海賊たちの会議
ハザマたちを乗せたボートは薄暗い中を進んでいく。
なぜ薄暗いかというと、ボートの周囲は甲羅の天蓋に覆われて日光を遮られていたからだ。
しかし、ボートが進む先には確かな陽光が存在した。
緑の紗幕から漏れる陽光、が。
あれは。
「蔦、か」
ハザマは呟く。
どうやらその周辺、おそらくは甲羅の中央、つまり天頂部分が半径数十メートルほどに渡って大きな穴を穿たれており、そこから長い蔦が水面近くにまで、かなりの密度で伸びている。
その蔦のカーテンの内外に、無数の、数えきれないほどのボートがすでに集合していた。
国境戦争や最近のスデスラスでも見たように、重要な決議をする際には衆人環視の環境下で会議をおこなうのがこの世界での習慣らしいからな、と、ハザマは納得する。
帝国海軍という強力な共通の敵に包囲されつつある現状は、ここの海賊たちにしてみれば、確かに自分たちの将来を占う正念場ではあるのだろう。
ボートが近づくと進路上の居合わせた小舟は自然と道を譲ってくれ、ハザマたちが乗ったボートは蔦のカーテンの内部にまで何者にも遮られることなく進んでいく。
蔦のカーテンの内部は、眩いばかりの陽光が降り注ぐ白昼の世界だった。
いきなり明るい場所に出たハザマはまず目を眇め、周囲の明るさに目が慣れるのを待つ。
それから周囲の状況を、油断することなく観察しはじめた。
まず、否が応でも目についたのは、中央部に存在する骨の塔とその上に乗った人物。
あまりにも巨大なためはじめのうちなかなかそれがなにかの骨であるとは気がつかなかったのだが、その白かったり黄色かったりする無骨な物体は、形状から考えてもどうやら巨大な生物の骨であるらしい。
おそらくはこの甲羅の持ち主、その骨をああして積みあげて足場にしているようだな、と、ハザマは推察する。
「おお、来たか、赤ウサギの!」
その骨の塔の頂上に立った人物が、ハザマたちの方を見て甲高い声を張りあげる。
「なにやら見慣れぬ若い男が、団長の帽子かぶっているようだが!」
予想外のことに、その声の主はかなり年老いた女だった。
「決闘に敗れて分取られたんですよ!」
元船団長が怒鳴り返すと、周囲がどっとわく。
「ええい!
笑わば笑え!
とにかくこいつは、馬鹿みたいに強いんだ!」
周囲の嘲笑を押し返すように、元船団長は声を張りあげた。
「して、そこの若いの。
赤ウサギのからその帽子を取りあげたお前さん。
名は、なんという?」
どうやらこの場を仕切っているらしいその老婆が、ハザマに声をかけた。
「ハザマ・シゲル」
特に臆するということもなく、ハザマは答えた。
「単なる漂流者です。
この帽子を取りあげたのは、ああ、人里に出るまでの方便というやつで、こうして目的を達した以上、もう必要ありません。
ですから、お返しします」
そういったあと、ハザマが被っていた帽子に手をかけて元船団長の頭に乗せると、周囲の嘲笑がさらに大きくなる。
あ、これはまずったかな?
と、ハザマは思った。
力づくで奪ったものをなにもせずに返すということは、それをされた方にしてみれば屈辱的な仕打ちなのかも知れない。
「ハザマ?
ハザマだと?」
骨の塔の老婆がそういって、しばらく黙り込んだ。
「ハザマ、ハザマ。
さて、どこぞで聞きおぼえがあるような」
それからたっぷり数十秒黙り込んだあと、不意に声を大きくして、こう叫んだ。
「大ルシアナを討伐したあの英傑、ハザマ・シゲルか!」
同じボートに乗っていた元船団長が、ぎょっとした様子で身を硬くする気配がした。
「ええ、まあ。
確かにそのハザマ・シゲルなんですが」
なるほど、とか思いながら、ハザマは肩をすくめる。
「よくご存知で」
なんのことはない。
最初からそう名乗れば、通りがよかったのだ。
ハザマの名は知らなくても、ルシアナ討伐のことは伝わっていたわけである。
「知らぬわけがなかろう!」
その老婆は叫んだ。
「あの英傑が、われらの側としてこの場に居合わせるとは!
これは天佑である!」
先ほどまでの喧騒とは比較にならないほど大きなどよめきが、起こる。
これは嘲笑ではなく、希望に満ちた歓びの声であった。
この絶望的な状況の中、ひさびさに出た明るい材料なのだろう。
「おい、お前!」
元船団長がハザマの腕を軽く小突いて、小さく囁いた。
「そんな偉いやつなら最初からそう名乗れよ!
そうすりゃ四の五のいわずに歓待して船にも乗せてやったのに!」
「いやその、過去の事績については聞かれなかったし」
ハザマも小声でそう応じる。
「婆様!」
そんなとき、蔦のカーテンの中に入ってきた小舟の男が大きな声で変事を告げる。
「た、大変なことが!」
「なにごとじゃ、騒がしい。
帝国軍の総攻撃でもはじまったか?」
「ウロコ野郎どもが蜂起して生簀を破壊、大脱走しています!」
「なにい!」
老婆は声を大きくして嘆いた。
「海軍だけはなく、ウロコ野郎までもか!
釣り損ねた魚に釣竿まで取られるとはこのことだ!」
「やつら、北西の門まで奪取して外海へと逃げ出しています!」
あちゃー、と、ハザマは思う。
ハザマにしてみれば予想の範囲内の動きではあるのだが、ここの海賊たちにしてみれば弱り目に祟り目もいいところだろうなあ。
「すまんのう、ルシアナ殺しの英傑殿」
老婆はハザマの方に顔をむけて、そういう。
「本来ならばこの拠点をあげてそなたを歓待すべきところだが、見てのとおり、ただ今はかなり立て込んでおっての。
われらにも、そうするだけの余裕がない」
「ああ、それなんですけどね」
咳払いをしてから、ハザマは落ち着いた口調でそういった。
「現在、こちらを悩ませている苦境について、おれはいい対処法を知っているような気がします」
「その苦境とは、帝国海軍に包囲されておることかえ?
それとも、ウロコ野郎どもの脱走についてかえ?」
「その両方です」
ハザマはいった。
「そのうち、どちらの要素が欠けても、おれの案は実行不可能です」
「ふむ」
老婆は値踏みをするようにハザマの顔をじろじろと眺めたあと、そういった。
「口にするだけ、してみるといい」
「なに、簡単なことでしてね」
ハザマは肩をすくめてそういった。
「あなた方がいうウロコ野郎どもを対等の相手として認め、共闘を呼びかければいい」
これで何度目になるのだろうか。
周囲の海賊たちが大きくどよめいた。
しかし今度のは、決して歓声などではない。
どちらかというと、不信と戸惑いが入り混ざった、かなりの不安を含んだどよめきであった。
「現状、なにが問題なのかっていえば、この甲羅の中から船が出ていくのに時間がかかり、しかも一斉に出港することができないってことです」
さらなる説明を求められて、ハザマは言葉を重ねる。
「なにしろ、のろのろしていたら、敵さんから砲撃魔法で狙い撃ちにされる。
相手の攻撃はこちらに届くのに、こちらから相手を攻撃する術がない。
この間合いの不均衡が一番の問題なわけでして」
「そんなこと、説明されなくてもわかってんだよ!」
みたいな罵声が乱れ飛ぶ。
海賊だけあって、周囲に居る者たちの行儀はよくなかった。
「しかし、半魚人たちを味方につければ、この不均衡は解消できます」
その罵声が静まるまで間を開けてから、ハザマは説明を続けた。
「半魚人たちにしてみても、帝国海軍を攻撃すべき理由を持っているわけでして。
現に、赤ウサギの船団を攻撃してきたときにも、帝国海軍は半魚人たちの反乱に手を焼いているところでした。
目下、おれたちの敵は帝国海軍。
半魚人たちの敵も、帝国海軍。
敵の敵は味方ってわけでして、半魚人たちと共闘をする余地は十分にあるかと思います」
また盛大なブーイングが起こる中、元船団長と船員の先生がなにかいいたげな表情でハザマの背中を見ていた。
このふたりは、そもそも半魚人たちに蜂起をするように嗾けたのがハザマであると知っている。
マッチポンプもいいところだよなあ、と、ハザマ自身も思っている。
「いいですか、よく考えてください。
半魚人たちを味方につければ、あいつらに頼んで海軍の船に大きな穴を開けられるんです」
また声が小さくなるまで待ってから、ハザマは説明を続けた。
「海中を通じて船に損害を与える存在に対して、対抗する術を持っている人間が存在しますか?
それ以外に、今この場でわれわれが帝国海軍に対して抵抗をする方法がありますか?」
また罵声が大きくなりかけたが、今度はすぐに沈静化して静まり返った。
海賊たちは短絡的、感情的な部分もあるが、反面、現実主義者でもある。
それ以外に方法があるのかと問われれば、そのことについてもしっかり考え、その結果、それ以外に方法がなさそうだと思えば自然とハザマに対する罵声も小さくなっていくのだった。
「しかし、その策を実現するためには、ウロコ野郎どもに行動の自由を与えなくてはならない」
静まり返った中、老婆がいった。
「おぬしはそういいたいのだな、ルシアナ殺しの英傑殿」
「そういうことですね」
ハザマはいった。
「半魚人たちにしてみれば、帝国海軍と敵対するにしても、船を沈めるまで憎んでいるわけない。
仲間を逃がすことさえできれば、それで十分なわけで。
そんな半魚人たちをこちらの都合により働かせようとするのなら、こちらとしてもそれなりの報酬を用意する必要があるでしょう。
さらにいえば、半魚人たちの反乱がこうして一度はじまってしまった以上、今後は以前の関係に戻れるはずもありません。
再度どこかで半魚人を捕らえてきたとしても、すぐに仲間の半魚人がどこからか現れて解放しに来るでしょう。
こうした変化がすでに起こってしまった以上、われわれがやつらの行動の自由を保証してもしなくて、結果としては変わりありません。
もうすでに半魚人たちの所有権は失われてしまったのですから、これ以上に失うことはできません。
なにも失うものがないのですから、今後のやつらの行動の自由を保証してもなにも失わない、ということになります。
いや、今のうちにそう思いきっていた方が、旧態然とした関係に戻そうとしてかえって余計な損害を生じないで済むと、そう思います」




