想定外の味方
「ええと」
リンザは戸惑いつつ、数秒頭の中で言葉を探してから、結局こう確認する。
「なんでそうなるんですか?」
ハザマが不在の間に王国側が圧力をかけてくるであろうことまでは、予測していた。
だけど、ニョルトト公爵家ならびにブラズニア公爵家の王国からの脱退とか、王国がハザマの知識を狙って動き出すとか、そういったことまではリンザたちに予測できようはずもない。
なんというか、リンザにしてみれば、あまりにも突拍子もない内容に聞こえた。
『なんでって、それは』
マヌダルク姫は柔らかい口調でその問いかけに答えた。
『人間の欲望には際限がないし、誰しもが自分の欲望を実現するために動いているから、なのでしょうね。
わたくしどもはこれ以降もハザマ男爵の恩恵を受けて動きたいものと思っていますし、そのためにはかの方を支配したり囲い込んだりするよりは、こうした機会に恩でも売っておいた方がより安全で効率がよいと判断しています。
対して王国の一部の方々は、ハザマ男爵からのおこぼれで恩恵を得るよりは、もっと進んで自分たちの手によってその恩恵をもぎ取り、周囲からの賞賛も一身に受けたいと思っています。
それぞれがそれぞれに必要とする欲望を満たすために動こうとしている結果、そうなるであろうというかなり確実な未来図が予測できるわけです』
欲望がどうとか哲学的なところからはじまって、最終的にはかなり具体的な内容で締めくくられた。
これはこれで、それなりに説得力があるのか、とか、リンザは思い、しかしその判断力に今ひとつ自信が持てなかったので、
「ルアさん」
と、そちらに確認をしておく。
「今のマヌダルク姫の発言について、どう思われますか?」
『王国の諸侯がどのように動くのか、ニョルトト公爵家のマヌダルク姫ならば、わたくしどもよりももっと確実なところが予測できるはずだとは思います』
即座に、ルアはそう返す。
『ただし、公爵家ほどの大身がそうそう簡単に王国の庇護から離れられるものかどうか、その点についてはかなり疑問に思いますが。
仮にニョルトト公爵家並びにブラズニア公爵家が王国からの脱退を宣言したとしても、王国中央部がその場ではいそうですかとそれを許諾するとも思えません。
下手をすると、両家の独立を認めるのか否かで一悶着起こります。
いえ、より正確にいうのならば、一悶着も起こらないと不自然です』
それもそうか。
と、リンザは納得する。
大領主である公爵家がふたつも同時に王国から脱退してしまったら、税収面だけを見ても王国にしてみれば大打撃になるはずだった。
ましてや、ブラズニア公爵家の領地は王国の中でも有数の穀倉地帯。
ルアが指摘した通り、
「抜けます」
「はい、どうぞ」
と、簡単に許可できるものでもないだろう。
『確かに、王国としてもすぐにわたくしどもの脱退を認めることはないとは思いますが』
すかさず、マヌダルク姫が説明を補う。
『王国側の注意を分散する働きはあると思います。
ハザマ男爵が行方知れずとなったことは十分に大事ではあると思いますが、それに勝るとも劣らない異変がほぼ同時に起こったとしたら』
「それに対処するために、王国側も忙しくなってしまう、そのはずだと」
リンザは頷く。
確かに公爵家が同時にふたつも、王国からの脱退を希望して来れば、そちらへの対処で王国側の処理能力はかなり潰されてしまうのに違いない。
それこそ、ハザマが不在となったハザマ領への干渉など、している余裕などもなくなるかも知れない。
それはそれで、こちらとしては確かにありがたいことではあるのだが。
「そんな大それたことをして、姫様方にどんな益があるというのですか?」
リンザは、改めてその点を確認する。
『先ほどもいいましたように、ハザマ男爵の歓心を買いたいだけです』
マヌダルク姫は、そういいきった。
『男爵様もかなりですが、洞窟衆の方々もご自身の業績や影響力を軽視する傾向があります。
あなた方がこれまでにおこない、そしてこれからも周囲に与える影響力は、それこそ王国の公爵領のひとつやふたつなどは比較にならないほどのものなのですよ。
こんなつまらないところで躓いている余裕などありません』
なんでこの人はこれほど自信満々に断言をするのか。
とか、リンザは思う。
身内よりも外部の人の方が洞窟衆の評価が高い、というのも、どういうもんなんだろうか。
「洞窟衆の評価はさておき」
リンザはそう仕切り直す。
「今はもっと差し迫った問題について話題にするべきであるかと思いますが」
『そうでしたね』
マヌダルク姫はあっさりとリンザの意見に同意した。
『王国側としては、わたくしどもニョルトト公爵家とブラズニア公爵家の脱退に対処する必要があり、洞窟衆にことまでにはあまり手が回らなくなるだろうということがいいたかったわけです。
仮に今後、王国側が洞窟衆になんらかの干渉をおこなうことがあるにせよ、全力でやってくる余裕はなくなってくるものと予測されます』
「王国からしてみれば、確かにもっと喫緊の問題の方に注力するはずですよね」
リンザは頷く。
常識的に考えて見ても、洞窟衆のことなどよりも、ふたつの公爵家が王国から脱退する問題の方が、よほど重要度が高いはずである。
なにしろ王国の未来が大きく変わってしまうような案件なのだ。
『そうすることにより、時間が稼げます』
マヌダルク姫はそう続けた。
「時間?
なんの、ですか?」
反射的に、リンザは訊き返した。
『ハザマ男爵を捜索するための時間に決まっているではありませんか!』
マヌダルク姫は呆れたような口調でそういった。
『それ以外に、なにがあるというのですか?』
なんであなたが、当然のことのようにそこまでハザマのことを気にかけるのか?
重ねてそう問いかけようとして、リンザはそれを自制する。
先ほどと同じような展開になるだけだと、すぐに悟ったからだ。
『あなた方がこうして落ち着いている以上、男爵様は健在でいらっしゃるのでしょう?』
続けて、マヌダルク姫はそう確認してきた。
『だとすれば、来るべきハザマ男爵様が帰還するその日まで、洞窟衆を外部からの無用の干渉から遠ざけておくことがわれわれの一致した目的になるのではないでしょうか』
「ええ、まあ」
若干、押され気味になるのを自覚しながら、リンザは答えた。
「その点では、確かにわたくしどもと姫様の目的は一致しているように思いいます」
まさかここに来て、予想外の味方が出現するとは思わなかった。
それも大国公爵家が二家も、洞窟衆のために働いてくれるという。
もちろん、彼らには彼らの目的があって、そのために動いているのであり、全面的に信用することはできない、とも思ったのだが。
いずれにせよ洞窟衆としてはありがたい事態であり、嬉しい誤算といってよい。
「みなさん、お聞きの通りです」
リンザはマヌダルク姫との対話を一度中断して、洞窟衆の仲間たちに語りかけた。
「このことについて、どう思われますか?」
意識的に、漠然とした訊き方をしておく。
なにしろ、当のマヌダルク姫に通信が繋がっている状態である。
『利害が一致しているというのならば、連動してもいいんじゃないでしょうか』
タマルが真っ先に反応した。
『というより、こちらから公爵家相手にどうこうしろとか指示を飛ばすような権限を持っていないですよね、洞窟衆は。
だったら実際には、そちらの出方を見ながらうまく立ち回るくらいしかやりようがない』
『王国内の政争の種として扱われることについては釈然としないものを感じますが』
バツキヤは、そんないい方をした。
『わたしもタマルと同意見です。
こちらで制御できない勢力の動きについては、よく動向を見定めた上でできるだけそれを利用するしか方法がありません。
今回の場合、確かに男爵捜索のための時間を稼ぐためには有効でしょう』
『え、でも』
落ち着き払ったこの二人の態度に比べて、ハヌンは露骨に動揺しているように思えた。
『なんでそんなにあっさりと受け止めてんの!
だってあれ、王国大貴族の公爵家がふたつも王国からの抜けるっていってるのよ!
どうしてみんなもっと驚かないの!」
ハヌンのこの取り乱しようを見て、リンザはようやく腑に落ちる。
そうそう。
これが、これこそが普通の反応だ、と。
ついこの間まで普通の村娘でしかなかったリンザとハヌンは、公爵家にゆかりのある人々とこうして間近に接する機会さえない庶民であった。
その庶民の感覚からいえば、公爵家がふたつも王国からの脱退するというのはそれこそ青天の霹靂、決してあってはならない異変であるはずなのだ。
『とはいえ、こうしてマヌダルク姫様が直々にそうすると報告にいらしている以上、本当にそうするおつもりなんでしょう』
ルアが、やはり落ち着いた口調で続ける。
『だとすれば、われわれとしてもそれをうまく利用させて貰うのが上策であるかと思います。
われわれが優先させなければならないのは、まず第一にハザマ男爵の捜索活動。
これについては、手を抜くつもりはありませんが、なにぶん情報が不足し過ぎているのですぐに成果が望めるものではないと予想します。
次に、洞窟衆並びにその活動を保全すること。
現在進行中の各種事業はそのまま続けることを前提として、それを妨げようとする外部からの干渉については断固として抵抗を試みる、ということでいいですね?
予想されるそうした動きとして、王国からの干渉については今まで検討してきた通りでいいとして、その他にもなにか気づいたことなどないですか?』
「スマホ番の人員を丸ごと、別の場所に移しておこうかと思います」
リンザが発言した。
「現在このスマホ番は、この領主官邸内に寝起きさせて作業に従事させているのですが、ここから別のどこかに丸ごと居場所を移してしまおうかと思っています。
厳重な護衛をつけた上で、その具体的な行き場所については洞窟衆内部でもごく一部の者しか知られないようにしておくつもりです」
『なるほど』
ルアがすぐにリンザの案に賛同してくれる。
『念には念をいれて、ですね。
マヌダルク姫がおっしゃった通りに、王国側の一部の反動勢力の目的がスマホにあるとしても、肝心のスマホのありかがわからなければ手の出しようがなくなるわけですか』




