ハザマの考え
そもそも、ここでアルテラ公爵のいう身分制度の撤廃とは具体的にどういったものなのか?
文字通り、公平や平等を旨とした理想主義者が夢想するような状況を想定しているのではないであろうということは、ハザマにも容易に理解できた。
このアルテラ公爵は管理を任されていた土地を王国に売り渡すことで公爵位を得たような人物なのだ。
自分の保身と利益のために故国を裏切った形であり、このアルテラ公爵ほどそうした理想主義と対極にある行動をしている人物はそうそう居るまい。
売国奴という言葉があるが、このアルテラ公爵がやって来たことは、まさしくその罵声にふさわしい内容なのである。
理想主義の逆に、極端なエゴイストならば、まだしも納得がいくのだが。
いや、自分の利益を最大限に拡大するのに、現在の身分制度が邪魔だと思っているだけなのか。
そう、ハザマは思い直す。
身分制度を撤廃することが、必ず平等に直結するということもない。
その逆に、現実には急激な社会制度の変革は、以前から社会全体が孕んでいた矛盾がなおさら大きくとなり、機会の不平等がかえって増えるような、そんな結果になりがちなのである。
そのことは、ハザマが持っている元の世界での知識と、それに、こちらに来てから見聞した内容とが裏付けていた。
社会不安が増すことは、短期的にはともかく、長期的に見ると社会全体に益するところが少なく、従来のシステムの働きを阻害することが多い。
社会全般が一種の機能不全を起こすいわば劇薬であり、仮に将来的にはそうした不利益を凌ぐだけのメリットが享受できるにしても、よほど必要に迫られなければ、そうした性急な改革は行わない方がよい。
というのが、ハザマ自身の意見であった。
一言でいってしまえば、
「現状でそれなりにうまくいっている物を、無理に変えることもないだろう」
というスタンスであり、だからこそ行政方面に関しては、ハザマは必要以上の干渉を控えている。
これでも、本人的には控えているつもりなのであった。
それはともかく。
目の前に居るアルテラ公爵を見て、ハザマは忙しく思考を巡らせる。
「そんなに、貴族や王族が邪魔ですか?」
ハザマは、口に出してそう確認してみた。
「ああ、邪魔だ」
アルテラ公爵は、ぶっきらぼうな口調で答える。
「やつらの存在自体はどうでもいいのだが、いくつもある特権が邪魔で仕方がない。
あれのお陰で、どれほど儲け損ねて来たことか。
それにだな。
やつらは今の世の中がなにで動いているのか、その実相をまるで理解しておらん」
開き直ったのか、先ほどまでよりは砕けた態度になっていた。
まあ、自分から本音をぶちまけてしまった後だもんな、と、ハザマはそんな風に思う。
このアルテラ公爵は、権力自体を欲しがっていたわけではなく、権力に邪魔をされない地位を求めた結果、王国から公爵位を求めるようになったようだった。
地位その物が目的なのではなく、その地位を得ることによって、自分のやりたいことを邪魔されない特権を得るため、手段として王国大貴族にまで成り上がった、ということになる。
その是非はともかくとして、その構想を実現したことに関しては、素直に評価出来るのではないか。
と、ハザマはそんな風に思った。
その動機がどんなに即物的であろうとも、「王国の大貴族になる」とは、やろうと思えば誰にでも出来るという構想ではない。
これはこれで、傑物ではあるのだろうな、と、ハザマはそんな風にこのアルテラ公爵のことを評価する。
「貴族など、今の世の中では時代遅れの遺物に過ぎん」
ハザマが物思いに耽っているうちに、アルテラ公爵はそう続けた。
「国だの忠誠心だのがまるで当てにならないことは、スデスラス王国での一件が証明しているではないか。
武力なぞ、所詮金で購える。
あの当時、並み居る諸国の軍勢を物ともせず、その場で人を集めただけのケイシタル姫の軍勢が席巻したことで証明されたようなものだ。
これからは万事、金の力が物をいう時代よ」
「事実の一面を突いているとは思いますが」
ハザマは冷静に指摘をした。
「経済力だけでは解決できない問題も、この世の中にはたくさんありますよ。
例えば、そうですね。
福祉や福利厚生などは、短期的にはなにも収益を生みませんが、だからといって無視していると着実に社会全体を弱体化させる」
このアルテラ公爵は、代々続く豪商の出だそうだ。
だとすれば、こうした経済万能主義的な思想に捕らわれたとしても、別に不思議ではない。
そうした「金こそすべて」的な発想に捕らわれている人物にしてみれば、なんの役に立つのわからない形式や権威が幅をきかせる貴族社会は、役立たずで時代遅れの代物に見えるのかも知れないな、と、ハザマはそんな風に思う。
「経済原則を第一に考えた社会は、貧富の差が広まった結果、階層間での格差が広がり、特にその下層で不満がたまって、いつか暴発してしまいかねません」
ハザマは、そう続ける。
「富める者はますます繁栄する。
それ自体は、いい。
しかし、その繁栄の恩恵を受けず、一方的に搾取をされる人間が大勢居るような社会は、いつかどこかで破綻します」
アルテラ公爵のような経済効率を第一に考えた社会がどのような姿になるのか、ハザマにはかなり具体的に想像が出来た。
「社会全体に幅広く、鬱屈した感情を溜め込んだ社会は、ごく一部の成功者以外にとってはかなり住みにくい場所になります。
そして、そうした下層階級の怨念が染みついた社会は、得てして根本的な不安を抱え込み易い。
そうした下層民が一部の富裕層を標的として日常的に暴力による抵抗を続けるような、そんな社会を作りたいのですか?」
失う物をなにも持たない貧民がそこいらにひしめいている社会。
そんな場所においては、最終的には捨て鉢なテロ行為が頻発するのではないか。
経済効率を第一に考えるアルテラ公爵がよしとする社会とは、つまりは経済格差が広まる一方の、そんな社会なのである。
「それでは男爵は、貴族や王族、それに貧民などにこの国の舵取りを任せてしまってもいいというのか?」
ハザマがいった内容をどこまで理解しているのか。
アルテラ公爵はじろりとハザマを睨みつけて、そういった。
「やつらは、揃って物の道理という物を少しも弁えておらんぞ」
「その代わり、彼らは彼らにしか見えない道理を心得ております」
ハザマは、平然とそう返した。
「このおれや、それにアルテラ公爵が見えていない、理解できない道理を。
おれはこの国をどうこうするというほどの大物でもありませんが、多種多様な立場の者がそれぞれの見地から意見を出し合うような筋道をつけていくのが、結局は一番効率がいいのではないかと思っています」
別に、この王国がどうなろうが、知ったことではないんだけどな。
と、ハザマは心の中でつけ加えた。
ただ、ある程度の規模を持つ複雑な組織を運営する手段としては、結局はそうした合議制の方が、長期的にはうまくいくのではないか、と、ハザマは思っている。
仮になにかの政策で失敗をしたとしても、そうした合議制であればやり直すことが可能であるからだ。
「それでは男爵も、身分廃止論者であるのか?」
「必ずしも、そうではないんですが」
アルテラ公爵の決めつけるような口調に、ハザマはそう返す。
「身分なんて、あってもなくてもいいんですよ。
その身分を超えて意見を交換し、よりよい方法を模索するような仕組みがありさえすれば」
結局は、これにつきるな、と、ハザマは思った。
人間は社会的な生き物であるから、どんな社会体制であろうとも、結局は権威の幻影を求めてしまう性質がある。
だから、形の上で身分制度が機能していようがいまいが、ハザマにとってはどうでもよかった。
そんなものは、所詮表面的な装飾に過ぎないと割り切っていたからである。
そんな装飾のあり方にこだわるよりは、もっと実質的な、有意の人材がより大きな決定権を握ることが出来るような、効率的な仕組みを浸透させる方が社会全体の利益になるのではないか。
王国とか社会全体とか、そうした大きな場所に対する影響力をハザマはさして持っていないのであるが、少なくとも洞窟衆に関連する組織の内部では、こうしたフラットさはかなりのところ実現できている、はずである。
あくまで、ハザマが関知する範囲内では、ということだが。
ハザマは別に理想家でも革命家でもないので、そうした社会全体の変革は別に目指してもいないのだが、せめて自分の身の回りくらいは理不尽な権力が発生するのを抑制するよう、徹底させている。
洞窟衆の場合は、業務が多忙すぎて、有能な者ほどそうした権力ごっこにうつつを抜かしているような余裕を持てないという実際的な理由が大きいのだろうが、ともかく、今の時点ではそれなりにうまく機能しているようだった。
そしてハザマは、洞窟衆の外部に関しては、あまり関心を持っていなかった。
自分が責任を持つべき場所ではないと、そう考えているからである。
一応王国からは男爵として扱われているわけだが、ハザマ個人の意思としてはこの王国に対して帰属意識をまるで持っていなかった。
ここでアルテラ公爵と議論をしているのも、アルテラ公爵を翻意させるためというよりは、ハザマがアルテラ公爵の考える身分撤廃思想に賛同していないと納得させるためである。
「正直に白状しよう、男爵」
しばらく間を置いてからアルテラ公爵が、そういった。
「おぬしのいうことは、これっぽっちも理解できん」
「それでも結構でございます」
ハザマは、そう返す。
アルテラ公爵が、ハザマが口にした内容をどこまで理解できているのかかなり怪しいものであったが、別に理解を求めて説明をしたわけでもなかったので、ハザマとしては別に不満を持っていなかった。
「このおれが、必ずしも身分の撤廃を求めているわけではないと、その一点さえご理解いただければ、この場では十分でございます」
おれはあんたの仲間ではない。
結局、この場で重要なのは、アルテラ公爵にそのことを理解させることだけ、なのだ。




