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トカゲといっしょ  作者: (=`ω´=)


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航海の日々

 この船に乗り込んでから、毎朝寝起きに髭を剃るのがハザマの習慣になっていた。

 例の島に滞在していた間は身なりを整えるということがなかったハザマであったが、この船で生活するようになって以来、できる範囲内で小綺麗な格好をするようにしている。

 どうもハザマの中では人間社会とそれ以外の野生の王国との境界線がきっちりと引かれており、前者に居るときにはできるだけ身なりに気をつけるというルールを自分に課しているらしい。

 ちなみに、完全な男所帯であるこの船団の中には、そこまで自分の身なりに気をつけている者はいなかった。

 最初にハザマがよく剃れるカミソリと鏡を持ってくるようにいったときも、船中をあたってようやくまともな切れ味のカミソリを探し出してきたくらいである。

 日常的に鏡を使う者はいなかったらしく、仕方はなしに光通信用の鏡を一時拝借することにした。

 もっともこれは、この世界でまともな鏡はかなり高価である、という事情もあったのだが。


 この船団のように、何隻かの船で船団を作って行動するとき、航行時に所属する船の間でなんらかの連絡をする必要がある場合、ハザマもよく知る手旗信号の他にもいくつかの通信方法が存在した。

 光通信は、そのうちのひとつである。

 とはいっても原理はしごく簡単なもので、日光などを鏡で反射させ、その光を通信先である船に見せる、というものだった。

 布などでその光を断続的に遮れば、モールス信号のように数種類の符丁を伝えることができる。

 夜間や曇りのときは、日光のかわりに照明魔法を使うとのことだった。

 とにかく、ハザマが髭を剃るときに使うその鏡も、光通信に使用するための船の備品であった。

 ハザマがそうして寝起きに髭を剃るとき、たいていは船員のなにがしかが生きた彫像となってそばに立ち尽くしている。

 ハザマ自身はそんな生きた彫像の存在など目に入らないかのように振舞った。

 いちいちまともに相手にしていたら、身が保たないのである。


 元船団長を力づくで屈服させることによってこの船団に君臨することになったハザマに対する反感は強く、しかし同時にハザマの強さもその決闘のときに知れ渡っており、正面からやり込めることも難しい。

 そして、ハザマの就寝時を狙って寝首を掻きに来るわけだが、彼らにとって残念なことにハザマにはバジルがついている。

 結果、闇討ちに来た者は例外なくハザマのそばに半日かそこいら、生きる彫像として立ち尽くすことになった。

 いや、最初のうちこそハザマの闇討ちが目的であったはずだが、次に意地でもハザマになんらかの被害を与えてやると意地になり、そして今では誰が最初に成功をするのかという賭けの対象になっている、と、船医の先生がこっそりと教えてくれた。

 なかには、ハザマの就寝時を狙ってわざわざ別の船からボートでこの船にまでやって来る挑戦者もいるようだが、ハザマとしては別に害があるわけでもないのでそのままやりたいようにさせている。

 こいつらも暇なんだなあ、とは思ったが。

 なんといっても航行中の船上というのは、極端に変化が乏しく娯楽がない。


 数日から数十日にわたる航海中の船内という空間は、やはり異様な環境ではあるのだ。

 まず、船内に持ち込める物資が極端に少なく、船員の私物はほとんど持ち込めない。

 食料は、生きたままのリクガメが何頭かと、それにグレープフルーツ大のやけに皮が厚い、柑橘類のフルーツを大量に乗せていた。

 あと、例のカチコチに固いパンと。

 この世界には冷蔵庫などあるわけもなく、日持ちのする食料はかなり限られている。

 リクガメは船倉に詰め込んだ状態で、餌を与えないまま何十日でも生き続けるということで、こうした航海の際には生きた食料としてかなり重宝されているそうだ。

 数日に一度、一頭を潰して煮込みにして食べる。

 グレープフルーツのような柑橘系のフルーツも、何十日単位で日持ちして腐らないということと、それにビタミン不足を解消するために、経験則としてこのフルーツを船にの乗せる習慣が確立したのではないかと、ハザマは予想している。

 ちなみにこのフルーツ、食べてみると異常なほどに酸っぱい。

 本当に食用にできるのだろうかと、疑問に思うほどに酸味が強い。

 こんなうまくもない代物をわざわざ大量に船に乗せているのは、やはりこれを食べていれば船員が病気にかかる率が軽減するという経験則があるからだろうと、ハザマはそう推察したのだ。


 ハザマが乗る船は、かなり古ぼけているとはいえ、目測で全長三十メートルを越える。

 帆船としてみればそれなりに立派なサイズだと思えたが、それでも数十名の男たちが何十日単位で生活をともにする場所としては、かなり狭かった。

 乗組員のための個室などあるわけもなく、たとえ船長や船団長であろうとも、寝るときはハンモックを使い、その他のほとんどの船員は甲板上とか船倉のどこか邪魔にならない場所を選んでゴロ寝してすませる。

 プライバシーなどほとんど問題とされず、こんな環境では男所帯になるのも無理はないわな、と、ハザマなどは思う。

 ただ、内部に入ってそういうものだと割り切ってしまえばそれなりに快適ではあった。


 最初のうち、船員たちはハザマという乱入者に戸惑ったり、あるいは不快な思いをしているということを隠そうとはしなかった、何日か過ごすうちにハザマが彼らの仕事を邪魔することはないと知れ渡った結果、今ではハザマの存在はほとんど無視されるようになっている。

 例の、ハザマの寝首を掻くゲームなど若干の例外はあるもの、彼らも船を動かしている以上それぞれに仕事を持っているわけであり、なにもしていないハザマを構う余裕などないのであろう。

 ハザマと、それに船医の先生が、航行中のこの船団の中では一、二を争う暇人ということになる。


 その暇な、他になにもやるべきことがない時間を利用して、ハザマはいろいろなことを考える。

 ハザマ領に残してきた連中、洞窟衆のことはあまり考えなかったが。

 あの連中に関して、ハザマは特に心配はしていなかった。

 なんだかんだで優秀なのが揃っているし、ハザマがいないのならいないなりに自分たちでうまくやっている、そのはずなのである。

 遅いか早いかの差こそあれ、いずれはそれぞれが自立して動けるようになることを目的としてハザマは洞窟衆という組織をデザインしてきたつもりであったし、なんなら今の時点でハザマが帰還しなくなったとしても、やつらはやつらなりにどうにかやっていけるはずでもあった。

 それだけのお膳立てを整えるよう、ハザマもそれなりに留意して周囲の環境を整えておいた、つもりだ。

 なにより、こうして現にハザマがあの連中に連絡さえすることができない場所に孤立している以上、あれこれあの連中のことを考えても無駄になるだけであった。


 それよりも、ギギザの港ってのがな。

 と、ハザマは思う。

 前述の通り、船医の先生は酔いつぶれていないときはハザマの相手をしてくれるわけだが、その先生から聞いたところによると、そのギギザの港はほとんど海賊の関係者しか出入りしないような、そんなかなり特殊な港であるということだった。

 ギギザの港はある島の入り組んだ入江の奥にあり、なにも知らない者が外から見ても、その島に港があるとは気づかれないようになっているのだという。

 そんな島に頻繁に船が出入りしていれば、所在もすぐにばれそうに思えるのだが、主要な航路から外れた場所にある島だとその目撃者さえ、滅多に出ないとか。

 とにかく、このハザマが便乗している船団がそのギギザの港を目指しているのも、その港までいえけばツケで船の修繕などを請け負ってくれる工房がいくつかあるから、ということであった。

 海賊という特殊な集団の関係者だけで構成されているだけあって、そのギギザの港は仲間内の相互扶助の精神がうまく機能しているらしい。


「相互扶助の精神だと?」

 ハザマがそうした意見を口にすると、船医の先生はその意見を鼻で笑った。

「そんなもん、あるわけなかろう。

 ツケが効くのは、借金で身動きができないようにしたあと、船ごと、船団ごと押収するために決まっておるわ」

 船を取りあげ、船員は奴隷に落とすというパターンもあるし、船団丸ごと別の海賊団の下部組織として身売りを持ちかけられる場合もある、という。

 いずれにせよ、

「タダより高いものはない、ってわけか」

「ま、そういうこったな」

 ハザマはいうと、船医の先生は頷いて、また一口ガラム酒の徳利をあおいだ。

「いずれ海賊など、他人の足元をすくい、どうにかして出し抜こうと考えているような手合いしかおらん」

 それもそうか、と、ハザマは納得した。

 そうとわかった上で、そのツケの修繕を頼りにしようとしているこの船団は、つまりはそれだけ切羽詰まった状態にあるということになる。

 いや、なんの目当てもなく硫黄探しの旅に出るほどであるから、もともとそれなりに困窮してはいたのだろうが。

 その困窮していた船団に対して、櫂漕ぎの半魚人たちを焚きつけて最後の駄目押しをしたのが、他ならぬハザマ自身という形となる。


「で、そのギギザの港、転移魔法が使える人とか居そうですか?」

「そんな上等な人間がおるわけなかろう」

 船医の先生は、ハザマの疑問を一蹴した。

「ゴロツキばかりが集う、掃き溜めのような場所だぞ」

 うむ、と、ハザマは考える。

 だとすれば、そのギギザの港とやらからまた別の、もっと大勢の人間が集まっている場所まで、どうにか方法を工面して移動しなければならない。

 この船団については、ハザマはギギザの港にまで送って貰えれば、そのあとは解放して勝手にさせるつもりであった。

 こんな借金ばかりの船団を配下に収めても、ハザマにしてみれば面倒事が増えるばかりでメリットなぞなにもないのである。

 仮にこの船団に借金などがなかったとしたら、もっと賑やかな、どこか転移魔法を使える人材に接触できるような場所まで送らせることも考えたのであろうが、現状だとこの船団の船は修理を必要とするようであったし、それにこのまま長くつき合って深入りをすると、もっと別種の、特に経済的なトラブルにハザマが巻き込まれてしまう可能性も多かった。

 ハザマとしては、次の寄港地であるギギザの港に到着次第、この船団とはきっぱりと縁を切る予定でいる。



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