王都の日々
自分の行動を完全に正しいと信じてはいないハザマは、それでも日々の仕事を遂行しなければならなかった。
そうしないと洞窟衆に関わる大勢の人間に影響が出てくるからである。
現在のハザマは個人というよりは洞窟衆の首領として相応の権限を持っている身であり、その洞窟衆の影響力は日々拡大していく一方であった。
そのことは、ハザマ自身が重々自覚しているところである。
「周囲と軋轢が生じることは確かだが、その代わりに助かる人間が大勢居ることも確かだしなあ」
と、ハザマはそんな風に思う。
厳格な身分制度に阻まれて思うように実力を発揮できない人間に活躍をする機会を与え、あるいは、もっと単純に餓死しそうになっている下層階級の人々に職を与え、生存する機会を与えている。
洞窟衆が何十万という単位の人間にこうした機会を与え続けている限り、ハザマの行動を安易に非難は出来ないはずであった。
少なくとも、人道的な見地から見れば。
しかしハザマ自身は、そうした建前をあまり信じていないし、重視もしていない。
結果としてそうなったとしても、ハザマ自身はそうした理想を実現することを目的として動いて来たわけではない。
その事実を、ハザマ自身が一番よく弁えているからだった。
ハザマが自分にとって心地よい環境を作り、それを継続的に保全しようとするとどうしてもある程度組織だった活動基盤が不可欠であり、それを整える過程で様々な偶然が重なってその組織がハザマの意思するところとは関係なく肥大化していっているだけなのだ。
さらにいえば、ここまで洞窟衆が大きくなると、もはや首領であり創立者であるハザマ自身にもその肥大化を抑制する方法がない。
なぜならば、現在の洞窟衆の拡充は、帝国を初めとする洞窟衆の外部勢力の要請するところによって推進されているからである。
一度加速がついてしまった以上、そして周囲からそうあれと望まれている以上、現在進行形である洞窟衆の、組織としての肥大化はなにかしら説得力がある理由を外部に提示しなければ、抑制できるものではなかった。
そして、その動き続け、膨らみ続ける洞窟衆の首領、総責任者であるハザマの前には、続々と決済を求める書類が届き続ける。
それは冒険者ギルドがまた新たにどこそこの国に支店を開く、とか、あるいは森東地域での進捗状況を報告し、ついでにしかじかの豪族となにがしかの取り決めを洞窟衆と結ぶことになったなど、細々とした確認事項がほとんどであった。
そんなもん、現地の責任者が自分の判断で勝手にやってくれ。
ハザマとしてはそういいたいところであったが、ハザマ領の運営などとは違い、こちらの、まだ手をつけてから日が浅い事業については洞窟衆としてもノウハウの蓄積が浅く、さらにいえば専任の組織としてもまだ固まり切っていなかった。
仕事の流れや機序、それに各決定事項の責任を誰がどこまで取るのかといった区分がまだまだ固まり切っておらず、結果、一番上のハザマの方まで判断する仕事が上がって来ている形である。
ハザマ領の方は、どうにかリンザでも間に合うようになって来たっていうのにな。
と、ハザマは心の中でそうぼやく。
こうしている今もハザマ領領主代行として慣れない仕事に苦労しているであろうリンザが聞いたらかなり憤慨するであろう見解であったが、ハザマとしては他人任せに出来る仕事はどんどん他人任せにしていきたいところであった。
そうしていかないと、現実問題としても、ハザマの身が保たないのである。
ここ最近の例を出せば、ハザマはそうした各地から送られてくる書類に目を通し、認可を与えたり判断を下すだけの仕事に半日以上の時間を費やしていた。
そうした仕事を溜めてしまうと、いよいよハザマも身動きが取れなくなっていくので、毎日地道に片していくしかなかった。
そうした業務の合間に、ハザマは森東地域に関する膨大な報告書にも目を通し、その内容を把握するように努めている。
見慣れない固有名詞が乱舞するそうした報告書は、直に現地にまで足を運んだことがないハザマにとってはかなりとっつきにくい内容であったが、将来的なことを考えるとそちら方面の予備知識を少しでも蓄えておく必要があった。
森東地域に関していえば、このまま成功すれば洞窟衆が活動する地域としてその比重は大きくなる一方であるし、仮に失敗をするとすれば、どうにかして損失を軽減する方策を考え出す必要に迫られる。
どちらに転んだとしても、その森東地域の件が洞窟衆にとって大きな意味を持つことは変わらないわけであり、ハザマとしても軽視をするわけにはいかなかったのである。
もう一方の、現在の懸念事項である冒険者ギルドの帝国版図への進出であるが、こちらは帝国側の方から誘致をされた形でもあり、もう少し時間が経てば自然と使える人材も育って来て、いずれ時期が来ればハザマの手を離れる。
と、ハザマはそう読んでいる。
それだけ広範な地域をまたいで組織的な活動をするとなると、冒険者ギルドは将来的には確実に完全に現在の洞窟衆の規模を越えていくはずであり、そうなる前に帝国側の誰かが責任者として取り仕切っていくことになるであろう、と。
それだけ巨大な組織ともなれば利権の方も相応に大きくなり、帝国側としてもやりたがる人間には事欠かないはずであった。
また、ハザマとしても現在抱えている様々な事物を考慮すると、そちらの冒険者ギルドの方も、あまり大規模になる前に手を離しておいた方が気が楽だなあ、という気持ちが大きかった。
王国という、帝国と比較すればさして大きくはない国の中でさえ、こうしてかなり気を揉んで周囲の思惑を予想し、気疲れしている状態である。
これが帝国の人士たちとまともに渡り合うということにでもなったら、ハザマの精神の方が保ちそうにない。
利権だの権力だのは、欲しがるやつにそのままくれてやればいいのさ。
というのが、この時点でのハザマの本音であった。
もちろん、そうした利権だの権力だのには、その規模に応じた責任が前提としてついて回るわけだが。
その帝国と王国とのハザマ領を巡る交渉は順調に推移をしているらしく、ときおり帝国のガグルバイド伯爵から簡単な報告書が届いていた。
経過報告的な内容であり、ハザマも特に返信をする必要を感じないほどの簡素な記述であったが、年を越した早々に、王国中央は正式に内外にハザマ領の王国からの離脱と帝国への帰属を公表することになりそうだ、という。
ハザマがベレンティア公爵家の家門を引き継ぐのも、おそらくはそれと同時になるのだろうな。
と、ハザマは他人事のように思う。
このことはハザマの意思に関わらず、すでに決定事項として扱われていた。
王国にしてみれば、ハザマは王国の臣下から離れる前にこれまでの功績に報いたと、少なくとも対外的にそう示すためのパフォーマンスであり、帝国としてもどこの馬の骨ともわからない、出自があやふやな異邦人のハザマ男爵に領地の管理を任せるよりは、この周辺地域では名門ということになっているベレンティア公爵家の家門を正式に継いだハザマ公爵に領地を託す方が、よほど体裁がいいというわけである。
当事者であるハザマにしてみれば、
「なんだかなあ」
とかなり白けた気分で受け止めていたが、ハザマ自身がどんなにありがた迷惑であると感じていても、これはこの世界の基準でいえばかなり例外的な措置であり、異例の出世であるともいえた。
現在のハザマはまだまるで実感が沸かなかったが、ハザマに公爵号を送ることによって、王国はこれまでのハザマと洞窟衆の働きに対して、存分に報いたことになる。
公爵家、ことに、長年、それこそ何代にも渡って山地からの侵攻を防いできたベレンティア公爵家の名は、少なくともこの周辺諸国においてはそれほどに重い意味を持つ、らしかった。
ハザマがそのベレンティア公爵家の名を継ぐということは、すなわちハザマのこれまでの働きがそのベレンティア公爵家のそれに匹敵すると、王国が正式に認めたのと同じなのである。
洞窟衆の関係者からそうした説明を受けて、初めてハザマはことの重大さを理解した。
王国がこれまで洞窟衆に対して報いることが少なかったのは、おそらくは単純にない袖は振れなかったからだとは思うのだが、最後の最後に、大盤振る舞いをしてくれたらしい。
とはいえ、いってしまえば名前だけを与えて与えるべき褒賞を誤魔化している、とも解釈出来るのだが、いや、現実にそうした側面はあるのだろうが、ともかくもその与えるべき名利に関していえば、王国はケチではなかったことになる。
だからといって、ハザマとしては感謝をする気にはなれなかったが。
そうしたハザマ個人の気分はともかく、洞窟衆の者たちによれば、
「ベレンティア公爵の名は、使える」
ということで、意見が一致していた。
少なくともこの周辺地域では、それほど大きなネームバリューを持った家名なのだそうだ。
しばらく王都に居座っていたハザマは、だいたいはハザマ商会が管理する倉庫の一角に設けられた執務室を使っていた。
なにかと手狭な公館の中に、新たにハザマの居場所を作るのはなにかと面倒であったし、それに、その倉庫にはボイラー付きの、すなわち温水が出るシャワーが設えてあるのが大きかった。
たっぷりとお湯を張った湯船に身を浸ける、という贅沢は望めないものの、毎日体を洗えるという事実は、ハザマにとってとても大きい。
ハザマはその倉庫の一角に居座って大量の書類に目を通し、決裁をし、そしてたまにどうしても外せない用事があれば公館まで出向いて、王都での日々を過ごしていた。
そうこうするうちに、その年も終わろうとしている。




