう呟く。
「確か、以前に召喚獣騒ぎを起こした術者が、そっちの方の出だってことだったな。
今回も、その術者たちと手を組んだってのは、あり得るのか」
「今の時点では、その訛りを持つ連中が実際に術者であるのか、あるいはこの件に関与しているのかどうかは確定しておらんがな」
ハメラダス師はいった。
「すべてこちらの推測に過ぎん」
「具体的な証拠はなにもない、と」
ハザマはハメラダス師の言葉に頷いた。
「でも、直接王城を動かしたり上級貴族と事を構えるよりは、そっちの線を攻める方が成功する確率は高いわな。
相手の都合や権利を踏みにじる形となるが、万が一こちらが推測した通りだったら、大きな被害を未然に防ぐ結果にもなる。
その逆に、その連中がこの件とはまったく無関係だった場合は、口止め料と慰謝料込みで相応の金でも掴ませて納得をして貰うことにしよう」
ハザマがそう決断したのは、今の時点では他に打てる手がないからでもあった。




