不可視の変化
「まあ、原因はだいたいこちらが作っているわけだしな」
とか内心で思いつつ、しかしそれを出来るだけ外には出さないように心がけてハザマは事務的に詳細な条件などを詰めていった。
確かにこの案件を冒険者ギルドで引き受けるようになれば、これまで以上に貴族からの風当たりが強くなる。
そうした成り行きになるのは目に見えていたが、王都の職人や商人たちが貴族からの支払いを滞納されている現状は、どう考えても健全な状態ではなかった。
こうした現状をそのまま放置しておけば、いずれは王国全体の経済活動が停滞していってしまうはずなのである。
ここ王都は各領地の公館が集まっている場所でもあったので、王国内に他の土地よりも貴族の人数が多く、その貴族を相手にした商売がこのまま縮小していけば、その影響はすぐに王国全体へと波及していくはずであった。
それに、そうした貴族たちと直接取引をしている商人なり職人たちの仕事が成立せず、対価も貰えないとなると、王都から貴族を相手にする平民がごっそりと他の土地へ流出していきかねない。
こうした事態になってもまた、ハザマたち洞窟衆にとっては困るのである。
そうした商人なり職人たちの中には、そのままハザマ商会なり洞窟衆なりと普段から取引をしている者も相当数含まれているはずで、ハザマとしては自衛のためにもこうした流れをどうにかする必要を感じていた。
それに、この事態において駆り出されるはずの冒険者たちにしても、ここ王都ギルドに登録している冒険者たちは、相当数が貴族階級出身の者によって占められている。
王都における冒険者ギルドの仕事はこれまで、商会の用心棒や隊商の護衛といった仕事が多かったようだが、そうした腕に覚えがある者にあてがうような仕事の受け手はどうしても心得のある貴族出身の者に流れていく傾向にあった。
他の土地ではいざ知らず、ここ王都でその手の仕事に駆り出される冒険者も、そのほとんどは貴族であるはずなのだった。
かなり皮肉な事態になってきているな、と思わないではなかったが、ハザマとしてもこのまま放置しておくわけにもいかず、面会に来たその人物、タマダムと具体的な条件を打ち合わせて詰めていく。
「違法な取り立てには協力できないのはもちろんですが」
ハザマはいった。
「それ以外にも、本当に取り立て自体には協力しなくても構わないんでしょうか?」
「そこまで冒険者ギルドを頼るのは、いささか本来の筋から逸れることになりましょうな」
タマダムは、そう応じる。
「そうした交渉事はあくまで当事者であるわれわれの領分にございます。
皆様冒険者の方々は不測の事態に備えてわたくしどもの仕事を見守ってくだされば、それで十分にございます」
基本的な方針としては、相手との交渉や取り立て自体までこちらに任せるつもりはないようだった。
「本当に護衛だけでいいんですね?」
ハザマは、念を押して確認する。
「相手にしても苦渋の選択をした結果、支払いを渋っていると思うのですが」
その交渉についても、いちいち一筋縄ではいかず、難航するはずだとハザマは睨んでいた。
実際、貴族たちもない袖が振れないからそうした真似をしているわけで、そんな相手から無理に取り立てをしていくことは、かなりの難事になるだろう。
と、ハザマは予想をしている。
「それも承知の上でございます」
タマダムは素っ気ないほど平静な態度でいった。
「ですが、こちらとしてもせっかくの仕事を安く買い叩かれるような事態は極力避けたいものでして。
一度でもそうした前例を作ってしまえば、職人の仕事などはどんどん安く買い叩かれていってしまいます。
今後のことを考えましても、こうした事態には極力契約を結んだ当事者に始末をさせるのが、長い目で見ましても実際的なやり口なのではないのでしょうか?」
意外に腹が据わっているんだな、と、ハザマは思った。
技術を安売りしたくはないという見解には、ハザマとしても大いに共感を覚えるところであったが。
「でも、今回の場合、実際には相手も現金を持ち合わせていない場合が多いと思います」
ハザマはあえて指摘をした。
「そんな相手に対して、どう交渉を進めるおつもりですか?」
「証文を書いて貰います」
タマダムはいった。
「今持ち合わせがないのであれば、いつまでには支払いを用意すると。
日延べをする分にはしっかりと金利分も上乗せした上で」
領地持ちの貴族に関していえば、納税の季節が巡ってくればなにがしかの収入が見込めるはずなのだった。
その支払い能力を取り戻す時期にまで取り立てを待つかわりに、延滞した分の金利も上乗せすることを相手に承知して貰う。
確かにそれならば、まだしも現実的かなあ、と、ハザマも思った。
ほとんどの相手が、その条件を呑むだろうとも。
しかし。
「なにがなんでも払わないと渋る相手や、それに将来的にも支払い能力がないような相手には?」
中には、悪質というかそんな頑迷な相手も、一定数存在するのではないか。
ハザマとしては、そんな心配もしてしまう。
いや、実際には心配というよりも、そうした相手に対してこのタマダムがどんな対策を用意しているのか、個人的に知りたくなった。
「金貸しを紹介させていただき、そちらで借りたお金で返済をしていただくか。
あるいはそれも嫌だというのであれば、身内の方に働いていただくことになりますな」
タマダムは涼しい顔をして、そういった。
「貴族様といえども、ここ王都では老若男女、働き口はいくらでもございます。
現金の持ち合わせがないとおっしゃるのでしたら、体で返して貰うだけにございます」
ああ。
そういったタマダムの物腰を見て、ハザマは納得をした。
そこまで覚悟を決めているのか、と。
金貸しに借金も、かなり危なそうだったが、体で返すというのもかなりヤバい。
肉体労働くらいならばまだしも、その貴族の身内を悪場所にでも売り払いかねない雰囲気だった。
なにしろここは、奴隷契約が普通に横行しているような世界なのだ。
借金のカタに身内を差し出すように強要される貴族の方では、完全に面子が丸潰れになるはずであったが、場合によってはそうした軋轢を作ることも辞さないと、そこまでの意思をこのタマダムはすでに固めてしまっている。
「そこまで強行してしまったら、貴族の方々との関係が悪化しますよ」
念のため、ハザマはそう確認をしておく。
「承知の上でございます」
タマダムはいった。
「しかし、注文した分の対価をしっかりお支払いいただくこと。
これもまた常識にございます。
その程度のことが出来なくなった貴族様に、果たしてどれほどの意味があるのでございましょうか?」
その口調の冷たさに、ハザマの方がドキリとした。
「そもそも貴族の方々は、われら領民を守るという名目で税を取り立てていらしゃるはずなのです。
その守るべき領民からさえ略奪同然の真似も辞さないというのであれば、それは貴族のあり方として本末転倒もいいところなのではないでしょうか?
また、われら領民の側がそうした事態をそのまま黙認してしまえば、この先も貴族様は公然と社会の寄生虫と化してしまうでしょう。
そもそも、山地との対立がほぼ解消し、有事の際には隣国の治安維持軍が動かずにはいられない、このようなご時世に、貴族の方々は一体何者からわれら領民を守ってくださるというのでございましょうか?
貴族の方々が貴族としての本分を忘れて横暴に振る舞うようでしたら、諫めるためにいささか厳しく対処するのがこの世間のためにもなるかと思います」
静かな口調だったが、タマダムのいった内容はハザマの頭にも素直に染みてくる。
意外に本質を突いているな、と、ハザマは思った。
外敵がほぼ存在しない現在の状況下では、貴族の存在意義そのものがそもそも薄れてきている。
危機管理のための武装勢力としての意味が失われつつある今、貴族たちが貴族らしい振る舞いから逸脱するような場合は、領民たちも容赦なく対抗するべきである、というのがこのタマダムの方針であるようだった。
「それは、王都の職能ギルドの総意であると受け取るべきなのでしょうか?」
念のため、ハザマはその点を確認しておく。
「ギルドに所属をする全員にしかと確認をしたわけではありませんが」
タマダムは慎重な口ぶりでそう返答した。
「おおむねの者は、同意してくれているはずでございます」
少数の例外はある物の、大多数はそんな意見に賛同をしているということか、と、ハザマは思った。
事態はどうも、ハザマが想像していた以上に進行していたようだった。
同時に、
「このタマダムの見解は、王都の領民の中でどれほどの一般性を持つ物なのだろうか?」
という疑問も抱いたが。
ここまで領民側の意識が進んでいたとはハザマにしてみても予想外であった。
想像していた以上に、危ういな、と、ハザマは感じる。
こうした見解がすでにある程度認知されているとしたら、それはつまり貴族という階級の必要性が疑われはじめているということだ。
なにかのきっかけさえあれば、暴発しかねないのではないか。
以前にハザマは、隣国のアポリッテア・スデスラス姫に対して、
「ギロチンなんか作りたくはない」
などと軽口を叩いたことがあったが、ことによるとギロチンが必要とされるのはこちらの王国の方が先になるのかも知れない。
「そこまで、横暴な貴族の方が居るのですか?」
ハザマは、静かな声でそう確認をする。
「いえ、今のところは、そこまでの事態にはなっておりません」
タマダムはそういって首を横に振った。
「支払いを渋る方々も、実に済まなさそうなそぶりをしておいでです」
だからこそ、タマダムら貴族とつき合いのある領民たちも、ここで甘い顔をするまいと覚悟を決めている面もあるのだろうが。
いずれにせよ、この王国の人々の意識は、静かに、同時に急激に変容している最中なのではないか。
ハザマは、そんな感触を得ていた。




