帝国版図内の冒険者ギルド
王国と帝国との交渉は続けられているようであったが、ハザマはそちらの詳細にはあまり関わり合いたくないという気持ちが強かったので、あえてなにも聞かないようにしていた。
ハザマ領の所属が王国になろうが帝国になろうが、ハザマや洞窟衆にしてみればあまり変わりがなく、強いていうのならば帝国の威光を背後に背負うことに出来れば今後、対外的な工作がなにかとやりやすくなるな、という程度の意識しか、ハザマは思っていない。
人によってはその帝国との繋がりや威光を心の底から欲するのであろうが、そもそもハザマはこれまでの経験から、そうした人間社会のみで通用する権威という物が実のところあまり堅固な代物ではなく、いざというときにあまり頼りにならないということを痛感していた。
そうした印象や権威は結局のところ人間の心の中にのみ存在するだけの幻影であり、目前にある、もっと差し迫った危機に対しては無力であることが多い。
というのが、ハザマの基本的なスタンスであり、つまりはそうした外部の権威をあてにする気持ちが極めて薄かったのだ。
そのため、このハザマ領の所属に関する交渉がどのような結果に転ぼうとも、ハザマとしては強い関心を持てなかった。
そうした領地を巡る王国と帝国間の駆け引きの方はともかく、洞窟衆と帝国との連絡は以前よりもよほど密になっている。
両者が互いに利用価値があると認め合っていることが一番大きいわけだが、特に帝国は冒険者ギルドというシステムを帝国の影響圏内に広めることに、かなり執心しているようであった。
『とはいっても、いきなりなにもかもを用意できるわけでもないのですが』
洞窟衆の人材育成部門を統括しているルアは、ハザマにそう告げる。
『現在でも森東地域方面で活用するため、かなり急いで人を育てているところです。
そちらの方も遅れがちだというに、さらに帝国方面へ派遣する人間を急遽揃えてくれといわれても』
つまりは、無理難題を押しつけられても応じられない、応じられるわけがない。
という内容を、もう少し柔らかくハザマにいってのけた。
「それはいいんだ」
ハザマはいった。
「そっちが最善を尽くしているということも、理解しているし」
そもそも、帝国の要求自体がかなり急なことであり、こちらとしても、それに即応できなくても仕方がない。
ハザマとしてはそう理解しているし、帝国に向かっても、
「善処はするつもりですが、早急な解決は難しいと思います」
とあらかじめ断りをいれている。
仮に相応の人員を用意できたとしても、帝国内ではなじみのない、冒険者ギルドという融通が利きすぎる組織形態が、果たしてすんなりと受け入れられる物なのか、ハザマとしては疑問に思っていた。
最初のテストケースとなったエンテラの港町の場合は、かなり差し迫った危機に直面していたため、現地の人間も冒険者ギルドの存在を受け入れるしかなかった、という前提が存在する。
そうした状況下でもなければ、冒険者ギルドというシステムは、その土地の雇用状況を一変させてしまいかねない柔軟さを持っていた。
ことによると、その地域の産業や経済を大きく変えてしまう可能性すらあるわけで、当然、その存在そのものに反対、反発する地元勢力は出てくることだろう。
と、ハザマはそのように予想をしている。
帝国は、その版図の大半を直接統治しているわけではなく、間になにがしかの国を介して間接的に支配下に置いているだけなので、そうしたローカルな場所から出てきた不満をうまく解消出来る物なのかどうか。
そうした点も、実際の帝国の統治状況についてあまり詳しくはないハザマは危惧を抱いていた。
帝国が予想する通りに、冒険者ギルドの存在が帝国版図内の人材や経済状況の活性化、流動化を促進するだけならばいいのだが、その代わりに新たな火種をばらまくような可能性もあるわけで、特に最近、洞窟衆の存在によって国内の経済状況が大きく変わってしまった王国の状況を強く意識することが多かったハザマは、やはり懐疑的な心情を抱いてしまうのだった。
そうした不安や懸念事項については、ハザマも思いつく端から書状にしたためて帝国側に送付をして、注意を喚起している。
ハザマとしても、当然のことながら、そうした帝国との連携が失敗をするよりは成功することの方を望んでいた。
帝国内の状況については、ハザマなどよりも詳しい側が対策を講じておいた方が、よほど確実なのである。
一方でハザマは、洞窟衆内部で冒険者ギルド職員の育成を急ぐ必要性を感じていた。
帝国の件や森東地域の件もあったが、それ以外にも、この冒険者ギルドというシステムが、おそらくはそう遠くはない未来に洞窟衆から分離独立をして、もっと広範な地域にまたがった、基幹的な仲介機構となるのではないかという、かなり確かな予感を持っていたからである。
そうするためには、早め早めに相応の判断力を持った人員を揃えて多種多様な現場に放り込み、経験を積ませる必要があると、ハザマはそんなことを考えていたのだ。
「ただ、帝国側にも、出来るだけのことはするといっているからさ」
ハザマはルアにいった。
「これまでにやっていることはそのまま続けて貰って、その上に、別口の育成ルートを作る方がいいんじゃいかな、と。
そんな風に思うわけだ」
『別口の育成ルート?』
ルアは怪訝な様子でハザマの言葉を繰り返した。
『今度は一体、なにを考えているんです?
いえ、きっとろくでもないことだとは思いますが』
「いや、なに」
ハザマは静かな口調でそう続けた。
「帝国側から、ある程度素養を持った人たちを送って貰って、そういう人たちに必要な知識を吸収して貰った方が、短期間で使える人数を揃えられるんじゃないかな、と」
『……あなたって人は』
ルアは、数秒間絶句した後に、そういった。
『帝国から大勢の人を呼ぶ、って。
誘致すること自体の是非はともかく、旅費をどうやって工面するつもりですか?
帝国版図からこちらまでの距離を考えると、すぐにどうにかするためにはやはり転移魔法に頼るしかないわけですが、そんなものがすぐに手配できるとも思えません』
「確かに、現状だと転移魔法を使える人間は希少でコストが高い。
早々に濫用できない。
それは認める」
ハザマは、平静な声で指摘をする。
「だけど、それもすぐに過去のことになる」
『過去のことに?』
「術札があるからな」
ハザマはいった。
「あれの、転移魔法用の術札の量産化が、どうにか目処がついたそうだ。
王都をはじめとして王国内の人口密集地で魔力を集めるための仕組みが整い、どうにか製造ラインはすでに稼働しはじめている。
今の時点ではまだその術札も高価な代物だが、いずれすぐに値段がこなれて来るはずだ。
そいつを、この件でもいち早く利用する。
これから、転移魔法をはじめとした高価な術式も、どんどん安価な物になっていくはずだ」
こうして安価になった転移魔法を使用して、数十人とか数百名単位の人間を、必要に応じて呼び寄せていく。
もちろん、こちらでも相応に利用価値がある、なんらかの才覚を持っていることが前提になるわけだが、とにかく、そうした人員の移動が従来よりもずっと手軽になるということは、ハザマにとっても大きな意味を持っていた。
「冒険者ギルドの職人だけではなく、もっと特殊な才能の持ち主も、これからは気軽に呼べるようになる」
ハザマは、ルアにそう繰り返した。
「そうした動きを活発にしていくためにも、遠い場所でも公正な条件の契約を結ぶことが可能な機関、つまりは窓口となる冒険者ギルドが必要となってくる。
だから、出来るだけ急いでくれ。
この件は、ことによると帝国や森東地域の問題よりも重要になる可能性を秘めているんだ」
ハザマが説得したから、というわけでもないのだろうが、ルアは数日中に数十名の「ある程度仕事が出来るギルド職員」をかき集め、数名ずつのグループに分けた上で帝国内の各地に送り込んだ。
帝国内の主要な都市、経済活動が活発な場所を選んでそうしたギルド職員を送り込み、まずはそれぞれの土地で稼働実績を積みながら、現地で採用した人間を育てていって貰う。
洞窟衆のみ、単独で同じことをしようとしても成功する可能性はあまり高くないはずであったが、今回は土地や建物など、ギルドの施設を帝国側に用意をして貰い、それぞれの土地の有力者にも帝国上層部から声をかけ、冒険者ギルドをうまく利用するようにと伝えて貰っている。
また、物資の流通などについても、ギルドの支部がある周辺地域で活発に活動している業者を帝国から紹介して貰っていた。
そこまでお膳立てを整えて貰った上でのスタートであったから、不安材料はほとんどないといってよい。
あとは、帝国各地に派遣した連中に頑張って貰うしかないな、と、ハザマはそんな風に思う。
それと同時に、ハザマの発案により帝国内に呼びかけて貰い、その声に応募してきた人員の第一弾がハザマ領に到着した。
その多くは帝国統治下にある国々の貴族の子弟である。
次男坊以下、実家の相続権を持たない者がほとんどであったが、中には自分の国内での政権争いに敗れてこちらに逃げ込んできたような者も居た。
相応の教養や経験があるあぶれ者に集まって貰い、もしも見知らぬ土地でやり直すつもりがあるのならば、活躍の場を与えると伝えて貰って、ハザマ領まで来た者たちということになる。
これら、帝国内からやって来た者たちは、ハザマ領内にある施設内で何日かの研修を受けて仕事をする現地の、つまりは森東地域の知識を詰め込んだ上、その森東地域へと送られることになっていた。
行政や外交の専門家が絶対的に不足しているというタマルの指摘に対して、ハザマなりに考えて講じた対応策ということになる。
これだけでなにもかもがいきなりうまくいく、とは、ハザマも楽観はしていなかったが、それでもずぶの素人に知識だけを詰め込んで現場に放り込むよりは、幾分かマシなはずだった。
すでに稼働実績があるエンテラの例は別にして、この斡旋と仲介の仕事とが、帝国版図内における冒険者ギルドの初仕事となった。




