衝撃の通告
『王国公爵家のうち、当主が不在となってひさしく、まともに機能していないベレンティア公爵家とワデルスラス公爵家はまず除きます。
ワデルスラス公爵家は知っての通り、スデスラスでの敗戦処理をするのが手いっぱいでしばらくは洞窟衆どころではない、と』
ハヌンが洞窟衆の仲間たちに説明をする。
『洞窟衆の存在を容認し、むしろ積極的に活用するべきだとしているのがブラズニア公爵家とニョルトト公爵家。
おそらく中立を選ぶと予想されるのが、臨海州のグフナラマス公爵家と森林州のアルマヌニア公爵家、それと王国の中では新興になるアラテラ公爵家の三家。
アルマヌニア公爵家は伝統的にこうした政争に際して不干渉の立場を取ることが多いし、グフナラマス公爵家は心情的に洞窟衆寄りではあると予想するんだけど、海上貿易を領内での事業の柱としている以上、表立って王家に楯突くこともしない。
アラテラ公爵家は先のスデスラス王国の件においても結局最後まで王国とスデスラスの、どちらにも加担することなく終わったくらいだし、今回に限って余計なちょっかいを出してくることはまずないと思う』
『補足をすれば、アラテラ公爵家は洞窟衆からかなり多額の融資を受けています』
財務担当のタマルが茶々を入れた。
『その関係で、今回の問題に関しては余計に手を出しづらくなっているはずです』
『それで、残る二つ、グラゴラウス公爵家とグラウデウス公爵家が反洞窟衆派、というより、実質王家派の筆頭になるわけだけど、この両家は王国の初期から王室と深い関係を持ち、それだけに矜恃も高く、なかなかに扱いが難しいわけです。
彼らにいわせれば、王家を差し置いて洞窟衆とその周辺が豊かになっていくのはけしからん、ということになるらしい』
ハヌンは説明を続けた。
『このグラゴラウス公爵家とグラウデウス公爵家とは王室との関係が深いこともあって貴族社会の中で発言力が強い。
具体的な権力を持っているというよりも、王国上層部のほとんどを占めている貴族たちの意見を事実上決定してしまえるほどの影響力を持っていると考えていいです。
男爵の不在に乗じて、この王国上層部が本気を出してこちらに干渉してくるとなると、わたしたちだけではちょっと対応が難しくなるかな、と』
『王国の中には、そんな法があるのですか?』
ルアが訊ねた。
『たとえば、不慮の事故などで領主不在になった際などに、王国上層部はその領地に対して公然と干渉をおこなうことができる、とか』
『明文化された法案としては、そんな条文は存在しません。
そのはずです』
ハヌンは即答した。
『しかし実際には、表向き、善意でそうした偉い方々が領主不在のわれわれを助けるために乗り込んできたとしても、われわれとしてはそれを拒否することができません。
なぜならば立場上、われわれはハザマ男爵の臣下に過ぎず、領地経営の専門家でもなんでもないからです。
大身である公爵家ゆかりの方々が直々に手を貸そうと乗り込んできたら、そうした干渉を跳ね除けるべき正当な理由が思いつきません』
『つまり、むこうがその気になれば、善人面をしたお偉い貴族様たちは堂々とこちらに乗り込んで来て、これまでのわたしたちの成果物を堂々と、あくまで厚意によって自分のものにしてしまわるわけですか』
バツキヤが吐き捨てるようにいった。
『それが平地の民の、平均的なやり口なのですか?』
「そういいたくなる気持ちはわかりますが、今は皮肉を口にしている余裕はありません」
リンザははっきりとした口調でいった。
「まずはそうならないための対策を講じるべきではないでしょうか?」
『と、いっても』
タマルが発言する。
『具体的には、どうすればいいんですか?
まさか男爵の留守中に、王都からやって来るお偉いさんたちにむかってあなた方は信用できないといい放ち、門前払いにすることもできないでしょう。
ハザマ領と洞窟衆が王国と正面から殴り合うことを覚悟するのならば、そういうことも可能なのですが』
『男爵がこの場に居たとしたら、そういう選択をしそうな気もしますが』
タマルが立てた仮定について、ルアはそう評した。
『そもそもその男爵が不在だからこそ、こうした事態になっているわけで。
根本的な疑問として、わたくしたちだけでそこまでの大事を決めてしまってもいいものなのでしょうか?』
それは根本的な問題だな、リンザは思った。
このはなし合いに参加している者たちはそれぞれの専門の分野での責任者に過ぎず、ハザマ領全体、洞窟衆全体の未来を決定づけるような権限を与えられていない。
王国というかなりの規模を持つ国家に宣戦布告し、はっきりと袂を分かつような、大胆な決断をできるはずもない。
そんなことをすれば平地と山地との間で商品を仲介するという洞窟衆の基幹事業に少なからず影響が出るはずであったし、現在ハザマ領内で働いている人間のかなりの部分が王国出身者で占められてもいる。
「よほどの過大な要求でもされなければ、王国と完全に敵対することは可能な限り避けるべきだと思います」
様々な要件を考えた上で、リンザは慎重にそう発言をした。
「王国を完全に敵に回した場合、軍事的に勝利できたとしても、こちらも決して無傷では済まないでしょうから」
『やはり、そのように判断するしかないでしょうね』
タマルがいった。
『そこまで引っ掻き回していいのかなあ、って思っちゃうし』
『こうして考えてみると、あの男爵も普段はぼーっとしているみたいで、結構重要なことを決断していたんですね』
バツキヤがぽつりと呟いた。
『本人はあの調子で、意見を求められたらぽんぽんと決めていってしまうので、あまりありがたみを感じなかったのですが』
『その場で即断しますからね、あの人は』
ルアがバツキヤの言葉に頷く。
『深く考えた上での決断であるかどうかは、外からはよくわからないわけですが』
『でも、一度決めた方針については、よほどのことがない限り撤回しない』
タマルはいった。
『これまでそれで大きな間違いをしでかしていないってことは、つまりはそれでうまくいっているってことなんでしょうね。
まあ、これまでは』
『そういう決断の結果は、あとで大きく響いてくるわけで』
今度はハヌンがいった。
『そう考えると、あいつはかなり重大な責任をひとりで負ってきたのかなあ。
それはそれとして、リンザ』
「なに?」
リンザは答えた。
「こんなときに」
『もしもあの男、男爵がこの場に居たら、どうすると思う?』
「絶対に、王都からやってくるお偉いさんに大きな顔はさせないでしょうね」
リンザは即答した。
「正面から喧嘩を売るのか、それとも表面上はへつらって見せた上で言を左右にして相手のいうことを聞こうとしないのか、そこまでは予測がつかないけど」
『そんなところでしょうね。
あの男について一番詳しいリンザがいうんだから間違いがないと思う』
ハヌンはそう応じた。
『ということで、相手の出方次第だけど、この場はそういう対応でいいんじゃないかな。
流石に正面から喧嘩を売るのは問題があると思うから、後者のパターンで』
『それらしい人が派遣されて来たら、派手に歓待をして骨抜きにするわけですね』
タマルがそれに乗っかった。
『そっちの方が、大掛かりないくさを仕掛けるよりは、よほど対費用効果がいい。
賛成します』
「あの、領主代行」
そのとき、領主直属班の役人がリンザに声をかけて来た。
「今、重要な会議中なのですが」
「マヌダルク・ニョルトト姫より通信が入っております。
なんでも、今後の洞窟衆の未来に関する重要な提案があるとかで」
「マヌダルク姫が、ですか」
このタイミングで、と、リンザは思う。
リンザは、これを偶然であるとは考えなかった。
この事態に際して、ニョルトト公爵家もなんらかの決断をした上で、それをこちらに提示しに来たのだと、そう解釈する。
「今、洞窟衆の主だった者たちと通信で繋がっている最中です」
少し考えてから、リンザはそう応じた。
「マヌダルク姫にそうお伝えした上で、その場でお聞きできる内容であれば承りますとお伝えください」
どのような内容を知らされるのか、予測がつかなかったが、洞窟衆の主だった者たちに筒抜けにして問題があるようなことは、リンザとしても聞きたくはなかった。
『こうして窟衆の方々の集まりに招いていただいたことを、まずは感謝をさせていただきます』
通信が繋がった直後、マヌダルク・ニョルトト姫はそう切り出した。
『今回連絡させていただいたのは他でもない、この度ニョルトト公爵家はメレディラス王国と袂を分かち、一公国として独立する決定を下したことを、皆様にお知らせしたかったからです』
のっけから、鈍器で頭を殴られた気分になった。
なんだそれは、と、リンザは思う。
どうして、そういうことになるのか。
『メレディラス王国から脱退をすることを決意したのは、わたくしどもニョルトト公爵家だけではありません。
ブラズニア公爵家も同様の決断を下し、今頃は王都にむけ、その旨をしたためた文書を届けているはずです』
『予想よりも早く決断されたのですね』
あまりのことに言葉を失ったリンザに変わって、ことなげな様子でルアが応対している。
『いずれはそうなると思っていましたが、こんなに早く決断されたことについては、正直かなり意外に思っています』
『男爵様がああなってしまわれたおかげで、予定をかなり前倒しすることになりましたが、後悔はありません』
ニョルトト姫は堂々とした口調で答える。
『なぜならば、王国の大部分の地域では、このハザマ領を源泉とした変化に対応できないであろうと、そう見切りをつけたからです。
これからは、ここを震源地として働き方や産業構造など、領民の生活に大きく関わってくる部分が根本から激変していくことでしょう。
そうした変化に対応できる柔軟性が、現在の王国には欠けているからです。
本当ならば男爵様ともっと緊密な連絡を取り、十分な準備を重ねた上で決行しかたったのですが、ちょっとそれでは間に合わないことになりそうなので、予定を前倒しにしました。
王国はこの機会に、男爵様が持っているはずの、別天地の知識を入手するべく動いてくるものと、わたくしどもでは予測しています』




