戦火のない戦い
さてここで一月ほど時間を戻し、ハザマが漂流したり海賊たちとじゃれたりしている間に残された洞窟衆関係者たちがなにをしていたのかを見てみよう。
一月ほど前、すなわちハザマが公衆の面前で姿を消したその翌日、ハザマ領はバジルニアの領主官邸において、リンザは多忙を極めていた。
領主直属の職員は三分の二ほどがここを離れ、スデスラス王国やその先にあるガンディード将軍率いる新自治地区へ移動することになっている。
もともとこの領主直属職員は人の出入りが激しく、なにか事が起きれば真っ先に駆り出される部署であり、そのことを前提に予備軍ともいうべき補充要員をかなり余裕を持って育てているのだが、今回は一度にいろいろなことが起こり過ぎていて、その補充要員もかなりの部分、一度に外部へと出向させなくてはならなくなった。
そこで領主直属職員の三分の二ほどが出向して、残る三分の一の職員が通常業務とそれに新たに配属される新人たちへの引き継ぎと教導を担当することになる。
入れ替わりが激しい領主直属班においても一気にこれほど人員を外に出すのは、これがはじめてのことであった。
それをいうなら、そもそも領主であるハザマが完全に行方知れずとなった今回の事態こそが前代未聞なのだが。
問題は山積みもいいところだが、とにかく、それでもどうにかしてこの危地を脱しなければならない。
リンザは心中でそう、自身を叱責する。
領主直属班から大量に流出する人員のうち、一部はガンディード将軍からの要請を受けて旧ベズデア連合から分離した地域へ派遣され、残りの大半はスデスラス王国の冒険者ギルドと合流する手筈となっている。
これは名目上、現地で希望者を募ってハザマの捜索班を組織し活動を開始するため、ということになっているが、その実、ベズデア連合から分離した地域を含めたスデスラス王国周辺部の実情を調査し、情報を収集するための実働部隊であった。
「せっかく捜索活動の実費をゴロジオ王国が負担してくださるわけですし、せいぜい派手にやりましょう」
とは、洞窟衆で財務関係を担当しているタマルの弁であった。
「ムノライ、ゴロジオ、ドラジアなどの国々にも一応いくつかの支店を設けてはいますが、それもまだまだスデスラスまでの補給線に沿った貧弱なものに過ぎません。
この際、各国、各地区の実情をつぶさに観察して、今後、こちらの支店を増やすための資料として活用しましょう」
つまりは、そのために必要となる人件費をすべてハザマ失踪の原因を作ったゴロジオ王国に負担させるつもりであった。
ハザマの捜索活動も兼ねていることは間違いはないのであるが、これまで一晩をかけて心当たりすべてに声をかけ、ハザマの情報を求めても手応えらしい手応えがない現在、そんな近くにハザマが潜んでいる可能性はごく少ないと、洞窟衆の関係者は見ている。
かといって、なんのあてもなくまるで縁のない遠い国に人員を派遣したとしても、首尾よくハザマを見つけ出すことができる可能性は、これまたかなり極小であるといえた。
こちらからエルフのトスラタトテをはじめとして魔法に長じた連中を何名か派遣してハザマを飛ばした転移術札を細工した魔法使いを尋問してみたのだが、ハザマの転移先を幾分かでも狭めるような情報は得ることができなかった。
というか、「転移先を定めない転移魔法」の行先をあとから特定することは、原理的にほとんど不可能であるらしい。
あとは、洞窟衆の関係者のうち、一番広範な地域に声をかけられるネレンティアス皇女がその地位をここぞとばかりに利用して、それらしい人物を見つけたらこちらに一報してくれるように呼びかけてくれていたが、闇雲にあちこちに人を出すよりは、今の時点ではそちらの成果を待つ方がはるかに現実的な判断だといえる。
とにかく、リンザたち残された洞窟衆の者たちはハザマ捜索のために手を尽くし、ときにはこの状況も都合よく利用し、その上で頭領であるハザマ不在のこの危地をどうにか乗り切ろうとしてる。
洞窟衆内部の状況は以上であるとして、それ以外の外部、すなわち洞窟衆とハザマ領を取り巻く諸勢力も、ハザマ不在の今を好機として活発に動き出しており、洞窟衆はこれについても対応を迫られていた。
この王国では、ブラズニア、ニョルトトの両公爵家が王国からの脱退を宣言し、その動きほどには目立たないものの、前後してグラウデウス、グラゴラウス両公爵から、公爵様直々にこのハザマ領の見学をしたいとの申し出があった。
これらはすべてハザマが不在となったことをきっかけとした動きであろうと、リンザたち洞窟衆の関係者は見ている。
形は違えど、どちらの陣営もハザマの存在をそれだけ強く意識しているからこその動きである、とされていた。
この両陣営に、いやそれと、今のところ目立った反応を示していない王国上層部も加えてその動きを予測し、どうにかうまく捌いて大過ない結果へと持っていかなくてはならない。
この外部への対応だけでも責任重大であり、それだけリンザの神経を刺激した。
こんな小娘が、どうして大公爵様やら国王様やらを敵に回すような立場に立たねばならぬのだろう?
つい一年前までは、そうした領主様たちはそれこそ天上に居るのにも等しい、縁遠い人たちであったのに、今ではそんな方々の内心を先読みしてでもそれに対応せねばならない。
わずかに一年で、なんと自分は遠いところまで来てしまったことか。
嘆いていても状況が改善するわけでもないので、リンザは机上に広げた王国の地図を見つめた。
ハザマ領は広大な王国のうち、北部のごく狭い一角を与えられているのに過ぎなかった。
地図の中では狭く見えるが、自分の足で歩くと随分と広い。
つまりは、この王国自体がそれだけ大きな国であるということである。
ハザマ領はその王国のうち、旧ベレンティア公爵領の一部を与えられた形であった。
旧ベレンティア公爵領の残りの地域は、あまたの小領主たちに与えられており、さらにその南にニョルトト公爵、ブラズニア公爵家、アルマヌニア公爵家の領地が存在する。
このうちのアルマヌニア公爵家の領地は大半が森林で覆われており、容易に往来することができない。
また、ニョルトト公爵家領地の西側はムノライ王国などの隣国に接しており、つまりはニョルトト公爵領とブラズニア公爵領のいずれかを通過しないことには、王都からハザマ領へ至ることはできなかった。
ニョルトト公爵様とブラズニア公爵様は、そのことを自覚した上で、王国とハザマ領との分断を図るおつもりで、王国から脱退を宣言なさったのだろうな。
リンザは、そう予測をする。
分断といっても通行を完全に遮断したわけではなく、領内を通る荷に関税をかける程度の比較的軽いものだろうが、いずれにしても王国への嫌がらせにはなる。
両家の領地を通らなければならない荷の中には、部族連合から王国に供出される賠償金など、高額なものも含まれており、それにいちいち関税をかけられたら、王国としてはかなりの打撃になるはずだった。
つまり、ニョルトト、ブラズニアの両公爵家は、完全に王家に喧嘩を売る構えを見せていた。
幸いなことに、この両家はハザマ領なり洞窟衆なりに呼応するような呼びかけを、今のところおこなっていない。
当然といえば、当然のことなのだが。
第一に、ハザマ不在の今、洞窟衆は意思決定のための機序を欠いている。
この時点で洞窟衆がどのよう選択をしても、あとになってから、
「あれは一部の反動勢力が勝手にやったことで」
とひっくり返される可能性があり、つまりは外部からは正当な判断だとは見なされない。
第二に、今の時点でリンザたちが正式にニョルトト、ブラズニア両公爵の陣営に与したとしたら、それは領主であるハザマの意思を無視した造反であると判断され、これまた外部からは信用されないし、それどころか非難の対象になりかねない。
つまりは、ハザマ一人いないだけで、洞窟衆なりハザマ領なりは、主体的な判断能力を欠いた寄せ集め集団としか見なされないのであった。
そしてリンザは今、その半端な寄せ集め集団を率いて百戦錬磨の公爵様とか王国上層部と互角以上に渡り合わなければならない立場に居る。
理不尽を通り越して、不条理だよなあ、と、リンザ自身もそう思う。
こうした立場は、自分のような小娘に相応しくはない。
「まあ、そんなにかたっ苦しく考えないで」
役職つきではない気軽な立場ゆえ、当面負担が大きくなるリンザの補佐役を自分から買って出たトエスは、そういう。
「なるようにしかならないし、仮にどこかでしくじったとしても誰もリンザを責めないから、もっと気楽にいこう」
「そうできればいいだけどね」
リンザは気弱に微笑んだ。
「気の持ちようで相手が手加減をしてくれるとも思えないし」
「その相手の出方なだけどね」
トエスがいった。
「王都組からの情報によると、王国からの離脱を宣言したニョルトト、ブラズニアの両公爵家に対する交渉役として、グラゴラウス、グラウデウス両公爵家を指名したってさ。
それでこの両家は、どうやら当面グラゴラウス公爵様が離脱組への対応を担当して、グラウデウス公爵様は予定通りにこちらに見学に来る予定だって。
そのグラウデウス公爵様も、国王様へ配慮して見学の予定をかなり短縮するんじゃないかな」
「今の機会を逃すとこちらに干渉をする機会がない。
だけど、上の機嫌を損なうのも怖い、というわけか」
リンザはため息混じりにそういった。
「当初の予定通りに、盛大に歓待をして差しあげましょう。
なにしろ相手は他ならぬ公爵様ですから、お金には糸目をつけずに、盛大に。
あの、ズムガさんでしたっけ?
その方にもそう伝えておいてくだだい」
「はいはい。
公爵様のご機嫌を取るだけでとりえずあちらの興味を逸らせるんなら、安いものだよね。
仮に公爵様が食い下がって来ても、スマホ番の人たちは揃って休暇中で目下所在が知れないわけだけど」
こうして、リンザたち残された洞窟衆による、静かな戦いがはじまった。
戦火こそ発することこそなかったが、確かにそれは洞窟衆の生き残りをかけた、熾烈な戦いの日々であるといえた。




