願いの帰結
「なあ、あんた。
そこに置いてある樽に見覚えがあるんだが」
「樽なんてどれも似たり寄ったりでしょうに」
ハザマと船の男は問答を続ける。
「いいや、その樽に押しているウサギの焼印は、明らかにおれたちの船のもんだ!」
「樽もその他の物も、すべてこの島に流れ着いてきた物をそのまま利用しているだけなんですけどね」
もちろん、ハザマは空とぼけておいた。
樽とかロープとかを半魚人たちがどこから調達してきたの ものか、ハザマはあえて確認していない。
彼ら半魚人たちがどこかで購入してきたとも思えないから、やはり無断で拝借してきたと、そう考えるのが順当だったからだ。
周囲になにもないこの海域では、たまたま通りかかった船からこっそりと持ち出したものと考えるのが妥当であった。
というより、そうとしか考えられない。
ハザマとしてはこれらの物資を喉から手が出るほど欲しいところであったので、入手先や入手方法につういて、漠然と想像していたものの、あえて詳しく詮索しないで来た。
背に腹は変えられないのである。
「夜中にこそり船の中にあがりこんで、たてつづけに船のものを持ち出していく太いウロコ野郎が居てだなあ」
船の男は続けた。
「取り押さえるのは間に合わなかったが、それでも泳ぎ去っていく方向は確認できたので、あとを追って見たわけだ。
そうしたら、この島もみつけることになってなあ」
「ウロコ野郎とは、なんのことですか?」
ハザマはそう叫び返す。
「この島にはおれしか居ませんよ!」
嘘ではない。
この男がウロコ野郎と呼ぶ半魚人たちは、石のナイフを作るときくらいしかこの島には上陸しない。
ごく短時間、必要に迫られたときしか島に足を踏み入れていない以上、やはり滞在したとはいい切れないだろう。
「じゃかましい!」
ついに、男が切れた。
「どういう方法を使ったのか知らないが、その樽がそこにある限り、お前がウロコ野郎どもをけしかけて船の積荷を持ち出させたのに違いないんだよ!
この落とし前、どうつけてくれるんだ!」
「お頭ぁ!」
そのとき、甲板の別の場所から、ハザマとやり取りをしていた男に慌てた様子で声をかける者が居た。
「ウロコ野郎どもが!」
はじまったか、と、ハザマは思った。
ハザマと海賊団のお頭がやり取りを開始したのと前後して、もともともこの島に集まっていた半魚人たちは迅速に行動をし、以前からハザマに頼まれていたあることを実行に移していた。
「お前たち、外に出たくはないか?」
それぞれ、手分けをして三隻の船の下部、櫂が延びている根元の、穴の部分にとりついて、そこから中に居る半魚人たちに声をかけた。
「もしも出たいのならば、これを使って逃げるがいい。
ハザマというヒトからの伝言と差し入れだ」
そういって、わずかな隙間から石斧を中に差し込む。
石斧は、ハザマが以前から暇にまかせて作り置きしておいたものだった。
全部で五十丁以上はあり、つまり、三隻で分散したとしても、一隻あたり十丁以上の石斧が不意に差し入れられたことになる。
唐突に祖先の言葉ではなしかけられ、船から脱出するための手段を与えられた船内の半魚人たちは最初のうちこそ戸惑っていたものの、すぐに行動を開始した。
なぜ見知らぬ半魚人たちがそのような手助けをしてくれるのか、その理由は分からなかったが、それでも滅多にない脱出の好機であることは確かなのである。
大勢の半魚人が差し入れられた石斧を手に取り、船の構造材の脆くなっている部分にむかって、振り下ろしはじめた。
こうした船は普段から十分に整備されているわけではなく、むしろ十分な予算を都合できないがために多少の不具合は放置されている傾向にある。
三隻の船の中で櫂漕ぎとして使役されていた半魚人たちは、皆、世代を重ねて人間に飼いならされてきた者たちばかりであり、そんな半魚人たちが今さら人間に反抗したり脱走したりする訳がないと、そのように思われていた。
仮に脱走したとしても、人間から食糧その他の
生きる糧を与えられることに慣れ切っている半魚人たちが、その先に自力で生き伸びられるわけがないのだ。
そのため、船内の半魚人たちは奴隷契約さえ結ばれていなかった。
石斧で船を傷つける作業音が響かないわけがない。
「な、なにをしておるんだ、お前たち!」
半魚人たちの世話係をしていた老人が狼狽した声をあげる。
「そんなことをして、どうなるというんだ!
やめろ!
おとなしく、その場にその石をおいて静かにするんだ!」
しかし、世話係の老人の弱々しい制止に構う半魚人たちは居ない。
その老人にしてみれば、長年面倒を見てきた連中の突然の豹変である。
いくら声をかけても状況が変わらないとみたその老人は、踵を返してもっと若く、血気盛んな連中に助けを求めにいった。
別の船では、すぐさま船員と半魚人たちとが交戦を開始し、双方ともに死傷者が出る騒ぎとなった。
普段から半魚人たちに対して虐待に近い扱いをしていたこの船では、武器となり得る石斧が与えられた途端に、半魚人たちは脱出することよりもこれまでの意趣返しをおこなうことを優先させてしまったのだ。
人間側も刀剣などの武器を持ち出して半魚人たちに応戦し、乱闘騒ぎがしばらく収まる気配を見せなかった。
「ウロコ野郎どもの反乱だと!」
ハザマとやり取りをしていた男、この海賊団の団長が驚きの声をあげる。
「なんだって、今になって急に!
それも、三隻で同時にか!」
前代未聞の事態といえた。
ときに反抗的な半魚人が存在することは確かであったが、そうした生意気なのは相応を制裁を受けた上ですぐに船を降ろされるだけだった。
今回のように、ウロコ野郎どもが集団でことを起こすなどという事態は、これまでに聞いたおぼえがない。
数を頼んで結束する知恵も、組織的な反抗する度胸もない存在であると、半魚人たちは使役する側の人間から、そうみなされていた。
「おい、貴様!」
団長は甲板の手すりから半身を乗り出すようにして、ハザマを怒鳴りつける。
「やはり、貴様!
貴様がウロコ野郎どもを焚きつけて、動かしやがったな!」
「おれはなにもやってないよ」
ハザマはことさらのんびりとした口調で、事実を口にした。
「ずっとこの場に居て、お前さんとはなしていただけじゃないか。
なにがあったかしらないが、そちらでなんかトラブルでも起きたのか?」
「くそっ!」
団長はハザマに背をむけて姿を消す。
「お前のことはあとだ!」
今は、ハザマの相手をするよりももっと迅速な処理を必要とする、差し迫った問題がしたのだった。
事実、ハザマはなにもしていない。
ただ以前に、この島の半魚人たちにむかって、
「もし今後、人間に囚われている半魚人たちを見かけることがあったら、そのときはこの石斧を差し入れて、その気があったら自力で脱出するように伝えてくれ」
と、そんなお願いをしていただけだ。
それまでのやり取りから、ハザマは半魚人たちが、同族の、人間の奴隷状態にある半魚人たちに関して、あまり同情をしていないということに気づいている。
というよりも、どうも関心が薄いようだった。
彼ら半魚人たちにしてみれば、身近な同じ群れの同族であるのならばともかく、遠くの、面識もない同胞がどのような目にあっていようとも、あまり思うところがないらしい。
それでは、ということで、ハザマはせめてもの働きかけとして、たくさんの石斧を作ってこの島の半魚人たちに託すことにした。
この石斧を使って自力で脱出するのならばそれでよし、そうならなかったとしても、少なくともハザマの責任ではない。
生まれたときから選択の余地がなく奴隷状態にあることは、ハザマの価値観でいえばかなり不公正な状態であるといえたが、だからといってハザマ自身が先頭に立って半魚人の奴隷を解放しようとするほどの熱意を持っているわけでもなかった。
ハザマができることといえば、せいぜい、そうした不本意な状態にある者たちが自力で道を開くためのきっかけを作り、与えることくらいでしかない。
以前、この周辺の半魚人たちに託した願い事が、今回こうした形で実現したことはハザマにしてみても予想外なことであったが、まあ、これはこれでいいか、と、ハザマは思う。
これまでだって、たぶんに出たとこ任せだったしな。
団長が再びハザマの前に姿を現したのは、それから半日ほど経過してそろそろスコールが降りだそうという時刻であった。
「おい、お前!
ハザマ男爵といったか!」
血走った目をして肩をいからせた団長が、ハザマにたいして怒鳴り散らした。
「お前のおかげで、散々な目にあったぞ!
ウロコ野郎どもは死ぬか逃げるかしてすっかり居なくなっちまうし、船員にも多数の死傷者が出た!」
「だから、おれはなにもしていないってば」
保存食の上にマントと細い流木を乗せて雨除けの覆いをしている手を止めて、ハザマはそちらの方に顔をむける。
「それで、そっちの騒ぎはもう終わったの?」
「お陰様でな!」
団長は、また怒鳴った。
「大損害もいいところだ!
この落とし前、どうしてくれる!」
「落とし前もなにも、おれはなにもしていないってば」
ハザマはそういって首を振った。
「おれを拾いあげてくれる気がないんなら、このまま静かにこの場所から立ち去っておいた方が無難なんじゃないかな?」
一応、忠告はしておく。
「そんなことできるわけがないんじゃ、ボケぇ!」
団長は、やはりハザマを怒鳴りつけた。
「この稼業、やられっぱなしでいたんじゃ下の者に対する示しがつかんのじゃあ!
いいか、どこにも逃げるなよ!
今、うちの若いもんをそちらに迎えに出すからな!」
「あー。
迎えに来てくれるのはありがたいけど、もう少しあとにしておいた方がいいんじゃないかな」
ハザマはのんびりとした口調で応じる。
「もうすぐ、ざっと来るから」
ハザマがそういい終わった途端、鼻の先も見えないほどの大降りの雨が唐突にはじまった。




