ハザマの提案
ハザマは先ほどからしきりに頭を働かせて王国側の論理を想像しようとしている。
洞窟衆と帝国とが手を組んでかかれば、現在の状況であればこの王国を物理的にも政治的にも解体することは、おそらくはそう難しくはない。
しかし、現在のこの王国の形を故意に大きく損なうことはハザマとしても望んではおらず、できるだけ穏便な形で説得をしようとしているところである。
だからこそ先ほどから極力恫喝的な物言いを避けていたわけだが、王国が絶対的に不利な立ち位置にあることを認めようとしない国王とガイゼリウス卿の頑なさは、ハザマとしてもかなり意外でもあったのだ。
仮にもこれだけ大きな組織をこれまで運用してきた首脳陣であれば、もう少し現実を見据えた交渉が可能であってもいいのではないか。
というのが、この時点でのハザマの率直な感想になる。
国王もガイゼリウス卿も、一国を取り仕切る人間の反応としては、どうにも感情的に過ぎるように思えた。
さて、これはなぜなのか。
と、ハザマは考える。
以前に聞いたところによると、この王国は現在の形になってからおおよそ三百年あまりになるという。
その間、貴族や領地は大分増えてきたようだが、大勢の貴族たちを王家が統括することによって国内の秩序を維持する、という基本的な部分は変わっていない。
三百年といえば、決して短くはない期間だよなあ、と、ハザマは思う。
組織もそれだけ長く続けば、組織自体の維持が目的になってしまうのか。
特に、その内部に居て、組織の形態や存在意義について少しも疑問に思わない立場の人たちにとっては、そういう方向に意識を持って行かれる傾向があるのではないか。
ハザマにしてみれば、組織など所詮その組織を構成する人間たちの都合を満足させるための便宜的な存在に過ぎないわけであるが、この二人にしてみれば王国はすなわち自分の世界のすべてであり、かつ、存在意義そのものに等しくなっている。
生まれたときからこの国の主になるよう決定されていた国王とその短くはない半生のほとんどをこの国のために費やして過ごしてきたガイゼリウス卿にとって、この王国の存在はそれほど重く大きいのだろう。
と、ハザマはそう想像をする。
この想像がどこまで正しいのかは検証のしようもないわけでがあるが、とにかく、この二人の認識はそうであると仮定をした上で、ハザマ自身も今後の対応を選択する必要がありそうだった。
「これまでに説明をしました通り」
ハザマは、そう続けた。
「こちらが提示した提案を蹴った場合、王国にとってより損害が増す結果になるばかりです。
それなのにあえてこちらの提案を蹴るとおっしゃるのでしたら、その理由をお聞かせ願いませんか?」
「前例がない」
ガイゼリウス卿は即答した。
「金品と引き換えにした領土の譲渡など、この王国は建国以来、常に領土を拡大してきた。
そうした前歴にここで泥を塗るわけにはいかん!」
「今回の場合、別に力尽くで強奪しようってわけでもないですが」
ハザマがゆっくりとした口調で指摘をした。
「単なる商取引ですよ。
今回の場合、戦争に敗れてその代償として土地を取られたのとは意味がまるで違います。
この王国にとっても、決して不名誉なことではないと思いますが。
それに、この取引が成立すれば、周辺諸国に先駆けて帝国とのパイプができることにもなります。
そうした周辺事情も込みで、王国にとっても決して損ではないとは思うのですけどね」
この王国は、部族連合との紛争に勝利した直後、その勢いで周辺諸国の盟主ともいうべき地位に就こうとした経緯がある。
その後いろいろとあって、その盟主的な地位はどうやら治安維持軍を擁するスデスラス王国の方に持って行かれそうな雲行きになっているわけだが、だからこそこの時点で王国が帝国との関係を強化することは大きな意味を持つ。
そのはずであると、ハザマは思っていたのだが。
「帝国の威名は認めないではないが、いかんせん遠すぎる」
今度は国王が、そういった。
「何事か起こったときに、すぐに援軍を送ってこれるわけでもなかろう」
帝国は遠すぎるから、有事の際には頼りにできない、ということであった。
「つまり、名誉や周辺諸国に対する有意よりも、即応性と実戦力を重視するということですか」
ハザマは思わず訊き返してしまう。
「今の王国は、そんなに差し迫った敵意に晒されているのですか?」
この国王の返答は、ハザマにとってそれだけ意外に思えたのだ。
「表面上、平和に見えるのは見えない場所でわれらが血の滲むような努力を続けているからだ」
国王は神妙な表情でそういった。
「これだけの規模の国土を持ち、大勢の諸侯を束ねることは、外から見るよりもずっと苦労が多い仕事になる」
「つまり内患、国内に問題があるということですか?」
「問題は常にあるさ」
国王はそういって両手を大きく広げた。
「ハザマ男爵。
貴公はどうやら貴族としてはあまり野心を持っていない様子であるが、他の貴族たちもそうであるとは限らない。
そして、貴族の社会で上を目指すとすれば、その行き着くところはこの玉座ということになる」
まあ、ヒエラルキー的に考えても、そうなるだろうな。
と、ハザマは心の中で相づちを打つ。
「つまり、国王様。
国内に御身を狙う者が居ると?」
「常に居るし、ほとんどすべての貴族が狙っているといっても過言ではない」
国王はあっさりと頷いた。
「表面上はかしずいておるが、心中ではわしの失態を待ち望み、足下を掬う好機を常に狙っておる。
玉座とは、そんなに居心地がいい場所ではない」
「つまり、この取引が国王様の失態と見なされないようにする必要があるわけですね?」
ハザマは、そう確認する。
これはおおむねハザマが予想していた通りであったし、そうであればどうとでもやりようはあった。
「それでは、この取引を帝国とか洞窟衆から持ちかけられ、押しつけられたという印象を極力薄くし、できれば払拭すらしておいた方がいいわけですか?」
「できるのか?
そのようなことが」
ガイゼリウス卿はそういってハザマの顔をまともに睨んだ。
「知っての通り、お主らに対してわが王国が優位に出られる要素はほとんどない。
この状況で、説得力のある印象操作が可能であるとも思えぬのだが」
「要は、周囲の人たちに弱みを見せたくないってことでしょう?」
ハザマは軽い口調でいった。
「だったら簡単だ。
ハザマ領の対価として、相場以上の代物をわれわれからもぎ取ったことにすればいい」
「相場以上の代物、だと?」
国王が、複雑な表情になる。
「ハザマ男爵。
いくらお主でも、帝国が用意する以上の対価をすぐに出せるとは……」
「まだほとんどどこにも広まっていない、ある種の魔法術式の詳細をそちらにお渡しします」
国王がいい終える前に、ハザマがいった。
「応用範囲が広く、収益性の高さでは通信術式以上になるのではないかと、おれは評価しています。
実際の使用法を研究するのに、こちらと帝国だけでは手が足りないと思っていましたので、ここで王国にお渡しする機会が巡ってきたのは、こちらにとっても都合がいい」
「ハザマ男爵!」
不意に、ガグルバイド伯爵が声をあげる。
「まさか、あの術式のことでは?」
「多分ガグルバイド伯爵が想像をしている、あの術式のことです」
ハザマは涼しい顔をして答えた。
「いけませんか?」
「ああ、いえ」
ガグルバイド伯爵はなんどか口を開閉したあと、結局はそういった。
「あれは結局、あなたがいなければ見つけられなかったはずの術式ですからね。
あなたの好きになさるのがよろしいでしょう。
しかし、無欲な方だ。
やりようによっては、あれだけで巨万の富を築くことさえできたでしょうに」
「元々、技術情報を独占、ってのはおれの趣味じゃないんですよ」
ハザマは素っ気ない口調でいった。
「それに、そういう情報占有ってのは短期的にしかうまくいかないし、その反面弊害も大きい。
今回のあの術式なんて、帝国と洞窟衆だけで独占しても宝の持ち腐れにしかならないでしょう」
「その術式とは、一体どんな術式なのだ!」
そうしたハザマとガグルバイド伯爵のやり取りに真実味を感じたのか、国王が身を乗り出してくる。
「魔力を集め、貯蔵するための術式になります」
ハザマはいった。
「この術式さえ使えば、これまで理論上だけのものでしかなかった大規模な魔法の使用が可能となります。
それだけではなく、普及すれば魔法についての知識がない普通の人々でも気軽に魔法を使用できるようになります」
ハザマが説明を終えてから、国王とガイゼリウス卿は数秒、言葉を失った。
「画期的ではないか!」
しばらくして、その意味を理解した国王が大きな声をあげた。
「そんな術式が広まれば、いくさも日々の生活も、すべての様相が一変しかねない!
影響力でいったら、それこそ通信術式の比ではないだろう!」
その立場ゆえか、国王はこの術式の重要性について、かなり正確に想像できたようだ。
「しかし、そのように影響力の大きい術式をなぜわれらに渡すのか?」
素直に感嘆する国王とは対照的に、ガイゼリウス卿はかなり不審そうな表情を浮かべている。
「帝国の方が口にしていたように、いずれは公開するにせよ、しばらくは自分らだけで独占しておいた方よかったであろうに」
「この術式も、いずれは無制限に公開しますよ」
ハザマは冷静な声でいった。
「逆に、それほどの影響力を持った術式でなければ、王国がおれたちからもぎ取った成果物としては評価されないわけですし。
そうですね。
一年、いや、半年ってところでどうです?
その期間だけ、この術式を帝国、洞窟衆、王国のみで占有して、その期間にそれぞれ術式の利用法を研究する。
それだけの先行期間がれば、あとからこの術式に飛びつく勢力に対しても当面はかなり有利に振る舞えると思うのですが。
また、これほどの成果物が現にあるとわかれば、国内に対してもハザマ領を手放すことに対する申し訳は立つでしょう」
ハザマが提案したその意味を、その場に居たそれぞれがしばらく黙ってかみしめ、検討していた。




