進出の開始
バイラド・ゴロジオはゴロジオ王城内の練兵所において、冒険者ギルドから貸与されたコンパウンドボゥの試射をおこなっていた。
まずは自分でコンパウンドボゥを引いてみて、その手応えのなさに軽く驚き、次に矢を放ってみてその勢いと飛距離にさらに驚かされる。
少し離れた場所で見ていたゴロジオ王国の近習衆からも、
「おお!」
と、どよめきが起こった。
「引きが弱すぎるかと思ったが」
バイラド・ゴロジオはそう感想を漏らした。
「通常の矢の倍、いや、三倍は飛んでいるのではないか」
「その分、遠距離を空けて狙撃をする技量が必要となりますが」
冒険者ギルドからこのコンパウンドボゥを持ってきた者がいった。
いや、これは、狙撃用のものではないだろう。
と、バイラド・ゴロジオは、そう考える。
もちろん、精密な狙撃がおこうことができる者も、数名は育てておきたい。
しかし、それ以上に、これほどの飛距離があるのならば、敵軍の攻撃範囲外から一方的に矢の雨を降らせることができる。
バイラド・ゴロジオにしてみれば、そちらの条件の方がよほど重要だった。
「これをタダで貸してもらえるのか?」
「五十丁ほど、お持ちしました」
バイラド・ゴロジオの問いかけに、冒険者ギルドの者が答えた。
「今回持参した分は無償でお使いいただけますが、追加で注文なさる場合と、それに矢の方には相応の対価をいただきたく思います」
このコンパウンドボゥはかなり精密な仕組みであるらしく、意外に壊れやすいのであるという。
また、細かい調整などについても、専任の職人が手がける必要があるということだった。
つまりは、長く使い続けるのであれば、冒険者ギルドとのつき合いが必要になるということか、と、バイラド・ゴロジオは考える。
今回無償で提供されたこのコンパウンドボゥも実際に買うとなるとかなり高価であり、今後壊れたり数を増やすたびに冒険者ギルドに相応の金子を支払い続けることになる。
それと、消耗品である矢も、これは普通の矢とまったく同じものが使用可能であったわけだが、ゴロジオ王国内で製造したものを購入するよりは、冒険者ギルド経由で購入する方が、よほど安価に揃えられるのだった。
値段だけではなく、冒険者ギルド、いや、その背後にある洞窟衆を経由して矢を揃えようとすれば、こちらが想定する以上の数を容易に集めることができた。
従来のいくさでは使用していた矢の、それこそ数十倍の矢をあっさりと揃えて運んでくるのである。
基本となる生産量と物流とが、文字通り桁違いなのである。
それまでは、そうした矢は会戦の序盤であっさりと使い果たして、そのあとは騎兵なり歩兵なりが直に殴り合う近接戦闘にもつれ込むのが普通のいくさというものだったが。
洞窟衆の存在が当たり前になった今、敵も味方もその物資供給能力を前提として、作戦を組みたてるようになりつつある。
これでは。
と、バイラド・ゴロジオは思う。
勝敗がどちらに転ぶにしても、利を得るのは洞窟衆ばかりになるのではないか。
そこまで思い至ったとき、バイラド・ゴロジオははじめて洞窟衆という得体の知れない連中について、底知れない恐れを感じた。
どうもあの連中は、この周辺諸国をこれまでに見たことがないような場所へと様変わりをさせている最中であるらしい。
ほぼ同じ頃、バイデアル・ガンガジル王子はアボレテ沼地のほとりで連弩の運用について考えていた。
この連弩は、元はといえば山地で考案された仕掛けだというが、洞窟衆の連中がそれを改良して軽量で扱いやすくしたものがここスデスラス王国では広く普及している。
構造が極限まで単純化されていて、部品数が少なく、素人でも一度分解して組み立ててみれば大まかな仕組みを理解できるようになっていて、実際、単純な破損ならば部品を交換することですぐに直すことができた。
先程までの騒乱の直後ということもあり、この軽量連弩はスデスラス王国のあちこちに、まだ膨大な数が残されているという。
冒険者ギルドは、この軽量連弩を、森東地区に大量に搬入する予定であるという。
とにかく扱いが容易なこの連弩は、「臆病者の武器」とも呼ばれ、いくさに慣れていない素人にも必要以上の打撃力を与えることができる。
事実、このスデスラス王国内では、多くの兵士ではない者がこの連弩を用いて敵兵に対抗していた。
この「臆病者の武器」のおかげで、いくさというものが熟練者同士の独占物からもっと広い者にも手が届く代物へと変化した、ともいえる。
この連弩を目標物に向けて引き金を引きさえすれば、女でも子どもでも相応の破壊をおこなえるという事実は強かった。
「これを、そこでも広めようというのか?」
「なにしろこちらでは、もう使用する機会も限られておりますので」
冒険者ギルドから来た者は、平静な声で説明した。
「不要なモノをもっと必要とされる場所に移して売りさばくのは、商売の基本というものでして」
それくらいの理屈は、説明されるまでもなくバイデアル王子にも理解できていた。
釈然としないのは、その先にあるであろう、起こるであろう事象についてである。
「大勢の人間が、死ぬことになるな」
「すでに大勢が死んでいるのでございます」
冒険者ギルドの者は、やはり表情も変えずに続ける。
「これ以上の悲惨を増やさないために、われわれもこれから介入をしようというわけでして」
ものはいいようだ、と、バイデアル王子は思う。
果たして本当に、介入した方がよい結果を生むというのか。
一体、誰に公正な判断ができるというのだろう。
「おれたちに、その先兵になれというのだな?」
「バイデアル王子様のお力は、拠点の奪取やその防衛に適していると、こちらでは考えております。
こちらの指示する拠点に居る敵を掃討し、味方の拠点を増やす役割を担っていただきたいとわたくしどもでは希望しております」
「その拠点とやらを占拠したあとはどうする?」
「現地の人間にそのまま明け渡し、そこを守らせます。
そういう作業を繰り返していけば、いずれは森東地域全域が本来の持ち主のものになるはずです」
軍事拠点の制圧が、冒険者ギルドからバイデアル王子に与えられた仕事であった。
確かに、バイデアル王子の加護の力を有効に活用しさえすれば、さして難しいことでもない。
冒険者ギルドが考える作戦に従って動くというあたりが気に食わないといえば気に食わなかったが、バイデアル王子らガンガジル王国側ではそちらの様子を探ることもできなかったので、それもまた飲み込まなければ仕方がなかった。
そうして敵の拠点を奪取しながら「臆病者の武器」を現地で配り、全体的な防衛力を増強して外敵のみを排除する。
というのが、どうやら今回、冒険者ギルドがたてた方針であるらしい。
冷静に考えれば、それ以外の策は取りようもないわけだが、それでもバイデアル王子の胸中には、なにか釈然としないものが残っていた。
「矢や兵糧などはどうするつもりだ?」
「南側の湾岸地域が開放されれば、そちらから大々的に搬入を開始する予定になっておりますが」
冒険者ギルドの者は、あくまで慇懃な態度を崩さなかった。
「まずは、山地から流入してくる勢力を食い止めるために戦力を集中させる方針でおります」
「ということは、山地経由で運び入れるのか」
そういって、バイデアル王子は少し考え込んだ。
「それは、量的にどうなんだ?
武器は置くにしても、食糧はかなり膨大に必要となるはずだが」
こちらから赴く兵士たちの分だけではなく、そちらに元居た住人たちの分まで、しばらく食いつなぐくらいは都合しなくてはいけないはずだ。
バイデアル王子としても、現地にいったはいいが、そこで孤立するのは避けたかった。
そんなことにでもなれば、それこそ現地で略奪でもしてかないとやっていけない。
救いにいった土地で略奪者になるなど、本末転倒もいいところだった。
「補給に関してはできるだけご期待に添えるように留意をするつもりでございますが」
冒険者ギルドの者はいった。
「諸事情により、王子様の軍が周囲から孤立をするようなことがあったら、その場で逃げてしまえばよろしいのです」
「……逃げる?」
「そういういい方を好まれないようでしたら、一時撤退とでも」
そういって、冒険者ギルドの者は肩をすくめる。
「転移魔法を使って、ここアボレテでもガンガジル王国でも、どこへでも。
一旦別の場所に退避をしてから、改めて今後の方針について検討をすればいいだけのことかと」
どうやらこれから参加するいくさは、いろいろな意味でバイデアル王子が知るいくさとは性質を異にする種類のものらしい。
バイデアル王子は、そうした認識を新たにした。
スデスラス王国で停戦をしてから三十二日目、ハザマが姿を消してから三十日目。
こうして冒険者ギルドが仕立てた各戦力はばらばらに森東地区へと進出を開始した。
その同じ日に、ハザマはといえば遥か遠方、海賊の拠点である大亀近傍の洋上で、人伝てに帝国への招待を受けている。




