裏切り者の公爵
ハザマが王都に居座って情勢を見極めようとしているのは、あくまで洞窟衆の他の活動や動きを王国内の特に貴族階級の連中に邪魔をされたくないからであった。
実のところ、洞窟衆の活動範囲は王国内よりも王国外の部分の方がよほど多い。
しかし、だからといって王国内では絶大な権限を持っている貴族連中を放置しておくわけにもいかず、特にハザマの留守中を狙って公然と洞窟衆に対する妨害を行ってくるような連中をそのまま野放しにしておけば将来どんな禍根になるのかわからなかった。
ハザマとしては相手の出方を観察しつつ、そうした妨害活動に従事していた実行犯を捕らえて無力化する、という手段をこれまでに実行している。
あわせて、これは必ずしもハザマが想定していたわけではなかったのだが、そのときに捕らえた貴族たちを積極的に冒険者ギルドで雇用することによって、主に王都に在住する下級貴族たちにも多くの職をあてがい、結果として洞窟衆の内情や活動規模をかなり正確に広報する結果となった。
なんだかなあ、と、ハザマは思う。
洞窟衆側が発行している新聞の内容よりも身内である貴族の報告を重視し、信用もする態度はこの世界らしいといえばらしいのであるが、それでもハザマにしてみれば、公的に認知された報道メディアが不在であるこの世界の有り様はやはりかなりいびつに見えるのであった。
まあ、そうして広まった見解が結果として洞窟衆に反感を持つ連中の動きを妨げているようなので、結果としては助かっている形になるんだけど。
とも、ハザマは思う。
そうした情報によって意見や態度を変えているのは、これまで洞窟衆に対して偏見を持っていた連中、いいかえれば独自の情報ソースを持たなかった連中になる。
口コミが大きな比重を持つこの世界においては、たとえば洞窟衆の正確な活動規模や実態についてこれまで正確に把握が出来なかった連中というのは、つまりは貴族社会の中でも比較的等閑視されていたような階層に属していることになるわけで。
そもそも、独自の調査機関を持っているであろう大貴族連中などは、そうした口コミに頼るまでもなく洞窟衆の実態を調べ上げ、正確に理解をした上で、このまま放置しておけば危険な存在であると認定しているわけであった。
いや、大貴族のすべてが、必ずしも洞窟衆を危険視しているわけでないのだろうが。
と、ハザマは内心でそう思い直す。
王都周辺の貴族社会、特にその世論とか空気を支配しているのは、圧倒的に多人数である下層貴族なのだが、そうした人数的に優勢である階層が政治的な主導権を握っているわけではない。
貴族社会での世論として、
「洞窟衆は思っていた以上に巨大で危険な存在であるから、帝国が欲しいというのならそのままくれてやればいいのではないか」
という見識が広まるのはありがたかったが、だからといってそれだけで解決するほど単純なものでもないだろう、と、ハザマは見ている。
なんといっても国政レベルを動かすことが出来る、それだけの影響力を持つのは大貴族と呼ばれている公爵以上の人々なのだから。
すでにニョルトト、ブラズニアの両公爵は王国からの脱退を宣言し、王国の国政に対して影響力を放棄することを宣言しているわけであったが、残りの公爵たちの方針を確認し、場合によっては個別に直談判をしてでも洞窟衆の活動を邪魔させないように約束をしなければならない。
ハザマは、最近の王国内の状況についてはそう考えていた。
というのは、現在の洞窟衆は、王国内のゴタゴタによって足元を掬われている余裕がないからであった。
外部からはかなり重要視されている帝国への従属に関しては、ハザマはあまり重視していない。
名目上の所属が変わるだけのことであり、そもそもこれまでだってハザマは形式上はハザマ男爵として王国に忠節を誓っていることになっていたわけだが、そんな形式など額面通りに受け取っている者はハザマ本人をはじめとしてどこにも存在していなかった。
ハザマにしてみれば洞窟衆が余計な介入をされたりしなければ、形式上の所属がどこに変わろうとも別にどうでもよく、少なくとも帝国は王国よりもそうした干渉が少ない存在だとこの時点では見なしている。
この世界における圧倒的な強者である帝国は、目新しい事業を次々と展開している洞窟衆という組織を丸抱えすることによって新しい知見をいち早く入手し、利用しようとしているわけであり、その狙いは明確で不明な点がなかった。
帝国の洞窟衆に対する態度は、ハザマの世界における企業買収に近く、それだけハザマにとっても理解がしやすい。
そうした理由で洞窟衆を取り込む以上、帝国としても洞窟衆のよさをあえて殺すような干渉を行ってくるはずがないのであった。
その代わり、帝国が余計な手助けをしてくれることもないだろうがな。
とも、ハザマは思う。
たとえば、王国内の一部貴族との洞窟衆との確執とか、森東地域の問題などについては帝国が自発的になんらかの援助を申し出てくれる可能性はほとんどなく、あるとすれば洞窟衆の側からなんらかの助けを求めたときに限るはずであった。
もちろん、ただでということはなく、その援助に見合うだけの対価も要求されるはずで、帝国と洞窟衆の関係はそれだけドライな部分がある。
黙っていても帝国の威光を笠に着て威張れるほど、甘くはないのだった。
だからこっちの問題は、可能な限り自分たちで解決をする必要性がある。
洞窟衆だけでこうした問題が解決できないとなると、それだけ帝国の洞窟衆への評価も目減りする可能性すらあり、ハザマとしては目の前のそうした問題自体よりも、むしろそうした帝国との関係性が危うくなる方が洞窟衆にとっては害になるのではないか、とすら思っていた。
貴族たちを牽制することは、今の時点でこうしておれが王都に居るだけでもどうにかなりそうな感じだけども。
と、ハザマは危惧する。
ぼちぼち、森東問題も、もっと根本的な解決策を考えなければなあ。
というのは、そちら方面についていえば、最終的な着地点がこの時点で見つかっていないからだった。
もともと、森東方面から流入してきた流民の数が飛躍的に増えたことに端を発し、それを見かねたリンザが洞窟衆の機構を使って大々的に干渉を開始したのがはじまりなわけであるが、この流民の発生を抑制し、可能であれば根絶するためには、森東地域全般が政治的軍事的に安定していなければならない。
これでは目的としては漠然としていて、はなはだ具体性に欠けるのであった。
政治的に、あるいは軍事的に安定した状況を作るとなれば、誰かしらが責任を持って周囲に睨みを効かせて貰わないと永続的な安定状態を作るのは難しく、しかし、その森東地域の状況は長らく小勢力がお互いに争っているような状態であり、周囲に安定をもたらすほどの強権者が存在しないのだという。
そんな状況下に、山地での勢力争いに敗れた連中がこぞって来襲した形であり、現地は相当に混沌としているという。
その場に居る誰を立てても別の誰かの不満を誘い、角が立つような状況であり、どうすれば安定をもたらすのことができるのか、その具体的な方策はいまだに見つかっていなかった。
少なくとも洞窟衆の勢力が進出している地域に関しては、かりそめのものであるとはいえ安定しているように見えるが、それは洞窟衆という勢力の軍事力や物資の豊富さを目にしてへつらっているだけである、洞窟衆がその現地から立ち去り姿が見えなくなれば、またすぐに小競り合いを再開するだろうと、多くの報告書でほとんど同一の見解が述べられていた。
面倒な場所に手を着けたもんだなあ、と、ハザマは呆れ半分にそう思った。
その森東地域に現在在住する諸勢力が、ほとんど例外なく受け入れる統治方法というのが、果たして存在するものなのか。
この王国周辺でお馴染みの封建的な貴族制度、直線的な上下関係だけでは、そうした混沌とした状況下を治めることは出来ないのではないか、と、ハザマはそんな風に思っている。
いずれにせよ、早々にこっちをなんとかして、その森東地域とやらに足を運ぶ必要があるな、とも、ハザマは思った。
いっそのこと、大貴族様方に一人一人面談を申し込んで、恫喝混じりに「洞窟衆の邪魔をするな」と釘でも刺してくるかな。
いや、そこまでやったらかえって相手の自尊心を傷つけ、最悪逆ギレをされる可能性もあるか。
これは、もう少しいろいろやってみて、それでもらちがあかないときの最後の手段として残しておこう。
ハザマがそんな思案に耽っていた頃、その大貴族の方からハザマに直接面会を求めて来た。
王国大貴族、公爵様といっても何名か居るのだが、とにかくその公爵様が直々に面会を求めてくるということは滅多にはない。
ハザマも一応王国貴族の一員であるとはいえ、その階級は男爵号でしかなく、貴族社会の中での序列はかなりの下っ端でしかなかった。
「アルテラ公爵様がねえ」
その書状を見て、ハザマは溜息混じりに呟く。
「あの公爵様が、この時期になんの用事があるんだか」
あの公爵様、とわざわざつけて言及しているのは、このアルテラ公爵が他の公爵にはないいくつかの特徴を備えているからだ。
九人目の、そしてニョルトト、ブラズニア公爵家が王国からの脱退を宣言した今では、実質的には七番目の公爵。
そして、王国の公爵号を下賜された理由というのが、当時任されていたスデスラス王国の南端地域を自分の一存で王国に差し出したからだという。
スデスラス王国から見れば完全な裏切り行為であったし、王国内にもこのアルテラ公爵を快く思わない者は多かった。
このアルテラ公爵は、洞窟衆に対してかなり莫大な金額を借りているので、ハザマともまったく縁がないというわけでもなかったのだが、そうした金策についてハザマは完全に部下任せであり、これまでアルテラ公爵とさしで面談をしたことがない。
そうする必要性も、まるでなかった。
また無茶な難題を押しつけられなければいいが、と、これまでの経験から、ハザマはそんな風に考える。
ハザマにしてみれば、王国貴族とは「無茶な要求をしてくる連中」という認識が強かったのだ。
そうした要求を持たなければ、わざわざハザマに面談を申し込んでくることもない、とも、思っている。
「面談そのものをお断りしますか?」
ハザマが渋面を作ったので、その書類を持ってきた者がそんなことをいった。
「そういうわけにもいかんだろう」
ハザマはいった。
「仮にも相手は公爵様だ。
ま、実際に会った上で、出来ない仕事はしっかりとお断りするさ」
そもそも、身分差が存在するとはいっても、そのアルテラ公爵はハザマの直属の上司というわけでもない。
こと、仕事ということであれば、それが割に合わない仕事であるとハザマが判断をすれば、その場で断ったとしても別にハザマの立場が悪くなるということもない。
はずで、あった。
王都のハザマ領公館を面談の場所に指定した上で、ハザマはアルテラ公爵との面会を受諾する。




