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トカゲといっしょ  作者: (=`ω´=)


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ハザマの予想図

 どうにかしてアルテラ公爵にお帰りいただいた後、ハザマはどっと疲れが体の中にのしかかってくるような感覚に襲われた。

 アルテラ公爵は金と権力を愛する俗物であり、その二つのことをあまり重要視していないハザマの行動原理がどうも納得出来なかったらしく、何度も押し問答をするような結果になったからだ。


 一例をあげれば、こんな具合である。

「確かに金は大事ですが、金を集めすぎて富の偏重が固定しすぎると治安が乱れます。

 社会的に不安定な状態が慢性化するということで、これは、富裕層に取ってもあまり歓迎できない事態ではないかと」

「降りかかる火の粉などは、金で護衛を雇えば容易に振り払えるではないか?」

「それにも限度があります。

 襲撃者が、世の中に不満を持つ物が何十万と存在する場合、多少護衛を雇ったくらいでは現実問題として通常の保身をするのにも苦労をすることになるかと。

 襲撃者が爆薬や破壊力の大きなマジックアイテムを使用した場合も、必ず金で雇った護衛が頼りになると思いますか?

 一番確実な護身は、無闇に敵を作らないことです」

「護身のために身を慎めと?」

「そこまではいいませんが、何事も節度というのは大切であるかと。

 短期的な欲望にばかり振り回されると、いずれは取り返しのつかないことにもなりかねません。

 特に大きな力を振るう時にこそ、長期的な展望が必要なのではないでしょうか?」

 われながら偉そうなことをいっているな、と、ハザマは思う。

 ハザマの場合、「ここが自分の世界ではない」という意識を持っているため当事者意識が薄く、加えて、サバイバル生活を経験した結果、金銭欲などの世俗的な欲望がいかに浅薄で人間社会の中でしか通用しない価値観であるのか、ということを強く刷り込まれてしまっている。

 達観、というよりは、この世の中の動きすべてから距離を置いて見るような感覚が、どうにも抜けきれないだけなのだが。

「金銭欲でも権力欲でも、そうした欲望を持つことを一概に否定をするわけではありませんが、同時に、大きな力を持つ者には相応の責任も負わなければならないと思うのです」

 ハザマは、どうにかしてアルテラ公爵を説得しようと、懸命に頭の中で言葉を探す。

「権力を持つ者の動機自体は、実はどうでもいい。

 どうでもいいというのが語弊があるのなら、どんなに薄汚れた動機から発した行動や決定でも、世の中にいい影響を与えさえすれば歓迎される。

 その逆に、どんなに高邁な理想を掲げようとも、失策を繰り返すような統治者はどこへいっても歓迎されない。

 貴族とか治政のルールというのは、つまるところ結果がすべてなのではないですか?」

 だから統治者という存在は、ある程度巨視的な視点を持つ必要がある。

 そう、ハザマは考えていた。

 ハザマ自身の場合は、元の世界で得た知識から、ある程度の失敗例について知っているので、「必ず成功する方法」は知らなくても「必ず失敗する方法」を避けることが出来る、というアドバンテージを持っている。

 バジルの能力などは洞窟衆の運営に関してはなんの役にも立たないし、組織運営者としてのハザマの武器はそれくらいしかなかった。

 政治と経済は、表面的なイデオロギーなどよりも結果だけが物をいう、徹底したリアリズムの世界であると、ハザマはそう認識している。

 そんなリアリズムの世界で、徹底して自己の利益のみを確保しようとするプレーヤーは、短期的には成功出来てもいずれ足元を掬われるのではないか。

 ハザマがアルテラ公爵に、アルテラ公爵の率直さ、その価値観のわかりやすさに対して大きな危惧を抱いていた。

 別にこのおっさんとその身内だけが没落するのなら、黙って見ているんだけどな。

 とも、ハザマは思う。

 ただ、この時点でアルテラ公爵家が自滅をし、崩壊すると、その影響はかなり広い範囲に及ぶ。

 アルテラ公爵家は王国やスデスラス王国近辺の沿岸部でかなり力を持っている海運業者であるし、そのアルテラ公爵家が没落すると、そちら方面の業界が再編成をされるはずだった。

 洞窟衆にしても、穀物輸入の大半を海経由で輸入をしているわけで、そうなれば洞窟衆の側も無事では済まない。

 このアルテラ公爵自身がこの先どうなろうとハザマも関心は持っていないのだが、少なくとも後しばらくは自身の家業を安泰に保って貰わないと困るのだった。

 そんな具合に何度も押し問答を繰り返し、なかなかハザマのいう内容を汲み取れることができないアルテラ公爵に対してほぼ同じ意味の内容をより平易な表現にいい換えたりとして、くれぐれも無茶な行動は慎むようにとお願いした。

 そうした説得がどこまで通じたのかは定かでなかったが、ともかくハザマがアルテラ公爵のように現体制への不満を抱いているわけではないということだけはどうにか納得してくれたようで、アルテラ公爵は不満そうな様子を見せながらもどうにか帰って行った。


「でも、あのおっさん、かなり粘ったからなあ」

 アルテラ公爵を見送ったあと、ハザマはそうこぼす。

 ハザマ領公館に、なんだかんだでアルテラ公爵はかなり長い時間滞在している。

 この時期にアルテラ公爵がわざわざハザマ領公館に乗り込んでハザマと長いこと話し込んでいた、という事実は、すぐに王国貴族社会に広まるだろう。

 そして、それっぽい推測まじりの噂がまことしやかに囁かれるというわけだった。

「あのおっさんと同列に見られるのは適わんな」

 というのが、ハザマの率直な感想である。

 そうした風評についていちいち気にかけるのも馬鹿馬鹿しいわけだが、それを前提にしてもあんなのと連んでいるように見られることは、ハザマにしてみるとかなり忸怩たる思いがする。

 気にかけても、仕方がないことではあるのだが。

「結局みんな、それぞれ勝手な思惑で動いているわけだよな」

 と、ハザマはそう思う。

 アルテラ公爵だけではなく、貴族も平民も王族も、それぞれの計算を立てた上で、この変化の時代を生き抜こうとしている。

 ハザマや洞窟衆はといえば、役割を客観的に見ればその変化そのものを発生させている原因を作っているわけだが、それだって自発的に発生させた変化は全体で見ればせいぜい三分の一から半分ほどであり、あとは洞窟衆が作った刺激を受けた外部の波及効果を受け取って洞窟衆の方も動かざるを得なかった。

 そんな、受動的な立場であることも余儀なくされる。

 そんなことも、ことに最近は多かった。

 洞窟衆側だけが一方的に影響を与えているだけではなく、相互に干渉し合うような関係性がすでに成立している。

 ハザマや洞窟衆は別にこの世界の主役というわけではなく、それどころか異邦人であるハザマは、この世界にとっては異物であり、本来ならば存在していないはずの、イレギュラーな人間であった。

 この世界の主役はこの世界の人間たちであり、ハザマ自身はあくまで端役、脇役でなければならない。

 ことさら殊勝さを気取るわけではなく、現実問題として、自分は所詮、ここでは余所者でしかないのだ。

 という思いを、ハザマは当初から強く抱いている。

 いろいろな偶然が重なって洞窟衆はこれだけ短期間のうちにここまで大きくなってしまったわけだが、今後は適正な、もっと制御しやすいくらいの規模にまで分割してどんどん他人に任せていくことも考えていかないとな、と、ハザマはそんな風に思う。

 この世界でハザマがあまり大きな影響力を持ちすぎるのも不自然といえば不自然であったし、いや、それ以前に、これ以上重たい責任を持たされることを、ハザマはまるで望んではいなかった。

「せいぜい、一日三度の食事に不自由せず、毎日風呂には入れる程度の生活しか望んでいなかったはずなんだけどな」

 と、ハザマはそんな風に思う。

 気がつくと、手持ちの荷物がとんでもなく増えている状態になってしまっている。

 どうしてこうなった、と、そんな風に思っているのであった。

 とりあえず、これから本格的に、帝国領域に進出していく予定になっている冒険者ギルドは、組織の規模としてもすぐに現在の洞窟衆を凌駕するであろうし、そうした巨大化の過程で変質することも余儀なくされるだろう。

 いずれにせよ、そこまで大きな組織を洞窟衆との片手間にハザマが率いることは不可能なはずなので、いずれ時期を見て、相応の資質を持った人物に丸ごと任せるつもりだった。

 その冒険者ギルドを皮切りにして、洞窟衆の各部門も、いずれは分割して管理能力がありそうな人物に以後のことを任せていく。

 そんな形にするのが、一番いい落としどころなんだろうな。

 と、ハザマはこの時点ではそんな風に思っている。

 その前に、王国各所との関係改善とか、森東地域への干渉事業など、まだまだ乗り越えなければならない案件が山積みになっているわけだが。

「なんにせよ」

 予測していなかったことばかりが、次々と起こるもんだな、と、ハザマは心中で嘆く。

 生身の人間を、それも、不特定多数の生身の人間を相手にしている以上、相手の出方を予測できないのは、仕方がないことでもあるのだが。


 帝国のガグルバイド伯爵からの書状が届いたのは、ハザマがアルテラ公爵と面談をしてから二日後のことである。

 例の、ハザマ領を巡る帝国と王国との交渉が、どうやら合意に達しそうだという内容だった。

 具体的な結果をいえば、ハザマが予想していた通り、王国側が帝国側の要求を飲むような形で終わりそうだという。

 この手の、大きな利権が絡む交渉にしては、かなり短期間で結果が出たもんだな、と、その書状に目を走らせながら、ハザマはそんな風に思う。

 おそらく、王国側が「どの道、帝国には逆らえない」と思い立ち、ハザマ領を帝国に譲渡をする代わりに過大な見返りを要求し、帝国側がそれを快諾したのではないか。

 いずれにせよ、両者で大枠に合意をしている以上、ハザマ領が帝国の領地となるのも時間の問題ということになる。

 今のこの時点で、「両者が売買に合意しているのだが、まだ具体的な契約書に署名をしていないだけ」という形になるらしい。

 なにぶん、かなり大きな影響力を持つハザマ領を差し出すわけだから、正式な調印の際にはそれなりに盛大な政治ショーが行われるのではないか。

「王国にとっては、むしろその後が正念場になるんだろうな」

 と、ハザマは、そんなことを思う。

 今のこの時期に、ハザマとハザマ領を失う影響は、王国にしてみても決して少なくはないはずなのである。



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