甲板上の決闘
すべての動きが再開したのは、激しいスコールが収まってからのことだった。
これほど激しい降雨の中では、野外での活動は停止するしかない。
文字通りの「水入り」である。
その間、ハザマはいつものようにシャツを脱いで、頭を洗ったりしていた。
石鹸だの洗剤だのはないものの、大量に降り注ぐ雨水で頭髪を洗い長せば、かなり清潔な気分になれる。
また衣服にしても、雨に濡れたあとにかたく絞っておけば、この環境下ではさして時間もかからずに乾燥するのだった。
なにげに、衛生状態ってのはかなり重要だからなあ、と、ハザマは思う。
衛生状態が悪化すると病気にかかりやすくなる。
そして、こんな孤立した環境下ではちょいとした、取るに足らない病気が命取りになりかねない。
しばらくして、降りはじめたときと同じくらいの唐突さで雨が止んだあと、ハザマは濡れたシャツをかたく絞ってから身につけ、相手の出方を待った。
相手、というのはこの場合、三隻の船団ということになる。
「お前、逃げないのか?」
例の、一番偉そうな態度の船員が、雨が降る前と同じ場所に居るハザマに声をかけて来た。
「逃げる必要もないんでね!」
ハザマはそう返答する。
「それで、おれをそっちの船に案内してくれるのか?」
「お、おう!
そうだった!」
その船員は背後に合図を送ってから、ハザマにいった。
「あいつをここまで連れて来い!
落とし前をつけてやる!」
落とし前ねえ、と、ハザマは思う。
いや、この船団を束ねている立場にしてみれば、たとえ確定的な証拠がなかったとしても、今回発生した損害の責任者をでっちあげてなんらかの処分を下さないことには収まらんのか。
たとえ無実の罪を外部の第三者に押しつけることになったとしても、そうでもしないことには船団内部の不満が収まらないわけで。
理屈としてはともかく、おれがそのための犠牲になってやらなけりゃならない理由はないんだけどな、と、ハザマは思う。
とはいえ、せっかく船内まで案内をしてくれるというのならば、それに乗るのもありか、とも、思っていたが。
ま、途中までは相手の筋書きに乗ってやることにしよう。
やがて一隻のボートが海面上に降ろされ、まっすぐにハザマの方を目指して来る。
四人ほどの強面の船員たちが乗っており、ハザマの近くで接岸するなり、怪訝な表情でハザマの顔を覗き込んで、
「お前、よく逃げねえよな」
などといわれた。
「こんな狭い島で鬼ごっこをするのも疲れるからな」
ハザマは平然といい返す。
「無駄なことはやらないにこしたことはない。
疲れるだけだし」
「確かに逃げ場はないかもしれねえが」
船員たちはお互いに顔を見合わせてから、ハザマにいった。
「お前、あの団長に殺されるぞ」
「だったら、せいぜい抵抗してやるさ。
その団長様とやらの前におれを引っ張っていくのがお前さんがたの役目なんだろ?
さっさと連れていってくれ」
そんな短い問答の末、ハザマはそのボートの客となり、海上に出る。
船へとむかう途中でそのボートの周囲に大勢の半魚人が顔だけ出して見送ってくれた。
しかし、ハザマは彼らの顔や表情などを見分けられるほど半魚人に詳しくはなかった。
そのうちのどれほどがもともとこの島に居た連中なのか、それとも三隻の船から逃げ出した連中なのか、その見分けもできなかった。
ボートから船の甲板にまで移動するためには縄梯子を昇る必要があり、その際にハザマは船の威容を改めて実感する。
でかいな、と、素直にそう思った。
縄梯子の先、甲板までにはたっぷり五メートル以上は昇っていく必要がある。
なかなか立派なもんじゃないか。
内心で感心しながら、ハザマは縄梯子に手をかけて昇りはじめた。
「よく来たな!」
ハザマが縄梯子を昇りきると、すぐに髭面の巨漢が声をかけてきた。
「お前には船団が所有するウロコ野郎を逃がした嫌疑と、それに先立って船団が所有する資材などを盗んだ疑惑がかかっている!
なにか申し開きをすることがあるか?
いうのは構わんが、こちらは聞く耳持たんぞ!」
そういってその男は、耳障りな声で高笑いをしはじめる。
「前にもいったけど、おれはなにもしてないから」
ハザマは平然といい返した。
「それ全部、実際にやったのは半魚人だろ?
おれの責任にするのは無理筋もいいところだ」
「だからお前が、ウロコ野郎どもに入れ知恵でもしたんだろう!」
ハザマのいい分を、その男は鼻で嗤う。
「具体的にどうやったのかまでは、わからんがな!
とにかく、海の上ではこのおれが法律だ!
お前がどこかの男爵だ、貴族様だと自称しても、そんなのは関係なくおれが黒といえば黒になんの!」
具体的な証拠は必要がない、というわけだった。
「ということは、あんたがこの船団の最高責任者だと解釈して構わないのかな?」
ハザマはそう確認した。
「それがどうした!」
髭面の巨漢が吼える。
「どの道、これからくびり殺されるお前には関係がない!」
「いや、誰をぶちのめせばこの船団を手っ取り早く乗っとれるのか、最初に確認しておきたくてね」
ハザマは顔色も変えずにそういい放った。
「まず最初にお前さんをぶちのめす。
それでも足りなかったら、かかって来るやつらを片っ端からぶちのめす。
この船団の連中がおれのいうことをおとなしく聞くようになるまで、それを繰り返す」
「はぁ!」
髭面の巨漢は目を見開いてハザマの顔をまじまじと見つめた。
「お前、正気か?
この状況をわかっていっているのか?」
ハザマの周囲には、殺気立った連中がずらりと控えている。
髭面の巨漢、どうやらこの船団の団長らしい男とハザマから少し距離を取って、ぐるりと包囲するようにして事態を見守っていた。
「だからさ、おれはあんたに決闘を申し込むっていっているんだよ」
ハザマは団長らしい男にむかって、改めてそう宣告した。
「どうせおれを袋叩きにでもして、なぶり殺しにするつもりだったんだろう?
それとも、たったひとりでやって来たこのおれが、そんなに怖いのか?」
こういうのは趣味じゃないんだかなあ、とか思いながら、ハザマはいう。
かなり安っぽい挑発であったが、部下の手前、自分の面子を守るために、この団長さんとやらはハザマの挑戦を受けるしかない。
「上等じゃねえか」
髭面の巨漢は目を剥いて、そういった。
「このおれみずから引導を渡してやる!
野郎ども!
お前らは手を出すなよ!」
「おれはこの決闘に自分の命をかける」
改めて団長とむきあったあと、ハザマはそういった。
「お前さんが負けた場合、おれになにをくれるんだ?
ちなみに、お前さんの命はくれるといわれてもいらない。
使い道が思いつかないからな」
「おれが負けることは万が一もありはないが」
団長は自分の剣を抜き放ちながら、ハザマの問いに答えた。
「もしもお前がこの決闘に勝つことができたら、この帽子をくれてやる!」
「ずいぶんと使い古した帽子だな」
そういわれたハザマは、露骨に顔をしかめた。
「汚いが、日除けには使えそうだ」
「お前、この帽子の意味がわからないのか?」
団長はそういって、またしばらく笑い声をあげた。
「そりゃあいい!
まあ、お前が生き残ることは、まずないんだがな。
ほら、剣を抜けよ。
その腰のものは、飾りか?」
「いや、おれはあとでいいよ」
ハザマはゆったりとした口調で応じる。
そして、団長にむかって手招きをする仕草をして、
「ほら、好きにかかって来な」
と、いった。
「この!」
次の瞬間、団長が動いた。
巨体に似合わない俊敏さであったが、ハザマの目には止まっているも同然だった。
ハザマは冷静に自分の剣を抜き、団長の剣の根元を目掛けて振り下ろす。
想像していたよりも派手な音が鳴り響いいて、団長の剣が甲板に突き刺さった。
衝撃に剣を手放した団長自身は、その衝撃に耐えきれずに甲板の上をごろっと前転している。
明らかになにが起こったのか理解していない表情の団長の顔の前にも、ハザマはことさらにゆっくりとした動作で自分の剣の切っ先を突きつけた。
「ここで降参してくれないかな?」
「野郎ども!
やっちまえ!」
団長はハザマの提案には乗らず、その反対にもはや決闘という形式からさえも逸脱してハザマのことを攻撃せよと手下にむかって命令した。
やはりこうなるのか。
こんな無法者の集団が、馬鹿正直に約束を守るものとは、ハザマも最初から期待していない。
思いつつ、ハザマは振り返りざまに乱暴な動作で剣を一閃させた。
背後からハザマに殺到していた者たちが得物を弾かれ、あるいは無様に横転していく。
ろくに狙いも定めずに、力任せに剣を振り切ったので、運悪くその軌道上にあった手首を斬り飛ばされた者も居た。
流石は、ドワーフの手による人斬り包丁。
例のヤシの実もどきはともかく、人体が相手ならばよく斬れるもんだ。
ハザマは冷静に、そんなことを思う。
それから、周囲を見渡して、
「まだこのおれに手を出したいやつは残っているのか?」
と、呼びかけた。
「誰かを無駄に死なせるのは趣味じゃないか、お前さんがたがかかってくるというのなら仕方がなく相手をしてやろう。
その気がないのなら、さっさと怪我人の手当てをしてやってくれ」
ハザマの視線を避けるように、船員たちはハザマが顔をむけた位置から後ずさっていたが、「手当て」の言葉を聞くと背後に控えていた者が前に出て来て、負傷者のところに群がった。
「それで、団長さんとやら」
ハザマはもう一度甲板の上にへたり込んでいる髭面の巨漢に剣の切っ先を突きつけて、そう訊ねた。
「これ以上、まだやる気かい?
あんたがやる気であればつきあわないこともないんだが、何度やっても結果は同じ。
やるだけ無駄だと思うぜ」
「わかった」
団長は硬い表情で頷いた。
「約束通り、この帽子をくれてやろう。
たった今からこの海賊船団はお前のものだ。
赤字ばかりのボロ船のあつまりだが、お前ならばこの船団を救えるかもしれない」
「なんでそうなる!」
ハザマは反射的に叫んでいた。
「おれは、せめて最寄りの港町まで乗せていって欲しいだけだ!」




