半魚人との交渉
「こういう見張り台は大亀の全周に沿って、いくつかあるんだよな?」
「そりゃあ、死角があると見張りの意味がありませんからね」
「帝国海軍に連絡するのを試したりはしないのか?」
「光通信で何度か呼びかけていますが、今のところ返信してきません」
そういって見張りの男は肩をすくめた。
「やつら、今回はどうも本気でこちらを全滅にでもするつもりらしいっす」
当然、これまでにも海賊の取締行為は行われているわけだが、ここまで大規模でなおかつ徹底しているのはこれがはじめてであるという。
「海での取締ってえと、どうしても捜索範囲が広くなり、それだけ金も入り用になりますからね」
つまり、この海域では、散発的局所的な海賊狩りこそ何度かあったものの、これほどの規模ものは今回の帝国によるものが最初になる、ということだった。
「つまり帝国は、それだけのコストを支払ってでも、この周辺の航路の安全を確保しておきたかったのか」
ハザマはそう呟いて、なにやら物思いにふける。
そういえば以前、ネレンティアス皇女から、
「帝国の根幹は、結局のところ大小の交易を保護することにある」
といった意味の言葉を聞いていたような気がする。
なんでも帝国は、
「君臨すれども統治せず」
を国是として支配国の自治に関しては過剰な干渉をせず、そのかわり帝国配下諸国間の通商を賞揚しているという。
今回の海賊狩りも、その帝国の方針には適っているわけだが。
「念のために確認をしておくが、帝国海軍の帝国とは、シャルファフィアナ帝国のことなんだよな?」
ハザマが確認すると、見張り案内の男は一度顔を見合わせてから、頷く。
「大昔ならばいざ知らず、あそこ以外に帝国を名乗る国があるとは聞いたことがありませんぜ」
「そうか」
ハザマも小さく頷いた。
「実はおれも、あそこの皇室に所縁のある方と知り合いでな。
あの艦隊と連絡が取れれば、こちらの海賊たちの処罰を少しは軽くするように嘆願できるかも知れん」
「そういうことを、わしらにいわれましても」
案内役の男は困惑顔で応じた。
「婆様あたりならば、なんらかの沙汰をしてくださるのかも知れませんが」
「いや、そうだろうな」
ハザマはそういって、首を横に振った。
「今のは忘れてくれ。
あとであの婆さんに、直接提案してみる」
そういいながらも、ハザマはすでに自分の思考に沈んでいる。
この状況を帝国海軍側から見て見たら、どういうことになるのだろうか?
大軍を率いてこの大亀を包囲したのはいいが、それでいて海賊たちを攻めあぐねている、ように、見えないこともない。
いや、きっとそうなのだろう。
でなければ、今のように大亀を包囲しただけで手を出してこない、消極的な態度で満足をしているわけがないのだ。
むこうさんにしてみても。
と、ハザマは考える。
短期決戦で始末をつけられるのならば、そうすることを選ぶだろうしな。
陸上だろうが海上だろうが、大軍を動かすということはそれだけ金が必要となる。
今の時点で帝国海軍が積極的な攻勢に出ていないのは、つまりはそうしたとしても完全に成功するという目算が立っていないからだ。
半魚人たちの件も不安材料になっているのだろうが、それ以上に大亀の中の海賊たちを完全に制圧する、それも、自軍にあまり被害を与えずに制圧する方法を思いつかないから、こうして包囲をしただけでそれ以上に手を出していないのだろう。
なにしろ上陸作戦は、攻める側の被害が甚大になる傾向がある。
帝国海軍が大亀内部の状況をどこまで把握できているのかまではわからないのだが、その周囲に浅瀬があり、あの船に乗ったままでは近づくことができないことくらいは当然把握しているだろう。
だからといってボートなどに分乗して大亀に接近すれば、今度は飛び道具などのいい的になる。
やはり、帝国海軍側から見ると、このまま長期戦に持ち込むのが一番堅実で損害が少ない手段になるな、と、ハザマは結論する。
「むこうさんは、この大亀にむかって砲撃魔法をぶち込んで来たりはしないのか?」
ハザマは海側を漠然と指差して、見張りの男にそう訊ねて見た。
「砲撃は何度かされていますが」
見張りの男は即答する。
「甲羅の上の木や土をいたずらに吹き飛ばすだけで終わったので、それ以上の攻撃はして来ませんでした」
あるいは帝国海軍がムヒライヒ・アルマヌニア公子のように質量を伴うタイプの砲撃魔法を思いついていたら、事情は違っていたのかも知れない。
だが、魔法の効果を遠くまで届けるだけの砲撃魔法は、この大亀では有効ではなかったようだ。
もっと乾燥した地域ならばともかく、毎日のようにスコールが降る地域の熱帯雨林では、森林の保水率から考えても森林火災などはなかなか起きないのだろうな、と、ハザマはそう結論する。
「お客人」
蓋を開けたままの伝声管に耳を近づけて、見張りの男がハザマに声をかけた。
「下で婆様が、お客人をお呼びです」
「わかった、すぐいくと伝えてくれ」
ハザマはそういって案内役の男をうながした。
もう、ここで見るべきものは全て見た。
ような、気がするしな、とハザマに思う。
ハザマにしてみれば、大亀を巡る海賊側と帝国海軍側、それぞれのポジションをその目で確認できたのは、大きな収穫だった。
来たときと逆の経路を通って、ハザマと案内役の男とは大亀の下の世界、古い骨でできた舞台の下へと戻って来た。
「おれになんの用ですか?」
ハザマはここの頭領格の老婆に訊ねる。
ここでのハザマはあくまで不意に飛び込んで来た、いくわからない人間でしかない。
一応は客人として遇されてはいるようだが、だからといって完全に信用をされているわけでもなく、その証拠に案内役という名の見張りがべったりとつけられていた。
つまりここでのハザマは、完全に戦力外の存在であるはずであったのだが。
「わしとしてもお客人を呼びたてるつもりはなかったのだが」
老婆はいった。
「ウロコ野郎どもがな、お主のことをわしらとの交渉役に指名してきた」
「交渉役?」
ハザマはその場で首を傾げる。
「なんですか、それは」
「知らんよ、やつらの考えることなぞ」
そういう老婆の態度は、かなり素っ気ないものだった。
「ただ、やつらはお客人がいない場所では、わしらとの間にどんな交渉も行いたくはないと、そのように申しておる。
お主、よほどやつらに慕われておるようじゃな」
「慕われている、ねえ」
ハザマはさらに首を傾げた。
「おれ的には、そんなことになるようなことをしたおぼえは、まるでないのですが」
まあ、なにがどうなっているのか、いってみればわかるか。
ハザマは、そう判断をする。
「ハザマ」
その交渉の場に着くなり、海面上に首から上だけを出した半魚人がぎこちない発音で声をかけて来た。
「お前、面白いことを考える。
われらに、帝国の船を壊せとは!」
「お前か」
ハザマはそう応じる。
「それでなんでおれを呼んだんだ?」
ハザマには半魚人の見分けなどつかなかったが、その半魚人だけは見分けることができた。
その半魚人は、他の同胞と比べて体表のウロコが青みがかっていたからだ。
さらにいえば、あの島で最初にハザマ接触をした半魚人でもある。
「他のヒト、信用できない」
その半魚人は、あたり憚らぬ大声でそいいった。
「仲間をたくさん、捕まえていたやつらだ!
長く、働かせていたやつらだ!」
「お前らにしてみれば、そういうことになるんだろうな」
ハザマは頷く。
「だが、そう思うのならばざっさとこの場から逃げ出して、二度と人間に関わらなければいい。
お前らにしてみれば、海賊たちのいうことを大人しく聞かなければならないという理由なんかこれっぽっちもないだろう?」
「ここのヒトのことなど、どうでもいい!」
その半魚人は大きな声でそう叫んだ。
「われらがその気になれば、すぐにでも皆殺しにできる!」
それを聞いた周囲の海賊たちが身をすくませ、ついでにわかにざわめきはじめる。
あーあ、いっちゃった。
騒がしくなった海賊たちを手で制しながら、ハザマはそう思った。
身体能力や海中での機動力、それに、戦力比で考えても、半魚人たちはここの海賊たちを一蹴できる存在なのだ。
それをしていないのは、半魚人たちの側がそんな行為に意味を見出していないからに過ぎない。
「おそらく、お前らがその気になればできるんだろうが」
ハザマは慎重な口ぶりで続ける。
「わざわざおれを呼んだのは、なぜだ?」
「帝国の船を壊せば、おれたちが恨まれるのではないか?」
その半魚人はいった。
「帝国、ヒトの大きな、一番大きな派閥。
その帝国の恨み、ここのヒトらのために、われらが買うべきか?」
ほう。
と、ハザマは内心で関心をする。
将来のことまで想像した上で、この場で半魚人側が海賊たちに肩入れをするべき価値はあるのかと、そう訊ねて来たわけである。
「そいつは、お前らが今後人間社会とどうつき合いたいのかによって変わってくるな」
見た目よりもずっと頭が回るようだな、と感心しつつ、ハザマはそう返す。
「さっきもいったように、お前らにはどこか海の底にでも潜んで、一切人間と関わらないという選択もある。
その場合はもちろん、海賊たちのいうことなんかまるっきり無視してもいい」
「ヒトは、便利な道具をよく作る」
その半魚人はいった。
「ヒトとは、今後も関わり合いを持ちたい。
だが、それはここのヒトでなくてもいい!
ここのヒトをすべて殺したら、帝国は喜ばないか?」
今度は帝国と海賊とを天秤にかけてきたよ!
と、ハザマは吹き出しそうになるのを必死で堪えた。
「それも選択肢のひとつではあるんだろうが、やめておいた方が無難だな」
ハザマは、できるだけ落ち着いた声を出すように努めた。
「そうすれば帝国側の心象は確かによくなるのかも知れないが、裏を返せばただそれだけだ。
海賊たちが相手だとはいえ、一度でもそうした実績を作ってしまえば、今度は半魚人という存在が丸ごと色眼鏡で見られるようになる。
お前ら半魚人と人間との関係は、確実に悪化する。
たかが帝国の歓心を買うためだけに、お前らがそこまでする必要はどこにもない」




