真夜中の捕り物
一瞬だけ目の前の光景が霞んで、すぐ次の瞬間には視界が正常になる。
その他の感覚になんらかの異常が起こるわけでもなく、転移魔法はだいたいいつもそんな感じであった。
今回は移動先が夜中の町中、光源の乏しい街路上であったので移動先が暗く、目がその暗さに慣れるまでに時間がかかった。
この転移魔法にも、すっかり慣れてしまったな。
と、ハザマはそんな風に思う。
特に転移札を多用出来るようになってからこっち、この魔法にもすっかり慣れてしまった。
本来は、こんなに気軽に乱用できる魔法ではなかったはずなのだが、随分と手軽になってしまった。
もっとも、この時点ではまだ洞窟衆が製造元ということであり、ハザマの周辺でだけ「気軽に」使えるだけであり、この転移札の外部への売価は当然高額であったのだが。
「こちらです」
ハザマがそんなことを考えている間と、すぐ近くから声をかけられる。
「ここから先へ進むと、通信が使えなくなります。
ご注意を」
ハザマを待ち構えていた、冒険者ギルドの者だった。
「ここから結界の効果範囲内か」
ハザマは、誰にともなくそう呟いた。
「実際に結界を作動させたのは今し方になります」
冒険者ギルドの者が、そう説明をしてくれる。
直前まで結界を作動させなかったのは、ハザマたちの目的である敵集団に気取られないようにするためだろうな、とハザマは考えた。
相手がどの程度警戒しているのかはわからないが、尾行や見張りをする際にも最大限の注意を払っていたということだったし、相手がそれに気づいている様子も、少なくとも外から見た限りでは確認できなかったと、説明されていた。
なんらかの罠を張って待ち構えているとかでなければ、普通は就寝しているような真夜中でもあり、周囲はしんと静まりかえっている。
少し歩いて、目的の人物たちが宿泊しているという宿屋の前に到着した。
少し前、洞窟衆の活動を阻害しようとしていた不満貴族たちが利用しているような粗末な宿ではなく、もう少し上等な、客に個室を提供することを当然としているような宿だった。
「中に異常はないようです」
すぐに、宿屋のそばに待機していた物が寄って来て、ハザマに告げる。
宿泊客のふりをして、中に入り込んで内偵をしていた者が居て、そちらからも警告の知らせは届いていないということだった。
「わかった」
ハザマは頷いた。
「それでは、これから宿屋の中に居る人間の動きを止める」
いい終える前に、ハザマはバジルの能力を限定的に解放して、宿屋の内部にだけその効果が及ぶように念じる。
「これで、中のやつらは全員動けなくなったはずだ」
続けて、ハザマはそういって宿屋の扉を開けるよう、手振りで指示を出した。
「バジルの能力が効かないやつもたまに居るので、そいつを除いてはということだが」
と、付け加えることも忘れない。
事前の打ち合わせでその可能性については伝えていたのだが、バジルの能力を過信するあまり不測の事態に対応できなくても困るので、あえて注意を喚起しておいた形である。
「わかっています」
宿屋のそばに待機していた男が腕をあげて合図をすると、音もなく二十人からの人間がどこからともなくハザマの背後に集まってくる。
オラ組のやつらかな、と、ハザマは推測した。
いずれにせよ、こうした事態にも対応できるよう、相応の訓練を受けて来たらしい身のこなしであった。
ここに集まって来たのはあくまで宿屋の内部に突入する者であり、これ以外にも、さらに数十人からの人間がこの宿屋を包囲している手筈になっている。
ここへ来て、大事な手がかりになり得る人間を取り逃がすようなことは、どうあっても避けたかった。
そのため、ハザマたちの側もかなり慎重に準備を進めていた。
「では、入るぞ」
ハザマは一言、そう告げてから、宿屋の中に入っていく。
結界内であるため照明魔法などは使えず、宿屋の中は暗いままであった。
すでに周囲の者がハザマに提灯を差し出す。
提灯内部のろうそくの灯りはまぶしすぎるということがなく、周囲の暗さに慣れていたハザマの目にも優しかった。
ハザマは無言のまま宿屋の内部を進んで行く。
事前に内部の見取り図や、目的の人物たちが寝起きしている部屋の位置も確認していたため、その足取りに迷いはなかった。
このまま、なんの抵抗もなくやつらを捕まえることが出来ればいいがな。
そう思いつつ、ハザマは先へと急ぐ。
ハザマの背後を、足音を忍ばせた集団が着いていく。
目的の部屋の前まで来て、その扉に鍵がかかっていることを確認してから、ハザマは無言のまま合図をして背後の者を促した。
背後に控えていた者がやはり無言のまま頷いて、すぐに針金のような道具を出して、その扉の鍵穴に差し込む。
無音のまま、ほんの数秒なにやら作業をすると、そのまま扉はあっさりと開いた。
ハザマはそのまま部屋の内部に侵入する。
「五名」
提灯で内部を照らしながら、ハザマはいった。
「内偵した通りの人数だな。
全員、バジルの能力が効いているようだ。
すぐに拘束して連れ出してくれ」
まず最初の潜伏場所は、抵抗らしい抵抗もなく目的を達することが出来た。
この調子で、最後までいければいいのだがな、と、ハザマは思う。
目的の人物たちの身柄を確保する作業はそのまま着いて来た者たちに任せ、ハザマはすぐに宿屋の外に出た。
このような作業をあと三件分こなさなければならず、しかも確実性を考えると、あまり時差をおかない方がいい。
あんまりもたもた時間をかけていると、それだけなんらかの偶然でハザマたちがこうした捕り物を実行中であると、目的とする人物たちに気づかれる可能性も大きくなるのだった。
宿屋を飛び出したハザマはそのまま駆け出し、急いで結界の外を目指す。
結界の効果が及ばない場所まで移動しないと、転移札も使えないのだった。
煩雑なようであるが、確実性を重視すれば、この程度の手間がかかるのは仕方がない。
同じような行為を繰り返し、ハザマは次々と目的の人物たちを確保していく。
おそらく、おれがいなくてもこの作業自体は出来るはずなんだろうが。
途中、ハザマはそんな風に思った。
バジルの能力を使った方が、より安全で確実だもんな。
そうした面ももちろんあったわけだが、それ以外にここのところデスクワークが続いて退屈をしていたハザマ自身が志願していた、という面もあった。
相手の正体や目的、能力などの詳細をこちらが完全に把握していない以上、不測の事態に備えておくのは間違いではない。
だから、ハザマがこの件で先頭に立つ意味は十分にあるのだが。
このまま最後まで、無事に作業を終了できればいいのだが。
そうも、ハザマは思う。
ハザマとしても、別に波乱に満ちた展開を期待しているわけではなく、その逆に何事も問題が起きずに、最小限の手間で目的を達成することを望んでいる。
そしてそうした期待というのは、得して裏切られる物だった。
目的の人物たちが宿泊していたのは、宿屋であったり建物を一棟丸ごと借りていたりしたのだが、いずれも王都周縁の、ちょうどハザマ商会を立ち上げた場所のような、ごみごみとした新市街だった。
人の出入りが激しく、なおかつ、よそ者が潜んでいてもあまり詮索されない場所として、都合がよかったからだろう。
そうした新市街は、どこの出身とも知れない流民たちが大勢集散するような場所でもあった。
件の人物たちがハザマたちに目をつけられたのも、たまたまその連中が総じて高い魔力を持ってたからである。
これは、魔法に通じているような人物から見れば瞭然としているのだが、それ以外の人間は気づきもしない、そんな微妙な特徴でもあった。
言葉の訛りもあったが、なによりそうした特徴を持っている者たちに王都の魔法使いが気づかないわけがなく、その王都の魔法使いたちにコネを持つハメラダス師が、その存在に気づいた形である。
捕らえたやつらが今回の件とは無関係、という線もあるんだけどな。
転移札を使用し、王都のあちこちへ移動して、次々と目的の人物たちを確保しながら、ハザマはそんな風に思う。
そうした特徴を持った連中がこの時期に揃って王都に居住していたのは純然たる偶然であり、この件には関係していなかった。
という可能性も、もちろんあった。
相手に気取られないため、必要以上の接近や接触は、洞窟衆の関係者に禁止しているため、事前に確認の取りようもなかったのだ。
もちろん、そのときは素直に謝るだけだった。
だがまあ、可能性として考えると、なんらかの関連はあると見るのが妥当だろうと、そうも思うのだが。
「ここで最後か」
また転移札を使用して移動した先で、ハザマはそう呟く。
「最後まで、何事もなければいいけどな」
そして、それまでのように現地で待機をしていた者に案内をされて、目的の建物へと急いだ。
今度は宿屋ではなく、かなり老朽化した一軒家だった。
事前の情報によると、このボロ屋に十人以上の人間が居住しているらしい。
周囲への聞き込みによると、倒壊寸前の、持ち主さえ定かではない廃屋に、いつの間にか住み着いていたということだった。
こうした事例は、王都の新市街では別に珍しいことでもない。
その建物の扉には、鍵などという上等な物はなく、閂かなにかで内部から開閉を封じているということだった。
だから、ハザマがバジルの能力を解放してから、現地に待機していた者が大きなハンマーを持ち出して、それを振りかぶって入り口の扉を蹴破る。
音がするが、仕方がないな。
そう思いながら作業を見守るハザマの目の前で扉を構成する板が破壊され、その穴に手を差し込んで閂が外される。
すぐに扉は大きく開いて、ハザマはその中に足を踏み入れた。
「あ」
その直後、ハザマは声を出していた。
「逃げろ!」




