破壊者の論理
森東地域に関していえば、短期的な解決は到底望めないものとハザマは見なしていた。
武力で制圧するなどして無理にあそこでの問題を解決しようとしても禍根が残るだけであり、むしろ本来ならば公然と不満を口にする者たちが地下に潜る分、根本的な解決からは遠ざかる、と。
現地の人間に相応の責任を持たせた上で、公正な取引を持ちかけ、同じ土俵に立った上で各種の問題の解決を目指す。
洞窟衆側が出来ることは、せいぜい「そのための舞台を整えること」、ぐらいなのではないか。
武力で恫喝し、豊富な資金で相手の選択肢を狭め、つまりかなり強引な手段を講じてようやく実現が出来るわけであり、現地の人間から洞窟衆側が好意的に見られることはほとんどないだろうな、と、ハザマは予測をする。
つまり、わざわざ憎まれるために多大な人手と資金を費やして他人の土地にまで出張っている形であったが、それでも放置しておけば今まで以上に、悲惨な目に遭う人間が多数出てきそうな状況であるので、多少なりともそれを抑止することは無駄ではない。
と、ハザマはそう考える。
ハザマ自身はどこの誰とも知らない他人の生死などにあまり関心はなかったが、森東地域から逃げてきた難民が王国にまで到達していたというから、そのまま放置しておいたらこちらも直接的な被害を受ける可能性は大きかった。
それに、洞窟衆としても今後の展開を考えると人材の供給源は豊富なほど都合がよかったので、やはり幾分なりとも情勢の安定化に努めることはそれなりに意味があるのだろう。
そんな流れもあって、森東地域には農地や街道の整備以外に製紙や印刷の工房や各種の教育施設を建設させていた。
印刷物や教育施設は、まだまだ足りないのである。
特に教育施設についていえば、ハザマ領内にはこれ以上に建物を増やす余地がほとんどなく、しかし人員の育成需要の方は増大する一方であったから、なにはなくても土地だけは余っている森東地域への進出は都合がよかった。
建物だけの問題ではなく、人員の誘致面や育成面においても森東地域は有用である。
なにせ、地元には他にこれといった産業が育っておらず、戦乱で荒れ果ててそこから逃げようとする人間ばかりが多い状況なのだ。
必要に応じて職を紹介し、さらによい待遇を求めるのならばなにがしかの知識や技能を身につけて貰うしかない。
そういう意味では、政治や統治といった為政者レベルでの都合はともかく、現地に在住する個々の人間たちと洞窟衆側との利害は、割に一致していた。
洞窟衆を経由して働くようになれば、少なくとも当面の安全とその日の食事には不自由をしなくなるのである。
つまり一般市民レベルでは、洞窟衆の森東地域への進出は歓迎されていたわけだが、そうした事態を現地の統治者側は面白く思わないようだった。
当然といえば当然であったが、洞窟衆がいく先々でそうした民衆を吸収していくとなると、それまで首長として支配をしていた連中は、その権威が傷つけられたと感じる。
感情面のみならず、配下の人間がどっと抜けていけばそうした支配者層の影響力も自然と低下していくわけで、そちら側から見れば洞窟衆はいきなりやって来て人を根こそぎ浚っていく不届き極まりない組織、ということになる。
おまけにその不届きな洞窟衆は、高度に組織化された大軍に最新鋭の武装をさせ、豊富な物資を潤沢に消尽しながら、わが物顔で他人の土地に踏み込んでどこまでも進んで行く。
流石にそうした連中もそれなりの判断力があるらしく、正面からそうした洞窟衆に逆らい、武力闘争を続けようとする勢力は少ないようであったが、仮に表面ではおとなしくこちらのいうことを聞いてくれたとしても内心では大きな不満を溜め込んでいるのではないか。
その手の交渉についてまとめ役をして貰っているマヌダルク・ニョルトト姫と相談した上で、
「出来るだけ相手のプライドを刺激しないように交渉をしてくれ」
という方針は、そうした業務に関わる全員に徹底させている。
状況が状況であるから、ある程度は相手に憎まれることは覚悟しているのだが、感情的に拗れると後々に面倒が増えそうなので、そうした遺恨は出来るだけ最初から作らないようにしたかった。
とはいえ、それはあくまでハザマの側から見た論理であり、いいようにあしらわれている森東地域の人たちにしてみれば、また違った意見があるのだろうが。
洞窟衆が王国をはじめとした周辺諸国に及ぼした影響のことを考えると、洞窟衆が森東地域に進出したことによって生じる歪みも、いずれはなんらかの形で表面化するだろうな、ともハザマは思う。
今後、そのことが原因となってなんらかの問題が生じ、表面化することがあったとしても、
「その時はその時だ。
実際にそうなってから考え、対応するしかないわな」
ある種の諦観も含めて、ハザマはそう呟く。
この世界は別にハザマを中心にして回っているわけではなく、大勢の人間がそれぞれの思惑に従って蠢いている。
互いに影響を与え合う大勢の人々が、今後、どのように動くのか。
それを正確に予測する術など、ありはしないのだ。
この世界におけるハザマは、「万能の主人公」というよりはせいぜい「多少、変わった知識を持った乱入者」程度の存在でしかない。
遠い未来を見通すことなど出来ようはずもないし、自分の判断や選択が常に正しいと過信しているわけでもなかった。
あくまで、
「可能な範囲内で最善を尽くす」
程度が、ハザマに出来る現実的な働きかけになる。
洞窟衆を動かせるハザマは、実質的にはこの世界のほとんどの人々よりは大きな権限を持っているといえるのだが、いずれにせよ、万能の存在からはほど遠い。
失敗や判断ミスをすることだってあるだろうし、それを前提として「今、この時」に出来る選択をし、積み重ねていくしかないのだった。
ハザマがもう少し慎重だったり責任感が強かったりする性格であれば、とうの昔に身動きが取れなくなっていただろうが、現実のハザマはどこか軽薄で場当たり的な部分があり、
「失敗してもいいから、とにかくなんか試してみよう」
と試行錯誤を推奨する場合が多い。
この森東地域への進出についても、ハザマの不在時に実行することを決断したリンザを責めるよりも、
「もう手を着けちまったんだから、やれるとこまでやってみるさ」
と思い切るのも、ハザマらしい判断ではある。
あるいは、ハザマとしてはこの世界の事物全般についていまだに現実感が薄く、一種のゲームかシミュレーションのように感じているので、今ひとつ真剣味がないだけなのかも知れなかったが。
いずれにせよ、全能でも万能でもないハザマとしては、今手の中にあるカードだけで状況を判断し、決断し、なにがしかの働きかけを行うしかない。
それが遠い未来でどのように評価されるのかは、それこそ、
「未来の人間にでも勝手に議論させればいいやね」
と、ハザマは、そう思う。
この時期、森東地域に向かって動き出していたのは洞窟衆だけではない。
前述のように治安維持軍もその存在意義を周知させるべく森東地域に進軍している途中であったし、それ以外に、投資先を求める平地諸国の両替商たちも競うようにして森東地域へ人を派遣していた。
後者の両替商たちについていえば、にわかに金回りがよくなったこの時期、安定した投資先を求めていたということが、一番の動機となる。
ガダナクル連邦とかスデスラス王国とか、これまで洞窟衆が大規模な干渉を行った地域は、一時的な混乱が治まった後の発展は目覚ましい物があった。
今回、森東地域についてもそうなると予想し、少しでもそれにあやかろうと動いたわけである。
これについてハザマは、
「有り難いことだ」
としか、思わなかった。
森東地域では、これから社会資本への投資を必要とする要件がいくらでも存在するし、洞窟衆だけでは出来ることにも自然と限界がある。
そこに外部からの投資が期待できるのであれば、森東地域で実行できる事業についても、かなりの自由度が保証されるわけだった。
さらにいえば、洞窟衆が提案する各種の事業が、将来的にどれほど採算が合う物になるのか、第三者の目から判断して貰うことも、こうした両替商が存在することで可能となる。
森東地域の現地住民にしてみれば、急速に資本主義的な価値観に絡め取られるような感覚に陥るのかも知れなかったが、これまでのように数万単位で死体を生産するよりはそうして社会構造が急変する方が、幾分はマシなはずだった。
「それに、世の中の趨勢が急変しているのは、別にあそこだけに限ったことでもないしな」
と、ハザマは呟く。
ハザマと洞窟衆は、すでに王国や周辺諸国、山地、ガダナクル連邦周辺などの姿を、従来の様子から大きく変容した物へと変えていた。
無理矢理そうした干渉を受けた側からすれば、いい迷惑以外の何物でもない。
そして今、森東地域や、それに下手をすると帝国にまで、その影響は波及しそうな勢いである。
冒険者ギルドが普及し、当然のように存在するようになったら、ギルドが存在する周辺の地域は相応に変容することを余儀なくされるはずであった。
雇用状況や地域経済への影響は、決して少なくはないはずなのである。
準備段階の今の時点でさえ、冒険者ギルド経由でこちらと帝国版図内での人の行き来はそれなりに増大していた。
冒険者ギルドの関係者間で、転移札の使用にハードルが下がってきたことも、その傾向に拍車をかけている。
準備段階である今の時点でこれなら、本格的に帝国内の冒険者ギルドが稼働をし始めたら、果たしてどれほどの波及効果がある物か。
帝国中央の思惑としては、あえてそれを狙っている部分があるわけだが、こうした傾向もまた、歓迎しない人々はそれなりに存在するだろうな、と、ハザマは考える。




