海賊の港
帝国海軍の艦列をすり抜けてしばらく進んだところで、ハザマの見ている海面が唐突に盛りあがって、そこの部分からひとりの半魚人が姿を現す。
その半魚人は宙高く飛びあがったあと、こちらの船の甲板上、ハザマのすぐ近くに着地した。
「ハザマ」
その半魚人は聞き取りづらい発声で、そういう。
「もうすぐ、港、着く。
船に乗り込んで、いいか」
「あ、ああ。
そういえや、そいいう予定だったな」
半魚人の驚異的な身体能力に半ば呆れつつ、ハザマは生返事をする。
そして、羅針盤のある方に顔をむけて、
「それでいいんだよな!」
と確認した。
「おお、頼むわ!」
元船団長が片手をあげて返事をした。
「どの道、ここから先は櫂漕ぎが要る!」
「だ、そうだ」
櫂漕ぎが必要となる事情とはなんだろうと疑問に思いながら、ハザマは半魚人にそう告げた。
半魚人は手すりから身を乗り出して、
「ギィギィッ!」
としか聞こえない大きな怪音を眼下の海の方向へ発する。
すると海面から大勢の半魚人たちが一斉に飛び出してきて甲板上に降り、そのまま船倉へと入っていく。
この半魚人たちの目的は怪しまれずにギギザの港に入り、そこに居住している同胞たちを自由の身にすることにあった。
しかし、海中を自由に泳ぎ回る半魚人でも人目につかずに入ることができない港、か。
と、ハザマは思う。
いったい、どういう仕掛けになっていることやら。
そうこうしているうちに二隻の船は大亀と呼ばれていた島に迫り、しかしそのまま直進していくことなく、ぐるりと右方向に舵を切った。
「港への入り口は、そっちの方にあるのか?」
「それもあるが」
ハザマが疑問を口にすると、船医の先生はが教えてくれる。
「この島の周囲は割と浅瀬になっておっての。
比較的深い道筋を知っている者が慎重に船を進めんと、あっけなく座礁する」
なるほど、と、ハザマは思う。
帝国海軍が八隻も駆けつけながらあの島に上陸していなかったのは、安全な道筋を知っている水先案内人を確保できなかったから、というのもあるわけか。
海賊の拠点を探し当てたまではいいが、うかつに島にちかづくことができないからか、と、ハザマは納得をする。
海賊の拠点を探し当てたはいいものの、そうした事情があるのならばうかつに上陸することはできない。
だから、先ほどのように島に近寄っていく船を片っ端から攻撃して、外界との交渉を遮断するつもりなのだ。
長期的にみれば、それはそれで海賊側にもかなり困ったことになるだろうな、と、ハザマは思う。
外から港には入れないし、すでに港に入っている連中は出るに出られない。
帝国海軍がこの海域から撤退しない限り、完全に孤立してしまうのだ。
島の周囲を半周し、帝国海軍の船が完全に見えなくなったところで二隻の船は帆を降ろして島の方に進路を変え、手漕ぎの推力だけでそろそろと前に進みはじめた。
帝国海軍の砲撃を避けていたときほどではないにせよ、右に左にと頻繁に進路を変えている。
座礁しない隘路、わずかに残った深い道筋を、そうしてたどっているらしかった。
ときおり、岩かなにかが船の構造材にこすれるような物音が響いてくるから、かなり狭い道なのだろう。
確かにこの調子じゃ、うかつに進めんわな。
と、ハザマは思う。
この道筋から少しでも外れれば座礁、では、それこそ道筋をよく知っている者でないと出入りができやしない。
「島に着くまでの道はそれでいいとして」
だんだんと近づいてくる島の姿を見守りながら、ハザマはそう口に出す。
「本当にこの先に、港なんかあるのか?」
ハザマの視界の中には、こんもりと盛りあがった島の姿しか見えない。
島の上にはほとんど人の手が入っていないように見える密林がびっしりと生えており、その端はだいたい切りたった崖になっていて、その崖にさえ、蔦のようなもので覆われている。
あれが無人島であるといわれれば素直に頷けるのだが、あそこにちゃんとした港があるといわれても、どうにも腑に落ちない。
「まあ、黙って見ておれ」
船医の先生は、ハザマにむかってそういった。
「ここから先は、部外者の者は知らんことになっておるからの」
しばらくそうして複雑な順路をたどりながら船が前進していくと、島の森の中から光が瞬いた。
お、光通信。
と、ハザマは思う。
あの無人に見える島にも、やはり誰かしらが存在しているらしかった。
顔を巡らせて確認すると、やはりこちらの船の船員も鏡を持ち出して、その発光信号がなされた場所にむかってなにごとかの合図を送っている。
そうしている間にも、船は進んでいく。
「って、進みすぎじゃないか、こりゃ!」
相変わらず舳先に立っていたハザマはすぐ前にまで迫った絶壁を見ながら叫んだ。
「このままじゃあ、ぶつかるぞ!」
「なに、大事ない」
船医の先生が、のんびりと応じた。
「すぐにでも、ほれ、むこうの方が動いてくれる」
その言葉の途中で、蔦が垂れ苔むしていた岩にしか見えなかった壁面が重々しく島の内側にむかって開いた。
「と、扉になっているのか!」
なんと大掛かりな、と、ハザマは思う。
「なに、あれは、みかけほどには重くはない」
船医の先生が説明してくれる。
「なにせ、元をただせば亀の甲羅だ」
「亀の甲羅だぁ?」
あまりにも意表をついた説明だったので、ハザマは間の抜けた声で訊き返してしまった。
「あれは大亀だといっただろう」
船医の先生はいった。
「大昔に死んだ大亀の死体を、ああして利用しているわけだ」
どんだけ巨大な亀だったんだよ、と、ハザマは呆れる。
直径一キロにまでは届かないかもしれないが、数百メートルはあろうかという怪物だ。
だかハザマは、すでにルシアナという巨大生物をその目で見た経験がある。
この世界では、そういうこともあり得るんだろうな、と、そう思うしかない。
ましてやここは、おそらく食料には事欠かないであろう海という環境なのである。
しかし、これが生きて動いていた時代があるというのか。
見る間に近づいて来る島を見あげながら、ハザマはそう呆れた。
なんてえデタラメだ。
やがて船は大きく口を開けた岸壁の中へと吸い込まれていく。
その開口部は船のマストよりも高く、船よりも大きく、そして中は薄暗かった。
遠くの方に陽が射しているように見えるのだが、少なくともこの島、大亀の甲羅の外縁部の内部はかなり暗い。
いや、これまで外の強い日光に晒されて来たから、そう感じるだけか、と、ハザマは思う。
二隻の船が完全に内部に入り、入ってきた岸壁がまた元どおりに閉じてからしばらくして目が慣れてくると、この内部は内部で要所要所に松明などが焚かれており、完全に闇にとざされているわけではないということがわかった。
ただ、この甲羅は巨大すぎるので、そのすべてに光源がいき渡らず、暗く見えているだけだ。
「よく帰って来たな、赤ウサギども!
よくもあの帝国海軍の砲撃をかい潜ってここまで戻って来れたもんだ!」
その闇の中から、大きな声が聞こえてくる。
「その快挙をねぎらい、祝ってやりたいところだが、その前にこの非常時だ。
団長会議が招集されている。
着いて早々だが、あんたのところからも顔を出てもらうぜ、赤ウサギの!」
「団長会議って、なに?」
ハザマは船医の先生に訊ねた。
「文字通り、この大亀を拠点にしている海賊団の団長が集まっておこなう会議になるな」
船医の先生は、淡々と教えてくれる。
「なるほど」
「なにがなるほどだ。
今はほかならぬあんたが、この赤ウサギ海賊団の団長ということになるんだぞ!
決闘のときに、その帽子を所望しただろ!」
「いやこれは、日除けにちょうどいいかな、って思っただけで」
そういうことになるのか、と、ハザマは諦め半分にそう思った。
この帽子に、そんないわれがあるとはなあ。
みんな太陽が、日差しが強いのが悪いのだ。
二隻の船を誘導された場所に入れたあと、さっそくハザマはその団長会議とやらに赴く。
ハザマとてまともに海賊団の頭目に収まるつもりはなかったが、それでも必要な情報を収集するためにその会議とやらは有用だと判断したため、船医の先生と元船団長を伴って出席することにしたのだ。
最低でも、この島がおかれている現在の状況だけでも、把握しておく必要がある。
場合によっては、帝国と海賊たちの橋渡しをしてもいいかな、と、ハザマはそんなことも考えていた。
洞窟衆首領ハザマ・シゲル男爵の名前が帝国側にどこまで知れ渡っているのかにもよるのだが、あちら側にハザマのことを知っている者が存在してくれれば、それなりに交渉の余地もでてくるだろう。
というか、こちら側の状況をある程度把握したら、できるだけ速やかに帝国側と連絡を取りたいものだな、と、ハザマはそう思っている。
そうするためにも、まずはここの海賊たちから一定の、最低限の信用を勝ち取っておく必要があった。
それがないと、そもそも帝国側と連絡を取ることさえ難しい状況なのである。
ハザマと船医の先生、それに元船団長の三人を乗せたボートは薄暗い巨大な甲羅の中を進んでいく。
なるほどなあ、と、ハザマはさりげなく周囲を見渡しながら思う。
こういう場所だと、こうなるのか。
そこここに、筏や船が水面上に固定されて、どうも大勢の人たちがそこで寝起きし、日々の生活を送っているらしい。
飲食店らしい船も、そこここに見えるし、それ以外に大型の帆船に取りついて整備をしているらしい連中の姿も見えた。
暗さに目が慣れて来て周囲の状況を把握できるようになると、この中もなかなか賑わっているじゃないか、とさえ思えるようになる。
甲羅によって天候の変化をある程度遮られるため、中に入ってしまえば普通のボートピープルよりは快適に暮らせるのかも知れない。
だがまあ、ここに居る連中は、全員海賊の関係者なんだがな、と、ハザマはそう思い直す。
ハザマたちのボートは軽い場所、甲羅の天頂部が切り取られたその下の、日光が降り注ぐ場所へとむかっている。
そこで、団長会議とやらがあるというのだ。




