航海の仔細
「というわけで、半魚人を何名か船に乗せて欲しいんだが」
ハザマは船員たちを前に説明をした。
「別にずっと船に乗せろとはいわない。
ギギザって港に入る直前だけの、ごく短い時間だけでいいんだ」
確認したところによると、半魚人たちはこんな帆船よりもずっと速く泳ぐことができるということだった。
それに、海中に居た方が、こんな船の中で居住するよりもずっと快適だとも、いっている。
ではなぜ、船の中に入る必要があるのかというと、そうした方が港に居住する人々に怪しまれないで済むからであった。
人間たちが大量に半魚人たちを捕獲して来た過去があるため、普通の半魚人たちは人間が多く居る土地には姿を現さないようになっている。
仲間の解放を目的とする半魚人たちが怪しまれずにギギザの港に入るためには、この船団の一員であるという偽装を施すのが一番自然に見える、というわけだった。
「そんだったら、頭から命令をしてくれりゃ手っ取り早いのに」
しばらく仲間うちで顔を見合わせたあと、一同を代表して団長、いや、元団長だった男がおずおずとそう口にした。
「あんたのいうことに逆らおうとするやつは、もうここにはいないと思いますが」
「それでは、もっといい案が出てこないだろう」
ため息混じりに、ハザマが答えた。
「それに、おれはこの船団に対してなんの責任も持っていない身だからな。
頭ごなしに命令したくはないし、できない」
「いやいや。
あんたがどうしてもそうしたいいっていうんなら、逆らうやつはいないって」
元団長はいった。
「その代わり、なにか借金返済の手だてについて、知恵を……」
「くどい!」
ハザマが強い語調でそういって、この場は打ち切りとなった。
ハザマとバジルを乗せて、三隻の船団は進む。
あの島からギギザとかいう港まで、風向きや気象条件などによって若干前後するが、だいたい二十日ほど行程だという。
ギギザの同胞を救うことに決めた半魚人たちは船の周辺を泳いで並走しているはずであり、乗組員たちはそれぞれ決められた部署で忙しく働いている。
そしてハザマだけが、航行している間はすることがなかった。
自然と、病人や怪我人が出ない限り同じ暇な先生が、ハザマの相手をすることになる。
その暇な時間を利用して、ハザマはこの世界に来てからこれまでのことをかいつまんでこの先生にはなしていた。
その内容を先生の方がどこまで信じているのかは、よく判断できなかったが。
「海賊ってのは、頭が悪いやつしかいないのか」
元団長から奪った帽子をかぶったハザマが、ハンモックに寝そべりながらぼやいた。
「少しでも頭が回るようなやつなら、そもそも海賊なんかにはならんよ」
そのぼやきを耳聡く聴きとめた先生が、小声で応じる。
「海賊といえば、あれだ。
官憲に捕らえられればよくて奴隷落ち、さもなくば縛り首と相場が決まっておる」
「そういう先生はなんでこんな船に」
ハザマはその男に訊ねる。
「あんたなら、もっとましな居場所も選べたでしょうに」
「こいつで身を持ち崩してな」
先生は、手にしていた徳利を振りながら答えた。
「酒精には勝てんかった」
アル中か、と、ハザマは思った。
この先生は、先ほど、切断された手首を再接合した際の手際から考えて、相応の知識と経験を積んだ医師なのだろう。
「惜しいな」
思わず、そう呟いてしまう。
「さっきの魔力吸収の術式だけでも、十分に価値がある。
この船団に明るい未来がない待っているようにも思えないし、よかったらおれの組織に身を寄せて見ないか?」
「あまり先のことまでは考えんようにしているのでな」
先生はそういって、薄く笑った。
「まあ、無事にギギザにまで帰り着くことができたら、改めて考えてみることにしよう」
「こいつが羅針盤かあ」
最初に船の中を案内して貰ったとき、その頑丈そうな台座の前でハザマは感嘆の言葉を吐いた。
「そう、こいつが羅針盤だ。
どうだ、なかなか立派なものだろう」
ハザマの反応に気を良くしたのか、航海士はそういって胸を張った。
「こんなボロ船には似つかわしくない羅針盤だ」
この航海士は別名水先案内人といい、海図を読み、ときには作り、航路を決める、この船でも一級の職人だった。
とにかくこの男抜きにはこの船団はまともに進むことができない。
「太陽や星の位置を読めばおおよその方角は割り出せるし、事実、昔はそうやって方角を知っていたというが、こいつが出回りはじめてから確実性が段違いに増した。
曇り空や嵐が続いても、方角や現在地を見失う危険性が格段に少なくなったんだよ!」
航海士の他、甲板要員なども平然とした顔をして高さ十メートル以上はあろうかというマストの上にするすると登り、帆布を操作する綱をかけたり解いたりしている。
これも、ハザマ自身にはとうていできない芸当だった。
ハザマが見る限り、この船の乗組員たちは誰もがなにかしらの特殊技能の持ち主であり、不要な人員はただの一人もいない。
「しかしこうして眺めてみると、みんな忙しそうだな」
「そりゃそうだ」
先生はいった。
「どこの船でも、無駄な人員を乗せる余裕はない」
船長、航海士、甲板要員など、船員たちはそれぞれ与えられた部署で航海中も忙しく働いている。
帆船とは、数十名からなる専門的な知識なり技能なりを持った連中が息を揃えて働くことではじめて航海が可能となる、そんな巨大な機械だった。
「どこの船も、こんなもんなのか?」
「まあ、こんなもんだな」
ハザマが確認をすると、先生は答えた。
「ああ、軍の連中は違うぞ。
やつらの練度は、こんな場末の海賊船と比較するのも馬鹿馬鹿しい」
「それはつまり、強いってことか?」
「強いといえば、桁外れに強い」
先生はそういって深く頷いた。
「船の大きさはさして変わらんのだが、中身が大違いだ。
運悪く軍の船と遭遇したら、まず助からないとみていい」
そういったあと先生は、
「とはいえ、今時海軍なんて金食い虫を飼っているのは、帝国くらいしかないがな」
と、つけ加えた。
なんでもその帝国海軍の締めつけがここ数年かなり厳しくなっているとかで、同じ海賊船同士が共食いのように襲い合う事例が増えているということだった。
帝国海軍に遭遇するよりも、同じ海賊に襲撃される機会の方がよほど多いだろう、ともいっていた。
同じ海賊同士であれば乗組員などの練度もそこそこなので、やり合うにしても勝率はそんなに悪くはない。
勝率はせいぜい五分五分で、運が多分に影響してくるはずだ、ともいっていた。
「この広い海で、偶然航路が交わるのに偶然ってことはない。
どこかの船と遭遇することがあったら、相手がこちらの航路や現在地を把握した上でうまく遭遇するように準備を整えていたということになるわけだが」
先生は、そこまで詳しく説明してくれた。
「この船団に関していえば、財政的な意味で風前の灯ということも広く知れ渡っているから、わざわざ襲おうとする手合いもまずおらん。
その意味でも、安心してよろしい」
海賊仲間からみてもこの船団は、わざわざ襲う価値もないほどに困窮した状態であるという。
「海の上もなかなか世知辛いもので」
ハザマはそう感想を漏らした。
そんなわけで、ハザマと先生以外が忙しく働く航海はなにも起こらずに平穏に進んだ。
以前に確認しておいたのだが、半魚人の櫂漕ぎの有無は、こうした巡行時にはあまり影響しないらしい。
ああした櫂漕ぎが必要なるのは、急に加速をしたり進路を変えたりするときくらいで、ふだんの帆走では出番がないらしかった。
「そうした櫂漕ぎが人間よりもウロコ野郎どもの方がいいとされるのは、腕力や体力はもとより、劣悪な環境への耐性からだろうな」
櫂漕ぎの話題になったとき、先生はそう教えてくれた。
「なにしろやつらは、ジメジメした場所に長時間放置されても病気になることはないし、むしろ乾燥した場所に長く居させるとかえって調子が悪くなる」
この先生は、この海賊船団の中では教養がある方だったが、その先生からして半魚人のことをウロコ野郎呼ばわりして憚らない。
ハザマからみれば無意識に人間以外の異族を見下し、差別していることになる。
ただハザマは、そのことを別に非難しようとは思わなかった。
この世界では、異族は半端な知性しか持たない存在であると規定されており、種族によってはときに害獣扱いされることもある。
半魚人たちへの扱いは、奴隷というよりも使役可能な家畜に近い扱いであったが、そのことに対してハザマは、元の世界の人権意識を振りかざして矯正しようとも思わなかった。
この船団の半魚人たちを解放するきっかけを作ったのはまぎれもなくハザマであったが、あれも成功するのかどうかはあやふやなまま、一応、試してみるだけ試してみるか、程度のごく軽い気持ちで仕掛けている。
端的なことをいってしまえば、なんらかの原因であの仕掛けが完全に失敗し、不発に終わったとしても、ハザマにとっては少しもデメリットがないのである。
ハザマが漂着していたあの島に最初に近づいたのがたまたまこの海賊船団であったわけだが、それがたとえば堅気の商船であったとしても、ハザマとしては別に良心の呵責は感じなかっただろう。
ハザマがしたことといえば、あの島でつきあいがあった半魚人たちに多少の頼みごとをしただけであり、その結果、ハザマを助けてくれるはずの船なり船団なりが損害を蒙ったとしても、それはあくまで現地の人間と半魚人の問題だと認識していた。
というか、仮にハザマが手を下さなかったとしても、時間が経過すればいずれなんらかの形で暴発をしていたのではないか。
ハザマがそう確信するほどには、この世界の人間に捕らえられた半魚人の扱いは酷かった。
通常の奴隷契約の場合、つまりは労使ともに人間同士の場合は同じ奴隷でもまだしも気を使う場面が多いのだが、半魚人たちの場合はその奴隷以下の、どちらかといえば使い捨てにされる家畜に近い扱いを受けている。
ハザマにいわせれば、仮にハザマがああしてきっかけを作らなかったとしても、人間に捕らえられていた半魚人たちはいずれ公然と組織的に反抗しはじめたのではないか。




