リンザとの会話
『森東地域については、困難は大きいけど大きな問題は起きていない、といったところでしょうか』
いつまでも謝罪を続けていても生産性がないので、すぐに話題は変わる。
『でも、わたしがいうのもなんですが、本当にあちらに干渉を開始してもよかったんでしょうか?』
「今になってそんなことをいってもなあ」
ハザマは、そう返す。
「責任者であるお前が必要だと判断をしたから、はじめたわけだろう?
今になって中止しますというわけにもいかんし、もうしばらく続けて様子を見るしかないよ」
この森東地区への派兵について、ハザマは反対も賛成もしていない。
そうした判断を下せるほど、その森東地域についての基礎的な知識を持っていないからだ。
「まあ、うちが派遣したやつらがボロ負けたときのことは今から考えておいた方がいいとは思うけどな」
ハザマは、そう続ける。
ハザマの脳裏には、近代的な装備で武装して兵站の準備も万全であったはずのUSAが貧弱な小国であるベトナムについに勝てなかったという事例が刻まれていた。
あまり不吉なことをいいたくはないし、今回の派兵にしても洞窟衆側の不安要素はほとんどない状態であるはずだが、だからといって完全に安心できないのが戦争という代物でもある。
現地の住人が強硬に抵抗を続けるのならばいくらでも泥沼になっていくだろうし、そうなればどんな結末になるのかは、それだけ予想するのが難しくなる。
「とにかく、現地の人間を立てる選択を心がけるようにしてくれ。
そちらに、おれたちは侵略者ではないという印象を与え、名目上だけではない支援であると印象づけるように振る舞うしかないよ」
『それについては、徹底しているつもりですけど』
「冒険者ギルド経由で集めた連中にも、徹底させておいてくれ。
こちらが指示をしていない行動は厳に戒め、もしもそこからはみ出したら厳罰で対応する。
特に略奪など現地人へ被害が及ぶような行動をした連中は、見せしめのために処刑したっていいくらいだ」
ハザマがそういいきると、リンザは息を呑んだ。
普段のハザマらしからぬ、厳しい語調だったからだ。
一部の例外的な事例が洞窟衆全体のイメージを決定づけることだって、あり得るのだ。
将来的なことを考えたら、こうした事例への対処は、神経質に思えるほどでちょうどいい。
ハザマとしては、そう考えて口にしたわけだが。
『……わかりました』
しばらく間を置いて、リンザがいった。
『現状でも問題はないはずですが、改めてそういう方針を徹底するように伝えます』
「軍隊を大規模に運用する以上、規律を厳しくするのは当然なんだぞ。
でないと、どこまでも自堕落になって、あっという間に統制を失う。
そうでなくても、その森東地域にやった連中は寄せ集めでまとまりが悪い集団なんだ」
ハザマは淡々とした口調で説明を続けた。
ここでいう「軍隊」という単語一つにとっても、ハザマがイメージする内容とリンザが思い描いているそれとはかなり異なるはずだった。
なにしろこちらは、軍隊による略奪は全肯定の世界だからなあ。
そのために戦争を起こすのがデフォルトの世界において、一切の略奪を禁じる命令がどこまで徹底できるものなのか、実際に口にしているハザマにしてもかなり危ぶんではいた。
とにかく、リンザがその森東地区に派兵を決定した動機はともかく、実際に軍隊を運用するとなると到底綺麗事だけでは済まない側面が出てくる。
これは、どうしたって避けられなかった。
『略奪を全面的に禁止すると、改めて徹底するのはいいですけど』
リンザはいった。
『そのためには、現地で消耗する物資の流通を今まで以上に強化する必要が出てくると思います。
ですが、現状でもそちらの方は手不足になっているような状態でして……』
「だろうなあ」
ハザマはため息混じりにそういった。
「遠い外国まで大軍を送り込んでいるんだ。
物資なんか、いくら送っても足りないくらいだろう。
人手が問題ならば、治安を回復した地域からどんどん人を雇ってそいつらを使うしかない。
その土地で生産性のある事業がすぐにでも営める状況があるのならばそれを援助するべきだが、そうではない場合、なんらかの理由によって人があぶれている場合はどんどんうちで雇用してこき使ってやれ。
おれたちがそちらに金を落とせば、その金を使ってやつらもいずれ自力で這い上がってくるさ」
その森東地域は、未開拓なまま放置されている場所がほとんどであり、基本的に貧しい地域であるとハザマは聞いている。
戦乱によって荒らされた土地を復興するにせよ、農地を開拓するにせよ、流通のための土木工事をするにせよ、先立つものと人手は必要になるわけで。
現地の人間がその手でやれない、やる余裕がないというのならば、まずは洞窟衆が率先して雇い入れて金を落とし、同時に各種業種のノウハウを叩き込んでやるしかないだろう。
おまけにその森東地域は、王国の数倍の面積を持っているという。
さて、それだけ広い場所が経済的に自立するまで、どれほどの時間と資金を投入する必要が出てくるのか。
そう考えてハザマは、少しうんざりとした気分になった。
タマルあたりならば中長期的な視野で「投資の一種ですね」と軽く一蹴しそうな気もするが、その期間中に発生するであろう大小様々な問題とそれを一つ一つ解決していく手間を想像すると、ハザマとしては憂鬱な気分になるしかない。
おそらくこれは、これまで洞窟衆が体験したことがないような大規模な案件になるはずだ。
おまけに、これだけの規模だから、これから先も今の時点でハザマたちが想像しないような問題が次々と立ち上がってくることが容易に予想もできる。
「まったくお前も、えらいことをおっぱじめてくれたもんだよ」
そうした複雑な予測を、ハザマは短い言葉に込めて口に出した。
『ええと、留守中に勝手に決めてしまって、申し訳ありません』
リンザは改めてハザマに詫びた。
「いいって。
もうはじめちまったんだから、どうにか結果が出るところまで突っ走るしかない」
ハザマはいった。
「帝国の要求することにも対応する準備もしなけりゃならんし、しばらくはかなり忙しくなるものと覚悟しておいてくれ。
それと並行してだな」
『冒険者ギルドの件以外にも、まだなにか帝国関連であるのですか?』
「帝国も関係はあるんだが、こいつはあくまでおれたち自身のしのぎになるな」
ハザマはいった。
「魔法関係に造詣が深い連中を今のうちから集めておいてくれ。
帝国から新手の術式を持ち帰ってきたから、そいつを研究して新しい応用方法をどんどん開発、実用化させる。
これは大きな資金源になるだろうし、それにその森東地域でのあれこれにも大きな影響を与えることになると思う。
魔法の、今までのように実用一点張りの教育をするだけではなく、これからは新たな術式を独自に開発できるような人材も大勢育成する必要が出てくると思う。
この育成機関を設立する準備もしなけりゃならん。
さらにいえば、この帝国から持ち帰った新手の術式は、大勢の人間から魔力を集め、蓄積することができるものだから、そうして魔力を集めるための仕組みも新たに整える必要がある。
ハザマ領なり王国の都市部、人口密集地で不特定多数の人間を捕まえて魔力を提供して貰い、その対価を手渡すような仕組みを作る」
『ええ、っと』
早口にまくし立てるハザマのいっている内容を、すぐにその場で理解することができなかったリンザは曖昧な口調になった。
『とにかく、やるべきことが山積みになっているということは理解しました。
ただ、こちらもそのすべてをこの場で把握はできないので、書面にまとめて提出してください。
どこまで要望に添えるものか実際にやってみないことにはわかりませんが、できるだけのことはやってみます』
「おう、頼むな」
ハザマは気軽な口調でそういい放った。
「戻ってきた早々であれだけど、どうもおれたち洞窟衆はこれからも全力で走らなけりゃならないようだ」
帝国もだが、周囲の状況が洞窟衆を休ませないように仕向けているようにしか、ハザマには思えなかった。
「さて、王国とのごたごたにいつまでもつき合っていられるほど、おれたちは暇じゃないぞ」
リンザと通信を切ったあと、ハザマは誰にともなくそう呟く。
「いつだったか、ドン・デラで賞金首狩りをしたときのことを思い出すわね」
「ああ、あれな」
その夜、どっぷりと日が暮れてからハザマはハヌンとそんな会話を交わす。
「ま、今夜やることも、実際の作業はあのときとたいして変わらんわけだが」
ただ、あのとき狩りの対象になったのは札付きの犯罪者たちであったが、今回標的となるのはそれなりに毛並みがいい連中ではあるらしい。
「しかし、貴族の、それもいいところの出の子弟が、こんなセコい嫌がらせに加担するとはねえ」
ハザマは、呆れたような口調でそう呟いた。
ハヌンら公館の人々が事前に調査をしたところ、そうした貴族の子弟が王都内に居住する流民たちを雇い、扇動して連日公館の周囲を取り囲んでいたらしい。
一度捕縛され衛士に突き出されても、首謀者がすぐに釈放されるのは、どうもそういう事情もあったようだ。
衛士の側が首謀者たちの身分を確認した上で忖度し、独自の判断で「証拠不十分」として釈放していたらしい。
他人を殺傷したり、あるいは財貨をかすめたりといった実害が出ているのならばまた別なのだろうが、ハザマ領の公館が多少迷惑するくらいのイタズラならば、わざわざ貴族の方々に有罪判決をいい渡してお偉い貴族の方々に睨まれたくはない、というわけであった。
こういうところは、身分制度の弊害だよなあ、と、ハザマは思う。
「貴族の次男とか三男なんて、仕事も金もない持てあまし者でしかないから」
カレニライナが、そう解説をしてくれる。
「自分でなんらかの特技を身につけて仕事にするかどこかに婿入りでもしない限り一生飼い殺しになるだけだし、だから身を持ち崩す人も多い」
「そうした血の気が多い連中を焚きつけたのが、さらにその背後に居るってわけだ?」
ハザマは、そう訊ねた。
「多分、ね」
カレニライナはそういって肩をすくめる。
「自発的にそんなことを思いつくほど頭が回るやつならこんな真似をしないし。
ただ、これまでの調査ではそこまでいきつくことはできなかった」
「実行犯はともかく、その実行犯を焚きつけたやつらはそれなりに用心深かった、と」
ハザマは頷く。
「それもまあ、やつらをとっ捕まえて尋問すれば、ある程度手がかりが得られるだろう」
これまで公館の調査は、洞窟衆が得意とする使い魔を駆使したものであった。
そうした実行犯の居場所や宿泊場所は把握できても、その背後に居る者まで届かなくても無理はない。
「でも、本当にいいの?」
カレニライナが、改めてハザマに確認をする。
「そういう貴族たちの子弟を捕まえて粗略に扱ったりしたら、それこそ王国中の貴族を敵に回し兼ねないけど」
「粗略に扱うつもりはないなあ」
ハザマは故意にのんびりとした声を出した。
「ただおれたちは、その方々を捕まえて必要な情報を聞き出したら、その場で解放をするつもりだし。
相手が頑なになって協力を拒むようなら、場合によっては恥をかいて貰うようなこともあるかも知れないけど、少なくとも暴力沙汰にするつもりはない」




