貴族たちの噂
そうした洞窟衆側が捕まえた者たちへ行った処遇については、半日ほどの時間差をおいて王国中に知れ渡ることになった。
そうした動きは詳細にまとめられ、洞窟衆の各支部から号外として配布されたからである。
それ以外に、いわゆる口コミ、目撃者による噂の伝播という形でも、ことの次第はあっという間に知れ渡った。
一連の件については大勢の目撃者が存在しており、そうして流布した噂話が号外の内容を裏付ける結果となる。
ことに噂、口コミの方は、文字を読めない、つまり洞窟衆が配布した号外を読めない人々にも事態の全容を理解するための助けとなった。
こうした内容で重要なのは、
「しばらく姿を隠していたハザマが王国に帰還したこと」
それに、
「そのハザマは、相手が貴族であろうとも洞窟衆の活動を意図的に阻害する者に対しては、どこまでも強硬な態度に取ると示したこと」
の二点となる。
特に後者については、この一連の件についてこれまであまり関心を持たなかった人々の注意を引きつけるのに十分であった。
男爵号を持ち、一応は王国の下級貴族であるはずのハザマが、絶対的な物であるはずの王国貴族社会の序列を大きく否定する行動に出ているからである。
これの二点とは別に、こちらは洞窟衆側では公式に広めていない情報ではあったが、ハザマは王国に帰還した直後、帝国からの使節を王宮へと案内している、という噂もまことしやかに囁かれていた。
その件についてもハザマは別に人目を避けようとはしていなかったので、王宮付近にある公館街周辺の地域で多数の目撃者を作っている。
帝国からの使節が王宮に入ったことまで確かな事実とされていたが、その件に関する詳細は王宮からまるで発表されず、同時に洞窟衆側もその件についてはなにも公表していなかったので、特に貴族社会において様々な憶測を生む結果となった。
どうやらハザマ男爵は、国外に出ていた期間に、帝国と強い繋がりを作ったらしい。
現在、かなり強気で行動をしているのも、その帝国の威勢を借りてのことではないか。
帝国と強い繋がりを持つハザマ男爵を、王宮では強く掣肘できず持て余しているのではないか。
「いずれにせよ」
王国貴族の間では、そんな懸念が繰り返し囁かれていた。
「この事態をそのまま放置しておけば、この王国内はかなり大きな波乱に呑み込まれるのではないか」
この事態を仲介して治めることができる者が居るとすれば、持っている権力の大きさから考えてもおそらくは王家しかない。
そのはずであったが、その王家は一向に動く気配を見せなかった。
そもそも、洞窟衆の支部やハザマ領の公館が暴徒に取り囲まれたときも、王国上層部はあえてそうした暴徒たちを厳しく取り締まらず、あえて目こぼしをしていたような節もある。
「ハザマ男爵は、貴族としては新興ではあるが、その手腕と影響力は本物である」
というのが、大方の貴族で一致する見解である。
山地、ガダナクル連邦、スデスラス王国とも深い関係にあり、それどころかこれらの国外勢力が今の形で存在するのは、洞窟衆の助力があってこそ、なのである。
こうしている現在も、国内の騒ぎとは関係がなく、森東地域という扱いが難しい地域に対して大規模な干渉を行っていた。
そのどれか一つだけを取ってみても、王国貴族で似たような真似が出来る者は皆無であった。
資力、動員可能な人員数、現地までの物資輸送能力、大勢の人間や大量の物資を遺漏なく管理する能力。
そうした諸能力を公正に見比べてみれば、ハザマが率いる洞窟衆は、王国はおろか周辺諸国のどんな勢力と比較しても引けを取らない、いやそれどころかかなり過剰に突出した能力を持つ集団であると認識しないわけにはいかなかった。
彼ら貴族にしても統治者としての判断力は持っているわけで、そうした事実を認められないほど頑迷なわけではなく、ただこれまで洞窟衆という集団が国内で活動している部分のみしか視野に入っていなかっただけなのだ。
さらにいえば、ハザマは王国貴族内では「社交界嫌い」で通っており、多くの貴族たちにとっては面識すらなく、さほど身近な存在ではなかったということも関係している。
貴族たちにとって、自分たちの社会の中でその存在感を示すことも、重要な外交活動の一環なのである。
それすらまともに出来ない弱小貴族は、そもそもその存在が意識に昇ることさえ希だった。
つまり、従来の基準でいえば、そうした弱小貴族は存在その物を無視しても支障がなかったわけである。
ハザマにいわせれば、
「このくそ忙しい時期に、そんな学芸会につき合っていられるか」
というわけで、単純に忙しく、他に優先順位が高い案件をいくつも抱えていたので無視していたのに過ぎないわけだが、舞踏会などで顔を売るなどの外交活動をハザマが一切しなかったおかげでハザマ領と洞窟衆の活動内容が正確に、大勢の貴族たちに知られる機会を失っていたという一面は確かに存在していたのだ。
あるいは、ハザマが王国から姿を消す前にニョルトト公爵家との協調路線が確定していれば、マヌダルク姫を経由してそうした貴族社会と洞窟衆の情報交換ももっと活発になっていた可能性もあるのだが、そのマヌダルク・ニョルトト姫は現在、王国から独立を図る勢力の一員として王国貴族内での影響力を失った状態にある。
多くの王国貴族たちにとって、ハザマ男爵とは、この件が取り沙汰されるようになるまでは、
「最近、よく名を聞くようになったな」
程度に認識している小貴族でしかなく、ハザマ領なり洞窟衆なりの実態を自主的に調べようとした貴族はこの時点では少なかった。
そうした、自分で調査をした貴族たちにしてみれば、洞窟衆とハザマ領を率いるハザマ男爵は、
「あれだけの実力を持っていて、なんで王国の男爵号程度で満足しているんだ?」
と、首を捻るような存在であり、つまりはその実質的な統率力と国内での評価とがまるで釣り合っていない存在だった。
それだけ、王国の貴族たちが国内の情勢、それも自分の領地と直接関わりのある部分にのみ注意を向けていた、ということでもあるのだが。
その不注意さを責めるのは酷という物であろう。
これまで貴族たちは、そうして足元にさえ注意を向けていれば大過なく貴族としてやってこられたのである。
自分が治める領地内の状況と、つき合いのある貴族同士の関係にさえ気をつけていれば、まず間違いがない。
貴族たちにとっては、そういう時代が長く続いていたのだ。
つまり、ハザマ男爵という破格で例外的な、国内外の序列を無視して平気で既存の秩序を乱すような存在が現れるまでは、ということだが。
今回、洞窟衆に対して公然と嫌がらせを行ってきた勢力にもいえることが、彼ら貴族たちにはハザマと洞窟衆の画期的な部分を正確に計り、評価をする目線が欠けていた。
これは意図的に無視をしようとしていたわけではなく、これまで前例がないことばかりであったので、どう評価をするべきなのか判断が出来なかったのだ。
そこで結局、王国の、それも貴族社会というごく狭い世界でのみ、視界に入る部分だけでハザマと洞窟衆のことを判断しようとする。
その結果が、今回の一連の不祥事であった。
王国に帰還をしたハザマが毅然とこの一連の不祥事に対抗し、不祥事たるゆえんの証拠や証人を集めてその内容を公衆の面前に流布するようになって、初めてハザマ男爵の背後にある洞窟衆という組織の大きさや影響力を正しく認識した貴族も多い。
「ことによると」
この件について、貴族たちはそんな風に囁き合った。
「大きな波乱が起きますな」
「公爵様であっても、今の洞窟衆にまともに立ち向かえば」
「いやそもそも、国内で今、大規模な武力衝突などが起これば、それを口実に治安維持軍が王国内に攻め入ってきます!」
「ここまでになる前に、誰か止められなかったのか!」
「相手は公爵様だぞ!
それこそ、国王陛下くらいしか止められる相手はおらん!」
「そうだ!
国王陛下はなにをしておいでなのだ!
この件を治める人があるとすれば、それは陛下しかおらんではないか!」
「以前からだんまりを決め込んでいらっしゃる。
それに最近では、ハザマ男爵が帝国の者を引き入れて王宮に出入りをさせているとか」
「なんだそれは!
ハザマ男爵は王国の貴族ではなかったのか!」
「知らなかったのか?
再三辞退したハザマ男爵に、王国側が半ば無理に爵位を預けた形なんだぞ。
ハザマ男爵にしてみれば、この王国がどのようになろうが知ったことじゃないのさ!」
様々な見解が飛び交ってはいたが、貴族たちの関心は結局、
「この件について、ハザマ男爵はどこまでやるつもりなのか」
という一点に収斂していく。
多くの貴族たちが、ハザマの意向次第で、王国の未来図が大きく変わってくることを実感していたのだ。
どこまで追求すれば気が済むのか、王国内が内乱も同然の騒ぎにまで発展させるつもりか、それとももっと穏当な形で矛を収めるの気なのか。
すべては、ハザマの意思一つ、「つもり」次第といえた。
「まあぶっちゃけ、王国内のことにばかりかまけている場合じゃないんだけどな」
ハザマ領、王都公館の中で、ハザマはそんな風にうそぶいている。
「こっちはあれ、いずれは決着をつけるにしても、今の時点では相手が嫌がらせを断念してくれればそれで十分だろう。
あれからやられていないんだろう?
例の嫌がらせ」
「流石に、あれだけ大事にしているとね」
苦笑いを浮かべながら、ハヌンがいった。
「扇動する者が居たとしても、こちらに捕まったらどういう扱いを受けるのかがあれだけ広まってしまったら、実行に移す者はほとんど居ないと思う」
洞窟衆が捕まえた捕虜たちに施した一連の処置について、王国内に広く報知した結果、この公館はおろか王国内にある洞窟衆の各支部に対する嫌がらせはぱったりとやんだ。
ハヌンが指摘をした通り、洞窟衆の捕虜に対する扱いが広まった今、よほど強い動機がなければ自身で決行をするのは躊躇われる。
それだけのリスクがあると、国内に広く知らしめた結果であった。
「でもまあ、ここまでは、規模こそデカいけれど単なる嫌がらせだからなあ」
ハザマはいった。
「ここまでのことをしてきた相手が、これで手を下ろすとも思えない。
こちらがこれ以上やる気がないとしても、しばらくすればまたなにか別の手を考えて妨害をしてくると思うよ、多分」
このまま、フェイドアウトするような可愛い相手ならば、そもそもこんな事態を起こしたりはしないだろう。
と、ハザマは思う。
それに、例の件の証拠をこちらが握っているということも、オルダルト経由で流しているからな。
こちらが切り札を握っていると知れば、向こうにしてみたら、こっちを完全に叩き潰すまで力を緩めるわけにはいかないだろう。
「それがわかっていて、先手を取らないの?」
ハヌンが、ハザマに訊ねた。
「あくまで、こっちは被害者で、相手の加害を止めるために動くという体裁は整えておきたい」
ハザマは、そういった。
「だからまず、相手がこれ以上の動きを見せて、おれたち洞窟衆が自衛のために動くのも仕方がないなと、第三者が納得をするような状況を作ってからだな。
次に、おれたちが積極的に動くのは」
洞窟衆がこうした強硬な手段に訴えるのは、自衛の必要があるときだけ。
そういう姿勢を内外に周知したいハザマとしては、下手にこちらから働きかけて、よくない前例を作りたくはなかった。
「さて、相手さんも、これからどういう手に出てくることか」
ハザマは、そう呟く。
洞窟衆との反目が周知されてしまった今、相手方の動きはそのまま世間の評価にも繋がって来るはずであり。
体面を重んじる貴族ならば、なおさら慎重に考えて行動するだろう。
ここから先、相手がどのような手を下すものか、ハザマにも予想できなかった。




