ハザマの起動
「という次第だ」
王城からハザマ領の公館へと帰還したハザマは、その場でハヌンやカレニライナをはじめとする公館の面々を集めてそこで起こった会談の内容を説明した。
「これからいろいろ忙しくなるぞ」
「ちょっと待って」
ハヌンが自分の額に手を当てて、先を続けようとするハザマを制した。
「聞いた限りでは、あんまり進展がないように思えるんだけど」
「今回はあくまで帝国側の使節が主役で、おれの役割は王国と帝国の、要人同士の顔合わせをセッティングすることだからなあ」
平然と、ハザマは答える。
「今回ので道をつけたから、あとは王国と帝国とが勝手にはなしを進めるだろうよ」
ハザマにしてみれば、ハザマ領の領有権が王国と帝国のどちらになったとしても構わない、くらいの気持ちでいる。
もちろん、なにかと窮屈な王国の下に居るよりは、帝国の傘下に入った方が様々な面でやりやすくなることは確かなのだが、だからといってそうした変化が起きる前後で洞窟衆がやるべき仕事が変わるわけでもない。
肝心なのは、そうした外部の環境の変化を、必要以上に過敏に受け止めないこと、洞窟衆関連部署で働く皆がこれまで通りの仕事ができるよう、配慮をすることだと思っている。
だから、今回の交渉についても、結果がどちらに転がろうとも、ハザマとしては実はどうでもよかった。
「いや、帝国と王国との交渉はそれでもいいんだけど」
ハヌンはゆっくりとした口調で、ハザマにいった。
「もっと差し迫った問題として、この公館周りに集まって業務を妨害している連中をどうにかしてくれって、王城の人たちの言質を取ってないってことでしょ?」
ハヌンにしてみれば、やはり遠いハザマ領のあれこれよりももっと身近な問題がそのまま放置されているように見える、ということの方がよほど気になった。
「ああ、その件のことか」
ハザマはなんでもないことのように、軽い口調でいった。
「それなら大丈夫だ。
もう王国の言質は取ってあるから、今夜からでもおれが直々に動いてどうにかする」
「あんたがどうにかするって……」
ハヌンはそういったきりしばらく絶句し、ぽかんと口を開けてしまった。
「それ、本当に王国の許可は得ているの?」
ハザマが公館周りで妨害活動をしている者たちをどうにかする、ということは、つまりはその裏に居るであろう、洞窟衆の活動を快く思わない勢力を公然と敵に回すということである。
また、ハザマが直接動くという以上、そこそこのところで手を止める、などという忖度は期待できない。
これまでのことを振り返ってみても、ハザマが動く以上は、事態の根本的な解決をするまで手を止めないということであると、そう予想された。
そうした暴徒の裏に一部の貴族が居ると予想される以上、下手をすればこの王国が割れかねない騒ぎにも発展しかねない。
「いや、はっきりと許可をするといわれたわけでもなんだが、王国がハザマ領をどう扱おうが洞窟衆の活動を妨害する輩にはこのおれが直に手を入れて対処すると宣言はして来た」
ハザマは、涼しい顔をしてそう返した。
「そのとき、王国側は特に反対するような反応もしなかったから、これはまあ黙認したと解釈してもいいだろう」
「いや、それ」
カレニライナがそういって、顔の前で手のひらを左右に振った。
「絶対、王国の人たち、黙認するつもりはないから。
きっと、帝国からつきつけられたもっと重要な要件について考えるだけで手一杯で、こっちのことにまで気を回す余裕がなかっただけだから」
別に現場を見たわけではないのだが、カレニライナにはその場の様子をありありと想像することができた。
おそらくきっと、このハザマはもっと重要な案件の合間にさらりとそんなことを口走って、他の人たちはその件について深く考えたり言及したりする余裕がなかっただけだ。
「とにかく、おれは国王陛下とガイゼリウス卿の目の前で洞窟衆の方針についてはっきりと提示して、王国の人たちはそれを制止しようとはしなかった。
これは事実だ」
ハザマは静かな声でそう告げた。
「王国側がどういうつもりであろうと、こちらの対応について問い詰められたとき、国王陛下はあのときにお止めになりませんでしたものでと、そう申し開きができる。
今はそれで十分じゃないか。
それとも、これまでのように、これからも未来永劫、連中をのさばらせておくつもりか?」
ハザマがそういって周囲を見渡すと、室内に居た全員が決まりの悪い表情を浮かべて目を逸らした。
公館の人々としても、現状のままでいいとは誰も思ってはいないのである。
洞窟衆の利益を守るために、この王国を混乱に導いていてもいいかと問われると、それもまた微妙に答えにくいのではあるが。
「とにかく、おれは国王陛下の前で洞窟衆の邪魔をするやつらはこの手で必要と判断する処置を行うと、そう宣言してきた。
こいつは紛れもない事実だ」
ハザマは静かな声で続けた。
「そんで、例の連中に対して上の人たちが当てにならない現在、ならば自分の手でどうにかするしかこの事態を打開する方法はない。
だから、おれは必要と思える仕事をする。
簡単にいえば、ただそれだけのことだ。
あんまり深刻に考えすぎるな」
こう繰り返すことで、あくまでハザマの責任においてこうした行動と取ること、それに、こうした行為が必要となったのはあくまで相手の行為がきっかけであることなどをさりげなく強調した形である。
すぐにおずおず、といった感じで、公館の中の人々もハザマの方針を支持、あるいは黙認するような空気になってきた。
公館の人々にしても、このまま事態を放置していいと思っていた者は一人として居なかったのである。
「実際に動いている連中を直接確保して、背後関係についても洗いざらいしゃべらせる。
その他にも、指示書などに相当する物理的な証拠などが残されているようならば、そいつも残らず確保する」
ハザマは公館の人々にそういった。
「証拠さえ揃えてしまえば、相手に明確な害意があったことが証明できる。
そうした証明を公開して、おれたちの側に非はないことを内外に明らかにする。
それが、今回の目的だ。
まずは実際に妨害行為をしている連中の身元や居場所なんかを調べて、すぐには逃げられないように退路を塞いで……」
「それ、もうだいたい終わっている」
ハヌンが途中で口を挟んだ。
「公館を取り囲んでいた連中というのは、適当に交代していたようだけど、中心となって動いている三十人前後については名前と外見的特徴、王都で寝泊まりをしている場所から遊びに行きそうな店まですべて調べ尽くしている」
ハヌンたちとて、そうした暴徒に対してただ手こまねいていただけではない。
むしろ、こちらから積極的に手出しができない鬱憤をぶつけるべく、そうした背後関係の調査には力が入っていた。
その背後に有力貴族が居るというのも、別に根拠がない思い込みだけではないのであった。
「上等」
ハザマはあっさり頷いた。
「ならば、あとは簡単だ。
相手が逃げる隙も与えず、一番油断している時間帯を狙って身柄を確保する。
これもまあ、相手の居場所がわかっていて、そしてバジルの能力がある限りは容易い仕事になるな。
ただ、確保をする人数が多そうだから、身動きが取れなくなった連中を運ぶための人手と、それに確保した連中を押し込めておく場所は用意をしておく必要があるけど」
「それも、すぐに手配をする」
カレニライナがそういった。
「冒険者ギルドとかハザマ商会に連絡すれば、どちらも簡単に手配できるはず」
「よし、いいぞ」
ハザマはいった。
「それでは、そちらの手配が終わったら知らせてくれ。
それまでおれは……」
「おれは?」
ハヌンが、ハザマに訊き返した。
「片っ端から関係各所に連絡をして、こちらに戻ってきた挨拶と報告をしておく」
この公館に転移してからすぐにガグルバイド伯爵ら、帝国の使節と王城へと向かったため、そうした帰参の連絡をまだしていなかった。
連絡しなければならない先が多すぎたし、その上、その一つ一つにいい訳じみた経緯の説明などもする必要があったので、これはこれで煩雑で面倒な仕事であった。
つまり、ハザマにとっては、ということだが。
「……と、いうわけでな」
ハザマはまず、バジルニアの領主官邸に連絡をした。
「帝国と王国との交渉が今後どう転ぶかはまだ断言できないけど、十中八九、王国側が帝国の要求を呑む形になると思っている。
それから、その件がどうなろうとも帝国からの要求によって、冒険者ギルドの支店を帝国版図内の主要な都市部に設けることになりそうだ。
これも、量的にはかなりの拡大ということになるわけだから、特に人材面での育成はいままで以上に急ぐような体制を整えなければならん。
それから……」
『ちょっと待ってください』
リンザが、底冷えのするような声でいった。
『そういう事務的な説明や申し送りの前に、もっというべきことがあるのではないですか?』
通信をしている相手は、当然のことながら領主代行として当座の責任者を務めていたリンザということになる。
このときのリンザの口調は、聞いていたハザマの背筋に瞬時に悪寒が走るほどだった。
「……ええっと」
いいながら、ハザマは慌てて頭を働かせる。
かなり怒っているな、これは。
おれ、なにかこの子を怒らせるようなこと、したっけ?
「ただいま?」
『なんで疑問形なんですか?
お帰りなさい。
でも、そうではなくて』
「あー」
ハザマは、さらに考えた。
「急に仕事を任せた形になって、苦労をかけたなあ、って」
『それは、いいんです。
男爵にとっても不可抗力であったと理解していますし、それにいい経験にもなったことですし』
そういうリンザの声からは、まだ怒りの色が消えていない。
すると、他になにがあるのだろう。
この場で、おれはこの子にいわねばならない言葉とは……。
『本気でわからないんですか?』
無言になってしばらく考え込んだハザマに、リンザが声をかけてくる。
『相変わらず、そういうところは最低ですね。
こういうときに、心配かけて悪かったねの一言くらいするりと出てこないんですか、あなたは』
「ああ、その、すまん」
ハザマはしばらく遠いバジルニアに居るリンザに謝り倒した。




