洞窟衆の魔法使いたち
関係各所の反応は早かった。
まず、森東地域に行っていたはずのトスラタトテとハメラダス師が転移魔法を使って直接ハザマの元へと乗り込んでくる。
トスラタトテは洞窟衆に関係しているエルフの中でも一番魔法に精通している人物であり、ハメラダス師は今は隠居の身と自称しているものの、この王国を代表する魔法使いであった。
この二人は例の召喚獣騒ぎの際、禁忌の術を使った者を捕縛する前後の対策として森東地域に行っていたはずであったが、魔法使いを求めるハザマのお触れに接してそのまま王都にまでやって来たらしい。
「あちらはどうも遅々として進展がなく、当分出番がないようでな」
王国にこの人ありと謳われた大柄な老魔法使い、ハメラダス師は飄然とした態度でそんなことをいって自分の顔を平手でつるりと撫でた。
「こちらの方がなにやら面白そうな雲行きになってきたので、こうして推参した次第だ」
「面白そうって」
ハザマは露骨に顔を顰める。
「王城でなにか大事が起きれば、その被害はそのまま王都全体に波及しかねません。
何十万って領民の生活と生命が脅かされかねない事態なのですが」
ハザマ自身、完全に他人事として受け止められる立場であれば、面白がる余裕もあったのだろうな。
と、内心ではそんな風に思いながらも、ハザマは一応、抗議をしておいた。
「真剣になっただけで被害が軽減するのなら、いくらでももっともらしいしかめ面をして心配してやるわ」
ハメラダス師はそういって笑い声をあげた。
「ハザマ男爵。
お主は人外の脅威であるエンテラの騒動を切り抜けてきた男だぞ。
そのお主が萎縮していてどうする?」
「あの件では、おれはほとんど役に立っていませんよ」
ハザマは即答した。
「あそこでおれがして来たことといえば、せいぜい、冒険者ギルドの創始者として持て囃されて来たくらいでしょうか」
ハザマの実感としては、エンテラの件で自身が果たした役割は、ほとんど傍観者に近かったと、そう思っている。
エンテラの件で、深き者の脅威に、実際に対抗していたのはヘムレニー猊下とゲイル・ゴウドの二人であり、あのときあの場におけるハザマは、極めて無力な存在であった、と。
「今回の件、お主はどう見る」
ハメラダス師は、表情を引き締めてハザマに訊ねた。
「そのエンテラの件と、表面的な事象は類似しているようだが」
「おれにはなんとも判断できませんよ」
ハザマは口を尖らせてそういった。
「おれは魔法関係に詳しくありませんし、それに王城での異変についても人伝に聞いただけですからね。
詳しい内情はこれから探らせるところです」
今回の件についていえば、まだまだ不明な点が多過ぎるのであった。
大山鳴動して鼠一匹、といった具合に取り越し苦労で終わればいいのだが、これまでハザマが関わってきた数々の騒動を思い起こすと、その逆に当初の予想よりも大仰な規模に膨れあがる傾向がある。
ここは予断を持って油断をするよりも、少し警戒をしすぎるくらいの心づもりで対処する方が、かえって安全だろうとハザマは判断していた。
「深き者との関連性については、今の時点ではなにもいえない」
それまで黙っていたトスラタトテが、口を開く。
「だけど、ヒト以外の何物かが関与しているのはまず確実だと思う」
「そういう根拠は?」
すかさず、ハザマは訊ねた。
「あのお城には、魔法の機能を阻害する結界が、厳重に施されている」
トスラタトテはそういって王城の方角を指さした。
「ヒトが使う魔法は、あそこではまずまともに発動しない。
あそこの結界は、ヒトが扱う術式としては最上に近いレベルの技術が用いられている」
「ああ」
ハザマは、うめき声をあげた。
「それがあったか」
王城に限らず、この世界では、身分ある人々が居住する空間や軍事施設には、かなり手の込んだ魔法効果を消去する結界が張られている。
自衛のための、攻撃魔法その他を無効化するための物だ。
そんな結界の中で起こったからこそ、それだけ今回の件の異常さが際立つわけだが。
「ヒト以外の魔法ならば、そうした結界の中でも発動できるもんなのか?」
魔法については基本的な知識さえ欠いているハザマは、すぐにそう確認をした。
「あの手の結界を作る術式は、かなり難しい」
トスラタトテはいった。
「どのような魔法を阻害すればいいのか、事前に限定できないから。
結界内部の魔力の流れを見境なく乱すような術式も存在するのだけど、それを使用するとその結界の内部に居る人々の体調も悪くなる。
通常、あのお城のような空間ではそこまで強力な結界は使用されない」
「まあ、そうだろうな」
ハザマはその言葉にあっさりと頷いた。
王城は、王族や貴族、高級官吏などが大勢出入りするような空間でもある。
いくら安全のためとはいえ、そんな場所で確実に中にいる人が体調を崩すような結界を、あえて使用するわけがない。
「だから、あの手の結界は」
トスラタトテは、そうハザマに説明をしてくれた。
「普通は、特定の術式のみをねじ曲げるように調整されている。
ヒトがよく使用する、比較的知られている術式から順番に、一般的な術式がだいたい発動しないように仕掛けられている」
「すべての魔法を使えなくしているのではなく、選択的に、魔法を妨害している形か」
ハザマはそう確認をした。
「選択的、とはいっても、ヒトが使うような、既知の魔法はほとんど使えなくなっているはず」
トスラタトテはそういった。
「そのお陰で、その手の結界の中では例の通信も使えない」
そういえば、そうだったな。
と、ハザマは思い当たる。
ハザマ自身は、洞窟衆関連の施設でその手の結界を敷設させたことはない。
いざというときのための安全性よりも、普段の利便性の方を重視していたからだ。
それだけ、気軽に通信が使えない環境を作ることを嫌っている、ということでもあった。
「ヒトが使うような魔法はだいたい妨害されるが、ヒトが知らないような魔法であれば結界の影響を受けない可能性もある、ということか?」
ハザマはトスラタトテに確認をする。
「そう」
トスラタトテは小さく頷いた。
「例えば、エルフの術士が使うような大規模な精霊魔法であれば、あの程度の結界に阻害されることはない。
それ以外にも、人外の存在が使うような魔法、あるいは、魔法に近い効果を持つなにかであれば、あの結界の影響を受けない可能性がある」
「深き者みたいなおっかない存在には来て欲しくないんだがなあ」
ハザマは、そうぼやいた。
あんなのが王都を襲ったりしたら、果たして被害がどこまで広がるものか。
いくら他人事であっても、ハザマは空恐ろしく思った。
「大事になるのを防ぐために、こうしてわしらが来ておるわけでな」
ハメラダス師は、飄々とした口調でいった。
「他に手立てがあるわけでもなし、しばらくはわしらに任せてみんか?」
「いや、それには異存ないんですけどね」
ハザマはいった。
「今、その件についての情報を収集させているところです。
そっちが少しまとまってきたら、報告書をそちらにも届くように手配をしておきましょう」
彼らがこの件に関してどこまで役に立つのか、この時点でハザマにはなんとも判断がつかなかった。
ただ、魔法に関するまともな知識をほとんど持っていないハザマ自身よりは、よほど頼りにはなるはずであったが。
ただ、相手が人外の存在ということになると、その魔法使いであっても果たしてどこまで対抗出来る物なのか。
そちらの方面には疎いハザマにとっては、なんとも心細い限りであった。
「やあやあやあ。
久しぶりだな、ハザマの男爵様よ」
彼ら二人の来訪から少し遅れて、小太り中年の魔法使いがハザマを訪ねて来る。
「お前まで来たのか」
ハザマはそういって、露骨に顔を顰める。
「あんた、ガダナクル連邦で初心者向けの魔法入門書を執筆しているんじゃなかったのか?」
「連れないことをいうなよ、男爵様。
いっしょにルシアナ討伐に赴いた仲じゃないか」
その魔法使い、ゼスチャラはそういってなれなれしくハザマの肩を叩いた。
「なんといっても非常事態、この王都が危機に晒されているってことじゃないか。
これで馳せ参じなければなんのための魔法使いか、っていう」
「……お前、さてはこの件を締切から逃げる口実にしているな」
「い、いや!」
ハザマが指摘をすると、ゼスチャラは傍目に確認できるほど、覿面に身を固くする。
「そんなわけはないだろう!
祖国の危機に駆けつけたこのおれを、そこまで疑うってのか?」
「そもそも、愛国心に厚いような人種じゃないだろ、お前」
ハザマは半眼になってゼスチャラを見つめる。
「まあいいか。
お前の入門書もそれなりに評判がいいようだし、そちらの出版が多少遅れても、大勢に影響はないだろう」
このゼスチャラを缶詰にして原稿を書かせていた人間にとっては、こうしてゼスチャラが逃げてきたのは大事なのかも知れないが。
少なくともハザマにとっては、そちらは関係がなかった。
それよりも、このゼスチャラがこの件で実際に役に立つのかどうか、ハザマとしてはそちらの方に関心がある。
「今回の件については、どうやら未知の空間操作系の魔法が使われているようだといわれたんだが」
ハザマは、そういった。
「お前、その手の魔法使えるの?」
「失敬だな、男爵様は!」
ゼスチャラは喚いた。
「ここにこうして来ているのも、ガダナクルから自分で転移魔法を使ったからだよ!
そちらの魔法についても、初心者向けの解説書が書ける程度には通じている!」
「そうなのか」
ハザマはあっさりと頷いた。
「転移魔法は、魔法の中ではかなり高度な物だと聞いているしな。
それに詳しいなら、それなりに役には立つのか」
枯れ木に山の賑わい、ともいうしな。
と、ハザマは思う。
正直、このゼスチャラに期待していることはなにもなかったが、魔法に通じている人間の数は多ければ多いほどいい。
「ゼスチャラが来ただと?」
そのとき、大柄な老人であるハメラダス師がのっそりと執務室に入って来た。
「そのゼスチャラとは、あの、おおよそ洗練からほど遠い入門書を書いたあの男のことか?」
ハメラダス師の顔を見た途端、ゼスチャラは緊張で全身を硬直させる。
王国の魔法使いで、ハメラダス師の顔を知らない者はほとんどいないはずであった。




