その頃の洞窟衆
そうこうしているうちに、ハザマが王国に帰還してから十日ほど経過した。
その間、ハザマは洞窟衆内外への説明や説得、交渉などに忙しく働いていたわけだが、そうしてハザマが動いている間にも洞窟衆の各部署ではハザマから丸投げされた仕事を着々と進めている。
まず魔力を蓄積する術式に関してだが、そうして蓄積した魔力をどのように使うべきかという研究と並行して魔力を集めるための術札を量産し、王国内の主要な都市部で販売を開始していた。
空の術札を廉価で販売し、その術札に魔力を充填した状態で洞窟衆の支店なりハザマ商会なり冒険者ギルドなりに持参すれば、空の売り値の十倍以上の価格で買い取ることになっている。
銅貨が金貨や銀貨に変わる、というほど極端な差額があるわけではなかったが、それでも銅貨二枚で買った術札を半日も肌に触れさせて持ち続ければ、十分な魔力が充填される。
この魔力が充填された状態の術札を洞窟衆の関連施設に持ち込めば、最低でも銅貨二十枚以上の値段で引き取って貰えるのだった。
銅貨二十枚もあれば、街頭の露天などで軽食を食べることができる。
なにより、その術札を皮膚に接触した状態で固定しておけば魔力の方は勝手に充填されるので、その間寝ていても他の仕事をしていても支障がなかった。
この術札の魔力充填だけで生計を立てることは不可能であったが、手軽な副業としてあっという間に広まった。
最初は洞窟衆の関係者やなんらかの洞窟衆関連の施設に出入りをしている者たちが手を出し、すぐにそうした者たちによる口コミによってその術札を利用する者が一気に広まり、空の術札も増産する端から売り切れていく有様だった。
そうした魔力を充填する術札は使い捨てというわけではなく、十回以上は繰り返して使用できる物だったので、時間が経過するほどに十分な量が行き渡るようになり、大きな混乱こそおきなかったが、一時は術札の買い取り価格が銅貨十枚に迫るほどの勢いで一気に、短期間のうちに爆発的に普及したのである。
前述の通り、最初こそそうした術札を買い求めたのは以前から洞窟衆と何らかの関係がある者たちであったが、その日の食事にも事欠く貧民層にまずその存在が知れ渡り、次いで、商人や職人などの中産階級までもがごく普通に買い求めるようになり、最後には王都公館の貴族たちが競うようにして空の術札を大量に買い求めるようになった。
そうした王都の貴族たちも通信術式用の中継タグなどをこれまでにも洞窟衆から購入しており、洞窟衆とはそれなりに伝手があったため、そうした新規な術式を利用することの敷居もそれだけ低くなったのだろう。
それに、王都にある数々の公館には大勢の貴族や貴族たちの家族が詰めているわけであり、その膨大な人数が特になにかの技能を必要されるわけでもなく、ただその札を日夜肌身離さずにいるだけで相応の現金収入が保証されるわけだから、日頃から物価高に喘いでいる貴族たちがこの術式を見過ごすわけがなかった。
貴族たちは競うようにして空の術札を箱買いし、さほど日を置かずに魔力を充填した術札を洞窟衆関連の施設に持ち込んで現金にしていた。
単純に現金の動きのみに目をつければ洞窟衆側が一方的に膨大な金銭を吐き出しているように見えたが、その対価と引き換えに洞窟衆側は膨大な魔力を内部に溜め込んでいた。
目下のところそうして集めた膨大な魔力は、森東地域関連で使用頻度が高くなっている転移札の生産に使用されている。
つまりは、当面は洞窟衆内部での自家使用によって消費されている形になるが、今しばらく経過して消費分よりも集まる魔力量の方が明らかに多くなれば、また別の利用法も考案、実用化されることになるはずだった。
そうした膨大な魔力のうまい利用法については、そうした現在の用途とは別に研究が進められていた。
魔力を充填する術札に関連して、洞窟衆は膨大な富を広範な範囲に吐き出すようになっていたわけだが、それ以外にも洞窟衆は森東地域関連でやはり膨大な雇用を創出している。
実際に森東地域にまで足を運んでいる人員以外にも、森東地域に送り出す物資などを用意するために王国とその周辺の洞窟衆関係者はかなり多忙な状況にあった。
それまでの、山地向けの穀物に加えて新たに膨大な消費先が出現した形であり、穀物の買い付けだけでもそれまでよりも遠い国々にまで足を伸ばして確保をする必要が出てきたのだった。
それ以外にも、そうした森東地域に送り出した人員が消費する膨大な日用品や消耗品なども、不足をしないように洞窟衆で生産して用意をしなければならない。
洞窟衆がその森東地域に進出をしたのはあくまで森東地域に安定をもたらすためであり、その洞窟衆の関係者が現地で略奪をするようなことがあってはならないのだった。
一番いいのは、食糧をはじめとする日常的な消耗品までを含めて現地の森東地域で生産をして、洞窟衆の関係者はそれを金銭で購入する、という形であるわけだが、現在の荒れ果てた森東地域ではそうした安定的な生産活動を望める状態ではなかった。
洞窟衆と安定した関係を築くことに成功をした地域から順番に農業を筆頭とした生産活動を再開させるとように指導しているところであったが、それが実際に実を結びはじめるまでにはまだいくばかの時間を要するはずである。
森東地域については、それなりに進展もしているはずだったが、その割には目に見える成果という物が今の時点では現れていない。
これについてハザマなどは、
「すぐに結果が出るようなもんでもないだろう」
と割り切っていたが、洞窟衆の内部には森東地域のそうした反応の鈍さに苛立ちを感じている者も決して少なくはないように思えた。
これについてハザマは、
「どちらかというと、今までが順調に行きすぎていたんだよな」
などとも思う。
これまで洞窟衆が起こしてきた急激な変化、その数々を思い返せば、確かに森東地域関連での動きは鈍いように思えるのかも知れないが、ハザマにいわせればどちらかというと前者の方が異常なのである。
半年一年とか、そんな短期間で目に見える変化が見えるような事業ばかりではないわけで、こればかりは不満を抱く連中の側に慣れて貰うしかなかった。
とにかく、その前後の洞窟衆側は、王国を中心とした周辺諸国に対してなにかと理由をつけては金銭を盛大にばらまいている形である。
洞窟衆にしてみれば、好んでそうしているというよりはやはり相応の必要性があって現金を支払っているわけだが、とにかく総額ではかなりの金額になる。
特に王国内においては、冒険者ギルドに登録をしてなんらかの仕事にありつく貴族がここ数日、急激に増えていたこともあって、結果として貴族社会に対する出費が大幅に増大している様子だった。
これは、ハザマが王城内に帝国の使節を案内したことと、それに冒険者ギルドが帝国内から決して少なくはない人数を招いて森東地域に投入し始めたことなどが噂として広まったこと。
さらには一度洞窟衆が捕虜にした連中が、他に選択肢がなく冒険者ギルドに登録をして王都から遠く離れた土地で働きはじめていたのだが、とにかくそうした連中が仕事など手紙などの手段で冒険者ギルドの待遇を下級貴族たちに広めた結果、特に役職を持っていない貴族たちが一斉に冒険者ギルドに殺到し始めたことも、決して無関係ではないだろう。
冒険者ギルドは単純な肉体労働以外にも、武芸の素養や事務処理能力などを活用できる職場を、つまりは、貴族らしい体面を汚すことがない職を紹介してくれるという情報が広まったせいでもあった。
冒険者ギルドとしてはそうした職を紹介することに関しても、それなりに積極的に広報をしていたのだが、王都内で日常的に目にする「登録冒険者」とやらがやっている仕事といえば荷運びや建築、土木の現場作業ばかりであり、どうも冒険者ギルドとは「人足仕事を斡旋する場である」、というイメージが強かったらしい。
また、職能ギルドによって護衛として雇われた冒険者などはその仕事性質上、ある程度腕に覚えがある必要があり、そうした素養を持つ貴族が採用されることが多かった。
そうした護衛の仕事というのは、つまりは同じ貴族たちの借金取りに行く際、背後で睨みを効かせることなわけで、その仕事の場で顔見知りの貴族同士が鉢合わせをする、という場面も多々発生していた。
人脈とかコネが物をいう場面が多々ある王国貴族社会は、こうしてみると意外に狭い。
「お前、なにをやっているんだ」
と仕事に行った先で問い詰められて、
「実は仕事として」
しかじかのこととをしているのだ、と説明するような場が、この頃の王都のあちこちで見られたわけである。
当然これも、貴族社会の中で「冒険者ギルドとは、そうした仕事も斡旋するのか」と周知する機会となった。
なにもせずに嵩んでいく利息を見つめているよりは体を動かしていくらかでも金を稼いだ方がいいわけであり、時間ばかりを持て余している貴族たちは競うようにして冒険者ギルドを訪れるようになっていた。
流石になんらかの役職に就いている貴族が冒険者として登録をする例はほとんどなかったが、なんの役職にも就いていない、若くて暇を持て余している貴族というのがこんなに居たのかと、ハザマが感心するほど一気にどっと貴族の冒険者が、ここ数日で増えているという。
王都を離れる仕事を希望する者、王都での仕事を希望する者など、その内実は様々であったが、そうした冒険者となった貴族たちが増えたことで、洞窟衆と貴族との関係はまた少し微妙に変化をしたようだった。
金が洞窟衆から貴族社会へと流れるようになったのはもちろんのことだが、そうした冒険者になった貴族たちから洞窟衆の内情がある程度貴族社会全般へと広まるようになっていったのだ。
これは、ハザマが予想していなかった動きになる。




