魔法使いたちとの会議
「もっと差し迫った問題といっても」
トスラタトテがいった。
「王城に関していえば、なんらかの対応をしようにも、あまりにも周辺情報が少なすぎる。
このままだと、具体的になにが起きているのか推測することすら出来ない」
「まあ、王城の中だからね」
ハザマはトスラタトテの言葉に頷いた。
「おれたちが気軽に入っていって調べられるような場所ではないし」
当然のことながら、一国の王城ともなれば警備もそれなりに厳重であり、ハザマが貴族の称号を持っていたとしてもしかるべき用件がなければ城内に入ることさえ出来ない。
結果、現場の調査といっても城内に立ち入ることが出来る人間を頼りに、間接的に探るしか方法がなかった。
ガイゼリウス卿がこの件に関して協力的な態度を取ってくれれば、この問題に関してはかなり解消されるんだけどな。
内心で、ハザマはそうも思う。
洞窟衆の関係者が直に城内に立ち入ることは無理でも、王国に仕える魔法使いを動員して異常がないかどうかを調べて貰えば、なんらかの手がかりは掴めるのではないか。
「そのことだがな」
ハメラダス師が片手を挙げて、そういった。
「宮仕えの魔法使いたちに書簡で、それとなく城内中を探るように頼んでおいた」
「ああ」
ハザマはいった。
「そちらの伝手がありましたか。
正直、大変に助かります」
ハメラダス師は、この国の魔法使いの第一人者として知られている。
当然、宮中に仕えるような魔法使いたちにも、かなりの影響力があるのだった。
そちらから手を回して貰えれるのならば、もしかするとその宮中の魔法使いたちだけで原因を究明し、解決をしてくれるかも知れない。
「ただ、過剰な期待は禁物だぞ」
ハメラダス師は、ハザマの内心の思いを知ってか知らずか、そんな風に続ける。
「なぜならば、連中はその異変に自分で気づかず、仮に気づいていたとしてもこれまで自分から調査や対応に乗り出さなかったわけであるから」
「能力か、それとも意欲を欠いているというわけですか?」
ハザマは、そう確認する。
「あるいは、その両方を欠いている場合もあり得るな」
ハメラダス師は、そういって大きく頷いた。
「紐つきの魔法使いが思うように動けないというのは、実によくあり得るのだ」
「自分の足元でそれだけの異変が起こっているのに、どうにも出来ないってのか?」
ゼスチャラはそういってため息をつく。
「宮仕えなんてするもんじゃないな」
「衛士風情が気づけた異変を、魔法使いが気づけないわけがない」
トスラタトテは、そう続けた。
「だから、異変の存在に気づいてはいたが、なんらかの事情によりその解決に乗り出すことは出来なかったと、そう見るべき」
「面倒なことだ」
ハザマはいった。
「異変が起きた場所が王城の中だということが、この問題の解決を一層難しくしているってわけだ」
ウライハ卿がわざわざ洞窟衆を頼って来たのも、案外この要因が大きいのかも知れないな、と、ハザマは推測する。
普通に考えれば、王城勤めの衛士ならば、同じ王宮勤めの魔法使いに伝手があってもおかしくはない。
本人が直接の知り合いではなくても、何人か知り合いを経由すれば相談くらいは持ち込めるのではないか。
ましてや、今回の異変は個人的な用件などではなく、王宮の安全を脅かしかねないような性格の物なのだ。
ウライハ卿がより身近な人間を当てには出来なかった、ということが、この問題の複雑さを証明しているようなものだった。
「王城といえば、この国の権力の中枢だもんな」
ハザマは、誰にともなくそう呟く。
様々な利権が錯綜していてもおかしくはないし、宮仕えの魔法使いたちがそうしたしがらみに絡められていて、思うように動けないというのも、実にありそうに思えた。
「ヒト族というのは、妙なところで物事を複雑にする性質があるのだな」
トスラタトテが、感想を述べた。
「こんなときくらいは、一致団結してさっさと問題を解消してしまえばいいのに」
「同感だな」
ハザマはその言葉に頷く。
「だが、現実にはあの王城の中も、いろいろと複雑なんだろう。
中央は大貴族たちを庇護から外そうと企てているし、大貴族たち全員がそれに賛同しているわけではない。
とにかく、ただでさえ今は複雑な時期だから」
誰が、誰を標的として、どんな企てをしているのか。
それを推測することさえ、難しい。
外部のハザマでさえそうなのだから、王城内部の者たちは、なおさら思うように身動きが取れない状態なのだろうな。
と、ハザマはそう推測する。
「人間がやることは、ときに不合理である」
ハメラダス師はそういって、頷く。
「それを否定するつもりはないが、今はそうした状況を前提として目の前の問題を解決しなければならん」
「なにかと面倒なのはいつものことなのですが」
ハザマはそう続けた。
「今回の場合はなあ。
場所が場所だけに、下手を打てば洞窟衆の立場もかなり悪くなる」
「お主がそんなことを気にかけるほど繊細であるとは思わなかったぞ」
すかさず、ハメラダス師がそう応じた。
「これまで、傍若無人に、周囲の評価なぞ気にせずやりたい放題やっていたではないか」
「今回もそうしたいところですが、時期的に微妙なんですよ」
ハザマは、そう答える。
「知っているかどうかわかりませんが、ハザマ領は近く、帝国の支援を受けて王国から分離独立することが内定しています。
今回の変異に関しても、無理に即時解決を目指すことなく、調査だけは続けて状況を見極めながら、静かに洞窟衆を王国から撤退させるという選択も視野に入れています」
ハザマがいった内容を三人の魔法使いたちが理解するまで、数秒の時間を必要とした。
それから一斉に、
「じゃあ、あえて見捨てるっていうのか!」
と、ゼスチャラが慌てた様子で叫び、
「そういう状況なら、合理的な選択ではある」
トスラタトテは落ち着いた態度で静かにそういい、
「だが、お主は、そういう手を選ばぬだろう」
ハメラダス師は、ハザマの顔を値踏みするような表情で見ながら、そういった。
「逃げにかかっているにしては、手間を掛けすぎておる。
それに、王城はともかく、この王都の住人たちを丸ごと見殺しに出来るほど、お主は豪胆ではない。
口ではなんのかんのいいながら、結局は全力を尽くしてことの解決を図るのではないか」
「結局は、そうなるんですけどね」
ハザマは、ハメラダス師の言葉に対して、素直に頷いた。
「でもその過程で、今度は王国の偉い人たちをいよいよ本格的に怒らせてしまうかも知れない。
異変が起きた場所が場所ですから、この異変も純然たる自然現象ではなく、誰かしらが引き起こした人為的な事件である可能性が高い。
そしてその犯人は、あの王城の中でもかなり権力を持った人物であるはずです」
今回の異変に関していえば、その犯人と決定的にやり合わなければ、事態の解決が出来ないかも知れない。
ハザマは、そう考えていた。
「ハザマ領が王国の管理下から離れるというのなら、ちょうどいいではないか」
ハメラダス師が、鷹揚な口調でそういった。
「思うさま引っかき回した末、相手を叩きのめしてやればよい」
「相手はおそらく、お偉い貴族様の誰か、ですよ」
簡単にいってくれるな、と、ハザマは思う。
「この微妙な時期に相手の顔を叩き潰したら、それこそ再起不能になりかねない」
王国中央は、ハザマ領の帝国への移管と前後して、大貴族たちを王国の庇護から外すことを考えている。
王城に危機をもたらした犯人が、そのあと、自分の領地でどのように遇されるか。
これは想像するまでもなかった。
よくて、王国を危機に陥れようとした下手人として、以後の半生を日陰者として過ごす。
悪ければ、そのまま刑死だろう。
「なにも悩む必要はない」
ハメラダス師は平然とそういい放った。
「たとえ王侯貴族であろうが、領民の安全を度外視してまで権力争いをする存在は害悪でしかない。
仮にお主が手を下さずとも、別の機会に誰かしらが誅するべき存在だ。
奸臣は討つべし。
それでいいではないか」
統治者として本分を忘れた貴族や王族は、そもそも尊重をするべき存在ではない。
ハメラダス師のいいようは、ある意味でシンプルであり、ハザマの現代人として感性でもすんなりと飲み込めるものだった。
「奸臣本人の扱いはそれでいいとしても」
ハザマは苦笑いを浮かべながら、そういう。
「その奸臣も、背後には家族や家臣、領民を大勢従えているわけで。
この難しい時期に、そうした大勢の人たちが肩身の狭い思いをしなければならなくなると、そう考えますと、どうもこう、すっきりとはしないんですよね」
勧善懲悪の、一話完結の時代劇ならば悪いやつを片付ければそれで一件落着するのだが、現実はそれほど単純ではない。
王家の威光を当てに出来ず、なおかつ、身内の不始末によって世間から冷たい扱いを受けねばならない人たちは、これからかなり難儀をするはずだった。
「しかしそれは、ハザマが心配をするべきことではない」
トスラタトテが、静かな声でそう指摘をした。
「そうなる原因を作ったのは、ハザマではないのだから」
その指摘も事実であり、的を射ていた。
そもそもその犯人がこんな異変を引き起こさなければ、本来であれば無関係のハザマが気を揉む必要もなかったはずなのだ。




