国王の反応
「悪い内容ではないと思うが」
しばらくして、黙って聞いていた二人のうち、まず国王が口を開いた。
「いや、ですが」
するとすかさずに、ガイゼリウス卿も口を開く。
「この提案は、あまりにもわれらにとって都合がよい。
それを提示することでお主らにどういった利益があるというのか。
ハザマ男爵、答えて貰おう」
ま、そう来るだろうな、とハザマは心の中で頷いた。
国王はともかく、長年実務畑で、それも生き馬の目を抜くような国政の中心で働いてきたガイゼリウス卿は、警戒心が強い。
「端的にいいまして、王国内の貴族の関心を幾分かなりともそちらに引きつけて頂くことを期待しております」
ハザマは涼しい顔をしてそう説明した。
「こういういい方もなんですが、今の時点で王家があまり弱体化して貰っても、こちらとしては困るんです。
なぜかっていえば、洞窟衆のことを快く思わない貴族たちが活性化したら、そちらへの対応に余計な労力や人手を取られるからです。
王家がもう少し力をつけ、こうした貴族たちをまとめてくださるのであれば、こちらとしても大いに手間が省けます。
そうするためにこの程度の投資で済むのでしたら、むしろ安いくらいでして」
「ふん。
賢しげなことを」
ガイゼリウス卿はハザマの説明を鼻で笑った。
「おおかた、貴族たちと王家との摩擦が増えればいいと、それくらいに考えておるだけであろうに」
敵の敵は、という、よくある論法であった。
この人ならば、そう考えるだろうなとハザマは内心で納得をする。
「正直に申しまして、そう考えていることも決して否定はしませんが」
ハザマはいった。
「それとは別に、こちらの王国が、いえ、王家がこの時点で相応の資金源を得たとしたらどのように動くのか、その点についても興味があります」
「その興味とは、なんだ」
今度は、国王がハザマの言葉に食らいついてくる。
「今少し、詳しく説明をしてみよ」
「ええと、ですね」
ガイゼリウス卿が国王を制止しようと口を開きかけたようであったが、なにもいわずにそのまま口を閉じたのを確認してから、ハザマはしゃべりだす。
「現在、この王国を取り巻く状況は、少し前と、そう、たかだか一年前と比べると大きく様変わりをしています。
まず、山地からの圧力が事実上消滅した。
次に、われら洞窟衆がもたらした通信網や印刷技術、各地の、国際的に展開した支店、冒険者ギルドの存在などが存在することによる社会全般の変質。
さらには、隣国スデスラス王国には治安維持軍という巨大な戦力が出現して、近隣諸国は国内外の問題に対して安易に軍事力に頼る手段が取れなくなっている」
「そのどれもが、ほとんどお主が原因となった変化ではないか」
ガイゼリウス卿は不機嫌な表情のまま、ハザマの顔を見てそういった。
「だが、確かに。
そうした変化のあおりを受けて、わが王国も変化を余儀なくされていることは素直に認めよう」
事実は事実だからな、と、ハザマは思った。
長年国政に携わってきただけあって、このガイゼリウス卿も頑迷なだけの老人ではない。
本質的には、リアリストであると認識しておいて間違いはないはずだ。
「こうした変化を受けて、この王家にどんな変化が起こったかといえば」
ハザマは、説明を続ける。
「端的にいってしまえば、王家の求心力が相対的に低下をした、ということになります。
でなければ、ニョルトト、ブラズニア両公爵家の王国脱退宣言など起こりえない。
どちらの公爵家も独立の理由として、部族連合が弱体化しハザマ領が存在する今、その侵攻に備えて形成された王国が存在する理由はなくなったという点と、それに、大規模な武力を備える必要がなくなった以上、政務の規模ももっと縮小してもいいのではないかという点をあげておられる。
要するにこれらは、現在の王国体制の否定です。
多くの貴族が寄り集まって一つの国家を作る、一種の連合体制が不要に、時代遅れになったという主張です」
「そんなことは」
国王が、いらだちの籠もった口調でいった。
「わざわざ説明されずともわかっておる。
問題はそうした現状にどのように対峙するのか、だ」
「これは、この場で口にするべきかどうか迷っていたのですが」
それを、国王様がおれなんかに訊くかな。
とか思いつつ、それじゃあ、まあいいかと思いたってハザマは説明を続けた。
「このニョルトト、ブラズニア両公爵家の主張は、大筋では間違ってはいないのではないでしょうか?
確かにいきなり根回しも前振りもなしに独立宣言を行った性急さ自体は決して褒められたことではないのですが。
山地の脅威がなくなった上、治安維持軍が設立された今、王家が現在の形をそのまま維持するのは、正直にいってしまえば無理と無駄が多すぎます。
事実、洞窟衆に対する妨害行為を取り締まらないでいることからもわかるように、王国の中央は国内の有力貴族たちの動きを制御できないでいらっしゃる」
実際に王国中央が弱体化して、他の貴族たちのこうした動きに掣肘を加えていないのか、それともそうした動きをよしとしてあえて見て見ぬ振りをしているのか、今のハザマではそのどちらとも判断ができなかった。
しかし後者であった場合でも、ハザマや帝国人のガグルバイド伯爵の目の前で、王国側の責任者がそうだと認めることはできないわけで、この場は素直に認めるか黙り込むしかない。
事実、国王とガイゼリウス卿はその件については沈黙を守った。
「有力な貴族が一挙に二つも王国からの脱退を宣言をしたのにも関わらず、王国は今までまともな制裁措置を発動していません。
王家の力がそれだけ衰退したと見なされているのも、こうした求心力が弱まっていることを証明しています。
さらにいえば、そうしたことをすべて見た上で、他の貴族たちも調子に乗って暗躍しはじめている。
これが、現在の王国の現状ということになります。
このまま推移すれば、別に洞窟衆の存在がなかったとしても、この王国は勝手に分裂していくのではないでしょうか?」
いや、長期的に見れば、いずれはそうなっていくのだろうな、と、ハザマは予測をしていた。
王国周辺の状況から見ても、国内の情勢を見てみても、この流れを変えるような要因がほとんど見当たらないからである。
ただしこの変化は、おそらくは数十年から、短くとも数年くらいの時間をかけ、静かに推移していくとも、ハザマは見ていたわけだが。
「お主は」
ガイゼリウス卿が重々しい口調でいった。
「王国がこのまま分裂していくのを、その術式の利権とやらを使って防いで見せよといいたいのか?」
「ぶっちゃけたことをいいますと」
そういってハザマはそういいながら両腕を大きく広げて見せた。
「この先王国が割れようと持ち直そうと、おれとしてはどちらでも構いません。
ただ、いずれ分裂するにせよ、もう何年かは配下の貴族の方々をまとめて監督してくれると、こちらとしても動きやすくなる。
それくらいのことは、狙ってはいますが」
それも、あくまで王国側がこのチャンスをうまく生かせるかどうかにかかっている。
「ハザマ領が王国から独立をするにあたって、最後に王家に対してこれくらいの餞別を差し上げても罰は当たらないでしょう」
ハザマは、そう結論を述べる。
ハザマ領が丸ごと帝国に譲渡されようとも、そのあとも地理的な条件など変えられるはずもなく、ハザマ領にとって王国が「ご近所さん」であり続けることも、従来と同じ。
だったら王家にもう少し頑張って貰って、少しでも政情を安定させて貰った方が、ハザマとしても都合がいい。
王家が力をつければ、他の貴族たちの注意も自然にそちらに割かれるはずでもあり、これだけの効果が見込めるのであれば、例の術式の公開をしばらく遅らせる程度のデメリットを支払ったとしても、別に高くはないな、というのが、ハザマの判断だった。
「主家を自分の都合で使いだてする気か」
口の端を笑いの形に歪めながら、国王がそういった。
「今は形式上主従になっておりますが、ハザマ領を帝国が買い取ったらもはやおれは誰の臣下でもありません」
ハザマは静かな口調で指摘をした。
「それこれは、別に王家を意のままに動かそうとしているわけではなく、単なる商取引です。
おれとしてはこちらが提示した術式とその利権とを、そちらが別のことに使用してもとやかくいうつもりはありません」
「もっと悪い」
国王は、掠れた声でいった。
「それはつまり、お主は王国にはなにも期待をしていないということになるのだからな。
ただ、これ以上邪魔をされないために、口を出させないためにこれほどの価値のある術式を差し出したわけだ。
なんと破格な!
これでは、他の貴族たちが太刀打ちできるわけもない!」
それからハザマの目をまともにのぞき込み、
「ちなみに、訊ねておこう」
と、続ける。
「お主が今の王国の最高権力者であったとしたら、この現状にどのように対応する?」
「……ええっと、ですね」
想定外の問いかけをされて、ハザマ数秒考えてから、口を開いた。
「今の王国を、辞めます」
「王国を、辞めるとは?」
「貴族の連合体である王国を解体して、最小限の臣下と領地だけを残し、術式の利権を最大限に生かして効率のいい小国として再出発します。
大規模なリストラですね。
中央が他の貴族たちの動きに掣肘を加えることができないってことは、それだけリスクが大きくなっているってことですから、真っ先に切り捨てます。
王家が貴族の盟主であることをいったん辞めて、再出発するわけです」
ハザマは一気に説明をした。
ハザマが考える限り、それしか王家が再生する道筋はないように思う。
余計な荷物や負荷、不安要素の一切合切を捨てて、やり直す形である。
「あ」
ハザマの説明を聞き終えた国王は、目と口とを大きく開いてしばらく黙り込んだ。
しばらくして小声で、
「そういう方法は、想像したこともなかったな。
これまでは、今までの王国を維持することばかりに腐心していたのだが。
ふむ、そうか。
この国の形を捨てて、王家が生き延びるという選択もあるのか……」
と、誰にともなく小声で呟く。
「陛下!」
そんな国王を、ガイゼリウス卿が一喝した。
「そのような重要事、このような場でみだりに口にするべきではありませんぞ!」
「ああ、いや、そうだな」
そういわれて、国王はふとわれに帰ったような表情になる。
「確かに。
誰かに聞かれたら、ことがことだ。
いや、ハザマ男爵。
いろいろと面白かった。
ハザマ領と引き換えに帝国から金品と術式を貰う受ける件については、ことの重要さを考慮すればこの場で即答するわけにもいくまい。
後ほど臣下に諮ってから、改めてそちらに結論を申し伝える。
そういうことで、よいな?」
「結構でございます」
うやうやしい口調でいいながら、ハザマは頷いた。
「他にすがるべき当てがあるわけでもなし、われらにしてみてもおそらくはお主の提案を呑まずにいられぬであろうが。
なにぶんこちらも大所帯ゆえ、内部の意見を調整するのに時間がかかる。
その点は、了承してくれ。
おそらくそちらの出した条件はほとんど呑むことになるのだろうが、その代わり、二、三、形式的な些末な条件をつけることになるかも知れぬが、そのこともまた了承してくれ。
こちらも内部を説得する以上、相応の形式を整え、説得をするための口実を設けなければならぬのだ」




