想定外の依頼
ハザマの思惑はそれとして、当然のことながらこの世界には、いやこの王国には貴族たちと洞窟衆の関係者だけが存在しているわけではない。
その日、冒険者ギルド経由でハザマに面会に来た人物を迎えて、ハザマはそのことをさまざまと思い知らされることになった。
「自警団、ですか?」
「はい」
ハザマが訊き返すと、その恰幅のいい人物は大きく頷く。
「こちらでの揉め事におきましても衛士の皆様がまるで頼りにならなかったこと、これはすでにハザマ男爵様もご承知の通りであるかと。
そもそも、この王都の全人口と比較して衛士の総数はわずかに千名そこそこ。
普段から絶対的に手が足りていないのです」
丁寧な口調でそう説明をしてくれたその男性は、ここ王都の職能ギルドの代表としてやってきた、という。
どこか特定の職能ギルドの代表、ではなく、多くの職能ギルドからさらに選抜された代表であると、少なくとも本人はそう名乗っている。
その名乗りを額面通りに受け止めるとすれば、この王都の職人たちの意思を、この男が代表してハザマに伝えて来た、という形になるはずだった。
ハザマはその事実と、それにこの人物がはなした内容の両方に、内心でかなり驚いていた。
「この王都は百万都市とかいわれているわけですが」
ハザマはそう応じる。
「千名前後というのは、かなり少な過ぎるんじゃないでしょうか?」
この国で衛士と呼ばれている人々の仕事は、犯罪行為全般の取り締まりであるとハザマは認識している。
ハザマの出身世界でいう、警察の職務をこの衛士たちがになっていると、ハザマはそう理解をしていたのであるが、その警察官の数が、人口百万に対してわずか千人では、比率としていかにも少な過ぎるような気がした。
確か、ドン・デラでも、同じような事情を耳にしたおぼえがあったが。
「以前に聞いたところによりますと」
ハザマはいった。
「正規の衛士様の人数が足りない分は、衛士様がそれぞれ個人的なつてで人を使ってカバーしているんじゃなかったですか?」
なぜ衛士の人数が絶対的に足りなくなるのかといえば、結局は予算、正式に人を確保し、養うだけの俸禄を行政側が用意できないからだった。
ハザマが以前、ドン・デラで聞いた範囲では、そうして足りない分の人手を、衛士たちは個人的なコネのある元犯罪者、あるいは現役の犯罪者などを使い立てすることによって、どうにか補っているという。
ここ王都でも、基本的な条件が変わらないのであれば、そうした事情もさして変わらないのではないか、と、ハザマは想像していた。
「もちろん、そうしたこともしているのでしょうが」
ハザマを訪ねてきたその人物は、ため息混じりにそういった。
「それにも限界というものがあります。
量的な面でも、ですが、最近ではそれに加えて従来にはなかった問題が増えてきています」
「従来にはなかった問題、ですか?」
ハザマは軽く顔をしかめた。
これまでには起こっていなかった問題が、最近になって持ちあがってきたとなれば。
ハザマにしてみれば、嫌な予感しかしないのである。
「それは、具体的にどういう問題なのですか?」
「どうかご内聞に願いますが」
その人物は声を潜めた。
「貴族様方の金払いが、総じて渋くなって来ております」
「それは」
ハザマはうめくような声を出した。
「つまり、支払いを踏み倒したりといった……」
「いえ、まだそこまで深刻な事態に至った例はほとんどないようですが」
その人物は、深刻な表情でいう。
「支払いの期限が来ても、なにかと口実を設けて無理に先延ばしにするような例が、ここ最近になって急激に増えております。
このようなご時世ですから、貴族様方の台所事情が苦しいということは、われわれ重々承知しております。
ですが、だからといってわれわれがその分の損害を無理に呑まなければならないという道理もございません」
今のところはそこまで深刻なことにはなっていない。
いいかえれば、いずれは出入りの職人なり商人なりへの支払いが出来なくなる貴族が、普通に出現するだろう。
そういう内容であると、ハザマは理解した。
「上へは、訴えることが出来ないのですか?」
ハザマは漠然と上の方を指さして、確認する。
ハザマの世界ならば、裁判所なりなんなりに訴え出て、正当性が認められれば強制的にでも負債分を取り立てることも可能なはずであったが。
「平素から衛士様の数が足りていないくらいですから」
その人物は重々しい口調で続けた。
「訴えを起こしても、それが審議されるまでかなりの時間がかかります。
その間、われわれとしては泣き寝入りをする形になりますので」
その筋に訴え出て正式な手続きをして審議をして貰うまで、短くても数ヶ月、普通は一年以上も待たなければならない、という。
ある程度財政に余裕がある者ならば、その程度の期間を待つことも出来るのだろうが、個人で商いをしているような職人や商人にそんな余裕がある例はあまりなかった。
最悪、このまま放置しておけば、貴族が支払いを渋ったという理由で破産をする者さえ、出てきかねないような、そんな状況であるという。
そうした事情を説明されて、ハザマは内心で狼狽えていた。
貴族の相手をする側も大変なのだろうけど、日常的な支払いを先延ばしにするしかない貴族の方は、もっと追い詰められているのではないか。
経済的な面から見るなら、そうした困窮貴族はすでに破産したも同然の身であるともいえる。
相手が貴族であるから体面を重んじ、なかなか表面化していないのだろうが。
そこまで困っていれば、そりゃ、洞窟衆に嫌がらせでもしたくはなるわな。
と、ハザマは思った。
貴族の収入源は、主に領民から吸い上げる税収に頼っている。
現金や賦役という形でそうした税を受け取る場合もあるが、この世界で主流なのはやはり農作物、穀物などの収穫物の一部を、そのまま物納される形であった。
この穀物の物納は、貴族にしてみれば年に二度ほどしか手に入れる機会がない。
収穫から次の収穫までの間、わずかに半年の期間でも、ここ最近では物価がみるみる上昇している。
日銭によって生きている職人や商人にとっては、こうした物価の上昇に応じて賃金の方も上昇するので比較的ダメージはないのだが、一年とか半年単位で会計を区切っている貴族たちは、そうした変化についていけない。
結果、経済面からみれば相対的に平民側が力をつけ、貴族側が力を落とすという現象が発生する。
なぜにそんな物価の上昇が継続的に続いているのかといえば、この王国がここ一年以上、なにかと理由をつけては国外への大規模な出兵を繰り返したことも大きな一因ではある。
だが、それ以上に、洞窟衆がこの王国をはじめとする周辺諸国から、大量の余剰穀物を買い集め続けているからだった。
穀物、特にこの王国を含む一帯の主食である麦類の価格は、物価全般にも大きな影響を与える。
山地方面の膨大な需要をまかなうため、という歴とした理由はあるのであるが、洞窟衆がその穀物類を盛大に買い集め続けているおかげでこの王国を含む平地諸国の物価は全般に上昇し続けていた。
それで潤う者もいれば、苦しむ者も居る。
この場合、前者が王都の職人や商人たちであり、後者が王国の貴族たち。
洞窟衆の存在と活動によって、王国内の経済的な力関係が、大きく変動しはじめているのであった。
ある程度は、予想していたつもりだったが。
と、ハザマは思った。
ここまで急激な変化が起こったとは。
別にハザマにしても、そうなることを企図して穀物の買収を指示していたわけではない。
山地で飢える人間をいくらかでも減らそうとして、というのがまず第一の目的であり、王国の貴族を没落させるためにやっている行為というわけではなかった。
しかし、実際に起こった現象と、その現象によって困窮することになった人々が存在することまでは否定できない。
参ったなあ。
と、ハザマは思った。
こんな形で、自分たちの過去の、いいや現在進行形で行っている行状の結果を、鼻先に突きつけられるとは思ってもいなかったのだ。
「それで、ご用件というのは」
内心の動揺を押し殺して、ハザマは続ける。
「冒険者ギルドに、その手の債権の取り立てをして欲しいということですか?」
「いえ、そこまでしていただいては、筋違いになりましょう」
ハザマと対面した人物は意外に鋭い目つきでハザマの目をまともに見据えた。
「直接債権の取り立てを行う人員は、あくまでこちらで用意をさせていただきます。
冒険者ギルドの方々にしていただきたいのは、そうした取り立てを行う際、われわれに同行して背後で睨みを効かせていただくことでして」
用心棒。
というよりは、相手の貴族側が腕ずくで強引に支払いを延期したり拒否しようとした際に、こちらにも対抗手段はあるのだぞと言外に匂わせるための人員が必要だと、そういうことらしい。
貴族は権威があるだけではなく、普段から武装をし、戦闘訓練も受けている人種であった。
そうした訓練を受けていない平民が対等に交渉をするためには、そうした脅しが効かない状態を作るしかない。
どうやら王都の平民たちは、現在の王国の貴族や統治組織がすでに自分たちの役には立たなくなりつつある。
そう肌で感じ、自衛のために工夫をし、自分たちの権利を守るために動き出しているようだった。
「ハザマ男爵様が率いる冒険者ギルドであれば、貴族を恐れてこうした依頼を断ることもないだろうと、こちらで目星をつけさせていただいたわけでございます」
そういわれ、ハザマはますます複雑な心境になる。
洞窟衆が準備した状況のおかげで階級間の力関係が変動し、さらに階級闘争の、その前段階のような事態に冒険者ギルドが駆り出されようとしているわけであった。
そしてハザマとしては、この依頼を断るべき口実をひとつも思いつけなかったのである。
最初のつもりとしては。
と、ハザマは思った。
ここまで、王国の政治体制に干渉をするつもりではなかったんだがなあ。
しかし結果として、ハザマの決断と洞窟衆の活動とは、この王国の姿を大きく変えつつある。
その最中である、ようだった。
この流れを変えたり止めたりする方法も、ハザマにはすぐに思いつけなかった。




