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トカゲといっしょ  作者: (=`ω´=)


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魔法使いの問題

「い、いや」

 そう答えるゼスチャラの声は震えていた。

「そもそもあれらは入門書ですから、術理の厳密さや正確さよりも理解のしやすさを重視して、ですね……」

「魔法使いとなる間口を、従来とは比較にならないほど大きく広げた。

 いや、こうしている今も、どこかでお主が書いた書物を頼りに魔法を覚えようとしている者が存在するはずである」

 ハメラダス師は、ゼスチャラの言葉の途中で、よく通る声でそう被せた。

「実際、魔法使用者人口の拡大とか魔法の普及ということでいったら、お主の書物はかなり大きな影響力を持っておるだろう。

 その功績は、素直に認めるとしよう。

 だがしかし。

 お主の書物のおかげで生じた陥穽があるということも、心得ておかねばならぬぞ」

 そういって、ハメラダス師は目を見開いてセズチャラの顔をまともに見据えた。

 ハメラダス師は老齢ではあったがかなり体格に恵まれた大男であった。

 小太りのおっさん然としたゼスチャラと対面すると、自然と見下ろすような感じとなる。

 さらにいえば、年齢に似合わず精悍な雰囲気を残しているハメラダス師に対して、ゼスチャラの方は普段の不摂生ぶりが歴然とした、一目で運動不足だと理解できる、だらしのない体つきであった。

「か、陥穽と、いいますと?」

 声を震わせながらも、ゼスチャラはハメラダス師に問い返した。

「記述された内容が洗練さに欠けるということは、まあ置いておこう」

 ハメラダス師は、そう答えた。

「それ以外に、お主の書物は、魔法使いとしての心得に関してまるで触れておらん。

 倫理を欠いたまま魔法だけが使える者が増えていったら、その先どうなるのか?

 そうした急増の魔法使いたちが己の欲望を満たすためだけに魔法を使い始めたら、それを抑制することはできるのか?

 その辺の問題を、お主はどう心得ておるのか?」

「ああ、それは」

 ゼスチャラはため息を漏らしてから、いった。

「書くべきかどうか悩んだ部分でもあったのですが、紙面にも限りがあります。

 ことに、紙や書物はまだまだ高い。

 書物の中に盛り込む内容を吟味する中で、最終的には省略するしかありませんでした」

 物怖じすることが少ないこの男としては、目線を落として悄然として語る。

 ゼスチャラにしても、内心では忸怩たる思いを抱えてきた部分であったのかも知れない。

 物理的に軽くて薄く、どこにでも携帯できて手軽に学べる。

 というのが、ゼスチャラが手がけた入門書類の売りであった。

 そのため、不要と思われる情報はとことん削っている。

 そのことが、ハメラダス師が指摘をすることに繋がっているわけだが。

「そうした事情もわからんでもないが」

 ハメラダス師は、そういって首をゆっくり左右に振る。

「師匠について習い覚えるのなら、自然とそうした心得は伝えられるものだ。

 そうした、人伝にされる手間を省くための書物であれば、なおのこと、おろそかにしてはならない部分ではなかったのか。

 お主が記した書物は、今となっては大きな影響力を持っている。

 その分、その影響を受けてなにかが起こったら、それなりに大きな事件になってしまってもおかしくはない。

 そのことを、もう少し慎重に考えるべきだったのではないか」

「ご意見はごもっともですが」

 ゼスチャラは、上目遣いでハメラダス師を見上げた。

「社会的な影響とかいい出したら、それこそおれ一人の手には負えません。

 仮にそうした書物に魔法使いとして心を詳しく書いたとしても、大勢の人間がその内容を不要として読み飛ばすだけでしょう。

 そうした書物を買う者にしてみれば、そうした実用的ではない内容のために金を支払うわけではないのですから」

 ゼスチャラの入門書は、完全な実用書として受容されていた。

 その本を読めば特定の魔法を使えるようになると、そうした期待を持つ者だけがそうした書物を購入するのである。

 そうした、実用本位の需要しか期待していない人々にしてみれば、建前的な記述は、あまり真剣には読まず、多くはそのまま読み飛ばすはずだ、というわけである。

「それも、一理あるのか」

 ゼスチャラの抗弁を受けて、ハメラダス師は神妙な表情になって腕を組んだ。

「顔の見えぬ相手に術理を教え、その結果について気を揉むようになるとは。

 なんとも、奇妙な時代になったものよ」

 王国の中でも古株の魔法使いであるハメラダス師には、現在の魔法を取り巻く状況は、完全に想定外のものであった。

 一種のゼネレーションギャップなのかな、これも。

 そばでそのやり取りを見ていたハザマは、そんな風に思う。

 情報が伝播する速度だけが目に見えて増していき、その情報を取り扱う倫理面の教育がその速度にまるで追いつかないという、ハメラダス師が危惧する構図は、別に魔法だけに限った内容ではないのではないか。

 ハザマは、そうも思った。

 そうした状況を作っているのは、通信網や出版を広めている、ハザマ自身であるわけだが。

 これはこれで、今すぐにどうこうというわけではないが、長期的に見ればなにかしらの対策をするべき問題なのかも知れないな、と、ハザマは、漠然とそんな風に考える。

 とはいっても、具体的な方策をこの場ですぐに思いつくわけでもないのだが。


「とにかく、お主の書物から知識を得た急造の魔法使いたちにも、どうにかして道理を説く機会は作るべきであると思う」

 ハメラダス師は、そういった。

「そのこと自体に反対しませんが」

 どことなく悄然とした態度で、ゼスチャラはそう返す。

「仮にそうした機会を作ったとしても、実際に真摯に受け止め耳を貸してくれる者がどれほど居ることか。

 その点については、疑問に思わずにはいられません」

 ハメラダス師の説く危惧を十分に理解した上で、ゼスチャラはその具体的な効果についてはとことん懐疑的な態度を崩そうとしなかった。

 これはゼスチャラが特別に頑なわけではなく、自分の書物を求める者たちの本質をそれだけ深く理解しているから、こうした態度になるのだろうな。

 と、ハザマは予測をする。

 これまで市井の魔法使いとしてやって来たゼスチャラと、王侯貴族をパトロンにして魔法研究に生涯を賭けて来たハメラダス師とでは、そもそも魔法に関する受け止め方が根本から異なるのだ。

「こりゃ、いつまでやらせておいても平行線になるだけだな」

 と、ハザマはそう確信し、口を挟もうとした、そのとき。

「ヒト族というのは、どうもよくわからないね」

 その場に居合わせたもう一人の魔法使い、ただしエルフのトスラタトテが、発言した。

「通信とか印刷とか、便利な道具を作るのに、その使い方は実になっていない。

 省力化も行きすぎるとかえって弊害が大きいってことなのかな?」

「エルフなら、もっと巧くやれるってことなのか?」

 ハザマは、そういうトスラタトテに訊ねた。

「巧くもなにも、エルフはヒト族とは違って、そんなに省力化には熱心ではないから」

 トスラタトテはそういって肩を竦める。

「そもそも、ヒト族とエルフとでは時間の感覚自体がまるで違うからね。

 ヒト族と比べると長い生を持つエルフは、物事を便利にすることにあまり執着しないんだ。

 魔法とか道具なんかでも、かえって、不便さを楽しんでいるようなところがある。

 魔法でいえば、多少の手間を省くよりも、その逆により多大な労力をかけてどこまで強力な効果を持つ術式を作れるのか考えがちである、というか」

「術式を学習や考案するための時間が無限に取れるとなれば、当然そうなろうな」

 ハメラダス師はトスラタトテの言葉に深く頷いた。

「エルフが自分のために使える時間は、ヒトのそれと比べればそれこそ永遠に近い」

「寿命の差か」

 ハザマはそう呟いて頷いた。

「前提がそもそも違うんだな、エルフとヒトとでは。

 すると、教育なんかに割く時間なんかも、エルフはケチらないわけか?」

「当然、教育にかける時間をケチるってことはないわけだけど」

 トスラタトテはハザマの問いに答える。

「時間の問題とはまた別に、エルフは子どもを誰に師事させるのかは、かなり慎重に考える。

 それに、あまり親の元に長居はさせず、出来るだけ大勢の大人に触れさせようとはする。

 エルフは寿命が長いから、そのままにしておくと親子の関係が濃くなりすぎるんだよね。

 親子の情も、あんまり濃厚になり過ぎると弊害の方が大きいから、ある程度育ったらどんどん他人に預ける習慣がある。

 ハザマだって、今、セイムの子たちを預かってるだろ?」

「預かるっていっても、直におれが面倒を見ているわけではないけどな」

 ハザマは答えた。

「あいつらは今、トエスに引率されて森東地域に行っているはずだ」

「ハザマが預かった子たちをさらに誰かに託すのは、別にいいんだよ」

 トスラタトテはいった。

「あの子たちにしてみても、それだけ大勢の人たちに揉まれて見聞を広げることになる。

 とにかくエルフは、他人の子でも自分の子でも、育てるとなったら別に分け隔てることはしない。

 ヒトと比べると自分の子どもに対する執着が薄いともいえるし、すべての子どもを等しく扱い、大人全員で育てる習慣があるともいえる。

 だから、今話題に出ていたような問題はエルフの中ではまず起こらない」

「確かに」

 ハザマはトスラタトテの言葉に頷く。

「若年者を年長者が全員で育てる。

 そんな感覚が普通になっていれば、知識の授受だけが先行して倫理観を育む機会がないって事態は、まず起こらないわな」

 やはりエルフとヒトとでは、前提となる社会習慣や人間関係に関する感覚が大きく異なっているらしかった。

 外見的には類似していても、エルフとヒトとでは完全に別の種族であるということか。

 理解は出来るが、参考にはならないな、と、ハザマはそんな風に思う。

 エルフとヒトとでは、その初期条件からして、あまりにも違いすぎるのだ。

「この問題については、また改めて考えましょう」

 ハザマは、そう提案した。

「この場ですぐになんらかの解決策が出て来るとも思えませんし、それに、今はもっと差し迫った問題がありますので」



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