帝国への出発
ヨッカム提督とガグルバイド伯に了解を取った上で、ハザマは一度大亀に帰ることにした。
帝国へ渡ることに自体に異論があるわけでもないのだが、そうするにせよ海賊たちに一言断りを入れておきたかったし、それに、帝国側の海賊たちへの処遇についてもできるだけ寛大なものにするよう、一応、声もかけてきている。
どのように弁解しても海賊行為は犯罪であり、処罰をされること自体は取り消せはしないのだろうけど、本来ならば縛り首になるところをもう一等減刑するようにお願いすることくらいは、ハザマとしてもしておきたかったのだ。
別に海賊たちに同情をしていたわけではなく、航海術などの技術をすでに身につけている海賊たちをみすみす殺すことは帝国にしてみても大きな損失になるのではないか。
なんなら、契約魔法によって海賊たちのその言動を大きく戒めてしまえば、海賊たちの技能もまるごと帝国にとって有用に活用できるはずである。
うんぬんの利をハザマなりの論法によってヨッカム提督とガグルバイド伯爵に説いておいたのであった。
仮に彼らがハザマの言動に得心をしたとしても、そもそも海賊たちの量刑や処罰を決めるにあたって彼らがどれほどの決定権を握っているのか、ハザマの立場では確認のしようもなかったし、いってみればハザマの自己満足でしかなかったわけだが、それでもなにもやらないでおくよりは説得を試みた方がはるかにマシというものであった。
あくまで、ハザマの精神衛生上の問題でしかなかったが。
ともあれ、ハザマはまた大亀に帰ってきた。
周囲に、屈強な護衛件見張り役の海兵を従えた形で。
「という次第なんですけどね」
と、ハザマは大亀の主である老婆に帝国との交渉の内容をかいつまんで説明する。
「まあ、お主にできるところはおおよそそこまでくらいなもんじゃろうな」
老婆は、一口も言葉を挟まずにハザマの説明を一通り聞き終えたあと、ため息混じりにそういった。
「あとは帝国の判断に委ねるより仕方がない」
「そちらの問題はそれでいいですが、どう思いますか?」
「なにがじゃ?」
「帝国が、おれの身柄を欲しているってことが、どうにも腑に落ちないんですよ」
ハザマは腕を組んで考え込んだ。
「確かに帝国とゆかりの深い人物と知り合いでしたから、帝国がおれのことを捜索していてもおかしくはない。
だけど、身柄まで求めますかね?
普通ならもっと冷淡というか、おれが元居た場所に連絡を取れるように便宜を図ってくれる。
それくらいが関の山だと思うのですけど」
帝国の、自分に対する欲求がどうも積極的にすぎる、というのが、ハザマが抱いている違和感であった。
ハザマを捜索すること自体は、帝国にはなんの利益をもたらすわけではない。
いくらネレンティアス皇女のお声掛かりであったとしても、本来ならばもっと、事務的なのではないか。
少なくとも、ハザマを皇帝の前にまで招待をするべき理由が、ハザマには思い当たらない。
「お主が元居た場所とやらでは、お主の不在によって想定外の混乱に見舞われているのかも知れん。
一刻も早くお主に戻ってもらいたいと思って、帝国にもそのように要請を伝えている可能性がまずひとつ」
老婆はじろりとハザマの顔を睨んでそういった。
「もうひとつは、そちらから依頼された捜索活動とは別の理由で、帝国がお主を利用したがっているという可能性が考えられるの」
「……やはり、か」
ハザマはそういって天をあおいだ。
この老婆が指摘をする程度のことは、ハザマ自身もこの老婆に相談をしてみる前に思いあたっていた。
特に後者、帝国がハザマを利用したがっているという可能性は、かなり信憑性が高いと、ハザマ自身は思っている。
そして、おそらくその理由、帝国がハザマの身柄を欲しているわけは、ろくでもないことに違いないのだ。
「ま、実地にいってみるしかないの。
この状況で、帝国の意向に逆らえるわけもないし」
老婆は、涼しい顔でそんなことをいう。
なにしろここは洋上のど真ん中であり、ハザマは船一隻持っているわけではない。
海賊たちも帝国側に包囲をされている今、ハザマは帝国にいって皇帝の御前にまで連れていかれることしか、事実上、選択肢がなかった。
「そうなんですけどね」
ハザマは、ため息混じりにため息をつく。
ヨッカム提督とガグルバイド伯は、本当に皇帝がハザマの身柄を求める理由を知らない様子であった。
連れていかれた先でいったいどんな扱いが待ち構えているのやら、ハザマにしてみれば気が重たいところである。
「ご相談はお済みですか?」
ハザマに付き添ってきた海兵のひとりがハザマにいった。
「はあ、まあ」
ハザマは深く考えずに生返事をする。
「それでは、皇帝陛下の元へお送りします」
「え!」
ハザマは大声をあげた。
「今から?」
「なにか不都合でも?」
「ええと、その……ああそうだ!
そこの、船医の先生も同行させてくれ!」
ハザマはこの大亀にまで乗ってきた海賊船の船医を指差す。
「この人、これで珍しい魔法が使えるんだ!
そしてその魔法をうまく利用できれば、きっと帝国にとっても利益になる!」
「おい!」
当の船医は、この突然の指名に目を剥いて驚いた。
「いきなりなにをいい出しやがる!」
「この場に居て海賊たちと運命をともにするか、それとも帝国に乗り込んで一旗揚げるかだ!」
ハザマは船医に叫んだ。
「先生!
悪いようにはしないから、ここはおれについてきてくれ!」
船医の返答を待たずに、控えていた屈強な海兵が船医の腕をがっしりとホールドした。
「けっ!」
船医は吐き捨てるようにいった。
「おれなんかには選択の余地もねえってか!」
「お主、そんなに元居た場所と連絡を取りたかったのかい?」
老婆が、唐突にハザマに対してのんびりとした口調で語りかけて来た。
「もっと早くにいってもらえれば、手立てがあったのに」
「なにぃ!」
この突然の告白には、ハザマも大きな声をあげた。
「もっと早くにいってもらえば、ってそりゃこっちのセリフだよ!」
「われらヘムレニーの信徒はこの水が続く限りどこにでも居る。
ヘムレニー様にはすでにお主の無事を伝えてあるから、余計な心配をせずに帝国の世話になってこい」
「ちょっと待ってよおい!」
ハザマは老婆に腕を伸ばしかけたが、海兵の一人がその腕を取り、その次の瞬間には周囲の景色が変わっていた。
ヘムレニー神は一般に水神であるといわれている。
海運に携わる者や水商売、商人、それに娼婦などに信者が多い。
要するに、海の近くで物流に関わって生計を立てている者は、深い浅いの差こそあれ、だいたいヘムレニー教団との関わりを持っていた。
この大亀においてもその法則は変わらず、老婆たちのように物資の搬送と、それに娼婦たちを統括している者が、自然と海賊たちを取りまとめる立場に立つことが多い。
……などという知識をハザマが得るのは、かなりあとになってからのこととなる。
「あの大亀に居たままでも、ハザマ領と連絡が取れたのか」
転移が終わったあと、ハザマは顔をうつむかせて小声で呟いた。
いや、連絡が取れる、どころではない。
ヘムレニー教団の関係者があの大亀の中に居たのならば、転移魔法が使える者があの場に居たとして決して不自然ではないのだ。
仮に帝国海軍があの大亀を包囲していなかったら、ハザマはそのまますんなりとハザマ領まで帰れた可能性が高い。
実際には、ハザマがあの大亀に接近した時点で、すでに帝国海軍に包囲されていたわけだが。
……結局は、この帝国に来ることになったのか。
少し考えた末、ハザマはそう結論する。
そして顔をあげて、
「ここが帝都ですか?」
と、訊ねた。
「帝都とは、どの帝都ですか?」
しかし逆に、海兵に訊ね返されてしまった。
「帝都と呼ばれる場所が複数、存在するわけですか」
ハザマは呟いた。
「なにしろ、帝国の版図は広大ですからね」
「では、ここは?」
ハザマは薄暗い周囲を見渡してから、訊ねた。
「この近くに、皇帝陛下がいらっしゃるのですか?」
「近くといえば近く、すぐそこにいらっしゃいます」
海兵は慇懃な口調で答える。
「しかし御前に向かう前に、沐浴を済ませてお召し物も改めていただきます」
「おっしゃる通りにしますよ」
ま、着たきりスズメだったしな、と、ハザマは納得をする。
「それで結局、ここは、帝国の中なのですよね?
どこなんです?」
「さて、皇帝陛下のお近くとしか」
海兵はそういって、壁に見えていた布を手で持ちあげて、ハザマにそとの光景を見せた。
「なにしろ、この有様ですから。
なにかしらの地名があるのかも知れませんが、われわれも知らないのです」
まくられた布の向こう側はひどくまぶしく、その明るさに目が慣れてくると、外には砂しか見えないことに気がついた。
皇帝陛下は、どうやら砂漠の真ん中でハザマのことをお待ちになっているようだった。




