森の東へ
その頃、ハザマ領内にあるムススム親方の工房をある客人が訪れた。
気難しい職人であるムススム親方は、最初、この客人についても玄関払いを食らわせようと思っていたのだが、相手が王国大貴族の子弟であることと、それに金属加工についての相談を持ってきたというので、とりあえず顔を合わせてみることにする。
この頃にはムススム親方の工房にも多数の平地人が出入りしており、渋るムススム親方を宥めすかす役割を買って出る者も決して少なくはなかったのであった。
「それで、用件とはなんだ?」
ムススム親方はぶっきらぼうな口調で客人にそう訊いた。
「これをご覧になってください」
客人は、口で答える前にムススム親方の前に古びた羊皮紙を広げてみせた。
ドワーフであるムススム親方は身を乗り出して、その羊皮紙に書いてある内容を検分する。
二人が対峙していたテーブルは人間用であり、ドワーフであるムススム親方にとってはいささか大きすぎたのだ。
「こいつは」
一瞥して、ムススム親方は眉をひそめた。
「筒か?」
「筒ですね」
客人、ムヒライヒ・アルマヌニア公子が即座に頷いた。
「われわれは、大筒と呼んでいます」
「大筒」
ムススム親方は鸚鵡返しにそう呟いたあと、
「用途は?」
と、訊ね返した。
「この穴の中に火薬と金属球を詰め、その上で火薬に点火をすると爆発の勢いで金属球が飛び出します」
ムヒライヒ公子が平静な声で説明をする。
「少なくとも理論上は、そうなるはずなのです」
「ということは、なにかしらの問題があるのだな」
ムススム親方はそう断定した。
「この大筒とやらが、破裂するのであろう」
「よくわかりましたね」
一度大きく両目を見開いたあと、ムヒライヒ公子はいった。
「その通りです。
火薬に点火をすると、かなりの確率でこの砲身が破裂するのです」
「素材はわからんが、その大筒はおそらく鋳物で作ったようだな」
ムススム親方はいった。
「鋳造は、よほどうまくやらんとどこかしらにすが入る。
その鋳造物が高温にさらされる場合、そのすが熱で瞬時に膨張して、結果、破裂をする」
「す、ですか?」
ムススム親方のいう内容をうまくイメージできないのか、ムヒライヒ公子の方は怪訝な表情をしている。
「わからんか」
ムススム親方はより詳しい説明をしてやった。
「隙間、空間、ようするに、空気だな。
それが、素材の中に入るのだ。
そいつが高い温度で熱せられれば、その容積を急速に大きくする」
「金属に閉じ込められていた空気が膨張して、結果、金属さえ壊すということですか?」
「ざっくりいってしまえば、そういうことだ」
ムススム親方はいった。
「たかが空気といえども、あなどれん」
「それは困りましたね」
ムヒライヒ公子は思案顔になる。
「使うたびに破裂するようでは、危なすぎて実用に耐えません。
製法を工夫することで、なんとか破裂しないようにできないものでしょうか?」
「できぬことはないが」
ムススム親方は珍しく歯切れの悪いいい方をした。
「これは、兵器であろう?」
「兵器になりますね」
ムヒライヒ公子はあっさりと認めた。
「では、わしの一存だけで引き受けることを決められんな」
ムススム親方は、意外に常識的な判断力を示した。
「一度製法が確立してしまえば、そのあとの影響がどこまで大きくなるものか。
せめて、上からの許可があれば手をつけてやらぬこともないのだが」
「上というと、ハザマ男爵のことですか」
ムヒライヒ公子は、そういって顔を曇らせる。
「ちょうどこれからこのことについて相談をしようという矢先に、姿を消してしまわれたのです」
スデスラス王国で停戦をしてから三十一日目、ハザマが姿を消してから二十九日目、トエスをはじめとする洞窟衆の有志がハザマ領内にあるケゲンと呼ばれる集落に集まっていた。
集落、といってもあるのは一度に五百名ほどが宿泊できる集合住宅と製紙、印刷の工房のみであり、普段はそこに住んでいる工員たちと通りかかった輸送隊が立ち寄るだけのかなり長閑で静かな場所であった。
その静かな集落の中にこの日ばかりは千人を超える人員が集まっている。
このケゲンから森を突っ切って南下すれば森の東側の地域へと至る位置にあり、急遽その中継地として注目されるに至ったのだ。
南下すれば、といっても、道もない森の中をたっぷり二日以上は歩く必要があるわけで、通常の感覚としては、とてもではないが森の東側に隣接しているとはいえない。
わざわざ危険で歩きにくい森の中を移動しようとする者は、少なくともまともな平地民の感覚では存在していなかった。
つまりは、その日、その場に集まっていた者たちは、いわゆる森歩きとしての素養を幾分なりとも備えていた者ばかりにある。
山地民とそれに最近になってから訓練によって森歩きとしての素養を身に着けた平地民の冒険者たちとが、人数でいえばおおよそ半々くらい。
いずれも、洞窟衆の呼びかけによって集まってきた者たちであった。
「輸送隊も実戦要員もまだまだこちらにむかって移動中ですから」
ルアはトエスにむかってそう説明をした。
「ここに居るのは、あくまで第一陣だと思ってください」
「これで、第一陣」
トエスは、呟く。
「なんか、想像以上に凄いね」
「むしろこれでも控え目な方でしょう」
ため息混じりに、ルアはそういう。
「これから目指す森の東とは、面積でいえば王国がいくつもすっぽり収まるほどに広大な地域になります。
そこを制圧し、力づくで治安を回復させようとするのですから、戦力はいくらあっても足りないくらいです」
「いや、わたしらは、あくまで現地で頑張っている人たちを支援するだけだから」
慌ててトエスはルアのいうことを訂正した。
「本当に支援をするだけでことが収まるといいのですけれどね」
ルアはそういって、暗にトエスの見通しの甘さを指摘してみせる。
「われわれが動きはじめたのと前後して、彼の地に野心を持っている勢力も山を降り始めているということは、くれぐれも忘れないでください」
「うまく立ち回らないと、泥沼に引きずり込まれるってこと?」
「そうなる可能性は、非常に高いと思います」
「一応、山地との境には加護持ちの人たちを配置すると聞いているんだけど?」
「彼らの能力の高さを疑うわけではありませんが、その加護持ちにしてみても決して万能なわけではありませんから」
そういったあと、ルアは心の中で、
「むしろ彼らは、人間としてみるとかなり抜けている方だ」
とつけ加える。
「とにかく、彼らの守りをあまり信用しないでください。
いっそのこと当てになどせず、最初から居ないものだと思うくらいでちょうどいい」
「そんなもんなのかな」
トエスは、素直にルアの助言に従うことにした。
「こっちはそういうことには疎いからね。
彼らの働きは当てにしない。
そう思って動くことにするよ。
それでわたしらは、このまま南下して里に出ればいいのかな?」
「まずは、そうですね」
ルアはいった。
「山から降りた場所に拠点を作ることが、最初の目標です。
このこと自体は、あまり難しいこともないでしょう。
ただ、難しいことといえば……」
「難しいことといえば?」
「現地の人間と接触した際に、こちらを信用してもらうこと、ですね。
これは、公然と敵対してくる勢力を実力で排除することよりは、はるかに難しいはずです」
敵対勢力を排除しながら現地の人間と接触し、協力関係を築いた上で安全地帯を徐々に広げていく。
というのが、今回の基本的な戦略になる。
解放軍がスデスラス王国でおこなったこととほとんど変わらないようなものであったが、今回はそのスデスラス王国の事例にもまして不明な点が多い。
大まかな方針は決まっているものの、それ以外の部分はだいたい出たとこ任せになるはずであった。
戦力的な面でいえば、水妖使いの三人組に、森の中に潜ませている犬頭人の集団、それに、冒険者ギルド選りすぐりの森歩きたちに山地人の有志と、その人数こそ控え目であるものの、精強を揃えているのであまり不安はないのだが。
「やっほー!
あなたがトエスちゃん?」
長身のエルフが、いきなり声をかけてきた。
「こうして直接会うのははじめてかな?
わたし、今回森歩きの人たちを束ねるゼジルっていうんだけど!」
そういいながらも、ゼジルはトエスのことをぎゅっと抱きしめている。
「ちょ、ちょっと!」
トエスは苦しそうな声でいった。
「なんでもいいから、もうちょっと緩めて!」
「ああ、こめんねー。
ちょっときつかったかなあ?」
ゼジルというエルフはそういってトエスから離れた。
うん、やはりエルフだ。
と、ゼジルの姿を改めて眺めて、トエスは確認する。
長身で丸顔の、笑ったような顔のエルフが、トエスのすぐそばに立っていた。
「あんまり表に出る機会はないけど、これでも洞窟衆の中では古参なんだけどね」
ゼジルはそういって自己紹介を続ける。
「最初のうちはセイムのところで洞窟周辺の整備を手伝っていて、そっちが落ち着いたら今度はハザマ領の方に移ってきて森歩きの人たちの指導をしていたりして」
セイムさんのところで洞窟周辺の整備、っていったら、古参どころではない。
と、トエスは思う。
それこそ、ほとんど洞窟衆のはじまりから手伝ってくれているようなものじゃないか。
そういう経歴であったら、確かにトエスたちと直に顔を合わせる機会もほとんどなかったはずだ。




