甲羅の上
「よう舌が回るやつじゃ」
「これまでこれで食って来たようなもんですから」
どうやら海賊の頭領格であるらしい老婆にそういわれ、ハザマは平然と返す。
「それでどうします?
おれはたまたまこの場に居るとはいえ、海賊ではない部外者だ。
このまま海賊の一味として海軍に捕らえられるのは、正直体裁上都合が悪いのですが」
ハサマがあえてそう口にしたのは、
「提案はするが、その提案を受け入れるのかどうかという主体性は海賊たちに委ねる」
というハザマのスタンスを明示するためでもある。
こんなところで取るつもりもない責任を押しつけられるのも、ハザマにしてみれば不本意なのであった。
それに。
と、ハザマは内心でそう思う。
口ではああいったものの、その実、ハザマはここの海賊たちが全員、帝国海軍に捕縛をされたとしても、実はあんまり困らなかった。
多少、余分な手間がかかるとしても、失踪したハザマ男爵のことを帝国海軍の誰かが情報として把握していさえすれば、いずれは身の証を立てることが可能であると、そう考えていたのだ。
この時点でハザマが恐れているのは、帝国海軍が一方的に、有無をいわさずに海賊たちを虐殺しはじめること、それか、その逆に海賊側が優位になり過ぎて帝国海軍の艦隊を全滅させてしまうこと、である。
どちらの場合もハザマが帝国側に接触をする機会が失われてしまうわけで、早々に洞窟衆の連中と連絡をつけたいハザマとしては、そうなることを避けたいところだった。
そのためには、両者の戦力が拮抗して、帝国海軍と海賊との間になんらかの停戦交渉がおこなわれる状況を作りあげる必要があった。
ハザマとしては、これまでのように「帝国海軍側が問答無用で海賊側を攻撃しても問題がない」という優位をどうにかして覆したいところである。
「確かに、これほどの大事を客人の策だけに頼るのも、われらの沽券にかかると関わるというもんじゃの」
頭領格の老婆はそういった。
「どれ、しばらくは身内で談合をさせてもらおうかの。
その間、お客人は……」
「支障がなければ、ここの案内をして貰いたいのだが」
すかさず、ハザマは指で天をさして、そういった。
「特にこの上がどうなっているのか、この目で見てみたい」
ハザマの提案はあっさりと受けいれられた。
海賊たちにしてみても、部外者であるハザマ大きな顔をされたくはないのだろうな、と、ハザマは思う。
たとえ他に選択肢がなかったとしても、自分たちで決議をしたという体裁を整えることはそれなりに大切だった。
ことに今回は、それまで家畜同然に見ていた半魚人たちへの扱いを改めなくてはならない。
海賊たちにしてみれば、彼ら半魚人たちに頼らねば帝国海軍に抗し得ないという事実は、それこそプライドや沽券にも関わって来るはずだ。
だからなおさら、自分たちで決議をする必要があった。
一方、ハザマの方といえば、この事態をさほど深刻には捕らえていなかった。
「こいつを昇るのか?」
ハザマは天空から蔦に紛れて降りていた縄梯子を見あげて、目を眇める。
「船のマストの比ではないな」
帆船のマストも、ハザマの目測ではゆうに十メートルを超えているように思えたが、この縄梯子はとて長くて真下からは先が見通せない。
軽く数十メートル、下手をすると百メートルを超える。
「そりゃあもう」
ハザマの案内役としてあてがわれた男は、そういって愛想笑いを浮かべた。
「ここを最後まで昇りきれる者は、おれたちの中でもかな限られています」
そうだろうな、と、ハザマは無言で頷く。
「先生はどうしますか?」
「わしゃあ、ここで待たせて貰う」
船医の先生は即答をした。
「高いところは苦手なんじゃ」
「それじゃあ、ここで待っていてください」
ハザマはそういって縄梯子に手をかける。
「これを最後まで昇りきればいいんだな?」
そう確認しながら、案内役の男を残して先に昇りはじめた。
「あっ!
ちょっと待ってくださいよ!」
案内役の男はそんなこといいながらハザマのすぐあとを追いかける。
「素人さんがいきなり昇っていっても無理ですってば!
絶対、途中で足が竦んで動けなくなるんだから!」
そんな声をよそにハザマの縄梯子を一気に駆け昇った。
結果としてこの作業に手慣れているはずの案内役の男をはるかに引き離し、昇りきった場所でその男が到着するまでかなり待たされることになる。
その間、ハザマは周囲の様子をその目で観察した。
甲羅の上の世界は、一言でいえば密林、日本人が想像する「これぞ熱帯雨林!」とでもいうべき光景が広がっている。
しかし、予想よりも高かったな、とハザマは今しがた昇って来た距離について考える。
海賊たちの心象を考慮しても、案内役を差し置いて勝手にそこいらをうろつかない方がいいだろうと、そう思ったからだった。
つまりこの甲羅は、かなりの大きさになる、ドーム状の物体だ。
と、いうことになる。
これほどの大きさを支柱もなしに支えているとなると、かなりの強度がなければ自重を支えきれないのではないのではなかろうか。
だとすれば、帝国海軍の砲撃魔法が直撃したとしても、甲羅そのものはたいしたダメージを負わないのかも知れない。
帝国海軍が交通閉鎖という一見消極的な手段を採用しているのも、海賊たちの様子が比較的落ち着いているのも、結局は今すぐになんらかの決着が着くことはないという認識があるからだろう。
ハザマが提案をしておいた半魚人による攻撃は、この状況を打開するのに十分な威力を持っているはずであった。
「ひゃあ、やっと着いた!」
そこまで思索を展開したところで、ようやく案内役の男が甲羅の上に到着した。
「旦那、早いっすねえっ!」
「これでも英傑だそうだからな」
ハザマは軽く流す。
「それよりも帝国海軍の様子をこの目で見たいのだが、どこか見張り台みたいなところに案内をして貰えないか?」
「お安いご用で」
見張りの男は身をかがめて草むらの中に手を入れ、そこにあった蓋を取るとその中になにか声をかけ、続いてそこに耳を当てて、しばらくしてから、
「こちらへ」
と、ハザマへ声をかける。
「伝声管ってやつか?」
「旦那、よくご存知で」
「そんなによく知っているわけでもないが、これほどの大きな広い場所で声を伝える方法はそんなにないからな」
ハザマとしても、伝声管など映画かなにかで見ただけの存在であり、われながらよくこの場でその名前を思い出せたなと、思うほどであった。
おそらくこの大亀の主要な場所はこの伝声管で繋がれていて、ある程度は情報の交換が可能なようなっているのだろうなと、ハザマは想像する。
まるで手が入っていない原生林のように見える密林の中、草むらを踏み分けるようにして案内役の男が先導して進んでいく。
「この上には、あまり人は出てこないのか?」
そのあとに続きながら、ハザマが訊ねた。
「まあ、見張りのやつらくらいっすね。
上に出るのは」
足を緩めずに、案内役の男が教えてくれる。
「あとは、食料を採りくるときとか」
自生している果実や根菜類、それに野生のイノシシなども、定期的に狩ってやらないと増えすぎてどうしようもなくなるのだという。
動物も植物も、基本的に放置しておけば勝手に増えるので、収穫をする以上の手間はかけないのだという。
まあ、熱帯だしな、と、ハザマは思う。
甲羅の上とはいえ、こうしてすでに生態系が成立してしまっている以上、この土地の生産性は高いのかも知れない。
人間側が動植物の乱獲をして、その生態系を破壊しなければ、だが。
案内役の男のはなしで判断をする限り、海賊たちはこの甲羅の上の生産力にはあまり頼らず、あくまで補助的な補給源と割り切って利用しているようだった。
だとすれば、食料のほとんどは外から運び入れていることになるな。
と、ハザマは予測をする。
だとすれば、海賊たちは、この大亀にいつまでも籠城する状況を歓迎しないだろうということも、容易に想像ができる。
やはり海賊たちにしてみれば、帝国海軍の存在は邪魔で邪魔で仕方がないのに違いない。
案内された見張り台、おそらく、数多くあるそのうちのひとつであろうその場所は、草木で偽装が施されて外からはそこに人造物があるとはわからないようになっていた。
しかし、草や枝葉をかき分けて中に入ると、狭いながら板張りのデッキが設えてあり、なぜだか懐かしいの匂い、蚊取り線香の匂いが充満している。
どうやらこの世界でも、除草菊かそれに類するものが虫除けとして利用されているらしかった。
「お、来たか」
外の海の方に遠眼鏡をむけていた男が、顔をこちらにむけることもなくそういった。
「そちらが例のお客人か?」
「そうだ」
案内役の男は見張りの言葉に頷く。
「そっちの様子はどうだ?」
「また船が増えた」
あさりとした口調で、見張りの男が応じる。
「帝国海軍の船は、全部で十四隻になったな。
もっとも、近づいて来るはしからウロコ野郎どもの洗礼を受けて混乱しているようだが」
「婆様には?」
「もう伝えてある。
やつらがこの大亀を閉鎖するつもりだってことがわかりきっているからか、特に驚いた様子もなかったが」
「帝国海軍ってのは、そんなに沢山の船を持っているものなのか?」
ハザマが口を挟んだ。
「やつらがいったいどれくらい船を持っているのか、知ったこっちゃないがね」
見張りの男がいう。
「やつらが本気で海賊狩りをするつもりなら、いや、ああしてここに船を集めている以上、おそらくは本気なんだろうが、まだまだ増えていってもおかしはねえさ、お客人」
「時間が経過すればするほど、海賊側が不利になるってことか」
ハザマはそう呟いた。
だとすれば、海賊たちが必要に迫られてハザマの提案を受け入れる可能性は、かなり高い気がする。
いや、それ以外の対抗策が、ハザマには思いつかなかった。




