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トカゲといっしょ  作者: (=`ω´=)


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格差の問題

「ぶちまけてしまうと、今の時点では無理だな」

 ハザマは、ハヌンやカレニライナをはじめとするハザマ領公館の面々にそう告げた。

「ハザマ領とその他の王国とでは、基本となる環境が違いすぎる」

 なぜ王都などの、ハザマ領以外の地域ではハザマ領のような広報活動が出来ないのか、という話題が出たときのことだ。

「特にここ王都は、王国中から貴族様が集まってくるような土地柄だ。

 そんな場所で貴族様にとって都合の悪い内容を流布しようとすればいったいどうなるのか?

 それは、この公館が取り囲まれたときに、捕まった連中がすぐに釈放されたことからして、容易に想像できるだろうに」

 あのとき、暴徒でしかなかった者たちを捕縛しても、王都の衛士たちは形式的な取り調べをしただけですぐに釈放してしまった。

 そうした暴徒たちの背後に貴族たちが控えていて、そのことを知った衛士たちがその貴族たちの立場を忖度したためである。

 良くも悪くもここ王都は貴族のための都市、なのだった。

 そんな場所で辻芸人たちに洞窟衆の広報活動を託したとしても、すぐにどこからか現れた暴漢に囲まれて袋だたきになるのがオチだろうな、と、ハザマは想像する。

 そして、ここ王都ではそんな被害者に対してなんの保障もされないし、暴漢たちの捜査もろくに行われずにそのまま放置されるはずだ。

 そもそもハザマ領とは違い、その他の土地で流民や流しの辻芸人などまともな人間として扱われないことの方が多い。

 さらにいえば、冒険者として登録し、それなりの訓練や教練を経験した者の比率が多いハザマ領では、そうした暴力沙汰が起こったとしても、すぐにその場で加害者の方が取り押さえられる。

 ハザマ領以外の場所では、武芸の素養がある者自体もおおむね身分がある者に限られているし、仮にそうした実力差がなかったと仮定しても平民が貴族を取り押さえることなど、後の面倒を想像するとまず出来ない。

 貴族たちが平民やそれ以下の流民に暴行を加えようが、まずは見て見ぬ振りをされるだけだろう。

 領主側が身分を保障するための保険証を持っていさえすれば、なんらかの犯罪に巻き込まれた場合、どんな身分の者であろうとも公正に扱われるハザマ領の方が、この世界の基準からいえば異常な環境なのである。


「確かに、ハザマ領と同じ方法を前にこちらで試したときも、そんな結果になったけど」

 ハヌンはそういって顔をしかめた。

「だからって、なんにもしないっていうの腹が立つわね」

「なんにもしない、ってわけじゃないさ」

 ハザマは即答した。

「今だって印刷所を増やして各種の印刷物を大量生産し、読み書きが出来る人間を飛躍的に増やしているじゃないか」

 一見して迂遠なようだが、この世界でそうした読み書きが出来る人間、その絶対数を増やすことが、ハザマ領以外の土地にも出来るだけ公正な環境を整えるための第一歩であると、ハザマはそう思っていた。

 知識や情報を一部の階級の独占物にしておかないこと。

 なにをするにしても、まずはその程度の条件から整えていかないと、なにも変えることが出来ない、と。

 高層建築を建てるためは整地作業から着手する。

 まずはしっかりした地盤を作らないことには、どんな立派な図面を用意したところで意味がない。

 ある程度均等な、最低限の教育を受けた人間が普通に偏在するような環境にならなくては、ハザマが考える「快適な環境」を保つことは難しいだろう。

 今の時点でも、ハザマ領内ではその「快適な環境」を部分的に実現できてはいる。

 だが、そうした局所的な成功例を基準にして、その内部と同じやり方をハザマ領以外の場所でも押し通そうとしても、まあうまくはいかんだろうな。

 と、ハザマはそう思う。

 ハザマ領とその他の地域とでは、遵法精神のあり方も人々の意識も、まるで違ってきている。

 この格差がなくならないことには、ハザマ領と同じ方法を他の土地でも成功させることは出来ないだろう。

 そして、不特定多数の価値観そのものを根底から変えていくことは、そう易々と出来ることではない。

 今の王国で起こっている様々な軋轢を見ていると、今後は「洞窟衆的な価値観」と「従来の価値観」がいよいよ正面からぶつかり合うような、そんな図式になっていくのではないかと、ハザマは予想している。

 実際にはそこまで単純な物でもなく、王国がハザマの発想を取り入れて貴族の扱いを大胆に見直そうとしていたり、もっと複雑に洞窟衆の影響を受け入れつつ内部改変を行う従来の権力者たちとせめぎ合うような形になるのだろうが、いずれにせよ面倒なことになったもんだ、と、ハザマは他人事のようにそう思った。

 こんな事態になったのは、だいたいはそう思うハザマ自身が原因なのであるが、ハザマ自身はそのことにまるで責任感を覚えている様子がない。

 いずれにせよ。

「今、この王都の状況だけを見ても、洞窟衆に関わる人間の数は一気に増加している。

 身分を問わず、冒険者ギルドに登録をし、そこで仕事を受けることが一般的になっているからだ」

 と、ハザマはいった。

 この冒険者ギルドへの登録は、ここ王都では一種のブームのようになっている。

 元からなんらかの正業に就いている者はそもそも冒険者ギルドに登録をする必要はないわけだが、それ以外の、仕事を持たずに時間を持て余していた者が、ここ王都にはそれだけ多かった、ということでもあった。

 従来の流民に加え、貴族で役職を得ていない者、それに、最近では身分のある女性の登録者も増えているらしい。

 メキャムリム・ブラズニア姫やマヌダルク・ニョルトト姫の活躍ぶりが噂としてここ王都まで流れて来て、冒険者としての仕事は肉体労働ばかりではなく、事務仕事の口も多く含まれているという情報が周知された結果でもある。

 また、拡大期にある冒険者ギルドの方でも、今の時点である程度の教養がある人材は性別に区別はなしに歓迎していた。


 ハザマ自身はこの時点で全体像を把握することは出来ていなかったが、この時期、王都に在住するある貴族が心配そうな文面で日記に記している。

「冒険者ギルドなる組織に参入する若い貴族が増えている。

 王都の貴族のうち、二割から三割ほどの貴族があの組織に吸い上げられているのではないか。

 このまま放置すれば、将来、王国の人材は乏しくなる一方である」

 王国中央はそうした日記が書かれた頃には、すでにその体制を根幹から改める構想を進めていたわけだが、多くの貴族たちはこの時点ではまだそのことを知らされておらず、従来と同じ王国がそのまま将来も続いていくと、そう思い込んでいた。

 王国中央が考える改革の詳細が正式に公表されるようになれば、そもそも貴族の地位や意味自体が根底から揺さぶられるのだが、多くの貴族たちはまだ、この時点では自分の足元が不動であるとの確信を抱いている。

 ハザマや洞窟衆、冒険者ギルドの方は決して王国をどうこうしようという意図など持たず、ただひたすら目の前に立ち塞がる問題を解決しようと足掻いているだけなのだが、結果として、王国を始めとする周辺諸国に対して多大な影響を及ぼしている形であった。

 さらにいえば、そうして一度冒険者として働いた貴族たちは、その仕事から手を引いた後も洞窟衆的な思考法に影響を受けているはずであり、長期的に見ても洞窟衆の影響する範囲が広がっていくはずである。

 ハザマも、そうした影響力の強さについてそれなりに認識してはいたのだが、そのことをいいとも悪いとも思ってはいない。

 強いていえば、

「仕方がないな」

 というところか。

 おそらくこうした洞窟衆的な価値観や手法が際限なく広がっていくことは、一種の洗脳であり文化侵略的な側面もある。

 そして、一度そうした伝播がなされてしまえば、後戻りもできない。

「洞窟衆的な方法は悪いやり方だから、それ以前の方法に戻しましょう」

 と権力者が不特定多数の構成員に押しつけようとしても、決してうまくはいかないだろう。

 一度合理的な方法を知ってしまったら、そこから昔の、より不合理で無駄が多い方法に逆行することはできないのである。

 人間とは、基本的に楽な方に流れるものだと、ハザマの世界の歴史も証明していた。

 そうした、様々な要因を考えた上でハザマは、

「今は、過渡期だからなあ」

 と呟く。

 最終的には、ハザマはもたらした価値観が、少なくともハザマ領周辺の地域を染めていくだろうと、ハザマは予想している。

 そして、その範囲内においては、今、ハザマ領で通用している方法論もそのまま使用できるはずだ。

 今の時点では、その範囲はだいたいハザマ領内に限定されているわけだが、これから徐々に周囲に、山地に、王国やそれ以外の周辺諸国に、森東地域へと、広がっていくだろう。

 そしてそれ以外の、洞窟衆的な価値観をよしとしない地域との軋轢を、繰り返し作っていくわけだった。

 今は、過渡期。

 どこまでいっても、過渡期。

 ハザマは、そう考える。

 なにをやっているんだろうなあ、おれ。

 これでは、まるでカルト宗教みたいなものではないか。

 いや、外から見たら完全にそう見えるのではないか。

 近代的な平等幻想、人権のある世界にようこそ。

 身分の差はないが、貧富の差や格差はあります。

 ハザマの世界の価値観も、決して完全な物であるとも思わないのだが、それでもこの世界の標準的な価値観よりは公正であり、比較的マシだと、ハザマはそう思っていた。

 しかしその、「比較的マシ」程度の価値観を押し通すために、今後も延々と続くであろう摩擦や軋轢を覚悟するべきなのか、どうか。

 ハザマの持つ近代的な意識に、果たしてそこまでの価値があるのだろうか。

 ハザマとしては、疑問に思わないでもない。

 洞窟衆の影響が大きくなるにつれ、そのおかげで傷つきあるいは生命すら落とすような人間も大勢出てくるだろうな。

 と、ハザマはそう予想する。

 その程度の想像力は持っているし、その上でそのこと自体を「正しいのか、どうか」と心中で検証する、し続ける姿勢は、保ち続けたい。

 その程度のことが出来なくなったら、それは狂信者と同じだ。



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