王国の形
「それは王国内の問題ですね」
ハザマは平静な声で指摘をする。
「おれたちにはなんの関係もありません」
「同様に」
そんなハザマの言葉にはなんの反応もせずに、ガイゼリウス卿は自分の言葉を継いだ。
「ハザマ男爵。
ハザマ領が王国から独立をするとすれば、そなたたちもこれまでにはない問題に直面することになろう」
「これまでにない問題、ですか?」
ここまで聞いてはじめて、ハザマはガイゼリウス卿の発言に興味を持つ。
「それは、具体的にどういう問題ですか?」
「ハザマ領はこれより王国内の管理を離れるわけであるから、なにかにつけ独立国としての判断を外部から問われることになる」
ガイゼリウス卿はそう応じた。
「帝国はハザマ領の今後のことすべてに指針を示し、面倒を見てくれるほどには親切ではなかろう」
「まあ、そうなるでしょうね」
ハザマは頷いた。
「帝国が欲しいのは洞窟衆が持っている様々な機能とかノウハウになるから、ハザマ領の運営にまでは関心を持ってくれないでしょう」
ハザマにしても、そこまで帝国に面倒を見て貰うことは最初から想定していない。
確かにいきなり独立国家扱いをされるのは、特に不慣れな最初のうちはなにかときついのかも知れない。
が、そうした新規な、手慣れていない仕事に洞窟衆が手を出すのは別にこれが初めてというわけではなく、実際に仕事を開始してしまえばどうにかなるだろうと、ハザマはそう考えていた。
現在、洞窟衆が手がけている各種の業務にしてみても、最初からなんの障害もなくうまくいっていたわけではなく、泥臭い試行錯誤を繰り返しながらどうにかうまくいく方法を見つけていくことを繰り返して今に至っている。
「同じ独立領地であっても、男爵領ではいささか軽いとは思わんかね?」
「いや、今、うちがつき合っている勢力は、だいたいがおれの爵位などは最初から気にかけていませんから」
ハザマは、ガイゼリウス卿の問いかけに反射的に、そう返している。
嫌な予感の原因は、これか。
と、そう思っていた。
「とはいえ、これまで様々な貢献をしてきた男爵とその配下に対して、最後まで大した恩賞を与えないままであっては、わが王国としても困るのだよ」
ガイゼリウス卿はそういって身を乗り出した。
「そこで、王宮としては男爵のこれまでの働きを労う意味で、破格の恩賞を用意した。
これから新しい立場に立つ男爵に取って、この恩賞は必ずや大きな力となることであろう」
なんの悪い冗談だ、とハザマはそう実際に口に出しかけて、あやうくその言葉を呑み込む。
今の王国が洞窟衆に対して与えることができ、なおかつ、今後のハザマたちにとってもそれなりの意味を持つ代物。
そんな代物があるかないかといったら、実は存在する。
ハザマ自身はこれまでまるで重視していなかったが、この世界ではかなりの影響力を持つ代物だった。
「最近のハザマ男爵とその配下の、洞窟衆の働きと影響力とを鑑みるに、現在の男爵号では身分として軽すぎるとは思わないかね?」
重ねて、ガイゼイリウス卿はそう訊ねてきた。
「おれは異邦人ですから、こちらでいう身分という物の感覚が実はよくわかりません」
ハザマは、そういって懸命に話題を逸らそうと試みた。
「しかし、これまで男爵という身分で特に不自由をした経験もありませんので、現状のままでも十分であると、そう判断しております」
「あるいは、男爵自身は、それでいいのかも知れない」
ガイゼリウス卿は、重々しい口調でそう続ける。
「しかし、王国としてはハザマ領が王国の領地から離れるにあたり、ハザマ領に対して大した恩賞を用意できなかったと、外部からそう見られるのは困るのだ。
またこの件については、つまり、男爵が男爵のままでは、いささか身分が軽すぎるという判断については、帝国とも一致している」
つまりハザマが知らないところで、すでにそうなることはほとんど決定をしていたということだった。
「ハザマ領が王国から独立したとなれば、これまでハザマ領が手がけてこなかった様々な困難が降りかかってくることだろう。
そうした時、外部の勢力から無用に侮られないようにするためにも、持っておいて損はしないぞ。
爵位というやつは」
黙り込んだハザマに向かって、ガイゼイリウス卿は淡々とした口調で、諭すように語りかける。
「それで、具体的には、おれはどんな爵位を与えられるというんですか?」
ハザマは、うんざりとした心情を隠そうともせず、露骨に嫌そうな口調でそう訊ねた。
「時に、ハザマ男爵にはニョルトト、ブラズニア両公爵家のご息女たちとの縁談が持ち上がっているそうであるな」
ここでガイゼイリウス卿は、一見してなんの関係もないように思える話題を出して来た。
「その縁談がこの先どうなるかは、今の時点では定かではないが。
しかし、そうした縁談が持ち上がるということは、外部からはハザマ領なり男爵なりの働きや影響力が、すでに両公爵家と同等以上の物であると、そう目されていることになる。
そして、王国内の公爵家のうち、後継者が絶えて実質断絶同然になっている家門がありましてな」
「まさか、おれごときに名門ベレンティア公爵家の家門をくださると?」
ハザマは、顔をしかめながらそういった。
「王国の中で反対意見が多く出るんじゃないですかね、それ」
ベレンティア公爵家は、ハザマたち洞窟衆が台頭する初期の段階で最後の当主がこの世から退場しているのだが、王国内でも有数の名家、数えるほどしかない公爵家のうちの一つなのである。
ごく最近登場してきた成り上がり者に過ぎないハザマがそうした公爵家を叙せられることを、権威とか序列とかに敏感な貴族たちが素直に祝ってくれるとも思えないのであった。
「むろん、反対や反発は起こるであろうな」
ガイゼリウス卿はハザマの言葉に頷いた。
「しかし、男爵が公爵になるのは、ハザマ領が王国の領地から離れた時でもある。
部外者に、形ばかりの権威を与えただけの行為を、表だって非難することは出来ぬであろう。
無論これは、男爵とその配下がこれまでにやってきた働きがあってのことだが」
通常、王家が叙勲を行うためには、その爵位相応の権利、大抵は領地とその領地から得られる徴税権などを保証することになっているわけだが、今回、ハザマ領が王国の管理下から離れるのと同時に公爵号がハザマに与えられる形となる。
つまり、王国にしてみれば、宙に浮いていた家門をハザマにくれてやることで対外的な対面を保つことが出来、なおかつ、ハザマ領にそれ以上のなにか、つまり物質的な報奨を用意しなくてもいいという、かなり都合のいい条件が揃っている形であった。
ハザマたち洞窟衆からしてみれば、実質を伴わない名誉だけ、王国から与えられた形となる。
「おれが王国の貴族様方のような感覚を持っていれば、あまりの名誉に感涙するところなんですがね」
ハザマは、疲れた口調でそういった。
「男爵がそうした爵位だのについて格別の思い入れを持たないことは、こちらとしても把握している」
ガイゼリウス卿は表情を変えずにそういった。
「だが、男爵号とは違い、公爵号はなかなか使えるぞ。
特にベレンティア公爵家の名前は、あの周辺では大きな意味を持っている。
その半生を賭して山地と王国、いや、平地諸国との仲介をなしてきた大貴族の名前だ。
今の男爵の働きを鑑みるに、そのベレンティア公爵家の家門を引き継ぐことはまんざら場違いというわけでもあるまい。
ハザマ・ベレンティア。
いや、ハザマは男爵の郷里では家名であると聞くから、ハザマ・シゲル・ベレンティア公爵とでも称するべきかな。
男爵は有り難くは思わぬのであろうが、こうした身分はあって困ることはない。
特にこれからのハザマ領の働きに対しては、大きな力になるであろう」
そのことに対してハザマがどう思おうとも、どうやらこの件についてはすでに、王国と帝国の間で決定済みであるようだった。
「ハザマ・シゲル・ベレンティア公爵。
どこか異国風でありながら、なかなかいい響きではないか」
すっかり白けた気分でいるハザマこのとこを気にかける様子もなく、ガイゼリウス卿は続ける。
「それに、王国内の貴族たちにしても、これよりは他人の爵位なぞを気にかけている余裕もなかろう。
特に大貴族たちは、これからは他人のことに構っている場合ではなくなるはずだ」
「王家が、なにかしでかすんですか?」
ハザマは、反射的にそう訊ねていた。
「今準備を整えているところで、実現をするのはまだ先になるとは思うがな。
近く、大鉈を振るうことになっておる」
ガイゼリウス卿はいった。
「スデスラス王国侵攻の失敗と、その直後に行われたニョルトト、ブラズニア両公爵家の独立宣言。
立て続けに起こったこれらの出来事が、ダメ押しとなった。
主上におかれては、現在の状況下で従来の体制を維持することは、王家にとっても益することが少なくその逆に大きな損失を生みやすいと悟られたらしい。
ハザマ領の帝国への移管と前後して、他の公爵家についてもこれ以降、王家の庇護を打ち切る方針を示す予定である」
「な」
それを耳にしたハザマは、危うくその場に立ちそうになった。
「そんなことをしたら、おれが公爵家を貰うどころの騒ぎではない。
かなり大きな反発が起こるのではないですか?」
「反発は、当然起こるであろうな」
ガイゼリウス卿は静かに頷いた。
「以前であれば、内乱にさえ発展しかねない。
しかし、今は治安維持軍が存在する。
あの巨大な軍事力がすぐ隣国に座している以上、大貴族たちも不満を直接的な行動に移すわけにはいかん」
ちなみに、王国もその治安維持軍の理事国として、少なからぬ金品を供出して貢献している。
そうしないと敵対国として見なされる可能性があるからだが、そうした出費をしている以上、治安維持軍の存在を利用しない手はない。
そういう意識が、王国の内部にもあるのだろう。
「大貴族、公爵領ともなれば経済的には十分自立してやっていけるし、今の状況下で王家の傘下に入る意味もほとんどない。
むしろ、表面には出ることはないが、公爵家による大小の事件は継続して頻発している。
権力が存在すればその権力の主導権を巡り争いが起こるのは必定。
王家はその権力の中枢としてすでに三百年を、争いの中で過ごしてきた。
ここいらでその争いの種をなくすもの、また一興であろうと。
それが主上の意思である」
王国は、いや王家は、ハザマ領を手放すだけに止まらず、もっと大胆な形で王国の形に手を入れて、根本の部分から設計をし直すつもりであるらしい。
かなりの大事になるな、と、ハザマはそう思った。
もしもガイゼリウス卿がいった通りになれば、確かに貴族たちも、もはやハザマに構っている余裕など、なくなってしまうだろう。




