タマルとの対話
『とにかく、なにもかもが足りません』
通信越しにタマルがそう訴えてきた。
『人も物も、それらを運ぶ手段も。
森東地域関連でも今の洞窟衆にとっては荷が重いというのに、それに加えて大量の冒険者ギルド職員を養成するための機構を整えるとなると、果たしてどんな魔法を使えばいいやら』
「かといって、帝国の意向を無視するのもヤバいだろう」
ハザマは即座にいい返す。
「幸いなことに、そちらの方はあまり緊急性がない案件だ。
こちらとしても一応の対応をしてみせるだけでも、とりあえず向こうさんは納得をしてくれるだろう」
この件で帝国が洞窟衆に求めているのは性急な成果などではなく、あくまでも将来的な発展性に繋がる事業、すなわち継続的に必要となる人材を供給する能力であるはずだった。
すぐに結果が出せないにせよ、これからの成果が期待できるところまで準備を整えれば必要十分であるはずで。
『そんなことは百も承知ですよ!』
タマルは、珍しく泣き言をいった。
『わかった上で、それをする余裕がないっていっているんです!
今も、メキャムリム姫様がブラズニア公爵領から連れてきた方々の尽力によってどうにか通常の業務を遂行出来ているような状態なんですよ!
現状でもギリギリいっぱいの、ゴブレットになみなみ水が注がれてあと一滴でも水滴が落ちてくればすぐに零れ出すような状況なんです!』
自転車操業に近い、ということか。
ハザマは、洞窟衆の現状についてそう理解をする。
『幸い、資金提供を申し出てくる人たちには事欠きませんので、当面資金難になることはありませんけどね』
タマルは、そう続ける。
『いくらお金があったとしても、それで動かせる物や人に事欠いていたら、期待するだけの成果を出せないわけでして』
従来の業務に加えて、リソース喰いの森東地域への進出という事業にまで手を出してしまったせいで、現在の洞窟衆は完全にオーバーフロー状態にある。
と、タマルはそういいたいようだった。
『帝国の意向に逆らえとはいいません。
そちらの方は、長期的に見れば見返りも大きいでしょうから。
ですが、今の洞窟衆の規模ですとなにもかも、一切合切すべてを完璧にこなすことはできません。
どうにかして、森東地域からだけでも撤退できませんか?』
結局、その点を一番訴えたかったらしい。
もともと、その森東地域への進出はハザマの不在時に、リンザが独自の判断により開始した事業でもあった。
森東地域への進出を含め、洞窟衆の活動全般を資金面から統括しているタマルにしてみれば、突然にそれまで予定のなかった大規模事業をはじめると、事前になんの断りもなく、一方的にそう告げられたようなものである。
こうしてハザマが帰還した今、直訴してでもこの事業から手を引くように説得をしたいのが本音だろう。
「いや、現場が大変なのはわかるんだけどね」
ハザマはのんびりとした口調で返す。
「それでもどうにか、これまでは破綻せずにやれているわけだろ?
もう少し、辛抱をして貰えないか?
これまでだってうちは、無理を通して大きくなってきたわけだからさ」
膨張に次ぐ膨張。
それも、外部的な事情により、洞窟衆内部の者たちが意図をしない形で過大な仕事を押しつけられ、どうにかそれに応える形で成長してきた、というのがこれまでの洞窟衆の来歴でもあった。
今回の件も、ハザマから見ればそうした過去の事例の繰り返しに見えるのだが。
『これまでの仕事とは、ちょっと規模も内容の複雑さも、なにもかもが違いすぎます』
タマルは断言した。
『森東地域を安定させるってことは、いくさと開拓事業を同時に、それも、王国の何倍もの広さを持つ地域を平定しながら進めるってことですよ。
戦闘のみ、開拓のみならばうちだけでもどうにか出来たかも知れませんが、その上その土地には無数の、複雑な駆け引きや交渉をしてこちらの進出を認めさせなければならない小勢力がひしめいている。
そんな複雑な交渉を行う人員が、うちにどれだけ居ると思っているんですか?』
作業量的な問題だけではなく、交渉の専門家までもが圧倒的に不足をしている。
と、タマルはそう指摘をする。
森東地域は、無人の地ではない。
元からその土地に根付いていた小勢力や、果ては最近になって山地から流入してきた連中までもが相互に、複雑に絡み合い、牽制し合っているような、複雑な背景を持つ場所なのだ。
そうした勢力同士の均衡を図り、その上、洞窟衆の存在まで認めさせるためには、相応の軍事力も必要であろうが、それ以上に複雑な利害関係を調整してどうにか関係者全員の合意を引き出すための絶妙な交渉力が必要となる。
「少し前から、マヌダルク姫が森東地域に行っているってことじゃないのか?」
ハザマは、そう指摘をする。
『確かにあの方は、そうした仕事に慣れています』
タマルはその点をあっさりと認めた。
『しかし、たとえあの人であってもたった一人では出来ることに限界があります。
同時に複数の場所で交渉を行うことができない以上、残念なことに森東地域全体からみれば大した影響力を持ちません』
焼け石に水、というやつか。
ハザマは、そんなことを思う。
マヌダルク・ニョルトト姫の手腕を認めながら、それでも全体から見ればあまり大きな進展はないだろうと、タマルはいっている。
それくらい、複雑な問題が多い場所なのだった。
誰かを説得すれば格好がつくという、代表者みたいなのが居ないのが痛いな。
と、ハザマは思う。
地元外来を問わず、小勢力ごとに意向を確認して交渉をし、合意を取り付けるのは確かに手間だった。
多少腐っていても、それなりに大きな権力を持っている者が存在しないっていうのも、これはこれで面倒なもんだ。
とも、ハザマは思った。
要するに、手が、圧倒的に足りない。
それも、熟練を要する専門的な仕事の担い手が、決定的に不足している。
森東地域に関するタマルの指摘は、ハザマの目から見ても十分に的を射ていた。
そうした専門的な技能を持つ者は、単純な肉体労働者などとは違って、短期間に養成をすることも期待できなかった。
そもそも、そうした外交の専門家自体、洞窟衆内部にはほとんど存在せず、これから養成するにせよ、では具体的になにを教えればいいのかということすらわからない。
だったら。
と、ハザマはそう思う。
「その問題点については、了解した」
ハザマはタマルに告げた。
「なるべく近いうちにどうにか解決してみる。
実際にうまくいくのかどうかはわからないが、期待しないで待っていてくれ」
『……っていうことは、森東地域から手を引くって選択はないってことですね』
「ここまで入れ込んじまったら、このままなにも成果を出さずに手を引くって選択はないだろう」
ハザマは指摘をした。
「すでに、そっちの人材やら土地やらで稼働している事業が何十とある。
それらを中途半端な状態で放棄して引きあげることになると、それこそかなりの赤字になるんじゃないのか?」
森東地域全般で、洞窟衆の活動がうまくいっていないわけではない。
少なくともこれまで地元の勢力と交渉をし、なんらかの合意を取り付け良好な関係を築くことが出来た地域においては、すでに何十という数の事業が稼働し始めていた。
地元の人材を積極的に雇って道や治水工事など、いわゆるインフラ整備を行ったり、膨大な物資の輸送を担わせたりもしている。
平行して、適性がありそうな者を見つけ次第、しかるべき教育を施して幹部候補として育成する事業なども行っていた。
タマルが指摘を待つまでもなく、現場においても、人がいくら居ても足りないような状況なのだ。
使える者はどんどん使うし、より使えるようにするためにの苦労も決して惜しみはしない。
地元の人材を活用しないでは、そもそもそれ以上の事業継続が不可能なのであった。
最近では、洞窟衆が本格的に動き出すと、なにもいわずとも資金提供を申し出てくれる勢力が多いので、当面の活動資金に事欠くことはないようだったが、タマルが指摘をした「専門家の圧倒的な不足」については、その資金だけですぐに解決が図れるわけでもない。
あっちはあっちで、難しい上に待ったなしな状況なわけだ。
タマルとの通信を切ったハザマはそんな風に思う。
さっさとこっちの問題をどうにかして、おれもそちらに移動するべきかな。
ハザマがいう「こっちの問題」とは、つまりは王国の、それも貴族社会からの洞窟衆への反発意識である。
これもなかなか根が深い問題で、事情を詳しく知れば知るほど、すぐに解決をするのは難しい気がした。
というより、その反発や反感にも、十分に納得がいく背景があり、つまりは洞窟衆の活動そのものが原因であるわけであった。
いや、納得のいく根拠があるからといって、すでに具体的な妨害工作まで実行している相手をこのまま放置するわけにはいかないわけだが。
と、ハザマは、そんな風に思い直す。
同情に値する面が多々あるにせよ、だからといってこのまま現状を放置するわけにもいかない。
というより、王国内での洞窟衆の反発をこのままにしたまま、他の事業に身を入れたら、それこそ後背を突かれるようなことにもなりかねない。
なんといっても洞窟衆の拠点は王国内に数多く、組織として洞窟衆が王国という土地に依存している割合は決して少なくはない。
現在の王国、その政体がどうなろうともハザマは関心を持たなかったが、王国内にある洞窟衆関連の施設がこれからも馬鹿げた嫌がらせを受けることは、どうにかして止めさせたかった。
現在、王国に帰還して以降のハザマが王都から動かないでいるのも、それが一番の原因である。
ハザマが王都に居続けることによって、いくらかでもそうした反洞窟衆派への牽制になると、そう判断してのことであった。
だが、いつまでもこんな茶番につき合っている余裕もないらしい。
出来れば、短期的に、それも根本的な部分から問題を解決する必要があるな。
ハザマは、そんな風に思った。




