王城での会談
王国にとってもそれなりに大事ではあろうが、もう一方の当事者であるハザマ領の方にとってもかなりの大事になる。
領地経営自体は従来とあまり変わらないのだが、その所属が丸ごと変わってしまうわけで、ことに王都の公館では、この決定が伝えられた時、かなりの動揺が起こった。
王都のハザマ領公館職員たちは当然のことながらほとんどがこの王都で採用された王国民で構成されており、ハザマ領が王国の所属から外れるということはそれなりに衝撃が大きかったようだ。
とはいえ、まだこのことは部外秘とされていたので、公館の職員たちとしても公然と動くわけにはいかず、現実的なリアクションといえば、この段階ではこっそりと荷物の整理などをはじめる程度ではあったのだが。
「この公館も、いずれは引き払うんですか?」
ハザマに、そう訊ねてくる職員も居た。
「まだわからん」
ハザマとしても、そう答えるしかない。
「すぐにハザマ領と王国との関係がいきなり途絶えるわけでもないしな。
王国領地の公館という形ではなくなるにせよ、窓口としてここの機能をそのまま残すという可能性も十分に残っている。
いや、きっとそうなる。
やるべき仕事の内容は多少、変わってくるのかも知れないが。
なんにせよ、将来的に洞窟衆と王国とがどういう関係になるかにかかって来るな」
そんな時、ハザマはそういう風に説明をした。
役割は多少違ってくるにせよ、この公館で行ってきた業務、つまり王国中央や諸侯との交渉事がいきなり途絶するとは、ハザマには思えないのであった。
それだけ洞窟衆は王国の各地に支店を作って活発に動いていた。
領主公館、という形ではないにせよ、この王都に洞窟衆のわかりやすい窓口を置いておくべき必要性は、まだそれなりに存在しているのである。
ただ、これまでハザマ領として王国貴族同士で交渉していたのが、洞窟衆と諸侯との交渉になる、といった変化は生まれるはずであったが、いずれにせよ、ここでの仕事がいきなりなくなるわけではない。
とにかくこの時点では、王国がこれ以降のハザマ領をどう遇するつもりなのかハザマにもわかっていないので、曖昧な予測でしか語れないのであった。
帝国からの知らせが届いた翌日、その王国中央から、ハザマに対して王宮に出仕せよとの命令が届いた。
例のハザマ領の領有権譲渡の件について、ハザマに伝えたい事柄がいくつかあるそうである。
今の時点ではハザマもまだこの王国の臣下ではあるので、無視するわけにはいかなかった。
王国側がこの件についてどう考えているのか、ハザマとしても知りたかったので、たとえ断る権利があったとしてもそのまま行ったであろうが。
とにかく指定されたその日、ハザマは正装し、何名かの供を連れて朝から王宮へと向かう。
今回は帝国のガグルバイド伯爵と同伴していなかったので、正門ではなく別の、王宮に仕える貴族たちが使用する門を使うことになった。
以前利用したその正門の方がハザマ領公館からはよほど近かったのだが、そちらはあくまで賓客や王宮が認めた者のみが使える門であるとされていた。
王宮自体がかなり広いので門はいくつかあるのだが、その門の使用についても、利用する者の身分や用件によって厳密に定められている形である。
多少遠回りになっても、これは仕方がないのか、と、ハザマはそう思ってその日の早朝から歩いていた。
ハザマ領公館からのその貴族用の門までは、かなり広い王宮の外周をぐるりと半周ほど回らないと着かない。
不便ではあったが、ハザマ自身は貴族であっても王宮自体に用がなく、毎日のように王宮内に出勤するような貴族たちとはまるで違った立場でもある。
それに、公館を借りる時の家賃も、その貴族用の門から遠い場所の方がかなり安かった、という現実的な理由もあった。
ハザマは貴族であるから、その門の内部まで馬車で乗りつけることも出来たのだが、今回のためにわざわざ馬車を手配するのも煩雑に感じたので、そのまま徒歩で移動をしている。
いい運動にはなるよな、と、ハザマはそんな風に思う。
最近、屋内で書類とばかり格闘する日々であったから、これはこれでいい気分転換になった。
気づけば、外の風は随分と冷たくなっている。
この世界にも日本のそれとは微妙に違うのだが、四季や暦はあり、王国のこの時期はちょうど年末でこれからどんどん寒さが増していく時期に相当していた。
ハザマが強制的に失踪を余儀なくされたのが秋の収穫前後のことであったので、バタバタしている間に相応の時間が経過していることになる。
貴族用の門は、時間的にちょうど朝の通勤ラッシュに相当していたのか、王宮内に出勤する官吏や貴族たちでごった返していた。
王宮の外にも官庁街はあるのだが、部署や役職によっては王宮内部にある役場に毎日出勤してくる必要がある者たちも存在し、しかしそうした者たち用の門はここしかないからそれなりに混雑するわけであった。
紋章つきの馬車を使っている者、ハザマのように数人の供だけを連れている者など、それぞれの身分や経済状況にふさわしい、しかし皆一様に慣れた様子で、門を潜っていく。
彼らにとっては、これが日常的な出勤の光景なのであった。
一方、滅多に王宮内に足を踏み入れる機会がないハザマは、当然のことながら不案内であり、門を潜った後にどこへ行けばいいのかさえ、わからない。
そのまま素直に、門の脇で待機していた兵士に王宮からよこされた出頭状を差し出して、取り次ぎと案内を頼む。
どうやらハザマが王宮に来ることは門番たちにも事前に伝えられていたらしく、以前、ガグルバイド伯爵を伴って来た時のように待たされることもなく、そのまますぐに王城の内部まで案内をされる。
ハザマの自認はともかくとして、ハザマ男爵とその従者ということになっているハザマ領公館の職員たちは、その門番の背中に黙々とついていく。
王宮内という場所は、身内のおしゃべりを拒絶するような厳粛さを秘めている。
広い王宮内をしばらく歩いて、以前にガグルバイド伯爵と来た時に案内された部屋よりは、調度などがやや安そうな部屋へと案内された。
以前よりは質素に見えるとはいってもそれはあくまで「比較すれば」ということであり、貴族などが日常的に使用することが想定されているのだろうか、一般的な基準でいえばかなり豪華な内装である。
少なくとも、ハザマの目にはそう見えた。
そうした室内の様子に気圧されたのか、ハザマ以外の職員たちは、案内役の門番兵士が去って室内に身内だけしか居なくなってからも、押し黙ったままになっている。
ハザマなどは何度か王宮内に入った経験があるし、それにそもそも王室の権威についてあまり過大に評価していないので、緊張するべき理由もないのだが、ごく普通の王国民でしかない職員たちにしてみれば、今回のシチュエーションはそれなりに気を張るものなのだろうな、と、ハザマはそんな風に思う。
ちなみに、今回ハザマは、ハヌンやカレニライナを伴っていない。
彼女らは彼女らで公館の中で重要な地位にあり、公館を留守にするとそれなりに支障が出るということだった。
それに今回の件は、ハザマたちにしてみれば事実確認と今後の打ち合わせをするだけであり、その場で重要な選択や決定をするように強制される局面はないだろうと予想している。
王国中央にしても、この微妙な時期に、ハザマに対して直接積極的に余計な干渉を行ってくるべき理由がないのだ。
むしろ王国側にしてみれば、正式にハザマ領とハザマ自身が帝国に移管するまで、出来るだけ穏便に、問題が起きないように注力するのではないか。
常識的にそう判断していたので、ハザマ領側では今回も事務的な通達事項と双方の意思確認、それに今後の方針について、双方の意向を摺り合わせるための場であると認識していた。
「今回はそんな、波瀾万丈な会見にはならないはずだから、そんなに緊張する必要もないよ」
ハザマは、自分以外の緊張している職員たちに、そう声をかける。
さらにしばらく待って、王国側の役人が室内に入って来る。
その時その場で、ハザマは自分の予想が裏切られたことに気づいた。
室内に入って来たのは、国務総長ガイゼリウス卿その人だったからだ。
このガイゼリウス卿は、この王国の内政を事実上取り仕切っている文官長である。
もちろん、ただの事務連絡と事実確認で、そんな大物がわざわざ出向いてくるはずもない。
「ご足労、感謝する。
ハザマ男爵」
ハザマの対面に座ったガイゼリウス卿は、そう切り出してきた。
「帝国からも知らせが入ってきているかと思うが、帝国と王国との間でハザマ領の領有権に対して合意をする見通しが立った。
このこと自体については王国にとっても利益が多く、歓迎するべき事案であると判断する。
それに付随して、王国はハザマ・シゲル男爵に対していくつかの提案をしたいと思う」
「提案、ですか?」
ハザマは訊き返した。
「それは具体的に、どのような用件でございましょう」
嫌な予感しかしなかった。
「かねてよりの財政難。
それに加えて、ニョルトト、ブラズニア両公爵家の離反。
今の王国は、かなり難しい局面に立たされている」
ガイゼリウス卿はハザマの目をまともに見据えて、そういった。
「さらに、ハザマ領の帝国への移管。
このことが公になれば、王国の民にも大きな動揺が起こることは目に見えている」




