ハザマの準備
面倒なことになったな、というのが、ウライハ卿のいい分を一通り聞いた後、ハザマが抱いた正直な感想であった。
その内容だけを鵜呑みにするわけにもいかず、ハザマはウライハ卿を見送った後、その場で諜報部門へ連絡してこの事について一通り伝え、裏を取るように指示をした。
洞窟衆の諜報部門をまとめているオラ家の一門は、元はといえば王家直属影組から抜けてきた者たちでもあり、袂を分かった今でも王家や王宮関連の情報を探る程度のコネは残っているだろうと、そう推測したからだった。
現在のハザマの立場であると、今日が初対面であったウライハ卿の言葉をそのまま丸呑みにするわけにもいかない。
ウライハ卿の態度はあまり影を感じさせる要素はなさそうに見えたが、たとえウライハ卿本人が真摯であっても、どこかの勢力がウライハ卿を操作してありもしない異変があると信じ込ませ、洞窟衆を動かそうとする。
その程度のことは、十分に想定できるのであった。
『その噂の出所と、それに真実であるのかどうかを確かめればいいのですね?』
通信に出た諜報部門の責任者、オットル・オラはそういってくれた。
『その程度でしたら、お安いご用です。
王城内にもまだ幾分の情報源を確保しておりますので』
「悪いな。
森東地域方面で忙しいのに」
ハザマは、そういってオットル・オラを労った。
「急に新しい仕事を押し込むような形になって」
『とはいえ、この手の仕事は相手の出方次第ですから』
オットル・オラは、ハザマが気にするほどにはこの急に発生した仕事のことを気にしていないようだった。
『いずれにせよ、裏を取ることは必要になるわけですし、あまりお気になさらず』
オットル・オラの立場からすれば、そうした必要な確認をせず、独断で組織を動かす方がよほど危うい。
ハザマにもいった通り、この手の確認はこれまで王城周辺に残してきた人脈を駆使すればあまり手間を掛けずに完遂できるはずであったし、ハザマが比較的に慎重な性格であることは、部下としてはむしろ歓迎するべき要素といえた。
『それがなんらかの虚報ではなく、本当の事だと確認が出来たら、どのように動くおつもりですか?』
そしてオットル・オラは、すぐに核心を突いて来た。
『方針いかんによっては、こちらも相応の用意をしておく必要がありますし』
「どうするって、そりゃ」
ハザマはいった。
「そのまま放置をしておく訳にいかないだろ」
ハザマにいわせれば、王家だの王城だのが潰れることに関しては、まったくなにも感じない。
しかし、その王城の周囲には、数十万単位の人間が暮らしている。
ここまで歴然とした不安要素を放置して、洞窟衆の関係者だけを王都から退避させるということは、ハザマには選択できなかった。
仮にそんなことをすれば。
と、ハザマは思う。
残りの一生を、それだけ大勢の人間を見殺しにしたという悔恨にまみれて生きることになる。
どう考えてもそれは、快適な生活とはいいがたかったし、そんな人生を送ることはハザマの趣味ではなかった。
「どこまで出来るのかはまだわからんが、出来るだけのことはするつもりだ」
結局、そういう結論になる。
根本的なところで冷徹になりきれない、甘い部分があるのだろうな、と、ハザマは自分の人格についてそう思う。
別に改めてウライハ卿に指摘をされるまでもなく、ハザマと同時代の日本社会に生まれ育ったら、自然とそういう価値観を育むものではないか、とも思った。
『出来るだけのことを、ですか?』
ハザマの返答をどう思ったのか、オットル・オラはそう確認してきた。
『この件が、完全に洞窟衆の手に余る事件であると確定したら、そのときはどうしますか?』
「まだ不確定な要素が多過ぎてなんともいえんが」
ハザマはいった。
「完全におれたちの手に負えないとわかったら、その場で逃げ出すしかないな。
周囲にも、しかじかの危険があると呼びかけた上で」
ハザマは決して万能の存在ではない。
対人戦に関していえば、バジルの能力を頼りにすればかなり有利な立ち位置を確保出来るのだが、ハザマのチートはいってしまえば、所詮そこ止まりでしかなかった。
例えばエンテラの港に出現したあの怪獣のような、完全に人間の手に余るような存在が出てきたら、ハザマとしても完全にお手上げである。
そうした際に出来ることといったら、せいぜい帝国やヘムレニー教団に助けを求めること、くらいか。
ただこのうち、ヘムレニー教団の方はハザマと同じく出来る範囲内で助けの手を差し伸べてくれそうだったが、帝国の方はというと実際に動いてくれるかのかどうか、なんともいえないだろうな、とも思う。
帝国にしてみれば、こんな遠隔地の王国がその首都もろとも潰れたとしても、なんの掻痒も感じないはずなのだ。
むしろ、対価を支払わずにハザマ領を物にするために、あえて見殺しにするという選択くらい、積極的に採用しそうな気もする。
いずれにせよ、この件についていえば、帝国の助力は完全に当てには出来ないわな、と、ハザマはそう思った。
「なににせよ、王城で実際になにが起こっているのか。
まずはそれをはっきりさせないことには、おれたちも対応のしようがない」
ハザマは、そう結論する。
『では、早急に解明をして見せましょう』
オットル・オラは軽い口調でそういった。
『男爵を目の前で失踪させられた件。
あれの負い目もありますしな』
あの件こそ、それこそオットル・オラの手落ちなどではない。
ハザマを初めとして、洞窟衆関係者の見解としては、早くからそう結論されているのではるが、実際にその場に居合わせたオットル・オラとしては、いまだに釈然としない物を感じているらしかった。
『この件がやらせではないと仮定するなら、やはりなんらかの魔法が、それも一般にはあまり知られていない、秘術に属する魔法が関係している物と思われます』
オットル・オラはそういい残して通信を切った。
『われわれとは別に、今のうちからそちらの方面にも声をかけ、調査を始めておいた方が進展が早くなると思います』
「同感だ」
ハザマはいった。
「そっちの手配はこちらでするから、そちらはそちらの仕事にだけ専念してくれ」
オットル・オラとの通信を切ったあと、ハザマはこの件について考える。
帝国へ知らせるのは、うん、もう少し、事件の輪郭がはっきりとしてからでいいな。
その前に、ヘムレニー教団には相談をしておこう。
あそこのヘムレニー猊下ならば、この手の見識には恵まれているようにも思う。
それに、「複数の人間の反応が遅れる」という現象のみを取り出してみれば、やはりあのエンテラでの発端を連想してしまうのだ。
あの件と今回の件とが、どんな関連をしているのか。
この手の分野にはまるで明るくないハザマには、なんとも判断のつけようがない。
ハザマが教団に中継を頼むと、すぐにヘムレニー猊下に通信を繋げてくれた。
『それは』
ハザマの説明を一通り聞いたあと、ヘムレニー猊下は慎重な口ぶりでそういう。
『今の段階では、なんともいえませんね。
表面的な類似に留まっているのか、それとも同じような深き者が今回も関与しているのか。
とにかく、こちらからも手を回して王城周辺を調査してみましょう』
「そうしてもらえると助かります」
ハザマは本心からそういった。
「こちらは、その手の方面については詳しくない者ばかりでして」
単純に魔法の専門家ということなら、洞窟衆関係者の中でも何人か心当たりがあったが、こうした怪異と魔法がどこまで深い関係にあるのか、ハザマにはまずそこが判断できない。
『伝えられた内容だけですとなんとも判断が出来ませんが』
ヘムレニー猊下は、そう続ける。
『空間操作系の魔法に造詣が深い方を、出来るだけ集めておいてください。
あいにくと、教団の中にはその手の知識に明るい者がほとんどおりませんので』
「空間操作系の魔法ですね」
ハザマはすぐに頷いた。
「早速手配をしておきます。
その手の魔法でならば、こうした現象が起こせる物なのでしょうか?」
『この異変が人為的な操作によって引き起こされた物だとすれば、それしかありません』
ヘムレニー猊下はそう断言をする。
『人間、いえ、生物の反応を一律に鈍くすることが出来るとすれば、意識のみをどこかに一度繋いでから体に反応を返している可能性が大きいと思います」
「生物その物に、直接手を加えている可能性はありませんか?」
『生物をそのまま生かしたままで、ですか?』
ヘムレニー猊下はいった。
『そうした操作を加えることは不可能ではありませんが、操作した後もそれ以前と同じ生活を送らせるとなると、かなり難しい操作になるかと。
それよりはやはり、空間系の魔法による方法のが、まだしも現実的であるかと思います』
そんなもんか。
と、ハザマは思う。
もとより、その手の知識を欠いているハザマにしてみれば、いわれた内容を鵜呑みにするしかないのだが。
それに、どうやら大規模な人体実験が行われているわけではなさそうなので、安心もしている。
「では、そちらの方面に明るい人材を至急集めるよう、手配をしておきます」
ハザマはそういってヘムレニー猊下との通信を切る。
二人とも、例のエンテラの件で関係した「深き者」あるいはその眷属が関与している可能性については、多く触れなかった。
その可能性がないと断じているわけではなかったのだが、仮にそうした超自然的な存在が出てきたとしたら、そもそもハザマたちに出来ることはほとんどないのである。
エンテラの件についていえば、あのときは帝国というこの大陸の最大勢力が徹底的に支援してくれたから、あれだけのことが出来たのであった。
王都なり王城なりを守るために帝国がそこまで注力してくれる理由がそもそもないし、仮に帝国が動いたとしてもエンテラの港町とこの王都とでは、そもそも都市としての規模がまるで異なる。
人口も桁違いで、そのすべてを避難させることも現実問題として不可能に思えたし、それに、王国の人々が王城を易々と手放すとも思えなかった。
空間操作系の魔法使いたちを集めるのは、ハザマ自身が直接心当たりに声をかけるのと、それに冒険者ギルを経由して招集すればいい。
こちらの手配は、すぐに済むはずだった。
後は。
「肝心の、王国だな」
そう呟いて、ハザマは渋面を作る。
果たして、王国中央の人々が、ハザマの忠告に素直に耳を傾けてくれるのか、どうか。
「ま、出来ることはやっておくさ」
結果がどう出る物か、実際に試してみないことには、なんとも判断できなかった。
男爵としての公式な方法によって訴えるのと、それに、個人的なコネで影響力が大きそうな人物にこの件について相談をする。
まずは、二種類のルートを使って働きかけてみることにしてみた。
後者についていえば、ハザマは知っている「一番大きな影響力を持つ人物」はというと、国務総長であるガイゼリウス卿ということになる。
ハザマの地位では、しかるべき口実でもない限り、国王陛下に直接私的な文を託すことは出来なかった。




