アルテラ公爵の勘違い
「なにやら目論んでおられるようですが、現状、こちらは自分たちの仕事をこなすのが手一杯です」
ハザマはいった。
「申し訳ありませんが、公爵様が期待するような働きをおれたち洞窟衆が行うことはまずないと思っていただきたい」
話題が妙な雲行きになる前に、ハザマとしてはきっぱりとこちらの意向を告げ、相手に過剰な期待を抱かせないことを選択したのだった。
事実、「自分たちの仕事だけで手一杯」というのは誇張でもなんでもなく、厳然たる事実でもある。
「ハザマ男爵はわれらと同じ志を持ったお方だとお見受けしましたが」
しかしアルテラ公爵は、一歩も引かずにそういった。
「同じ志?」
ハザマは首を捻る。
「自分の方針や心情をどこかで喧伝した覚えはないのですが」
そんなものをそちらの都合で勝手に読み取って味方扱いされるのだとしたら、ハザマにしてみればいい迷惑以外のなにものでもない。
「ここ数日、流民だけではなく、身分の別なく王国の人々が冒険者ギルドを訪れております」
アルテラ公爵はいった。
「無論これは、冒険者ギルドが相手を区別することなく適切な仕事を斡旋してくれるという実績があってのことになりますが。
ことに最近は、貴族の方々までもが平然と、抵抗なく冒険者ギルドで職を探すようになっている」
「冒険者ギルドを訪れるような人々を、貴族として一括りに扱っていいものか」
ハザマはアルテラ公爵のいいように疑問を呈した。
「家督を継ぐなり、すでになんらかの役職に就いている方々は、そもそも冒険者ギルドを訪れる必要もないわけでして。
冒険者ギルドを必要としている方々は、たまたま貴族の家に生まれついただけで普段から無為の生活を送っている方々になるのではないでしょうか?」
そもそもこの王国の周辺地域は、ハザマにいわせれば人口過剰なのだ。
技術レベルと比較して、農作物の生産効率が異常にいいのが、その原因になっているとハザマは考えている。
無駄な、余剰な人間が増えている分、そのすべてに仕事が行き渡らない。
つまり、仕事にあぶれる人間が大量に出てくる。
そういう構造に、この世界はなっている。
いや、この世界の全体がそうなのかどうか、まだまだ見聞が狭いハザマには断言できなかったが、すくなくともこの周辺の地域にはそういう傾向があった。
そうした余剰の、仕事にあぶれた人間をうまく掬いあげるシステムとして、冒険者ギルドがうまくはまった、という側面は確かにあるだろう。
帝国版図での、あるいは森東地域での大量需要が最近発生したこともあって、王国周辺の冒険者ギルドはかなり多忙なことになっている。
そのことは、ハザマも書類上の数字として把握はしていた。
しかし、そうして冒険者ギルドに登録した人間たちの内実や出自などについて、ハザマはいちいち詮索をしていない。
冒険者ギルドの登録者に関してギルド側が把握していなければならないのは、登録者個々人が持っている知識やスキルについてであり、身元や出自ではないからだ。
希にある程度、信用が出来る人物にしか紹介できないような種類の仕事も存在するが、そうした信用は冒険者ギルドでは、あくまでそれまでギルドの仕事をどれだけこなしてきたかによって推し量る。
登録冒険者個々の身分などは、冒険者ギルドでは備考欄にメモされる程度で実務ではほとんど参照されることがない。
冒険者ギルドで必要とされるのは、その登録冒険者に「なにができるのか?」という点であり、「何者であるのか?」という点はほとんど考慮されていなかった。
だからハザマとしても、このアルテラ公爵が、
「ここ最近、流民以外の者も冒険者ギルドを利用するようになってきた」
と指摘しても、特になんの感慨も抱かなかった。
ハザマにいわせれば、
「だからなに?」
の一言でしか返せない、その程度の指摘であったからである。
しかしどうも、ハザマにとってはそうでも、このアルテラ公爵にとってはその点が重要であるようだった。
「冒険者ギルドの方々は、いいや、洞窟衆やハザマ男爵は、そうなることを目指していたのではないですか?」
アルテラ公爵は怪訝な表情をして、ハザマにそう確認をしてきた。
「すなわち、既存の階級制度を破壊することを」
「あー」
ハザマはそう声を出して考える時間を作った。
「現在の状況からそのように解釈できることは認めます。
が、それはたまたま結果としてそうなっただけで、そうなることを目指して活動して来たわけではありません」
どうやらこのアルテラ公爵は、根本的な部分で盛大な勘違いをしているらしい。
ハザマや洞窟衆が、王国や既存の社会秩序を脅かすことを目的として動いて来たことは、これまでに一度もない。
これは嘘でもなんでもない。
ハザマたちは、ただ単にそうした既存の社会体制に対して自分たちの活動が与える影響について、まるで斟酌をして来なかったというだけなのだ。
仮に洞窟衆の活動に影響されて王国なり他のどこかなりの社会制度が取り返しのつかないレベルで損なわれたとしても、ハザマたちはそのことについてなんの呵責も感じないであろうということは確かであったが、そうなることを目的として動いて来たことはこれまでに一度もない。
ハザマたち洞窟衆にしてみれば、周囲の社会が洞窟衆のおかげでどのような変質をしようが一向に構わないという方針を持っているわけで、あるいはそうした社会秩序を意識的に破壊しようとするよりはより悪質であるかも知れなかったが。
とにかく、「意識的にそうなるように仕組んだ」というのは完全にアルテラ公爵の誤解であり、それだけは解いておかなければな、と、ハザマはそう思った。
ハザマは別に、アナーキストでもなんでもない。
少なくとも自認としては、そうではない。
ただ単に、既存の社会秩序という代物に対して、ほとんど敬意を抱いていないだけなのである。
それこそ、意識的に毀損する価値があるとも思わないほどに。
「洞窟衆のせいで後戻りが出来ないところまで変質する程度の秩序ならば、もともとそれだけ脆弱だったってことだろ」
くらいにしか、思っていないのであった。
「自分の都合により、出来るだけ敵を作らないようには心がけていますが。
せいぜいその程度ですね、おれが周囲に対して配慮していることといえば」
ハザマは、アルテラ公爵に対してそういった。
「こちらが折れることによって相手の面目が立つのであれば、いくらでもそうしますし。
王国とおれたちは、これで意外にうまくやって来ていると思いますが」
王国を統べる貴族や官僚たちによれば、また別の見解があるのかも知れないが、これは紛れもなくこの時点でのハザマの本音であった。
事実、ハザマの中では王国に対して、これまでかなり譲歩をして関係を保って来たつもりでもある。
そのことが、かえって王国と洞窟衆との関係を複雑にしている部分はあるのだが、ハザマ自身はそのことをほとんど自覚していない。
とにかく、ハザマや洞窟衆が王国の社会秩序を意図的に壊そうと企てている、というアルテラ公爵の思い込みだけは、ハザマとしては今のうちに訂正しておきたかった。
そうしておかないと、あとでなにか取り返しがつかないことが起きそうな気がしたからである。
「いや。
だが、それは」
ハザマの返答がかなり意外なものであったのか、アルテラ公爵はしばらく目を見開いて何事か考えに耽っているようであった。
「流民の大量雇用や貴族の積極的な雇用などについても、あくまで偶然であり、結果としてたまたまそうなっただけだと、そうおっしゃるのですか?」
しばらく考え込んだあと、アルテラ公爵はハザマに対してそう確認をしてくる。
「たまたま。
まあ、そうですね」
ハザマははっきりと頷いた。
「冒険者ギルドというのは、そもそも登録者の来歴を問わない組織でありまして。
仕事をこなす能力があるのかどうかだけはしっかりと確認していますが、あとはあまり詳しく相手の事情を詮索もしていません」
そうした能力主義は、冒険者ギルドだけではなく、洞窟衆関連の組織全般に共通する傾向でもあった。
相手の思想や来歴になど、選り好みをしているだけの余裕がこれまでにはなかった、というだけでもあったのだが。
つまりは、すべては多忙の、洞窟衆関連組織の業務が過多であることが原因となって、こうした風潮、組織としての体質が形成され、保持されている形である。
王国なり他の諸国なりに、洞窟衆が与える影響についてあまり深く考える傾向がないのも、この業務過多によることが多い。
周囲の人間たちが洞窟衆のことを注目している割には、洞窟衆の方はそうした周囲に対してあまり興味を持っていないのである。
ハザマの口調と態度から、どうやら誤魔化しているのではないらしいと判断したのか、アルテラ公爵は愕然とした表情になった。
どうやらそうした反応は、このアルテラ公爵にとってはかなり想定外であったらしい。
「と、いうことは」
固まってしまったアルテラ公爵に、今度はハザマが訊ねた。
「アルテラ公爵様は現在の身分制度に疑問を持ち、それを否定するために動いていらっしゃるわけですね?」
言葉の上では疑問形ではあったが、実際には事実を確認をしているのに過ぎない。
なんといっても、これまでのやり取りでアルテラ公爵自身がそう白状したようなものだったからだ。
「生まれついての家柄で就ける仕事が制限されるのは、どう考えても間違っている」
アルテラ公爵は力の抜けた声で、そう返してきた。
「といっても、実際には養子を取るとかで優秀な人は積極的に登用される傾向にあるそうですが」
少なくともハザマは、そう聞いている。
貴族制度、身分制度といっても決して硬直した血統第一主義というわけではなく、家門を大事にしさえすればその構成員の移動はかなり柔軟に対処している、と。
平民の生まれでも能力に秀でた者は、周囲にそう認知された段階でどこかの貴族から養子にならないかと誘いが来るし、その逆に貴族の家に生まれたからといって安穏としても必ず将来が保証されるというわけでもない。
どんな社会体制であれ、能力による人間の選別は、ある程度は機能しているのである。
また、そうでなければ、ある程度複雑な組織は維持出来ないだろう。
その意味で、現在の王国の制度がそれほど不公平な物だとは、ハザマには思えなかった。
ましてや、わざわざリスクを取って自分の手で壊して一から作り直そうとするほど、ハザマは勤勉でもなければ暇でもない。
「仮に身分制度というのが撤廃されたとして。
果たしてそれだけで万事うまくいくものなんですかね?」
ハザマは、そう続けた。
「ベズデアも、そうした革命が一度は成功したはずですが、それで社会的な不公平が一掃されたわけではありません。
その結果が、あれです」
意地の悪い指摘だとは思ったが、ハザマにしてみればそういわずにはいられなかった。
民主的な政治制度がある程度機能するためには、構成員各自の資質と良識もある程度保証されている必要がある。
そうした民度が成熟していない段階で無理に身分制度だけを社会から取り除いても、かえって悲惨な状況になるだけだろう。




