アズラウストの求めるもの
「なかなか議論に決着がつかないようでしてね」
冒険者ギルドのスゲヨキはそういってリンザを天幕の外に連れ出す。
「解放軍の管理から冒険者ギルドを外そうとしている点では、みなさん意見が一致しているんですけど」
「え?」
スゲヨキのうしろを歩きながら、リンザは問い返していた。
「ギルド抜きで運用できるんですか?
今の解放軍って?」
「できませんよ、当然」
スゲヨキはことなげにいい棄てた。
「あんな柔軟な運用ができるところは、大陸中捜したってうち以外にはあり得ません。
ましてや、今の解放軍は規模が規模ですから」
「でしょうね」
スゲヨキの言葉に、リンザは頷く。
「でもそれでも、決着する地点が見えないのでは?」
「お偉いさんたちは、自分のところから出した人員で管理委員会とかいうものを作って、その集団にギルドの運用方法を学ばせるつもりのようです。
でもそうなると、出発は解放軍でも時間が経つに連れて普通の傭兵団になっていくでしょうね」
「数カ国で費用を持ち寄った傭兵団、ですか」
リンザは思案顔になる。
「それ、費用的な面で無理がありませんか?
今の解放軍の規模だと、維持費だけでも相当膨れあがるはずですけど」
「だから、いつまでも揉めていて決着がつかないんですよ。
ほら、あちらがブラズニア公爵の天幕になります」
スゲヨキは歩みを緩めずにそういって、少し先にある天幕を指さす。
天幕の前で見張りに立っていた兵士に洞窟衆のリンザだと名乗り、アズラウストに面会の予定があると告げるとすぐに中に通される。
どうやらアズラウストは、リンザの来訪についても部下たちに周知してくれていたようだ。
案内役であるスゲヨキは天幕の前で引き返していき、リンザは護衛の兵士たち数名を前後に侍らせているだけとなった。
照会などで少しは待たされることを想定していたリンザは拍子抜けした気持ちで天幕の中に足を踏み入れる。
これは、アズラウストの意思はかなり下の方にまで歪むことなく伝わっている、とみるべきだろう。
リンザは、このことをそう解釈することにした。
新生ブラズニア公爵たるアズラウストの人心掌握術は十分に評価に値すると、と。
リンザのアズラウスト観は、魔法兵の育成に力をいれているとか、公子でありながら自身で前線に立とうとする傾向があるとか、そういった仔細な部分ばかりが目につき、他のところにまで行き届いていない。
長年公爵位についていて行政手腕にも定評があるニョルトト公爵と比べると、圧倒的にアズラウストについての情報が少なかった。
特に行政家として信頼に値する人物であるのか、これから検分をして見極めていかなければならない。
正直、気が重いし自分には荷が重すぎる仕事だとは思うのだが、他にこの仕事を代わってくれそうな者に心当たりがない以上、自分自身でこなす以外に方法はなかった。
そうでないと、洞窟衆という集団の未来がなくなってしまう。
もっとも、と、リンザはそうも思った。
むこうも、アズラウスト様の方も、今日はこちらを値踏みしてくるのでしょうけど。
ブラズニア公爵家の当主となったアズラウストは、王国貴族の中ではハザマとかなり親しくしている人物になる。
直に対面してやり取りをする機会が王国貴族の中では最も多く、ハザマ個人の最大の理解者であるといっても、おそらくは過言ではない。
そのアズラウストが、こういう成り行きであるとはいえ、今のリンザをどこまでハザマの代理として認めてくれるのか。
それも、実際に顔を合わせてみるまでわからない。
そんなこんなでリンザにしてみれば、非常に心身に堪える会見であるといえる。
「やあどうも。
悪かったね、こんなところにまでご足労を願って」
アズラウスト・ブラズニア公爵は表面上、にこやかにリンザのことを出迎えてくれた。
「いえ、別に」
リンザは硬い声で応えた。
「解放軍の天幕内までは魔法で一瞬ですし、それに王国中央の手前、こちらから出向いていかないと不自然になりますから」
リンザが属するハザマ領は、王命を受ける形で王国から脱退を企図しているニョルトト、ブラズニアの両公爵領に思いとどまるよう、働きかけをおこなっている。
交渉をもちかけられ、無理に会談の場を設けているはずのブラズニア公爵の側がわざわざハザマ領まで足を運ぶのは、どう考えてもおかしい状況なのだった。
「いやあ、こちらが王国の脱退なんていいだしたために、ずいぶんとややこしいことになっちゃったねえ」
アズラウストは悪びれもしない態度でそういってのけた。
「王国にしてみれば、抜けます、はいどうぞと二つ返事で脱退を認めることもできないでしょうね」
やはり硬い声で、リンザはそう応じておく。
ニョルトトにせよブラズニアにせよ、王国大貴族の一角を占める歴とした公爵家なのである。
すぐに脱退と独立を認めてしまったら、王国の沽券に関わるし、それ以前にこれ以降の悪しき前例となり、その影響力ははかり知れない。
王国にしてみれば、こんなところで公爵家のうち二つが王国を見捨てる形で脱退をするのは、なんとしてでも避けたいところだろうな、と、リンザでさえ思う。
「王国にしてみればそうなんだろうけどさ」
アアズラウストはそういって柔らかい笑みを浮かべる。
「だからといって、王命でそちらに働きかけて、しかも君たちの側がそれを受けるなんて思わなかったよ。
しかも、中央とか他の貴族連中を丸ごと誑かすような対抗案まで用意してさ」
「こちらとしては、他に選択肢がなかったような状態なのですけど」
リンザとしては、そういうしかない。
「こちらはこちらで、男爵不在の状況下で懸命に洞窟衆の生き残りを賭けて動いているのだと、そうご理解ください」
やはり、どうもこの人は苦手だ、と、リンザは思う。
柔らかい物腰に紛れて、どうにも本音を読み取りにくい。
「わかっているって。
だからこそ、ぼくだってこうして協力をしているわけで」
アズラウストはそういって大仰な所作で両腕を広げた。
「ただね。
素直に驚いているんだよ。
君たちが独自の見解に基づいてここまで動けるということにね」
「わたしたちは、男爵のいうがままに動くだけの人形ではありません」
「そう、それ」
アズラウストは大きく頷く。
「君たちは確かに人間だ。
しかしそのことを、失礼ながらぼくは、君たちが独自の判断によってこうして動き出すまですっかり失念をしていたことを告白しよう。
以前の君たちとならばこうして交渉の席を用意することはないが、今の君たちとならば交渉をする価値がある。
さて前置きはこの程度にして、早速交渉をはじめようかな。
君たちは、わがブラズニア公爵家がそちら、洞窟衆に協力をする対価としてなにを差し出せるのかね?」
「まず、対等の立場での協力関係を」
リンザは即答をした。
「それと、今後の洞窟衆の産物を、誰よりも先にブラズニア公爵様に進呈いたします」
これに類することは必ず確認されるであろうと想定していたので、すぐに答えることができた。
「うん、なるほど」
アズラウストは頷いた。
「でも、それだけかい?」
「これだけでは不足ですか?」
リンザは訊ね返す。
現在の洞窟衆の権勢は、実はかなりのものといえる。
振興勢力であるがゆえに権威こそなかったが、見方によっては現在の王国に匹敵する影響力があるみてもよい。
その洞窟衆の方から、一種の同盟関係を持ちかけられるというのは、王国からの脱退を目論むブラズニア公爵家にしてみれば、かなり重要なことであるとリンザは判断をしていたのだが。
「不足ではないけど、普通過ぎて面白くないね」
アズラウストは、そんなことをいい出した。
「君たち洞窟衆のことだから、もっと突拍子もないことをいい出すのではないかと期待していたんだけど」
勝手なことを、と、リンザは思う。
どうやらリンザは苦手意識は、アズラウストのこういう「読めない」部分に起因しているようだと、改めてそう確信した。
「そういわれましても」
リンザはあえて率直なものいいをした。
「わたしどものような凡俗には、どういうものを用意すればブラズニア公爵様がお気に召すものか、まるで思いつくことができません」
「それもそうか」
これに対して、アズラウストはあっさりと頷く。
「どうやら君は男爵とは違ってあまり融通が効かない性格であるようだし。
それでは少しだけヒントをあげよう。
公人としてのブラズニア公爵としてのぼくは、先ほどいった条件に大変満足をしている。
願ってもない好条件だとさえ思う」
「つまり、アズラウスト様個人の要求を満足するようなものをなあにかしら用意せよ、と?」
いいながらリンザは、
「なんという無茶振りだ!」
と、心の中で悲鳴をあげている。
ブラズニア公爵家の当主ともなれば、大抵のものは手にはいる。
王国の中でも最も満ち足りた人物のうちの一人ではあるだろう。
そのアズラウストが満足するような贈り物をなにか用意せよというのは、リンザの乏しい想像力では、そうそう思いつきそうもない。
いや、本当にそうだろうか?
リンザはその場で知恵を振り絞り、今のアズラウストに欠けているものはなあにかないだろうかと必死になって考える。
そして少しして、
「失礼ながら」
と、口を開いた。
「公爵となられて日も浅いアズラウスト様には、持っているべきなのに不足しているものがございます」
「ほう、このぼくにかい?」
訊ね返すアズラウストの表情には、あきらかにリンザの言動を面白がってえいるいる風情であった。
「して、それはなんだね?
具体的なことをいってみてくれたまえ」
「それは、お世継ぎです。
奥方様であるといってもいいです」
リンザは重々しい口調で告げた。
「その身分であるからには、絶対に必要な存在なはずです。
なのにアズラウスト様には、そうした噂がまるで立っておりません」
「なっ!」
この日はじめて、アズラウストは動揺した様子でその場に立ちあがった。
「いや、それは。
否定できないのがなんともだが、とにかくこの場ではあまり関係が」
「ないともいいきれません」
リンザは強引に言葉を被せてアズラウストの発言を引き取った。
「お家の安泰を願うのであればお世継ぎを求めるのも立派な公務のうち。
アズラウスト様自身が求めるか求めないかに関わりなく、今のアズラウスト様に最も必要なものであると断言ができます」




