船団の治療士
「ほらほら、どいたどいた」
団長とやらに剣先を突きつけているハザマの存在も気に留めない風で人ごみをかき分け、ハザマに手首を斬り飛ばされた男に駆け寄った者が居た。
手首を斬り飛ばされた男は自分の腕を抱え込むようにして、「痛ぇ痛ぇ」と繰り返し叫びながら甲板の上を転がり回っている。
「おら、お前ら、ぼさっとしてねえでこっちを手伝わんか!」
人混みをかき分けて前に出てきた小汚い男が周囲にむかって怒鳴りつける。
「まずはこいつを動かないように取り押さえておけ!
このままではまともな治療もできん!」
「血止めくらいはできるのか?」
ハザマは剣先を団長に突きつけたまま、その小汚い男に訊ねる。
「止血だけだと?」
その男は一瞬ひどく怖い表情になったが、すぐに真顔に戻った。
「失敬な。
今なら元どおりにこの手首をつけ治すこともできる!」
「そりゃすげえな」
ハザマは素直に感心する。
「邪魔はしないから、少し見物させてくれ」
洞窟衆の医師団にもできない芸当だったはずだ。
「加害者がなんたるいい草だ!
勝手にしろ!」
憤慨した様子でその男がいい、手首を斬り飛ばされた男の上に数人がかりでのしかかり、取り押さえられていることを確認してから、さっそく治療行為をはじめる。
甲板に転がっていた手首を拾いあげてから患者のもとに近寄り、切り株のようになった手首の断面に持っていた徳利の中身を一度口の中に含み、勢いよく吹きつける。
「そいつは?」
「単なるガラム酒だ」
ハザマが訊ねると、素っ気ない口調で答えてくれた。
度の強い蒸留酒で消毒、か。
と、ハザマは一人で勝手に納得をする。
手首の方にも断面に同じようにガラム酒を吹きかけ、その断面を接するようにして固定をしてから、その男はなにやら小声で呟きはじめた。
いわゆる、治癒魔法ってやつだな、と、これまで同じような光景を何度となく目撃してきたハザマは、すぐに察する。
ただこの治癒魔法というやつは小さな切傷程度ならばともかく、手首切断とかの大きな負傷を一気に治せるほどの威力はなかったはずだったが。
理論的には可能なはずだが、通常の人間が行使できる程度の治癒魔法では、すぐに魔力が切れて治しきれないのだった。
しかし、しばらく見ていると、その男が頭を振って手招きをすると、見ていた船員が順番に近寄っていって、その男の肩に片手をおく。
するとまた、その男は続けて呪文を詠唱して治癒魔法を再開するのだった。
「先生は、魔力吸引の術式を使えるんだ」
ハザマが疑問に思っていると、剣の切先を突きつけられたままの団長が説明してくれた。
「この術式を使えるやつは、術者の中でもごく一握りしかいないってはなしだ」
なるほどなあ、と、ハザマは納得する。
ああやって他人から、次から次へと魔力を吸いながら魔法を使えば、通常よりもずっと長く特定の魔法を使い続けることができるわけか。
事実、その男はハザマが見ている前ですでに何人分もの魔力を吸いながら治癒魔法を使い続けている。
「おい、あんた」
しばらく見物を続けていると、当のその男がハザマに声をかけてきた。
「そんなところで暇しているんなら、あんたも魔力を分けてくれんか?」
「おう」
ハザマは軽く頷く。
「これ以上、抵抗しないよな?」
それから団長がうにむかって目線をむけて、そう確認した。
「無駄な足掻きはしねえよ」
団長は微妙な表情で頷く。
「あんたが相手だと、これ以上なにかやってもどうにもならんようだしな」
ハザマは剣を鞘に収めて治癒魔法を使っている男に近づき、その肩に手をおく。
治癒魔法を使っている男がなにやら小声で治癒魔法を以外の呪文を呟くと、すぐにハザマは自分の体内からなにかが吸い出されるような感触を得た。
おお。
これが、魔力が動く感覚なのか。
魔法を使った経験がないハザマは、素直に感心した。
「あんた、何者だ?」
治癒魔法を使っていた男が、ふと顔をあげてハザマに訊ねる。
「通りすがりの異邦人さ」
ハザマは短く答えた。
「ハザマ男爵ということになっているらしいが、この名もこの近くには伝わってはいないらしい」
「異邦人だと?」
治癒魔法を使っていた男は一瞬眉間にしわを寄せて思案顔になったが、すぐに自分の患者の方にもむき直る。
「まあいい。
あんたほどの魔力があれば、こいつ一人くらいは十分に助けられそうだ。
少し怠くなるかも知れんが、たっぷり吸わせて貰うぞ」
「あんたのおかげで、あと五人分くらいが魔力切れにならずに済んだ」
治療が終わり、見事に一度は切断された手首が元どおりに癒着すると、その男は立ちあがってハザマに一応礼らしい言葉をかけた。
「そもそもこいつの手首を落としたあんたにこういうのもなんだが」
「お互い、いきがかりってやつだからな」
ハザマも特に気を悪くした様子もなく、そういって頷く。
「助かるんなら、そっちの方がいい。
さっきは背後から一度に襲われて、とっさに全員に手加減をしきれなかったんだ」
「あんたが相手じゃなかったら、甲板に転がっていたのはあんたの死体だったろうよ」
その男はため息混じりにそう返す。
「こっちの船の連中も、襲う相手を見くびりすぎたってことだな。
さっきの動きは、どうみても人間業じゃあない。
異邦人ってのは、みんなあんたみたいな真似ができるのか?」
「いや、おれの場合、異邦人であることよりも他に、いろいろと事情があるんだよ」
ハザマはそういってゆっくりと首を振った。
「他の異邦人とやらにお目にかかったことがないんで、実際にはどうだかよくわからないけど」
「異邦人であろうがなかろうが、あんたが特別な存在であるということは、先ほどの動きを見れば誰にも否定できん」
その男はいった。
「そこの団長があんたに跡目を譲ったのは、それがあったからだろう」
「そうかあ?」
ハザマは首を捻った。
「さっきのはどうみても、赤字ばかりで先行きがないこの船団の責任をおれに押しつけたかっただけのように思うけど」
ハザマだって、どこからどう見ても未来がない、不良債権にしかならない組織の責任者を押しつけられたくはなかった。
「いや、あんたにならできるって!」
団長とやらが、ここぞとばかりに主張する。
「おれには無理だったけどな!」
「そこで胸を張るなよ!」
思わず、ハザマはどなりつけていた。
「そもそも、具体的なあてもなしに硫黄探しの航海に出かけている時点で、なかばヤケクソだってことくらい想像がつくだろうが!」
これだけの船を三隻も動かせば、その航海の間の人件費だけでも相当な金額になるはずだった。
それでうまく目当ての硫黄を持ち帰ることができればまだいいが、空振りしたらまた赤字が増えるわけで。
そんな博打に近い航海を企図する者が、経営者としてまともな判断力を持っていると、そう考える方がおかしい。
「だから、そんなおれが団長をやっているよりはあんたの方が遥かにましだろ?」
「そちらの都合ばかりを押しつけられても困る」
そう問いかける団長に、ハザマは真顔で頷いてみせる。
「おれとしては、先ほどの決闘で勝った権利として、どこか近くの港町まで送って貰って、そこで下ろしてもらいたい。
そのあとのことは、お前らの好きにしろ」
「そこをなんとか!」
団長が、ハザマにむかって懇願してきた。
「このままギギザに帰港したら、借金のカタにおれをはじめとする乗組員の大半が奴隷落ちになるんだ!」
「だから、そんなそっちの事情はおれが知ったことじゃねえって!」
結構時間がかかったが、ハザマはどうにか自分の希望を通すことができた。
団長をはじめとしてこの船団の連中もなかなかしつこかったが、ハザマが、
「これ以上ゴネるようだったら、再度実力行使に出る」
と宣告すると、どうにか納得してくれる。
「まあ、そのギギザって港に帰ったら、この船を全部売るなりしてできるだけ借金を減らすようにするんだな」
ハザマは最後に軽い口調でいい放った。
「そうすりゃ、何人かは奴隷落ちをまぬがれるかも知れない」
ハザマにしてみれば、たまたま遭遇した海賊連中の未来にまで責任を持たなければならないいわれはない。
この船団は、ハザマをそのギギザという港にまで送って降ろす。
そのあとの始末は、自力でなんとかして貰う。
そういうことで、どうにか納得をして貰った。
今後の方針が定まったあとは、島においたままの荷物を整理したかったので、ハザマは一度にボートを出して貰うことにした。
この島で用意した飲み水や保存食などはほとんどそのままおいていって、このうち後者の保存食は選別代わりに半魚人たちにくれてやるつもりだったが、それでもこの島を離れる前に、一言別れの挨拶くらいはしておきたい。
ボートに乗って島に帰り、海岸に立って海の方へ声をかけると、続々とハザマの近くに半魚人たちが寄って来た。
「すでにわかっていることとは思うが、おれはあの船に乗って人間社会に復帰することになった」
半魚人たちにむかって、ハザマは告げた。
「短い間だが、お前たちにもいろいろと世話になったな。
その礼といってはなんだが、この島に残していくものはすべてお前らが自由に使っていい」
『それはいいのだが』
半魚人の一人がいった。
『ハザマが助けた連中はどうする?』
「どうする、とは?」
ハザマは眉根を寄せる。
ハザマが助けた連中というのは、おそらくは元はあの船団で奴隷扱いをされていた半魚人たちのことだろう。
「あの連中なら、連中の好きにさせておけばいいじゃないか」
ハザマが船団の連中の未来に対して責任を持たないのと同様に、その半魚人たちにも責任を持ついわれはない。
と、ハザマ自身は、そう思うのだが。
「ぎぎ」
ひとりの半魚人が進み出て、人間の言葉でハザマに語りかけた。
「す、好きにしろというのならば、わしらは、好きに仲間を救いたい。
ギ、ギギザには、それに、他の場所にも、まだまだ大勢の同胞が、ヒトに捕まったままになっている。
ハ、ハザマには、できればその救出にも、協力して貰いたい」
聞き取りにくい箇所もあったが、意外に明瞭な発音だった。
おそらくは、あの船団から逃げ出してきた連中のうちの一人、なのだろう。
「それは、お前らの総意なのか?」
ハザマは、そう確認をする。
「そ、そうい?」
その半魚人は、ハザマに訊き返す。
「難しい言葉、よくわからん。
に、逃げ出した全員、ではない。
その、ごく一部が、同じような仲間を助けるべきだと、そう思っている」




