ウライハ卿のいい分
年始年末の王都は人が少なく、普段よりもずっと静かであるという。
というのは、各領地から集まってきた公館詰めの貴族たちが、毎年この時期前後に入れ替わるからだった。
王都には、王宮や公館に勤めている貴族や役人たちが大勢集まっている。
そうした貴族や役人が消費する物品を扱う商人や職人も、大勢集まる。
そうした商人や職人たちの多くは、王都から少し離れた場所の出身であった。
数日に渡って完全に仕事を休むこの時期、そうした平民たちの多くも帰省していることが多い。
異動により王都の公館に着いたばかりの貴族たちも、まずは新しい住処となる公館の中で数日寛いでいる。
外出する者はほとんどなく、この時期の王都は毎年静まりかえっているという。
さらにいえば、今年は特殊な事情により、王都に移動して来る貴族たちの動きが鈍かった。
というのは、隣国スデスラス王国を出た治安維持軍がいよいよ本格的に森東方面への出兵を開始したため、王国の主要な街道もかなり混雑しているからだった。
スデスラス王国から森東地域へ移動をするのには、王国を経由する必要があった。
より正確にいうのなら、王国を経由して北上し、一度ハザマ領と山地に入ってから南下をする、というルートになる。
王国東側に広がる森林地帯は、少なくとも大軍がそのまま通過できるような生やさしい場所ではなく、最短距離をつっきていくことは現実的ではないとされた。
河川経由でいきなりハザマ領なり山地なりまで、直接乗りつけることも可能ではあったが、そのために必要となる船便も数に限りがあり、ほとんどの将兵は長い時間をかけ、自分の足で陸路を行く形となる。
王国側も、確たる口実もなしに治安維持軍の動きを妨げるわけにはいかず、王国内を他国の大軍が移動していくことを、そのまま認めるしかなかった。
なにしろ数十万という大軍が、王国内を通過していくのである。
移動経路にも相応に金を落としていくし、地域の経済に貢献する効果もあったので、なおさら表だって反対出来る空気ではなかった。
とにかく、そうして主要な街道を治安維持軍が移動中であったため、王都を目指す、あるいは、王都を立って郷里の領土を目指そうとする貴族たちの足も、自然と鈍っていた。
移動中の治安維持軍とぶつかると、待場の宿などはすぐに塞がってしまう。
治安維持軍も一度に数万単位の大部隊を動かしているわけではなく、せいぜい数百名ずつに小分けして部隊を動かしていたのだが、それでもそれだけの人数ともなれば普通の規模の宿場町ならばほとんどの宿が埋まってしまった。
完全に中規模程度の宿場町の許容量を超えた人員が恒常的に異動するようになったわけで、こうした治安維持軍と同じ時期に同じ宿場町にさしかかった貴族は、そのまま前後の宿場町まで移動して、そこに宿泊することになる。
大身で、由緒ある家柄の貴族ほど、体面を気にかけるあまり気軽に野宿をするわけにも行かないのであった。
そんなことをしていれば、旅程が大きく遅れるのも自然の成り行きとなり、結果、王都の公館には数日、主ともいえる貴族が不在のままになっているところが、少なくはないという。
ちょうど公務が休みとなる時期でもあるので、公館の責任者が不在であっても特に困ることはないようだった。
ハザマが王宮勤めの衛士の来訪を受けたのは、そんな時期のことになる。
「で、王城勤めの衛士様が、おれなんかになんのご用で?」
ハザマ領公館で、ハザマはその衛士と面談をした。
「衛士様はご存じかどうか知りませんが、うちのハザマ領と王国とは、現在、微妙な時期にさしかかっておりまして」
ハザマ領が王国の配下から離れて帝国に所属を移すことは、まだ一般には知らされていない。
混乱を避けるために、関係者以外には子細を漏らさないようにと、ハザマはいわれていた。
「存じ上げております、ハザマ男爵」
その衛士は、そういってハザマに一礼をした。
「しかし、城内ではすでに、そのことについては知らぬ者がいない有様ですが」
「公然の秘密ってやつか」
ハザマは軽く顔をしかめて、小さく呟いた。
「こちらには口止めしておいた癖に」
「というよりも、上から突然、王国の骨子を大きく変える改革案が伝えられたので、なんでそんなことになったのかと関係者が詮索した結果、そのことが知れ渡ったような形です」
その衛士は、そう説明をする。
「そもそも三百年の歴史を持つ王国の形をいきなり変えようとするのは、かなり無理がある。
反対する意見が多く出るのも当然で、そうした勢力は自然と、どうしてそのような案が出されることになったのか、その原因を探ります」
「それで、うちのことも明らかになった、ってわけか」
ハザマは不機嫌な表情のまま、そういった。
「だったら知っているだろう。
うちの、ハザマ領はもうすぐそちらの王国とは関係が薄い存在となる。
少なくとも、主従の関係ではなくなる。
つまり、そちらからのお願いを聞く義理もなくなる、ということだな。
そのことを理解した上で、なにかいいたいことがあるのか?」
「ええ」
その衛士は、真剣な表情で頷いた。
「このままでは、王国が土台から瓦解しかねません。
そうなったら、おそらくはそちらにしても、かなりの不利益を被るのではないでしょうか?」
「王国が、瓦解。
か」
ハザマはゆっくりとした口調で、衛士の言葉を繰り返した。
「それは、王国内の体制が変わるとかいう、そういう政治向きの内容ではないのか?」
「現在王室が企図している、大貴族の切り離し」
その衛士は答えた。
「これも、王国の体制を大きく変える案だとは思いますが、それでも王室が主体となっている以上、王国を長く存続させるための方便であるとはいえます。
反対をする者も少なくはないようですが、山地の脅威が薄くなった今、いいや、貴族のあり方自体が問われている今、王国の支配体制も根幹に関わる部分から考え直すのは、決して悪いことではないでしょう。
と、個人的にはそう思います。
ことに、現在、王室が提示しているのは、自力で統治が出来る貴族領を王国の所属から切り離して、その逆に自治もままならないような小領地は引き続き王国で保護を続けるという方針です。
その逆であるよりは、遙かに理に適っている」
「つまりは、衛士様は王国中央の方針に賛成なさっているわけですか?」
ハザマは、そう確認をした。
「では、なにが問題なのですか?
いいや、どんな問題が起こっているのですかと、そういい直しましょう」
この衛士はなかなか理性的な物言いをするようだったが、だからといって洞窟衆が王宮勤めの衛士からの頼み事を聞き入れる義理はない、という根幹の部分は揺るぎようがない。
しかし断るにしても、まずは相手のいい分を一通り聞いてからでも遅くはないだろうと、ハザマはそう判断した。
「城内の様子が、どうもおかしいのです」
その衛士は即答した。
「こういう微妙な時期だ」
ハザマは、そう応じる。
「城内の人たちが浮き足立っているのも、別に不思議ではないだろう」
「そういうことではなくて、ですね」
衛士は、ゆっくりとかぶりを振って、いった。
「なんというかその、城内勤めの者の何割かの、反応が鈍くなったのです。
ほんの数日前を境にして」
「反応が、鈍くなった」
ハザマは、その言葉をオウム返しに口にする。
なんだか、とても嫌な予感がした。
「具体的にそれは、どういう様子なんだ?」
そして、そう確認をする。
「はなし掛けても、一拍反応が遅れるといいますか」
衛士は、説明をした。
「特に人が変わった、ということもないので、今の時点では具体的な被害があるわけではないのですが。
だからこそ、かえって気味が悪い。
身分や所属に関わらず、何十、何百という人が一斉に、鈍くなるのですよ?
奇妙な異変であると、それこそ、ハザマ男爵以外には相談する先がないと、そんな異変であると思います」
「なんとも、漠然とした内容ですね」
ハザマは、不機嫌な様子のまま、そういった。
「ですが、そちらが抱いている危機感は、理解が出来ました。
それで、即座にこちらが動くかというと、それもまた微妙ですが。
なにせ、王宮内での異変ですからね。
こちらとしても、おいそれとは手出しが出来ない。
ええと、衛士様」
「ウライハとお呼びください」
その衛士は、ハザマの目をまっすぐに見返して、そういった。
「騎士の称号もいただいてはおりますが、爵位からいってもこちらは男爵様の目下になります」
「では、ウライハ卿。
改めて確認しますが、その異変に対しておれがどう動くと、望んでいるわけですか?」
「無論、事態の根本的な解決を望んでおります」
ウライハは、即答する。
「それ以外のなにを望みましょう」
「先ほどもいったように、おれたちにしてみれば、王宮内のゴタゴタに対して介入しなければならないような理由はありません」
ハザマはいった。
「むしろ、勝手にそんなことをしても、王国のお偉いさんたちにこちらを論難する理由を与えるだけで終わるでしょう。
頼まれてもいないのに、王城内を引っかき回すことになるわけですから。
つまり、こちらにしてみればやる義理がないどころか、手を着ければかえって損害が増えるような案件だ。
にも関わらず、あえておれたちに手出しをしろと、ウライハ卿はそうおっしゃるわけですか?」
「その通りです」
この問いに対して、ウライハ卿はあっさりと頷いた。
「この異変を解消出来そうな人は、ハザマ男爵以外に思いつきません」
「仮におれがその異変とやらを解決出来るとして」
ハザマは、そう続ける。
「その見返りは?
まさか、これほどの大事を無償でどうにかしろとおっしゃるわけですか?」
「この首を差し出せば満足してくださるのなら、喜んで差し出しますが」
そういって、ウライハは自分の首を平手で叩いた。
「ハザマ男爵は、こんな物を喜びはしないでしょう。
とはいえ、貴族とは名ばかりの貧乏人でして、正直にいってしまえば、ハザマ男爵に差し出せるほどの物はなにも持っていないのですが」
「それで、おれが動くと?」
ハザマは、重ねて訊ねる。
「どうして本気で、そう思ったのですか?」
「あなたがハザマ男爵だからです」
ウライハは、また即答した。
「ハザマ男爵であれば、こうした異変の存在を知って、黙って見過ごすはずがありません」
「どうしてそういい切れる?」
「これまでも、ハザマ男爵は困った人々を助けて来ました。
自分にとってまるで利益がない、見返りを望めない状況であっても、です」
ウライハは、淡々と説明をする。
「おそらくこれは、ハザマ男爵個人の、性格の根幹に関わる性質であるかと。
本人が変えようとしても容易に変えられない、そんな傾向であると思います。
さらにいえば、この時期に、この王国が必要以上に乱れることを、今の洞窟衆は望まないと思います。
少なくとも、ハザマ領が王国の所属を離れるその日までは、このまま平穏であって欲しいと、そう考えるのではないでしょうか?
それまでにあの王城の主が変わるようなことがあれば、それこそ王国と帝国の間で交わされたこれまでの交渉が、そのまま白紙になりかねない」




