リンザの戸惑い
アズラウスト公子らはまだスデスラス王国に居る。
ブラズニア公爵領では以前より王国からの脱退を睨み、相応の準備を整えていたので、アズラウスト公子が直接現場に出て監督をする必要がなかったからだ。
それに、今のスデスラス王国には、各国の要人が集まっている。
そうした人々に対して「ブラズニア公国」がメレディラス王国からの脱退を宣言したことを伝えて歩くのに、この場の状況は都合がよかった。
アズラウスト公子はこの日のうちにこうした告知の仕事を終えている。
たいていの国にはブラズニア公爵からの正式な書類として必要な内容を記した書状を手渡すだけで済んだが、ムノライ国王やベントリー・ドラジア王子などからは改めて面会をして細かく説明をすることになった。
その際に確認したところによると、ニョルトト公爵家も「公国」を名乗り、ムノライ国王経由でアポリッテア・スデスラス姫に対して、
「解放軍の維持費を負担するかわりに、いざというときに同軍を動員できる権利を確保しておきたい」
との申し出を、すでに済ませているそうだ。
スデスラス王国側からの返信はまだしていないようであるが、解放軍への出資者が増えることは、スデスラス王国側からみればメリットしかなく、断る理由もないだろうな、と、アズラウスト公子はそう思っていた。
スデスラス王国側がニョルトト公国のこの申し出を受け入れた場合、
「複数の国家が共有する、国際秩序と治安を維持するための軍隊」
という、今後の解放軍を支えであろう構想は、それだけ前進をしたことになる。
出資する国が増えれば増えるほど、今後の解放軍の運用状況は安定するのだった。
王国が明確な対応策を打ち出す前に、ブラズニア公国とニョルトト公国はすでに独立国としての地歩を着々と固めつつあった。
同様に、スデスラス王国も、昼間に提案した事柄は会議に参加した国々から大きな異議が出されることもなく、そのまま通りそうな雰囲気になっている。
なにしろ一番反発をしそうなゴロジオ王国やベズデア連合が、ステラシュス姫の暴走やガンディード将軍の決起によって腰砕けになっていたので、ハザマの消失以降、議事は淡々と進行した。
ゴロジオ王国やベズデア連合の代表者たちにしてみれば、この場でスデスラス王国に反抗するよりも、さっさとこの会議を終わらせて自国に帰り、事後の対応策を手がけたい思いの方が大きかったのではないか。
バイラド・ゴロジオやベズデア連合の国家主席は、会議中、心ここにあらず、といった様子だった。
このままなにごともなくこの会議が推移すれば、この周辺諸国での国際秩序は、アポリッテア姫率いる新生スデスラス王国を事実上の盟主として迎える結果になりそうだ。
各国に経済的な負担をさせた上で、解放軍の膨大な兵力を自国内に留め置くということは、それだけ大きな影響力を持つことを意味する。
これについて、現時点でほぼ同じくらいの規模と国力を持つベズデア連合やそれにメレディラス王国は当然面白く思わないことでであろう。
だが、時代はそういう方向に流れつつある。
これから内乱や分裂の危機にさらされることになるベズデア連合やメレディラス王国は、どうあがいても国土の分割とそれに国力の衰退を避けられないのではないか。
メレディラス王国に対してそうなるように仕向けた張本人の一人であるアズラウスト公子は、そんな風に思うのだった。
まだまだ世情は、移ろい動いていくのだろうな、と。
「うちの各部署の者とも相談をしたんですが」
同じ頃、洞窟衆のリンザは多忙を極めていた。
「解放軍の中に在籍する領地経営の経験者は限られており、そのほとんどがスデスラス王国内で働く予定となっております。
新たにそちらへ人材を送るとなると、やはりハザマ領内で育成した者たちを送ることになると思います。
その分、お求めの人数に応じて移送費などもご負担いただくことになりますが、それでよろしいでしょうか?」
読み書きや計算ができるほどの人材ならばそれこそ掃いて捨てるほど居るのだが、領地経営ともなるとその他に雑多な判断が要求される。
その手の処理を苦手として、代官に一任する貴族は決して少なくはなかったので、洞窟衆でもそうした代官候補者を普段からそれなりに育成してはいる。
そうした代官候補者の中から実務に耐えうるほどに仕上がっている人材を送ることを、リンザたちは考えていた。
『ふむ。
それは、仕方がなかろうな』
通信の相手、ガンディード将軍は重々しい口調で頷いた。
『こちらとしても、急にお願いした形であるし、むしろこれほど素早く対応してくれるのがありがたい。
当座はそれでいいとしても、長期的にはやはりこちらの者たちをしかるべき地位につけたいと思っているのだが』
「現地における人材育成までをお望みですか」
リンザはそう応じる。
「そちらは、領地経営用の人員とは別個の契約になりますね。
しかるべき報酬をご用意いただければ、人材育成用の教材や要員をそちらにお送りすることは可能です。
ですが、今までそちらでそうしたお仕事をしていた方々は、いらっしゃらないのでしょうか?」
『それがなあ』
ガンディード将軍はため息混じりにそういった。
『役所に務めていた者たちの大半は偽りのベズデア主義にどっぷりはまっておって、どうにも使いものにならんのだ。
中央の意向ばかりを気にかけるばかりで、実際の仕事の方は、一日で終えるものに五日もかけて平然としているありさまよ。
悪い意味での官僚主義的というか、それでもそのまま処刑するのも寝覚めが悪いので、多少なりとも見所のある者のみを残してまとめてサハルへと送還する手配をした』
サハルとは、確かベズデア連邦の首都であったか。
とにかく、ガンディード将軍がベズデア連合から無理に独立をさせた地域でも、それなりに問題は多いようだった。
万民の平等を謳い文句にしているベズデア連邦では、働き者も怠け者も同じ業種であれば一律の賃金を国家から支給されることが保証されている。
そのため、悪い意味での横並び意識が蔓延しており、競争意識というものがほとんど見られなくなっている、とか。
それに、中央と、あとから武力によって統合された地域との待遇格差問題も、かなり深刻であった。
このうちの後者は、ガンディード将軍が短期間のうちに領地を切り取ることができた原因にもなっているわけだが、どにかく、そちらはそちらで問題が山積みであるらしい。
『人材の育成というよりも、もっと広い意味で領民の意識を改革していかないと、せっかくベズデア連合から独立を果たしたとしても未来はない。
将来のことを考えるならば、多少の出費は覚悟の上で早いうちから領民を教導する方策を立てておかねばならん。
そのために、どうか協力をしていただきたい』
「できる限りのことはするつもりですが」
思案しつつ、リンザはそう応じる。
「そうですね。
まずは今すぐに用意できる金額をご提示ください。
その予算内でどうにか収まるような感じで、人材や教材などをご用意させていただきます」
通常ならば顧客の要望に沿った形の見積もりを洞窟衆側から提示して、そこから具体的な商談を開始するわけだったが、今回の場合はその逆に予算の額から逆算して提供できるものを見繕っておいた方が無難な気がする。
ガンディード将軍が理想とする形で必要な物を用意していけば、必要となる金額は非現実的なほど巨額になってしまうだろう。
それだけ支払い能力が、ベズデア連合から分離したばかりのガンディード将軍の独立地区だけで用意できるものとも思えなかった。
『そうしておいた方が、確実か』
ガンディード将軍は、リンザの提案を素直にのんだ。
『それでは、明日にでもこちらが用意できる金額をまとめてそちらにお伝えする。
より具体的な打ち合わせはそれからということにしておこう』
ガンディード将軍との通信を切り、リンザはそっとため息をついた。
こうした交渉も洞窟衆としての通常業務の一環であり、決しておろそかにはできない。
こうした商談によって発生したコネが、この先どういう形で役に立つのか、わからないからだ。
それに、ハザマが帰還するまで、洞窟衆の業務を滞らせることはないように務める、ということが、洞窟衆の主だった者たちの間での合意となっていた。
ハザマが不在の間も、洞窟衆は健在である。
内外にそう知らしめることで、つけいる隙を見せないようにする。
そういう取り決めが、洞窟衆内部でできていたのだ。
だから、こうした通常業務についても、決して手を抜くことはない。
とはいえ。
気疲れは、するんだけどね。
と、リンザは思う。
普段はこうした大物との交渉はだいたいハザマの役割であり、自分はそばで見物して記録を取っているだけであり。
そのリンザがいきなり矢面に立つような役割を割り振られて、緊張しないわけがないのであった。
かといって、他にこの役目を引き受けてくれそうな人は居ないし、居たとしてもすでに別の仕事で忙しくしているし。
結局、ハザマが不在の間はリンザの負担が大きくなることを覚悟するしかなかった。
リンザはすぐにガンディード将軍との取り決めた内容を領主直属班の者にまとめさせ、関係各部署に送付しておくように手配をする。
こなすべき仕事は、まだまだ山のように残っていた。
「やっ!」
事務机にむかっているリンザの肩に、突然手が置かれる。
「ちょっと寄り道しているうちに、なんだか変なことになっているみたいだね」
「トエス!」
リンザは反射的に振り返り、その声の主の名前を呼んだ。
「はいはい。
詳しいことはまたあとで」
そんなリンザの様子には構わず、トエスは片手をあげて合図をする。
「ハザマ男爵が居ないってことは、あの無駄に広いお風呂も入り放題なんでしょ?
だったらリンザもつき合ってよ。
仕事?
そんなもの、あとあと。
休むときはしっかり休まないと、かえって効率悪いし。
それにそんなに眉間に皺ばかり寄せていると、それだけ早く老けちゃうよ」
トエスが連れていたアレルとエレルの双子、それに水妖使いの三人に抱えられるようにして、リンザは領主執務室から半ば無理やり拉致させる。




