国王の決意
「実際に脱退をされるよりは、そちらの方がまだしも傷が浅くなるのかも知れませぬな」
ガイゼリウス卿は、そう応じる。
「一番恐れなければならぬのは、他の貴族にまで王国から脱退していく動きが広がっていくことになります。
それを防ぐためには」
「わかっておる。
貴族たちへの締めつけを厳しくし、同時に懐柔策を用意すること、であろう」
メレディラス国王はそういった。
「古くからある、飴と鞭の使い分けだな。
鞭の方はともかく、飴の方は部族連合からもたらされる賠償金がある今のうちに、どうにかしておかなくてはならない。
なにか考えておくように」
「はっ」
ガイゼリウス卿はそういって頭をさげる。
「それはよろしいのですが」
「なんだ?
まだなにかあるのか?」
「グラウウデウス、グラゴラウス両公爵から、ハザマ領へ視察へ向かうことについて、こちらに許可を求められております」
ガイゼリウス卿は神妙な表情でメレディラス国王に告げた。
「こちらについては、どういたしましょう?」
「そんなもの、好きにいかせておけばいいではないか」
メレディラス国王は微妙に顔をしかめながら、そういった。
「ハザマ領への視察だ見学だのおこなうのは、最近の貴族の間では珍しいことではなくなっている。
それに、そんな些細なことのためにいちいち王家に許可を求める必要もない」
ハザマ領と洞窟衆では、なにかと前例のない事業や施策を頻繁におこなっているため、王国の各地から視察団を迎えることが少なくはない。
メレディラス国王とガイゼリウス卿にとって、その事実は今さら確認をするまでもない前提となっていた。
「いえ、それが」
ガイゼリウス卿は、メレディラス国王の思い違いを正した。
「ハザマ領への視察を希望しているのは、グラウウデウス、グラゴラウス両公爵家配下の何者か、ではなく、両公爵家当主その人でありまして」
「なに」
それを聞いたメレディラス国王は、虚をつかれた表情になった。
「配下の何者かではなく、公爵当人がわざわざ出向くと、そうもうしておるのか?」
ハザマ領へ誰かをむかわせることについては、わざわざ王家に許可を得る必要はない。
しかし、このメレディラス王国において、公爵家ほどの大身が自分の領地から離れる際には、その理由を明記した上で王家に許可を得る必要があった。
「その届けは、つい最近になって出されたものか?」
少し考えてから、メレディラス国王はガイゼリウス卿に確認をした。
「本日に、王宮に届けられました」
「具体的な時刻はわかるか?」
「詳細は不明ながら、ハザマ男爵失踪の報告が王宮に届いたのよりもあとであることは確かです」
「そういうことであれば」
メレディラス国王は目を瞑って深く息をつき、天井を仰いだ。
「今日の変事はすべてつらなっているのかも知れぬな。
グラウデウス、グラゴラウス両公爵家がハザマ男爵の不在をいいことにハザマ領になんらかの干渉をおこなうことを企図している。
そのことをよしとしないニョルトト、ブラズニアの両公爵家が、機先を制する形で王国からの脱退を宣告した。
ふむ。
そのように考えると、筋が通る」
馬鹿なことを。
それぞれに勝手な思惑で動きはじめた大貴族たちに対して、メレディラス国王は心中で悪態をついた。
ハザマ領などという厄介な存在は、遠くにおいて一方的に利用するのが一番利口であろうに。
メレディラス国王にしてみれば、昼寝をしているドラゴンの尻尾をわざわざ踏みにいくような愚行を、グラウデウス、グラゴラウス両公爵家はしでかそうとしているように見えた。
また、この両家を牽制するためにわざわざ王国から脱退しようとしているニョルトト、ブラズニア両公爵家も、別の意味でどこかずれているように、メレディラス国王には思えるのであった。
あいつらが、たかだか王国公爵から多少の無理強いを強いられた程度で、すぐに膝を屈していいなりになるような殊勝なタマなものか。
それぐらい扱いやすい連中であったならば、今頃は洞窟衆はまるごど王国の配下になっていたはずだった。
いや、ニョルトト、ブラズニアの両公爵家は、そのことも重々わきまえた上で、ハザマ男爵不在の洞窟衆に恩を売るために、王国からの脱退する意思をおおやけにした、と見るべきか。
だとすれば。
メレディラス国王は、苦笑いを浮かべた。
王国大貴族の地位も、知らぬ間にずいぶんと目減りしていたものだ。
「グラウデウス、グラゴラウス両公爵が領地から離れる許可は、出す」
少し考えてから、メレディラス国王はガイゼリウス卿にそういった。
「ただしそれは、グラウデウス、グラゴラウス両公爵家が、ニョルトト、ブラズニア両公爵家の王国からの脱退問題に対応をすることと引き換えにする。
この交渉の際には発生する問題と費用、それに結果に関わる責任は、すべてグラウデウス、グラゴラウス両公爵家が引き受けるものとする。
この条件さえ呑めるのであれば、グラウデウス、グラゴラウス両公爵が領地を離れてどこへいこうとも、王室は感知しないものとする!」
「本当に、それでよろしいのでございましょうか?」
ガイゼリウス卿がメレディラス国王に確認をした。
「場合によっては、王国公爵家の序列が大きく入れ替わり、国内にもまた大きな混乱が起こる懸念がございますが」
メレディラス国王は、洞窟衆の扱いについて対立している公爵家同志を、意図的に噛み合わせようというわけであった。
うまい具合に交渉のみで事態が収拾したらいいのだが、そうならなかった場合には、王国内で内乱が起こることになる。
「国が荒れる、か」
メレディラス国王は小さな声で呟いた。
「確かに、そうなる恐れはあるな。
しかしここまで来たら、もはや無傷では済まんだろう」
王室の権威と実力を持って威圧し、よっつの公爵家を黙らせることもできた、と、少し前、洞窟衆の出現以前のメレディラス国王ならば、そう判断したことだろう。
しかし現在の状況では、そうして王室が前に出て調停を試みたとしても、どの公爵も真摯に耳を傾けるようには思えないのであった。
これは、王室の威光に陰りが見えたせいか、それとも。
いいや。
と、メレディラス国王は、心中で首を振る。
威光が陰ったのは、別に王室のみではない。
洞窟衆という、たかだか一年前まで影も形もなかった集団が発生したおかげで、王国公爵家のうち四家もが慌てふためいて動き出しているのだ。
これはつまり、ついこの前まで自明の前提であった王国の身分制度の価値が、いつの間にやら地盤沈下して、従来よりもずっと軽くなったということなのではないか。
やつら王国公爵だちが洞窟衆を巡って争うというのあらば、今はやつらに任せておこう。
そう、メレディラス国王は思う。
やつらがお互いに噛みつき合い、疲弊をして身動きが取れなくなるようなことがあったら、そのときこそ王室が直々に介入をしてやればいい。
もちろん、そんなことになるまでもなく、言葉による応酬のみで事態が収拾するのが一番であるのだが。
それでも、最悪の事態は覚悟しておくべきだろう。
メレディラス国王はそのように考えた末、
「ずいぶんと奇妙な事態になったものだな」
と、複雑な心境で、そう思った。
「どうやらわが国王陛下は、事態を静観することを選択したようだね」
その「奇妙な事態」を作り出した元凶のひとり、アズラウスト・ブラズニア公子はその夜、妹であるメキャムリム・ブラズニア姫とムヒライヒ・アルマヌニア公子にむかってそういった。
「つまりは、ぼくたち公爵家のやりように任せるってことなんだけど。
さてこれは、国王陛下の度量が深いと見るべきか、それとも投げやりになって手を出しかねていると見るべきか」
「おそらくは、その両方ともでしょう」
ムヒライヒ公子は、平坦な口調でそういった。
「わたしが国王陛下の立場でも、しばらくは放置して静観すると思います」
「わかるわかる」
アズラウスト公子はしたり顔で頷く。
「事態が悪い方に転がったら、公爵たちにその責任を負わせて追求すればいいいだけだもんね。
こういいってはなんだけど、国王陛下からしてみれば、今の時点では一番楽な選択だ」
「いいたい放題」
頬を朱に染めたメキャムリム姫が、アズラウスト公子にそういった。
「そもそも!
こうなったのは!
お兄様が仕向けたからなのですよ!」
「大きな声を出さなくてもわかっているよ、キャム」
アズラウスト公子はそういって自分の妹を宥める。
「いいえ!
お兄様はわかっていらっしゃいません!」
メキャムリム姫はまた、大きな声を出す。
「下手をすれば内乱になります!
そうなればわたくしたちは王室に弓引いた逆臣になるのですよ!」
「ああ、酔っていらっしゃる」
他人事のような口調で、ムヒライヒ公子が呟いた。
「そうです!」
メキャムリム姫は叫んだ。
「これが酔わずにいられますか!」
そういいたくなる気持ちはよくわかる、と、ムヒライヒ公子は思う。
身内が王室に喧嘩を売ったとしたら、ムヒライヒ公子自身も、酒を飲みたくなるはずだ。
「それで、先の見込みはあるのですか?」
ムヒライヒ公子はアズラウスト公子に訊ねた。
「王国は、公爵家の脱退など容易に認めないことと思いますが」
「そりゃあ、簡単には認めないでしょうね」
アズラウスト公子はそういって頷く。
「そんなことを簡単に認めてしまったら、王国そのものがあっけなく分解してしまう。
おそらくは、軍事力による威嚇も含めて、粘り強い交渉をしかけてくることでしょう」
「ときに実際の衝突も伴う交渉、ですか」
ムヒライヒ公子はため息混じりにそういった。
「そこまでする必要が、あったのですか?」
「たぶん、ね」
アズラウスト公子は苦笑いを浮かべる。
「そこまでしないと、みんな、理解しないと思うのですよ。
洞窟衆という存在が、どれほどの可能性をわれわれにもたらそうとしているのかを。
今の時点では彼らがもたらす物品の利便性にばかり目を奪われがちですが、そうした道具や思考法がこの世の隅々にまで浸透したとき、この浮世がどのように変貌するのか。
そこまで想像できている人が、あまりにも少ない」




