皇帝陛下からの招待
ヨッカム提督とガグルバイド伯の視線が、海面上に首だけを出しているアオに集中している。
彼らがなにを考えているのかまではわからないが、想像はつく。
ことによると。
と、ハザマは思った。
帝国の人間として、はじめて意識的に異族としての半魚人を見たのは、この二人になるのかも知れないな。
「われらは、勝手に動いている」
帝国の人間が注目する中、半魚人のアオは例によって聞き取りにくい発声で答えた。
「われらはヒトどものように、誰かの命令に従って動くということがない。
ヒトや船をおそったのは、たまたまそうすることを選んだ者がそこに居ただけだ」
「つまりこいつらには、組織的に動くという意識が極めて薄いんですな」
ハザマは説明を補った。
「あまり社会的な分業をする習性がない生物なのでしょう。
その点で、頭を押さえれば取り締まることができる人間の集団を相手にするのとでは、おおいに勝手が違うということを意識しておかなければなりません。
この広い海原にいったい何万人居るのかも定かではない半魚人たちをすべて捕らえて管理する能力が帝国にあるのですか?」
「ないですな」
ガグルバイド伯が冷静な声で指摘をする。
「大陸統一事業でさえ、まだせいぜい道半ばといったところです。
この上さらに広大な海上の制圧など、とてもではないが手を着けられない」
「ならば、海のことはこいつら半魚人の好きにさせておけばいいのではないですか?」
ハザマはいった。
「その上で、必要なときに必要な人数だけ雇い入れて使えばいい」
「しかし反乱を起こしたこのウロコ野郎どもが、おとなしくわれらのいうことを聞くものか?」
今度はヨッカム提督が口を開いた。
「こちらではそれなりにうまくやっていけていますよ」
ハザマは両手を広げて指摘をした。
「つまり、半魚人と海賊たちとは、ということですが。
海賊たちの方も海軍さんに少し先行して半魚人たちの反乱を経験していたわけですが、そのあと改めて待遇などを調整した上で、すぐに共同で働くようになりました。
海賊たちにできて海軍さんや他の帝国関係の船舶にできないわけがない」
すでに半魚人たちとの共存をしている前例がある、といわれてしまえば、帝国の人間としては黙るしかない。
無法者の集団である海賊にできて、他の帝国人にはできないということを認めるわけにもいかないのであった。
「だが、やつらの反乱によって生じた損害についてはどうする?」
ヨッカム提督はなおも食い下がった。
「こちらは死傷者も出ているのだぞ」
「被害を受けた方は残念なことですが」
ハザマはいった。
「ですがその前に、われら人間側が不当に、何世代にも渡って彼ら半魚人たちの権利を無視し、然るべき賃金も支払わずに不当に酷使して来た事実を忘れてはいけません」
「いやだが、やつらは所詮ウロコ野郎どもだぞ!」
ヨッカム提督が叫んだ。
「なんで人間なみに扱わなければならん!」
「半魚人たちを人間以下の存在であると規定する根拠はどこにありますか?」
ハザマは反論した。
「海中の活動において、この半魚人たちは人間などよりもよほど優秀です。
人間側はどうも櫂漕ぎとかの単純労働にしか彼らを用いていないようですが、これなんかは端的にいってひどく勿体ない使い方であると思いますね。
もっと有効な活用方法はまだまだいくらでもあるというのに!」
「つまり男爵は」
それまでの流れを遮るように、ガグルバイド伯は強い口調でいった。
「ウロコ、いや半魚人たちを人間なみに扱うべきであると主張し、そのために運動をなさっているわけですね?」
「いや、おれ自身はなんの運動もおこなっていません」
ハザマはそう答えた。
「実際に行動をしているのは、当事者である半魚人たちの、さらにごく一部に過ぎないわけですし。
それにおれの意見は個人的な主張というより、もっと合理的な道理、誰が考えても同じ結論に至るであろうという判断に過ぎません。
考えても見てください。
すでに半魚人たちが従来の労働条件をよしとせずに逃亡をはじめた今、人間側はそれを止めるための手段を持ち合わせてはおりません。
抵抗をすればするほど、無駄に被害を大きくするだけです」
ヨッカム提督とガグルバイド伯の顔が露骨に強張った。
「彼らの反乱、いや抵抗は、この周辺だけにとどまる局地的なものではないのかね?」
ガグルバイド伯が震える声でハザマに確認してくる。
「さて、どうでしょうね。
この半魚人たちにしてみれば、この場だけのことで満足をしなければばらない理由も特にないと思われますが」
ハザマはことさらにのんびりとした口調でそういってのけた。
「最初は大亀だった。
その次は、大亀を包囲した帝国海軍の船。
それらを襲って内部で働いていた半魚人を解放した今、果たしてどれほどの半魚人たちが、このまま周辺に残っていることか」
「ま、待て!」
ヨッカム提督が叫んだ。
「よもや、すでに大多数は他の場所に移動したあとだというのか!」
「さあ」
ハサマはゆっくりと首を横に振った。
「おれも半魚人たちの事情を詳しく知っているわけでもありませんしね。
ただ、やつらにしてみれば、そんなに大きな人数をここの海域に残しておかなければならない理由というのはありません。
詳しいことを知りたければ、ここのアオにでも訊ねてみてはいかがですか?」
「明日あたりに、ガダスとヤルヨルに着く」
誰かに問われる前に、アオが答える。
「そのあと、ミファ、レシル、ハイハ、レルン、ダガと続く」
つまり、それだけ多方面に対して、すでに分散して移動を開始しているということであった。
ヨッカム提督とガグルバイド伯はこの返答を聞いて顔色をなくした。
「おれなんかがどうこういう以前に、すでに事態は動いているわけですな」
ハザマはもっともらしい顔をして、そういい添える。
「帝国としても、手遅れにならないうちになんらかの手だてをうっておいた方がいいんじゃないっすか?」
「ヨッカム提督」
ガグルバイド伯がいった。
「帝国の船舶は、ウ、半魚人たちの攻撃を防ぐことができると思うかね?」
「無理です」
ヨッカム提督は即答する。
「それが可能ならば、わたしも四隻も船を失ってはおりません。
基本的に船というものは人間が水上で活動をするための道具です。
海中からの攻撃に関しては極めて無力であるといえます。
かろうじてできる対応といえば」
「なにかあるのかね?
有効な手だてが」
「連中の要求するところを把握して、それを実現するからこれ以上の攻撃をしないでくれとでも、交渉を持ちかけることですな」
「そんな無責任な!」
「なんといわれましても、無理なものは無理です。
海中を移動する相手では、有効な哨戒方法も思いつきません。
現在地も把握できない海中の敵に対して備えることは不可能であると、断言ができます。
軍事的に対応不可能な相手には、やはり外交で対応するしかないのではないでしょうか?」
なんだかんだいって、海はウロコ野郎たちの庭なのだ。
野放しになったやつらに対抗する手段を、ヨッカム提督は思いつかなかった。
帝国中の船を海中からの破壊工作に対抗できる頑強なものに差し替えることは、物理的には可能なのかもしれないが、費用や改装のための手間や時間を考えると、実現は難しい。
というよりは、そんな面倒なことをするよりは、やはりウロコ野郎と協議をしてなんらかの妥協点を見出す方が、はるかに現実的に思えた。
なにしろ帝国に関わっている船舶の数は、それこそ膨大なものになる。
ヨッカム提督は職業軍人として、冷静に判断していた。
「本当に、駄目なのかね?」
ガグルバイド伯が、なんとも情けない表情をして念を押す。
「遺憾なことながら」
ヨッカム提督は冷静な声で返す。
「やつらは新たな港に着くたびにその数を増やしていく勘定になるわけでして。
時間が経過すればするほどやつらの戦力は充実していき、より有利になっていきます。
帝国が、いや、人間側がやつらに対抗をする手だてというのを、まるで思いつけません。
あまり被害が広がらないうちに、早めになんらかの交渉を開始した方が賢明かと思われます」
「このままなにもせずに放置しておけば、帝国版図のうち海に面した地域全域でなんらかの被害が生じかねません」
ハザマも、そういい添える。
「いや、きっとそうなるでしょう」
「その前にこの半魚人たちと談合し、なんらかの妥協点を見出せと」
ガグルバイド伯は思案顔で頷いた。
「趣旨としては理解できますが、本職はあくまでハザマ男爵の身柄を引き受ける役目でここに来ております。
それほど大きな決断を単独でおこなうような権限は、本職には与えられておりません」
「それではせめて、もっと上の決定権を持っているお方に、この件について検討していただけるように伝えていただけませんか?」
ハザマはいった。
「そうしておいた方が帝国にしてみても権益を守ることができると思いますが」
「帝国臣民として、そうするのはやぶさかではありませんが」
ガグルバイド伯はそう応じる。
「できれば、ハザマ男爵。
これから帝都までご案内しますから、ご自身で皇帝陛下に直接上申してはいかがでしょうか?」
「はぁ?」
思わず、ハザマは間の抜けた声をあげる。
「どうしてここに、皇帝陛下が出て来るんですか?」
「陛下がハザマ男爵のことをお呼びでいらっしゃるからです。
本職はあなたの身を陛下の前に運ぶために、わざわざここまでやって来たのですよ。
ハザマ領の人たちの嘆願を受けてということもありますが、ただそれだけでしたら本職がここまで足を運ぶ必要もなかったでしょう」
「ああ、いや、ご足労をおかけして申し訳ないです」
ハザマはそういって恐縮してみせた。
「しかしなんだって皇帝陛下が、おれなんかに?」
「それは、直接陛下の口から確認なさるのがよろしかろうと、本職は判断いたします」
ガグルバイド伯の返答はにべもなかった。




